ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第五話:嵐がやってきた

5-2:現れた夢の中の人物(1)

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 僕たちはそれから、ホームセンターなどを梯子してアインさんに頼まれた物を買いそろえていった。けれど、そこからが本当に大変だった。

 既にホームセンターには僕達と同様に台風に備えるためのあれこれを買いそろえようとする人で溢れていたのだ。
 お店の大きさや僕たちの部屋の窓への対策なんかも考えると結構分量が必要で売り切れ続出。結局僕たちは数か所のお店を回りながら少しずつ、買いそろえていかなければならなかった。
 こんなことならゆっくり寄り道なんかしている場合じゃなかったかも……なんていう後悔も少し過る。

 なんとか無事に全部の買い物を終えたのは、もう一時間ほどしたら日も落ちるだろうという頃だった。
 建物の外に出ると、昼間よりもずっと強い風が絶えず吹き続けている。

「ぎりぎり間に合いましたね」

 台風が本格的に上陸する前にお店に戻るには、十分すぎるほどの時間が残されている筈だ。
 アインさんに心配をかけてはいけない。間に合って良かったと、僕は安堵した。

「そうだね。これなら十分時間があるはずだ。急いで帰ろうか」

 風に煽られて乱れる髪も気にせずに、ヴィクターも荷物を手に提げて頷いた。
 空を見上げると、時間の割には薄暗い。
 着実に台風が近づいているのを感じる。

「こんなに強い風になるなんて……」

 昼間の様子だと、上陸はもっと遅い時間だった筈だし、ここまで強力な台風でもなかった気がする。

「いつの間にかコースが変わってたみたいだ。モロに直撃するかもしれないね」

 スマホに映る台風情報を見ながらヴィクターが言った。
 道理で皆が必死で台風対策のグッズを買い漁りに来たわけだ。
 僕達はなるべく歩きやすそうな安全な場所を選びながら、ビストロ・ノクターンに戻ることにした。


 ビストロ・ノクターンまではゆっくり歩いても30分程度で辿り着く。急ぎ足ならもう少し早く帰る事が可能なはずだ。
 僕達は出来るだけ吹きさらしにならないように、建物の壁を風よけにして急いで歩いている。

「はあ、はあ……」

 荷物を持ちながらだから、早歩きとはいえそれなりに息もあがる。

「きょっぴー、荷物持とうか?」

 歩き続けることに耐えきれずに立ち止まってしまった僕の所に、ヴィクターが走り寄る。
 ヴィクターは人造人間。弱点はいくつかあれど、力やタフさは僕より基本的にずっと上だ。僕の分の荷物を持つのもそう難しくはないのかもしれない。

「有難うございます、でも……」

 両手が塞がってしまったら危ない、そう言おうとした瞬間に僕は言葉を止めた。

「きょっぴー? ……っ!!」

 最初は怪訝な顔をしていたヴィクターだったけれど、すぐにその気配に気づき身構える。

「おい、この前はお前よくもやってくれたな」

 なんてタイミングが悪いんだろう。

「僵尸……!」

 そう、中華街でトラブルになった、僵尸の一味であるサングラスの男だ。なんでか分からないけれど、僕の事を気に入らず因縁をつけてくる。

「えっ、あれが……!? ボク、初めて会ったかも」

 ヴィクターはどうやら初対面らしい。

「す、すみません。僕達台風が来るから急いでるんです。申し訳ないのですがまた今度にして貰えないでしょうか……」

 こんなところで無駄な時間を食う訳にはいかない。
 僕は頭を下げて丁寧に僵尸の一味の男に頼んでみた。

「あぁ? そんな話誰が聞くか!」

 ……駄目だった。
 この男は台風なんかどうでもいいらしい。

「ど、どうしましょう……」

 僕は困り果ててヴィクターの傍に寄って小声で相談する。

「まかせて」

 思いのほか、ヴィクターがきっぱりと言い切ったので僕は驚いた。
 ヴィクターは実は凄く腕に自信があるのだろうか、それとも秘策か何かを持っているのか……。
 ヴィクターはポケットに手を入れるとにやりと笑う。

「ヴィクター……?」

「たすけをよぶ」

 僕の頭が真っ白になって、次に何を言うべきか暫くの間考え込んでしまった。

「……えーと……?」

「僕達だけでどうにかできる訳ないよ。ここは助けを呼ぼう」

 大変現実的な答えだと思う。確かにアインさんかエミリオさんならきっと余裕でこの男の事を退けてくれるだろう。

「あ、もしもし、店長? えっとですね、実は今僵尸一味の一人に因縁をつけられてしまって……」

 一瞬呆気に取られて茫然とそれを見ていた僕は、スマホで会話するヴィクターの事を狙って、男が掴みかかろうとしている事に気づく。

「ヴィクター! 危ない!」

 咄嗟に僕は叫ぶけれど、男は動きを止める気配はない。
 間に入ろうとするものの、全然間に合う気がしなくて僕は焦る。

 ――駄目だ!

 とにかく誰でもいい、ヴィクターを助けて欲しい。
 自分ではどうにもできなくて思わず僕は目を瞑ってしまう。

「ぐわっ」

 僵尸の男の潰れた声が聞こえて、僕は恐る恐るその目を開く。
 地面にあお向けに倒れている僵尸の男と、それを見ながら驚いて固まっているヴィクターが僕の目の前に居る。
 どうやら僵尸の男に何かしたのはヴィクターではないらしい。

(一体誰が……?)

「雑魚ごときにすら手を出せんとは。つくづく臆病で情けないやつだ」

 そんな声と共に、カツカツと暗闇から堅い靴底の音が近づいてくる。

「そんな事だからお前はいつまでも力を発揮することが出来んのだ」

 現れたのは白髪交じりの老人だった。勇ましい顔つきで、見たところ60台後半といったところだろうか。冒険家のようないで立ちをしていて、捲った袖から見える腕は太くて筋肉質だ。

「えっと……その、助けて下さって有難う御座いました」

 慌てて僕がお礼を言うと、何故だか呆れたような顔をされてしまった。

「お前は馬鹿か? 一体何をしているのだ?」

「えっと……?」

 もしかしてこの人は僕の事を知っているのだろうか?
 ただ事ではないと気づいたヴィクターが、警戒しながら僕の傍に寄った。

「おい、お前よくもやってくれたな……」

 そんな僕たちの間に割って入るように、先ほどやられた僵尸の男がゆらりと立ち上がる。

「ふん、僵尸か。……私の専門は西洋のヴァンパイアでな。生憎と燃やす以外の効果的な対抗手段を、今は持ち合わせていないから戦うのが面倒だ。死にたくなければこの場から離れるがいい」

 僵尸だと分かってもなお、その老人は動じる気配もない。深く刻み込まれた皺を更に深くして、激しい憎悪の眼差しを僵尸の男に向けている。

「くたばれ、じじいが!」

 僵尸の男は地面を蹴ると、勢いよく老人に殴り掛かる。
 流石に拳常節でやりあったら老人の腕力では勝ち目はない。

「危ない、逃げて!」

 僕は咄嗟にその老人に叫ぶ。けれど老人は僕の事を「ふん」と一瞥した後ですぐに僵尸の男に向き直る。
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