28 / 67
第五章 木蘭の涙
わかぬ間に
しおりを挟む
どうやら、祖父がこの建物の前まで辿り着いたらしい。
祖母とはまた話せる。
話が拗れるといけないので、まずは別々に。祖母には別室で待機していて貰う。
八瀬青年にそう言われて、私は渋々祖母といったん別れた。
祖母を別室に案内したその足で、今度は祖父を案内してきてくれるそうだ。
(おじいちゃんかぁ……)
菜穂子の知る祖父の記憶は、透析のために病院で寝ている記憶が多かった。
深堀りすればほぼTV、それも野球が好きでじっと見ていたことが更に大半を占めているような気がした。
祖父自身はアンチ読売でずっと見ていたのに、小さい頃一緒に見ていたはずの父は、今では何故か祖父と真逆の方向に突き抜けてしまっている。
菜穂子が生まれる遥か昔には、庭で飼っていた鶏を直接捌いて夕食の足しにしたとかで、そのトラウマからか、父は実は鶏肉が少し苦手だったりする。その所為だと、今でも堂々と公言しているくらいだ。
それ以外となると……夜店の金魚釣りで釣ってきた金魚を飼っていた水を、直接水道水で入れ替えてしまい死なせてしまったとか、家の中で捕まえたGと名の付く黒いイキモノやネズミを、堂々と庭で焼却処分していたとか、割にロクでもない想い出ばかりな気もした。
多分、生き物を飼うのには向いていないとの自覚があった祖父は、とにかく何でも、捕まえたモノは庭で焼却処分――そんな謎の行動理念があったくらいに、孫の目には映っていた。
もともと、深町家の庭では曾祖父が趣味で家庭菜園をやっていたらしいが、どうやら祖父は向いていなかったらしく、早々に枯れ地にしてしまったとか、何代も前から庭にあったと言う松の木を「景色の邪魔」と伐ってしまい、腰を痛めたとか……振り返れば振り返るほど口数は少なく、けれどやっていることはなかなかに豪胆。
そんなイメージばかりが菜穂子の中にはあった。
『菜穂子のガサツなところは、おじいちゃん似かもな』
なんて、デリカシーの欠片もないことを父から言われた覚えもある。
娘に向かって「ガサツ」とは何ごとだ、父よ。
ただそう言えば、金魚騒動に関しては、飼い方の本片手に「水道水いきなり入れたらあかんって書いてあったのにー‼」と、ぎゃん泣きしていた小学生の自分も、うすらぼんやりと覚えている。
何日かしてから、家の前の消防の消火用バケツの中に、そっと金魚が入っていたのも……だ。
(今度は死なせるなよ、とか言われて「死なせたんは、おじいちゃんやんかー!」って叫んだら、苦笑いしてたな。そんな自虐ネタでボケとツッコミやって、どないするん……とか思ってたな)
今にして思えば、ともかくあれこれと言葉足らずだった。
そのくせ、戦地から帰って来てその足で祖母のところに突撃したり、亡くなってからも十人の王様に頭を下げて祖母を待ち続けたりと、行動は存外アクティブだ。
いや、もしかしたら祖母限定でのアクティブさだったりするのかも知れない。
長寿と言われる年齢で今生の生をまっとうして、三途の川を渡って来たなら、もういいだろうと。あの世に行って、ゆっくりしようと。
言いたいことは、分からなくもないのだが。
(いや、まだ、又聞きしているだけやし。本人からもちゃんと聞かんと。何でも一方的に判断したらあかんよね、うん)
仮に言っているのだとしても、どんな声のトーンで言っているのかとか、どんな表情で言っているのかとか、それによっても印象は大きく違ってくる。
説得の余地があるのか、ないのか。
いや、なくてもしないとダメなような気はしているんだけれど。
そんなことを考えているうちに、部屋の扉が再度開いた。
『…………おまえ、こんなところで何をしてるんや。まさか死んでしもたんか⁉』
そんな第一声と共に。
祖母とはまた話せる。
話が拗れるといけないので、まずは別々に。祖母には別室で待機していて貰う。
八瀬青年にそう言われて、私は渋々祖母といったん別れた。
祖母を別室に案内したその足で、今度は祖父を案内してきてくれるそうだ。
(おじいちゃんかぁ……)
菜穂子の知る祖父の記憶は、透析のために病院で寝ている記憶が多かった。
深堀りすればほぼTV、それも野球が好きでじっと見ていたことが更に大半を占めているような気がした。
祖父自身はアンチ読売でずっと見ていたのに、小さい頃一緒に見ていたはずの父は、今では何故か祖父と真逆の方向に突き抜けてしまっている。
菜穂子が生まれる遥か昔には、庭で飼っていた鶏を直接捌いて夕食の足しにしたとかで、そのトラウマからか、父は実は鶏肉が少し苦手だったりする。その所為だと、今でも堂々と公言しているくらいだ。
それ以外となると……夜店の金魚釣りで釣ってきた金魚を飼っていた水を、直接水道水で入れ替えてしまい死なせてしまったとか、家の中で捕まえたGと名の付く黒いイキモノやネズミを、堂々と庭で焼却処分していたとか、割にロクでもない想い出ばかりな気もした。
多分、生き物を飼うのには向いていないとの自覚があった祖父は、とにかく何でも、捕まえたモノは庭で焼却処分――そんな謎の行動理念があったくらいに、孫の目には映っていた。
もともと、深町家の庭では曾祖父が趣味で家庭菜園をやっていたらしいが、どうやら祖父は向いていなかったらしく、早々に枯れ地にしてしまったとか、何代も前から庭にあったと言う松の木を「景色の邪魔」と伐ってしまい、腰を痛めたとか……振り返れば振り返るほど口数は少なく、けれどやっていることはなかなかに豪胆。
そんなイメージばかりが菜穂子の中にはあった。
『菜穂子のガサツなところは、おじいちゃん似かもな』
なんて、デリカシーの欠片もないことを父から言われた覚えもある。
娘に向かって「ガサツ」とは何ごとだ、父よ。
ただそう言えば、金魚騒動に関しては、飼い方の本片手に「水道水いきなり入れたらあかんって書いてあったのにー‼」と、ぎゃん泣きしていた小学生の自分も、うすらぼんやりと覚えている。
何日かしてから、家の前の消防の消火用バケツの中に、そっと金魚が入っていたのも……だ。
(今度は死なせるなよ、とか言われて「死なせたんは、おじいちゃんやんかー!」って叫んだら、苦笑いしてたな。そんな自虐ネタでボケとツッコミやって、どないするん……とか思ってたな)
今にして思えば、ともかくあれこれと言葉足らずだった。
そのくせ、戦地から帰って来てその足で祖母のところに突撃したり、亡くなってからも十人の王様に頭を下げて祖母を待ち続けたりと、行動は存外アクティブだ。
いや、もしかしたら祖母限定でのアクティブさだったりするのかも知れない。
長寿と言われる年齢で今生の生をまっとうして、三途の川を渡って来たなら、もういいだろうと。あの世に行って、ゆっくりしようと。
言いたいことは、分からなくもないのだが。
(いや、まだ、又聞きしているだけやし。本人からもちゃんと聞かんと。何でも一方的に判断したらあかんよね、うん)
仮に言っているのだとしても、どんな声のトーンで言っているのかとか、どんな表情で言っているのかとか、それによっても印象は大きく違ってくる。
説得の余地があるのか、ないのか。
いや、なくてもしないとダメなような気はしているんだけれど。
そんなことを考えているうちに、部屋の扉が再度開いた。
『…………おまえ、こんなところで何をしてるんや。まさか死んでしもたんか⁉』
そんな第一声と共に。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる