聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

812 草は増やしません

「え、ちょっとサレステーデまで行って、宰相邸覗いて帰って来るだけなら、朝までに出来るんじゃない?」

 簡易型の転移装置持っているだろうに。
 そう言った私に、リーシンは「いやいや、待ってって!」と、抗議の声を上げた。

「今持ってるのは王宮に戻る片道分。これ使っちゃったら、サレステーデあっちからすぐに帰って来れないデショ!」

「えー……〝草〟なら何か裏技あったりしないの? それか、王宮に行って追加で借りるとか」

「管理部に何て言うのサ? 今の話って『かも知れない』で証拠がないわけだから、使用申請の理由としては弱いよ、正直」

「……やっぱりダメか」

「うわー、もしかしなくても、こっそり行けばいいだろうとか、怒られるのは自分じゃないとか思ってた⁉︎ ヒドクない⁉︎」

 怒られたところで心が痛まないと思っていたのも確かだけれど、さすがに面と向かって言うのは憚られるので、フイっと視線を逸らす。

「うーわー」

 リーシンは再度愚痴っているけれど、このチャラい言動を何とかしない限りは誰も同情してくれないんじゃないかとさえ思う。言わないけど。

「どっちにしろ、王宮には帰るのよね?」

「そりゃまあ『証拠はないけど、こんな予想立ててた』くらいは言っておかないと。サボったと思われても困るし」

 ただそれでは、王宮組の役には立てないだろう。
 この推論が現実味を帯びるための鍵がどうしたって必要になる。

「あ、そうか」
「うん?」

 突然、ポンと手を叩いた私に、リーシンが首を傾げる。
 言葉にはしなかったものの、シャルリーヌも続きを待っている顔だ。

「明日もし、サレステーデ側から第三王子が王位に就くことへの探りを入れられたら――っていう条件付きで今の話をすればいいんだ」

「自治領化で話が進もうとしているところに、第三王子を王として、アンジェスとバリエンダールから補佐役が就くのではダメか……的な話が、バレス宰相の口から出たらビンゴってこと?」

 ビンゴ? と、怪訝な表情でシャルリーヌを見たリーシンは、今は無視スルーだ。
 単語が分からなくても、会話の流れから想像はつくはずだ。

「うん、そう。一言一句同じじゃなくても、それに近い話が出たら、バレス宰相は脅迫されている疑いがあるってことで、出して貰えるんじゃないかと思って」

「確かに……」

 誰か、が誰のことかは言わずもがなだ。
 当人は目の前で「あははー」と、表情かお痙攣ひきつらせているけど。

「そう言えばリーシン、レイフ殿下はまだこっちアンジェスに?」

 自治領化と共に、名称はまだ未定ながら仮の統治者として赴くことが決まっているレイフ殿下。
 早めに行ってもらって、そこに〝草〟なり元特殊部隊の誰かなり、まぎれこませればいいのでは? と思ったものの、リーシンは「いや」と、首を横に振った。

「バレス宰相がアンジェスに来るのと入れ違いにサレステーデに入られたよ。もちろんまだ正式な赴任とかじゃないから、視察だの挨拶だの適当な理由をつけて、宰相不在のサレステーデ王宮が不穏な動きをしないようにと、牽制するためだけどネ」

「あぁ……遅かったかぁ……」

「そりゃ、宰相不在のところにアポ無し訪問して、会議が終わるまで王宮を混乱させておく――っていうのが、ウチの陛下だか宰相閣下だかのお考えだったからねぇ……まあ、かるーいイヤガラセ?」

「うん、まあ、そうよね……」

 誰かさんエドヴァルドの仕事の速さを、この時ばかりは感心していられない。
 一緒に紛れ込ませられないなら、次のを考えなくは。

「うーん……じゃあ、それならそれで殿下がお泊りのところを足掛かりにさせて貰う……?」
「あの、モシモシ?」

 ちょいちょいと、片手を宙で軽く振るリーシンに、シャルリーヌも「あら、そうね」と賛同する。

「何なら堂々と〝転移扉〟で移動出来るんじゃなくて? 殿下に伝言があるとか、心配だから護衛を増やしたとか、対外的には何とでも言えるでしょうし。必要なら〝転移扉〟に魔力を追加するのもやぶさかではなくてよ」

「え、今日明日はシャーリーはここから動かない方がいいわよ。明日にはもお見えになるのに」

 リーシンの前でラハデ公爵の名前は出さない。

 チャラかろうと〝草〟なのだから、何かしら情報を得ている可能性はあるけれど、口にしなければそれはお互い「知らない」話だ。

 なのでちょっとぼかして言ってみたけど、それでもシャルリーヌには正確に伝わったようだった。

「あ、そっか、そうよね。会談の直前に一度チェックしてるから、明日一人や二人移動に使ったところでビクともしないはずだわ。事態が落ち着いたら、メンテした方がいいだろうけど」

「シャーリー、一人じゃ厳しいわ。宰相邸がどのくらいの大きさなのか分からないけど、相互証人という意味では二人はいないと……」

「やあね、言葉の綾じゃない。実際のところは、行くのが二人でも三人でも四人でも問題ないわよ。まあ……人手がいればだけど」

「そこなのよねぇ……」

 うーん……と唸る私とシャルリーヌに、リーシンが「もうヤダ、この二人」などと頭を抱えている。

「私、他の〝草〟の人はまだ知らないし……」
「紹介するけど?」
「遠慮しときます」
「早っ」

 これ以上、裏方に精通してどうすると言うのだ。
 シャルリーヌはシャルリーヌで「今からご新規さんは確かにリスクがあるわよね」と頷いている。

 いや、正直「ご新規さん」どころかリーシンに対しても、全面的な信頼があるかと問われれば微妙なところだ。
 基本、彼らの直属上司はヘルマン長官なのだから〝鷹の眼〟の皆に対してほどの信頼関係は、まだ持てない。

 そこまでは口にしないものの〝鷹の眼〟の面々を思い浮かべたところで、ふと思い立つ。

「そっか。リーシンと一緒に、バルトリに動いて貰えばいっか。バリエンダールからも一人二人付けた方がいいだろうし」
「えーっ、バルトリって〝鷹の眼〟のバリエンダール担当だよネ? あと、バリエンダール自体からも誰か巻き込むって? 組織バラバラじゃん、ソレー」

 リーシンがちょっとイヤそうに顔をしかめているけれど、だからこそだと私は言った。

「アンジェスとバリエンダール、それぞれに目撃者がいた方がいいじゃない。どっちかだけだったら、後々の交渉で遺恨が残るよ」

 あくまで「平等に自治領を統治する」との建前がある以上は、どちらかが出し抜いて宰相の娘サラを救い出したとの印象は残さない方がいい。

(それ以前に、前の副ギルド長が関わっていると分かった時点で、バリエンダールでナザリオギルド長がブチ切れそうだもの。巻き込んだ方がいいに決まっている)

 何せ自分がベルィフから赴任させられることになった、ある意味諸悪の根源。中途半端な断罪の末にまた何かやらかしていると知れれば、むしろ積極的に動いてくれるのではないだろうか。

「うーん……バリエンダールから誰を巻き込むにしても、ベッカリーア公爵家に情報漏洩しない保証なくない?」

「いざという時の連携を考えて、リーシンが渋るのも分からなくはないんだけど。話をバリエンダールの現ギルド長に持ち掛ければいいのよ。ギルドとしての落とし前だと、その辺りは意地でも対処するだろうから」

「え、ギルド長? 王宮じゃなくて?」
「王宮の方がベッカリーア公爵家の手の者がいそうじゃない」

 ミラン王太子がいくら炙り出しと断罪を目論んでいるとはいえ、今の時点ではまだゼロにはなっていないはずだ。

「バリエンダールの王都商業ギルドには、前の副ギルド長への遺恨があるし、ギルド長はフォサーティ宰相令息への伝手がある。バルトリとも顔を合わせているから、確実に情報が伝わるのがギルド長にこの話を持ち込むことなのよ」

「あぁ……フォサーティ宰相令息に話がいけば、そこから王太子殿下にも伝わる、と」
「まあ、これも明日サレステーデのバレス宰相が第三王子が国王になる話を持ち出せば、の話になるけどね?」
「なんかもう、話が出るのが当然、みたいに聞こえるんだけど」
「可能性は高いんじゃないかなぁ」

 えぇ……と呟きながらも話を一刀両断しないのは、リーシンにも否定の要素が見当たらないからだろう。
 少しの間天を仰いだ後「じゃあさ」と、私の方を見ながら口を開いた。

「手紙書いてよ、手紙。宰相閣下にしろ、バルトリにしろ、バリエンダールの王都商業ギルド長にしろ、直筆の手紙でもないと納得しないでショ」

 エドヴァルドとバルトリには今夜中に話を通しておき、実際にバレス宰相から話が出れば、バリエンダールへの手紙を届ける。
 その手筈で動くのが、今、アンディション侯爵邸で出来る限界だろうとリーシンは言い、私もそこは頷かざるを得なかった。

 会話と違い、私はまだそんなにスラスラと綺麗な文字を書くことが出来ないのだけれど、ここは諦めるしかないのだろう。
 他人に書いて貰った時点で、リーシンに伝言を託すのと同じくらい信憑性が下がるだろうからだ。

「せめて隣でスペルチェックするわ、レイナ」

 だからシャルリーヌも「自分が代わりに書く」とは言わなかった。




 そうしてしばらくの時間を置いて、深夜に書き上げた手紙を持って、リーシンはアンディション侯爵邸を後にして行った。
 もう何日もせずラハデ公爵に会うというのに、まさか二人して睡眠不足に陥ろうとは思いもよらなかった。
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