冷血

あとみく

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片道切符3

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 俺の持っている中でも最後の切り札に値するようなのがボルタレンという痛み止めで、廃墟漁りで見つけた一番の貴重品だった。自身にどんなバイオレンスが待ち受けていると想定しているのか自分でも定かではないが、何かの時のために後生大事に持ち歩いている。そうはいっても結局使うこともなく、何かどうしても欲しいものが出たときに裏取引にでも出そうと思っていたが、まさか、こんなところで腕を痛めた犬にくれてやるとは。
「きみはいろいろ持っているな。いつもすまない」
「保険がきかないもんでね」
「――ああ、すまない」
「なんで謝る?」
 学は、「保険屋・・・だったもんでね」と自嘲気味につぶやいた。てっきり金貸しかと思っていたが。
「ふうん。・・・なら、あのボート屋も今頃、保険がおりてるといいな」
「ああ、うん、まあ・・・」
「何だよ、おりないのか?」
「それは、そもそも入っていたと仮定して、その条件によるわけだが」
「なんだ、汚い商売ってやつ?」
 すると学はちらとこちらを向いて、少し戸惑ったような表情を見せた。あまりに慣れすぎて、自分ではもうそのやくざな形容詞が本当に当てはまるのかどうか、見当もつかなくなっているのだろう。
 ――まあ、それなら、俺だって同じだが。
 しかし、さて汚くない生き物なんて、この世にいるのだか、どうだか。
「覚、俺はレバーだけもらおうかな」
「馬鹿言え、そんな器用に食えるか」
「いろいろ、心配だ、免疫が・・・」
「今から鍛えなよ」
 羽毛だらけになって腹を開けてやり、ちょうどのもも肉を差し出してやったが、学は神経質そうに一口かじっただけで返して寄越した。まったく鬱陶しい限りだが、魔法のロッカーがなければいずれ俺と同じ畜生道だ。いや、ハムやジャーキーを食っていた今までだって、十分にそうだったはずだが。

 じりじりと、腰が浮きそうな、目玉が後ろへひっくり返りそうな夕暮れを過ごし、一番星を恨めしく見つめながら夜半を待った。大きな倉庫のような、小型飛行機の格納庫のようなその建物群の小さな窓からは微かな明かりが見え、それらが稼動していることがうかがえた。
 それにしても、静かだ。
 もちろん、俺たちの想定が正しければ、この地図に載らない建物には俺たち以外の所有者がいて、そいつらは小指の先でも余るほど小さく、何をしたって騒がしくなどなるはずがない。しかし、理屈では分かっていても、その事実は、俺たちがかつて人間に飼われていて、何らの労働もせず無償で養われていたことと同じくらい信じがたいことだった。
 俺たち、といっても犬はその限りでなく、警備や介護、捜査などの仕事にも当たっていたらしいが、猫に至っては、飼われる理由は「かわいいから」。一晩かかって鼠一匹を食らわなくてよい理由は、「かわいいから」・・・。
 足の方から怖気がぶるりと上へあがり、頭のてっぺんからようやっとそれを空中へ逃がした。いつだって事実は恐ろしい。それならばきっと、今目の前にある建物の中で行われていることだって恐ろしいのだろう。否、それでも、きっとこちらの方が<俺好み>なはずだ。ろくでもないこの生涯現役と「イエネコ」の歴史を天秤にかけるという拷問に比べれば、何だって好ましいに違いない。
「そろそろ行こうよ」
「うん、まだ少し、ふらつくが」
「あんたは速いから大丈夫だよ。またベルが鳴ったら走ろう」
「きみが鳴らさなければ走らなくていいんだ」
 学はいい加減肝が据わったのか、打撲程度で死期でも悟ったか、準備がどうだの、段取りがどうだの言わずにさっさと立ち上がった。
 朝から見てまわったところ、どうやらここは予定していたのと反対方面の埋立地・・・ではなく、地図を調べたあの繁華街のずっと裏にあたるようで、決して隔離された島ではないが、巨塔と同じ空白の無人地帯のようだった。それが証拠に、俺たちがたどったコーソクの<出入口>がこの先に口を開けている。昼間、見た瞬間に俺は回れ右で、そんなお宝は最後のお楽しみだ。
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