ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第四話:ようこそ、おめでとう

4-6:きょっぴーの歓迎会

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 僕が呆然と立ち尽くす中、テーブルは驚くほどの速さで元の場所に戻されて、たちまちいつもの見慣れた風景へと姿を変える。
 僕も何か手伝おうと思うのだけれど、何故だか皆に「いいからいいから!」と言って何もさせて貰えなかった。

「へっへ~ん、何が何だか分からないってそういう顔してるやろ!」

「そりゃ、全然分からないですよ~」

 得意げにドヤ顔をしてくるエミリオさんに、僕は戸惑いながら答えた。
 僕だけ置いてきぼりを食らったみたいで正直不安になってしまう。
 ニヤニヤ笑ったまま「ええやんええやん、すぐわかるで」と言って結局エミリオさんは教えてくれない。

「実はね……誕生日パーティーは終ったけど、実はお祝いはもう一つあるんだよ」

 不安そうな顔をしていることに気づいたのか、アインさんが僕の傍までやって来て教えてくれた。

「お祝いですか?」

「そう、お祝い」

 そう言い終えると同時に、奥から「オッケーですよ!」とジェドさんの声が聞こえてきた。
 何かの準備ができたらしい。
 アインさんとエミリオさんは互いに顔を見合わせ、クスリと笑いあった後で僕に向き直る。

「パーティー開始や!」

 二人が両側にぱっと分かれると、僕の目の前で勢いよく何かが弾けた。
 パンパンと軽快な音が連続して響き、反射的に目を瞑る。
 微かな煙たさに恐る恐る目を開けると、紙のテープがゆっくりと舞い落ちるのが僕の視界に入った。

 これは、クラッカーだ。

「きょっぴー、ビストロ・ノクターンに来てくれて有難う!」

 ヴィクターが僕に向かって、小さな花束を差し出す。
 僕はそれを戸惑いながら受け取る。

「歓迎会をするタイミングをずっと逃していましたからね……これからの時間はきょっぴーの歓迎会です!」

 奥からワゴンに料理を乗せて、ジェドさんがやってきた。

「この料理、何時の間に……!?」

「誕生会の後半はほぼ暇でしたから、料理の修羅場が落ち着いたタイミングで準備を始めていたんですよ」

 ジェドさんは悪戯っぽく笑いながら、お皿をテーブルに並べてゆく。
 皆忙しそうにしていたのに、まさかこんな準備もしていたなんて。

「ワイはこの店の従業員やないけどな、でも一緒に中華街行ったり結構楽しくやらせて貰ってるからな。いつもおーきにきょっぴー!」

 エミリオさんがわしわし僕の頭をかき混ぜる。頭はぐしゃぐしゃだけど、その言葉がとても嬉しい。

「丁度貸し切りの話が来た時に、君の歓迎会もやろうって話になったんだよ。……普段だとどうしてもディナータイムがあるから、余裕がないしね」

 アインさんが僕を見つめながら言った。

「でも僕、いつも失敗やどじばかりで……それに記憶喪失のまま、ここにお世話になりっぱなしなのに歓迎会までして頂くなんてそんな……」

 正直僕なんてお荷物だ。
 従業員としては辛うじてやっとレベルのド新人だし、失敗ばかりしている。まだ全然ヴィクターみたいにはうまく立ちまわる事はできない。
 記憶喪失だから面倒見て貰ってるようなものだしとても……。

「そんな事はない」

 アインさんが優しく、そして真剣な眼差しで僕の事を見据えた。
 少し屈んでくれているのか、視線が僕と同じ位置にある。

「君はいつも一生懸命で、誰かの為に頑張ろうとしている。私は君のそんなところがとても素敵だと思うよ」

「でも、空回りばかり……」

「君が来てくれたお陰で、沢山のお客さんの笑顔を見る事が出来た。今日だってそうだ。空回りなんてとんでもない」

 僕はいつも自分自身に自信がない。
 足を引っ張ってるという自覚はある。
 一生懸命頑張っているつもりだけど……それも他の人から見たらどうだろうか。
 やはり結果が伴わないと……。
 悪い事ばかり、ついつい考えてしまう。

「きょっぴー。いつもボクの腕の事気にしてくれて有難う。腕を落とすことが減ったよ」

 僕の脇に立ったヴィクターが背伸びして僕の顔を覗き込んだ。僕と目が合うとにこりと笑う。
 初めて会った頃はまだ少しなんとなく距離があったっけ。
 いつの間にかこんなに距離が近くなっていたんだ。

「お風呂の掃除当番。カビの苦手な余の事を心配して、いつも代わってくれて有難う御座います。きょっぴー」

 今度はジェドさんが僕の前に立つと、恭しくお辞儀をしてくれた。
 僕はただ、ジェドさんがきついだろうと思って代わっただけで。
 そこまでしてもらう程の事なんか、僕はしていないのに。

 二人は僕の背中に手を当てると、はやくはやくと背中を押す。
 僕は驚きと動揺で、アインさんとエミリオさんとを交互に見る、

「ありがとう、きょっぴー。これからもよろしく」

 2人揃って最高の笑顔で言われてしまったからもう駄目だ。
 僕は耐えられなくてそこでぼたぼたと涙を零して俯いてしまった。

「きょっぴー!?」

 ジェドさんのぎょっとした声が聞こえる。
 僕は溢れる涙を堪えきれず、何度も手で涙を拭う。次から次へと払うたびに溢れる涙に、もう拭うのすら諦めてしまった。

「僕……」

 途切れ途切れに言葉を絞り出す。

「こんなに誰かに必要とされた事なんてなかった……」

 目の前が涙で歪んで何も見えない。
 きっとこのぐにゃぐにゃの視界の向こうに皆が居る。

「居てくれて、有難う。……来てくれて、有難う」

 暖かいものにふわりと抱きすくめられたような気がする。
 その声は多分……アインさんのものだったと思う。
 普段ならびっくりしてひっくり返っていたかもしれないけれど、その時はそこまで考える余裕もなかった。


 ――僕、この場所に居ても良いんだ……。


 何よりも嬉しい言葉だった。
 それから僕は席に案内されて、アインさんとジェドさんが作った食事をみんなで食べることになった。
 そういえば朝スープを飲んだっきりでお昼ご飯も朝ご飯も食べてなかったことに僕たちは今更気づく。

「食べようと思えば食べる時間もあったけど、きょっぴーの歓迎会の事も頭にあったからすっかり忘れてしまったね」

 笑いながらアインさんは言ったけれど、なにせ徹夜明けだし、頭も回ってなかったんじゃないだろうか。
 ある意味、朝ジャガイモのポタージュを飲んでおいて正解だったかもしれない。

「メシ屋がメシ食ってないとか本末転倒すぎるで!」

 エミリオさんに窘められると「本当にね」とまた笑う。
 夕食のメニューはアインさんとジェドさんが交代で作ったビーフシチューと、エミリオさんが持ってきてくれたフランスパンだ。

「簡単な食事で申し訳ないけど」

 とアインさんは言ったけど、全然そんなことはない。だって、皆が忙しい合間を縫って僕の歓迎会の為にこうして手を尽くしてくれたんだから。

「ビーフシチューにこうしてパンつけて食べるとうまいんやで!」

 もうマナーとか一切無視で、エミリオさんが豪快にビーフシチューの中にフランスパンを漬け込むと、一齧りして見せた。

「ほんとだ、美味しい!」

「たまにはこんな食べ方も美味しいね」

 みんなお腹が限界まで空いていたせいか、細かい事は気にしないようだ。
 ヴィクターだけでなく、まさかのアインさんまで誰よりも早くエミリオさんの真似をして食べるなんて。
 僕が唖然としているうちにジェドさんも同様に食べ始めたので、僕も思い切って同じように食べることにした。

「美味しい!」

 ビーフシチューが滅茶苦茶美味しいし、それに浸したフランスパンも最高に美味しい。
 今度はスプーンで掬って口に運ぶと、じっくり煮込んでとろとろになった肉が、口の中でほろほろと崩れる。

「皆お腹空いているだろう? 御代わりは沢山あるからね」

 アインさんの言葉で皆が一斉に立ち上がると、互いの顔を見合って爆笑する。
 皆のお皿の中は既に空っぽになっていた。


「当店特製のケーキやで! きょっぴーの為にワイが焼いたんや!」


 食事が落ち着いた頃に、エミリオさんが厨房からケーキを運んできた。

「えっ、ケーキまで用意したんですか!?」

 流石に驚いて僕はエミリオさんに訊き返す。
 見ればそれは、豪華なショートケーキだった。白い生クリームの上に、チョコが雪のように散らしてある。中央にはスライスしたイチゴの上にゼリーが流し込まれ、さらに大きなイチゴが外側を囲むように配置されている。
 たかだか歓迎会で、ケーキまでなんてそんな。

「そや! 店長達だけにええかっこさせときたくないしな!」

「いやいや、ええかっこって……」

「ま、それはとって付けた理由やな! ……きょっぴーにはワイもよーさん世話なっとるからな。なんかお返ししたかったんや!」

 結局僕は、その後も感極まってまた泣いてしまって皆を慌てさせてしまった。
 散々泣いて迷惑をかけてしまったのに、また泣いてしまって申し訳なかったと思う。
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