【完結】前略、閻魔さま~六道さんで逢いましょう~

渡邊 香梨

文字の大きさ
26 / 67
第五章 木蘭の涙

めぐり逢ひて

しおりを挟む
 広すぎず、狭すぎず。

 窓はないものの息苦しさを感じさせない、適度な木の調度品に囲まれた部屋の中で、菜穂子は縮こまるようにして座っていた。

 八瀬青年にこの部屋で待つようにと案内されたのだ。

 ……いっこうに目が覚める気配がない。
 いや、単に菜穂子が夢だとだけなのかも知れないが。

 諦めて受け入れろ、と囁く自分もどこかにいたりする。

 祖母を呼びつつ、祖父を官吏として雇用する案を上司に投げつつ、それから戻って来ると八瀬青年は言った。

 閻魔の庁にあって、死者の生前の善悪の行為を映し出すという〝浄玻璃の鏡〟と同じ職人が作ったという鏡が十王庁の各王の執務室にはあり、インターネットのライブ中継のごとく、姿を見つつ双方向に会話を交わすことが可能らしい。

 思ったより色々と仕組みが現代っぽいなと思う。

(いや、それにしても、まさか京都帰って来て、六道さんで鐘ついた後にこんなことになるとは思わんかったなぁ……)

 臨死体験をした覚えはない。ただ体外離脱と言うことならば、睡眠障害や夢の状態、金縛りなんかが絡んできて、一般人にも起き得る現象ではあるらしい。
 実際の世の中で研究もされている分野だと言う。

 ――お盆の奇跡と思っておく方が浪漫があると思いませんか?

 と、八瀬青年は微笑わらって部屋を出て行ったけど。

 まあ多分、朝になったところで両親は信じないだろう。

 せいぜい「そんな夢を見た」とでも言えば「お盆の時期らしい夢やな」とでも答えて笑ってくれるくらいだろうと思う。

(いや、でも、そもそも朝になってちゃんと起きれるんかな? これ……)

 今の状況を考えれば、夜が明けてもここにいるようでは、傍目には意識不明の重体だ。

 祖父母と話をした後、いったん帰って、夜にまた来るとかそんな器用なことは出来るんだろうか。

 そんなことをつらつら考えていると、とうとう、ようやく、扉がトントンと叩かれる音が聞こえた。

『あっ、はい!』
『いいですか? 開けますねー』

 まず聞こえたのは八瀬青年の声だった。
 扉が開いたところで『先生、お孫さん、この部屋に居はりますよ』と誰かに話しかけているのが聞こえる。

『孫……って、菜穂子がここに?』
『!』

 聞こえた声は、間違いなく菜穂子の知る祖母・志緒の声だ。

 思わずその場で立ち上がってしまうくらいには動揺していたんだろうと思う。

 そして扉が大きく開いて、まず八瀬青年が顔を出した。

 扉に手をあてたまま『どうぞ』と後ろにいた誰かを通す仕種を見せ――現れたのは、菜穂子が会いたくて、会いたくて、そして最期に間に合わなかった――大好きな祖母が、本当に、そこにいた。

『おばあちゃん……っ!!』
『……おや、まあ』

 夢でもいい。
 こんな夢なら大歓迎だ。

 菜穂子は思わず走って抱きつこうとしたものの、その手前で何故か八瀬青年にやんわりと遮られてしまった。

『申し訳ない。ここは地上の世界と勝手が違いますから、同じように触れたり抱きついたり、言うのはちょっと難しいんですよ』

『え……』

『そっと手を出して貰ったら、綿菓子の綿を触るくらいの感覚はあると思いますけど、それが多分精一杯やと思いますよ』

 そうか。
 それも夢の世界であれば仕方がないのかも知れない。

『おばあちゃん……』

 菜穂子は祖母に近付いて、小さな両の手にそっと触れた。

『あんた……まさか死んでしもたんか?』

 目を丸くしている祖母に、菜穂子は思わず泣き笑いの表情になっていた。

『おばあちゃん、第一声がそれ? 私、めっちゃ会いたかったのに。せめて「元気やったか?」とか、もっと何か……』

『そやかて……』

 もごもごと言い淀んでいる祖母に、八瀬青年が軽く手を叩いて話を止めた。

『まあ、とりあえず二人とも座って下さい。立ち話もなんですから』

 確かに、話したいことなら八瀬青年からのお願いごと以外にもあれやこれやとある。

 菜穂子もぶんぶんと首を縦に振って『おばあちゃん、座ろ座ろ』と、声をかけた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

処理中です...