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「山猫雪姫」(サブキャラ:菅野と妹尾さん)

前編:山猫雪姫、家出する

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【白雪姫・あらすじ】
白雪姫の継母である王妃は魔法の鏡に「一番美しいのは誰?」と尋ね、自分だという答えに満足していたが、ある日「それは白雪姫です」との答えに激怒。猟師に白雪姫を殺すよう言いつける。猟師は嘘をついて白雪姫を森に逃がし、姫は七人の小人とともに暮らす。
王妃が再び問うと鏡が「白雪姫です」と答えたため、王妃は自ら変装して毒リンゴを食べさせ白雪姫を殺す。嘆いた小人たちは姫をガラスの棺に入れるが、それを見染めた王子が城に運ぶ途中で息を吹き返し、二人は幸せに暮らした。


* * *


 昔々あるところに、山猫雪やまねこゆきという姫がおりました。
 母親であるお妃さまが早くに亡くなってしまうと、王様は若くて美しい次のお妃さまを迎えましたが、やがて王様自身も前のお妃さまの後を追うようにこの世を去ってしまいました。

「鏡よ鏡、鏡さん。この国で一番可愛くて、性格も良くて、歌もうまくて、みんなの人気者で、白馬の王子様が迎えに来てくれそうなイケてるコはだあ~れ?」
「・・・それは王妃あなたさまです」
「いやーん、やっぱり!?ヤダ、恥ずかしいーっ!やっぱりそうかな?きゃー、お世辞なんじゃないの!?」
「・・・(こいつ、お妃の仕事とかないのかよ?)」

 新しい王妃であるカンノは鏡に映した自分をうっとりと眺めるのが好きで、日々、小顔に見える角度を研究したり、雑誌の表紙になる時のためのポーズを考えたりしていました。


* * *


 そして、そんなある日。
 いつものようにカンノが鏡の前で自前の歌をフルコーラスし、エア拍手とエア歓声を浴びた後、お決まりの質問をすると・・・。

「鏡よ鏡、鏡さ・・・」
「それは山猫雪姫です」
「早っ!・・・え、っていうか誰なのそれ?」

 すると鏡の表面が水のように揺らめいて、山猫雪姫の顔を映し出しました。

「な、なにこの、別にイケてなくない?え、何、どーいうこと?」
「はい、残念ながら、今現在の『白馬の王子様が迎えに来てくれそうなイケてるコ』は、あなたの義理の娘である山猫雪姫です」
「え、義理の娘!?・・・あ、あ、そっか、あたしここのお妃になったんだった。そういえばそんなコいたかも、両親がいないだなんて可哀想かわいそう・・・。このヤマネコゆ、・・・ヤメ・・・ヤマ、ネコ、ユキ、ヒメ?何ていうか、うん、気持ちを強く持って生きてほしいな。あたしそう思う・・・」

 涙もろいカンノはマスカラに気をつけながら目元をそっと拭い、可哀想な山猫雪姫のことを温かく思いやりました。
 それから二、三度鼻をすすって「でも、なんかさ・・・っ!」と泣きながら笑顔を見せると、上の方を見ながらパチパチと瞬きし、気丈にも立ち直りました。

「わかった。あたし、雪山?猫?姫に負けないっ。そんな可哀想なコのこと知らなかったけど、でも、正々堂々、勝負する。だって可愛さと歌なら負けないもん。その雪山姫だって、きっと同情とか、されたくないはず。『可哀想なお姫様』っていう、そういうあの、ナントカなしで、あたし勝負する!」

 ナントカというのは、先入観とかレッテルとかそういうアレかと思いますが、そうしてカンノは早速、お城の家来をひとり呼びつけました。


* * *


「えっ、山猫雪姫さまをですか!?そんな、これからすぐ!?」
「うん、とにかく早い方がいいと思うの」
「え、ちょっと待って待って、お妃さま、本気で言ってる?それって、山猫雪姫さまの、公開処刑・・・」
「ち、ちがっ、違うって!」

 カンノが家来のセノーに言いつけたのは、今夜の晩餐会で「歌うま女王決定戦」の対決をする準備でした。

(お妃さま、ちょっとひどい・・・自分はテッパンの十八番オハコがあるけど、山猫雪姫さまはそんなのないし、ろくに人前で歌ったこともないんだよ・・・?)

 セノーは山猫雪姫に同情しましたが、しかし決めつけるのも良くないと思い、本人にそれを伝えに行きました。

「・・・で、かくかくしかじかで、それで今夜、歌の対決をね・・・」
「・・・えっ?」
「あの、だから、晩餐会でみんなの前で歌を歌って、それでどっちがうまいか・・・」
「そっ、そういうのは、ちょっと辞退します。いや、いや、無理むり・・・すいません!」

 山猫雪姫はバタンと部屋の扉を閉じ、ノックしても出て来てくれませんでした。
 セノーが諦めて、仕方なくお妃さまに報告をしに行くと、山猫雪姫はそっと部屋を抜け出し、お城の裏庭から森へと逃げていきました。


* * *


(はあ、はあ・・・まずい、どうしよう。迷ったかも)

 山猫雪姫は森の中で、帰り道を見失ってしまいました。
 だんだん暗くなってきましたが、しかし、「歌うま女王決定戦」などという苦笑いしか出てこない単語が頭をよぎると、森で一晩明かしてもいいやと思いました。

 そうしてしばらく辺りをうろうろしていると、遠くに一軒家らしき建物が見えました。
 とりあえずひと晩寝かせてもらい、翌朝出ていこうとしましたが、しかしその前に夜勤明けのこの家の住人たちが帰ってきてしまいました。

「うわっ、な、何すか!?だ、誰か寝てますよカチョーウ!」
「ちょっとヨコータくん、んなわけないでしょ・・・って本当だ!だ、誰?」
「んああ?何だコイツ、勝手に入ってきたのか?ほっぽり出しゃいいだろ」
「セキグッチさん、そりゃひどいや」

 わらわらと、ツルハシやスコップを手にした七人の小人が一軒家に入ってきました。
 ちなみに彼らの名前はカチョーウ、ヨコータ、セキグッチ、モチヅーキ、サカキバーラ、サーヤマ、フジーといいましたが、以下誰が誰だかどうでもいいので適当に喋ります。

「あっ、起きたみたいですよ。あのう、お姫様みたいな格好をしてるけど、どちらからいらしたんですか?」
「うわっ、す、す、すみません!ちょっと森で迷ってしまって・・・」
「まあこの辺、迷いやすいからねえ」
「すぐに出ていきますから・・・!」

 しかしその時、山猫雪姫のお腹がグゥーーと盛大に鳴って、とりあえず朝ご飯をご馳走になることにしました。


* * *


 そうして一宿一飯のお礼にと家事などを手伝っているうちに、ひと晩、ふた晩と、山猫雪姫はずるずる長居してしまいました。帰ろう、帰らなきゃと思うのですが、歌うま大会のことを思い出すと、ため息が漏れるのでした。

「ねえ山猫雪姫さんさー、別にそんな、カラオケくらいで家出しなくてもよかったんじゃない?」
「いや、だって・・・」
「その、カラオケ大会に出ろって言ったのは誰なの?お母さん?」
「あ、いや、実の母ではなく、後妻さんらしいんですけど、えっと誰だったかな」
「・・・え、知らないの?」
「僕に関係ないことだし、何かリア充っぽくて、どうせ合わないだろうし・・・」

 部屋で殺人事件のDVDばかり見ていた山猫雪姫は、継母ままははになじめない・・・というよりまだろくに顔合わせすらしておらず、薄情なのはわりとどっちもどっちでした。

「あれでしょ?その新しい王妃さまだって、山猫雪姫と仲良くなりたくてカラオケセッティングしたんじゃないの?ダメだよ、戻らないと」
「まあ、それはそう、ですけど・・・」

 しかし、その頃王妃のカンノは、また鏡に向かっていました。


* * *


「鏡よ鏡、鏡さん・・・」
「それは山猫雪姫です」
「えっ、ちょっと待って、本当に?だってあのコ歌うま女王は棄権しちゃったわけだし、やっぱりあたしが一番じゃないの?」
「・・・えーと、可愛いとか歌がうまいとかのところは一切該当しないんですが、白馬の王子様が迎えに来るという部分で、どうしてもあなた様より上位にヒットするんですよね」
「えっ!・・・で、でも、王子様ってどんな?」

 カンノが訊くと、鏡はまた水のように揺らめいて、王子の顔を映し出しました。
 その王子は爽やかそうなイケメンで、なぜかカメラ目線(?)でウィンクしてきたので、メンクイのカンノはすっかり一目惚れしてしまいました。

「あっ・・・や、やだっ、こっち見てる・・・!ど、どうしよ、今日はファンデーションのノリがっ」

 すると鏡は元に戻り、「今のが山猫雪姫を迎えに来る王子です」と告げました。

「・・・えっ、あのイケメン王子様が、・・・雪山の猫姫を迎えに?」
「はい」
「む、迎えに来て・・・そ、それで?」
「それですぐ結ばれます」
「け、結婚するの?そんなスピード婚!?」
「いえ、結婚ではなく・・・」
「・・・え、まさか」
「はい」
「結ばれるって・・・ちょっと、それはあたし納得できない。そういうのよくないと思う」
「しかし・・・」
「やだ、あたしも立候補したい、だって未亡人だもん!どうしよう、どうにかしてそんなふしだらな出会いは阻止しなくっちゃ!!」

 そしてちょっと男女関係において潔癖症のカンノは、三日三晩かかって魔法のリンゴを作り上げました。


* * *


「よく考えたら雪山姫ってあたしの義理の娘に当たるじゃない?で、その娘が、見も知らぬ男に突然その・・・されちゃうなんて、絶対よくないでしょ!?ねえ!?」

 王子が姫を迎えに来ると、魔法の鏡が予言したその日。
 カンノはセノーを連れて、森の中を山猫雪姫の元へと歩いていました。

「だから、あたしが作ったこのリンゴで、それを阻止しようと思って」
「そ、阻止って、どうやって・・・?」
「うふふ、聞いて?・・・これは、食べると<一時的におとこになっちゃう>リンゴなの!」
「・・・え、ええっ?」
「だって男の娘になれば雪山姫の貞操も守れるでしょ?あ、でもちゃんと、<男の子>じゃないから、見た目は女の子のままよ?・・・ほらあたし、別に、魔法で卑怯な手を使って二人の出会いを邪魔しようってわけじゃないから・・・」
「・・・」
「それで、そうして二人が清い出会いをしてからあたしが紹介してもらって、そしたらどっちが王子様をゲットできるか正々堂々勝負すればいいと思うの。まあ、勝つ自信は、あるんだけど・・・!」

 カンノはやや強引な理屈で<男の娘リンゴ大作戦>を進めました。
 しかしセノーは、薄々、(山猫雪姫って、今の時点ですでに、女の子じゃなく男の娘なんじゃ・・・?)と気がついていました。
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