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第五章 木蘭の涙
見しやそれとも
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『あんな、おばあちゃん。私な、新幹線に乗っててん。おかあさんに受話器あてて貰って、新幹線の中から電話しててん。今、京都向かってるから待ってて……って、お願いしててん。そやのに……』
ソファの向かいではなく、真横に腰を下ろして、菜穂子はまくしたてるように祖母へと話しかけた。
『ごめんな、おばあちゃん。私、間に合わへんかった。せっかく、おばあちゃんが東京に行かせてくれたのに。東京の話、もっといっぱいしたかったのに』
『菜穂子……』
ふわり、と前髪が揺れた。
祖母が頭を撫でようとしてくれたのだと、感覚で理解した。
『あっ、でも、今から話せばいいんかな。実はさ、彼――』
『菜穂子』
泣き笑いの顔で、先に「彼氏と別れた」とぶっちゃけてしまおうと思ったのだが、祖母にやんわりとそれを遮られてしまう。
彼氏の話云々と言うよりは、それは今じゃないという思いの方が前に出ているのかも知れなかった。
『おばあちゃんは、あんたが機嫌よう東京で過ごしてくれてたら、そんでええんよ』
『おばあちゃん……』
『本当言うたら、待っててあげたかったんやけどな。おばあちゃん、もうええ年齢やったさかいに、自分ではどうしようもなかったわ。菜穂子の声は聞こえてたんやけどな。そやから、あの世行ったら「もうちょっとくらい待ってて貰うても良かったんと違いますか」って、閻魔様に文句を言おうかと思てたんえ』
『閻魔様に文句……』
祖母らしい物言いに、思わずくすりと笑ってしまう。
これには八瀬青年も少し離れたところで反応をしていた。
『多分、閻魔帖にもう書かれてると思いますよ』
『それやったら、まあ、もう少しお会いするのが先でも構へんね』
『先生……』
――閻魔王には、まだ会わなくても良い。
祖母はまだ、亡くなってからそれほどの年月がたっておらず、十人の王のうち、二人としかまだ会っていなかったと聞く。
閻魔王は五番目に謁見する王。
それは祖母自身、賽の河原で子どもたちの先生をする気があると言うことではないのか。
菜穂子は、そもそもここへ「呼ばれた」理由を思い出して、ハッと我に返った。
『あ……おばあちゃん、先生するんや?』
請われてはいたものの、即答せずに、子どもたちの様子を見てからと、そんな話じゃなかったんだろうか。
そう思いながら聞いてみたところ、祖母は一瞬だけ目を丸くしたものの、やがてそれはすぐ笑顔に変わった。
『半世紀どころか、六十年開いてるんやけどな。そやけど、あの子ら見てしもたら、無視するのはちょっとキツイな』
親より先に冥土に足を踏み入れたものの、三途の川を渡る資格を持てない子どもたち。
大半が、この先の希望も持てずに空虚な日々を過ごしているか、荒れた日々を過ごしているようだったと言う。
『おばあちゃんなぁ、おじいちゃんが学校まで迎えに来はって、そのまま先生辞めることになってしもたさかい、この年まで消化不良になってるところはあるんよ。おじいちゃんには、言うたことないけどな』
『……うん』
時代的に言える環境でもなかっただろうな、とも思う。
ひいおじいちゃんや、ひいおばあちゃんとも同居だったようだから、尚更に。
『もうしんどい思いして働かんでもええから、休めって言うてくれてる気持ちは有難いんよ。それは有難いんやけどな』
そう呟く祖母の表情は、複雑そうだ。
『一回くらい私に、好きな事さして貰てもええんと違うかな……とも思ててなぁ……』
なるほど。
大正生まれと言う時代背景を考えれば、直接は言いにくいのかも知れない。
けれどこれは確実に、祖母は既に「先生」を引き受けるつもりでいる。
(おじいちゃんと言う壁が相当に高く立ち塞がってるってことかぁ……)
菜穂子は、どうやら対祖父への「傾向と対策」を、まずは考えなくてはならないようだった。
ソファの向かいではなく、真横に腰を下ろして、菜穂子はまくしたてるように祖母へと話しかけた。
『ごめんな、おばあちゃん。私、間に合わへんかった。せっかく、おばあちゃんが東京に行かせてくれたのに。東京の話、もっといっぱいしたかったのに』
『菜穂子……』
ふわり、と前髪が揺れた。
祖母が頭を撫でようとしてくれたのだと、感覚で理解した。
『あっ、でも、今から話せばいいんかな。実はさ、彼――』
『菜穂子』
泣き笑いの顔で、先に「彼氏と別れた」とぶっちゃけてしまおうと思ったのだが、祖母にやんわりとそれを遮られてしまう。
彼氏の話云々と言うよりは、それは今じゃないという思いの方が前に出ているのかも知れなかった。
『おばあちゃんは、あんたが機嫌よう東京で過ごしてくれてたら、そんでええんよ』
『おばあちゃん……』
『本当言うたら、待っててあげたかったんやけどな。おばあちゃん、もうええ年齢やったさかいに、自分ではどうしようもなかったわ。菜穂子の声は聞こえてたんやけどな。そやから、あの世行ったら「もうちょっとくらい待ってて貰うても良かったんと違いますか」って、閻魔様に文句を言おうかと思てたんえ』
『閻魔様に文句……』
祖母らしい物言いに、思わずくすりと笑ってしまう。
これには八瀬青年も少し離れたところで反応をしていた。
『多分、閻魔帖にもう書かれてると思いますよ』
『それやったら、まあ、もう少しお会いするのが先でも構へんね』
『先生……』
――閻魔王には、まだ会わなくても良い。
祖母はまだ、亡くなってからそれほどの年月がたっておらず、十人の王のうち、二人としかまだ会っていなかったと聞く。
閻魔王は五番目に謁見する王。
それは祖母自身、賽の河原で子どもたちの先生をする気があると言うことではないのか。
菜穂子は、そもそもここへ「呼ばれた」理由を思い出して、ハッと我に返った。
『あ……おばあちゃん、先生するんや?』
請われてはいたものの、即答せずに、子どもたちの様子を見てからと、そんな話じゃなかったんだろうか。
そう思いながら聞いてみたところ、祖母は一瞬だけ目を丸くしたものの、やがてそれはすぐ笑顔に変わった。
『半世紀どころか、六十年開いてるんやけどな。そやけど、あの子ら見てしもたら、無視するのはちょっとキツイな』
親より先に冥土に足を踏み入れたものの、三途の川を渡る資格を持てない子どもたち。
大半が、この先の希望も持てずに空虚な日々を過ごしているか、荒れた日々を過ごしているようだったと言う。
『おばあちゃんなぁ、おじいちゃんが学校まで迎えに来はって、そのまま先生辞めることになってしもたさかい、この年まで消化不良になってるところはあるんよ。おじいちゃんには、言うたことないけどな』
『……うん』
時代的に言える環境でもなかっただろうな、とも思う。
ひいおじいちゃんや、ひいおばあちゃんとも同居だったようだから、尚更に。
『もうしんどい思いして働かんでもええから、休めって言うてくれてる気持ちは有難いんよ。それは有難いんやけどな』
そう呟く祖母の表情は、複雑そうだ。
『一回くらい私に、好きな事さして貰てもええんと違うかな……とも思ててなぁ……』
なるほど。
大正生まれと言う時代背景を考えれば、直接は言いにくいのかも知れない。
けれどこれは確実に、祖母は既に「先生」を引き受けるつもりでいる。
(おじいちゃんと言う壁が相当に高く立ち塞がってるってことかぁ……)
菜穂子は、どうやら対祖父への「傾向と対策」を、まずは考えなくてはならないようだった。
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