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第一部 宰相家の居候

【防衛軍Side】 ウルリックの苦難

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「――彼も一緒に放り出しておいてくれる?対象を蔑むような、使えない護衛なんて、邪魔でしかないから」

 毎年、何度言っても自分が口頭で報告書を出す日を告げに行ってしまう上司ベルセリウスに辟易しながら、イデオン公爵邸の玄関ホールに足を踏み入れれば、そんな聞きなれない、少女の声が場を圧倒していた。

 どうやら自分達が到着する前に先客がいたらしいのだが、何かトラブルがあったらしい。

 ファルコが貴族然とした小柄な中年男性の腕を捻じり上げているので、自分達が手を貸す必要はないだろうと思いはしたが、顔色一つ変えずに、護衛として付いて来ていたのだろう青年に「木偶でくの坊」と言い放つ度胸は、大したものだと感心した。

 体格みためも性格も、軍人そのものと言って良いウチの上司を見ても、戸惑ってはいるが、特に恐怖を感じてはいないようだし。

 先に、座り込んでいたハルヴァラ伯爵夫人の心配をしているあたりも、ウチの上司ではないが、ご令嬢としてはとてつもない「逸材」だと思えた。

 その後、自分達が泊まる『南の館』に来たファルコが、ハルヴァラ伯爵夫人が置かれている現状の説明と、護衛のていを成していない護衛達をまとめて捕まえて、のに協力して欲しい事を告げに来たが、もちろん、そう言った話はウチの上司の好むところでもあるため、話を二つ返事で快諾していた。

 その時にチラっと、さっきの少女が新しい〝扉の守護者ゲートキーパー〟の姉であり、妹の補佐として、国賓扱いで王宮に招かれたところが、実際に招きに行ったお館様が、その非凡な才能にすっかり感じ入ってしまい、どうやら王宮から公爵家に引き剝がす策略を立てているらしいとも聞いた。

 確かに、先ほどの短い遭遇の中だけでも、これまでお館様の周りにいた貴族令嬢とは、一線を画している事は感じ取れた。

 とりあえず、新人の良い訓練になるやも知れんと、ウチの上司が新人三人を歓楽街の宿に、張り込みと捕獲に向かわせたまでは良かったのだが、事態は更に、そこから思わぬ方向へと転がっていった。

 新人三人の張り込みは恐らくバレていて、そのまま行方をくらませている5人は、当初の目的通りにハルヴァラ伯爵夫人と息子を殺しに来る筈とか――どこでそう言う話になったのか。

 しかも夫人と息子の代わりに、ご令嬢が囮などと!

 自分たちがあからさまに見張りをしていた事が、結果的に『北の館』の方を危険にさらしていたと知った新人連中は、戻って来た時にかなりしょぼくれていたが、これはこれで、まぁ良い勉強になっただろう。

「俺らの矜持を信じるから、自分を守りきって、5人の慮外者を捕まえろ…って、目を見て言い切られてみろよ。誰がいなって言えるんだよ」

 当初は、ご令嬢を囮にするとは何事かと、激昂しかかっていたウチの上司も、ファルコのその言葉には、絶句させられていた。
 いや、それは〝鷹の眼〟に限らず、自分達軍人さえも、揺さぶる言葉だろう。

 そして深夜と言うよりも、未明と言って良い時間に上司に叩き起こされた自分は、公爵邸への呼び出しに、付き合わされた。

 ハルヴァラ伯爵夫人の息子が、家令から密かに預かっていた書類があり、それをご令嬢に託していたのだと聞かされ、許可を得てそれらを見させて貰えば、夫人の実父コヴァネン子爵による、ハルヴァラ伯爵領の財産乗っ取りを企んだ証拠が、これでもかと書き記されていのだ。

 それは眠気も吹っ飛ぶし、5人が『北の館』を襲撃する云々と言った話になっていたのは、コレが原因かとも、思わず納得する。
 ――更に未明の呼び出しに遣わされたファルコが、コヴァネン子爵らを生かしておくなと、お館様から言われた上で、この『南の館』まで訪ねて来た理由についてもだ。

「ベルセリウス。悪いが私と共に、今回の件でのを受けて貰いたい」

 ファルコが来た時に、概略だけは聞いていたものの、改めて聞けば、やはり驚く。
 お館様の思わぬ発言に、最初こそウチの上司も目を見開いていたが、それがハルヴァラ伯爵夫人を、実父の罪に巻き込まない為の唯一の方法だと聞くに至っては、むしろ一もニもなく了承していた。

 確かに「公爵家の賓客」が襲われたと知られれば、事態を「あくまでハルヴァラ伯爵家のお家騒動であり、管轄であるイデオン公爵にのみ責任は帰す」と、しておく事が出来ない。

 だからと言って、ウチの上司の1ヶ月分給与返上はともかく、まさかお館様自身が王宮に謹慎処分を申し入れようとしているなどとは、夢にも思わなかった。

「お館様。お館様ご自身がそこまでされずとも、私は処罰を受ける事をいとうてはおりませんぞ」

 ウチの上司なんかは、自分に非のない減俸処分を何とか受け入れて貰う為に、敢えてそれ以上の処分を己に課そうとしているのかと勘繰ったようだったが、お館様は片手を上げて、首を横に振ったのだ。

「気にするな。こちらにも、こちらの思惑がある。ただ、この『処分』の件は、ハルヴァラ伯爵夫人と息子ミカの耳にだけは届かないようにしてくれ。届いたが最後、夫人が、連座を受け入れるとか言い出して、台無しになる可能性が高い」

「……ありえますな。しかし随分と、二人に肩入れをなさるのですな。亡くなられた伯爵と、それほど親しくしていらしたようには思えませんでしたが」

 ウチの上司は、ゲスの勘繰りが出来る性格ではない唐変木なので、多分純粋に疑問だっただけだろう。

 お館様はどう答えるんだろうと、何気に興味深く見守っていたら、やがてフッと、その口元から笑みが溢れて、ちょっと驚いてしまった。

「肩入れをしているのは、私ではない――彼女レイナだ。彼女なら、二人を連座させない為と言えば、自ら進んで、襲撃された事実には目をつむる。私はそこに先回りをしているだけの話だ。この手にある権力ちからで、出来る事をせずにいたら、いずれ彼女に失望されるだろう。それは私には、恐らく耐えられる事ではない」

 お館様は〝聖女の姉〟を王宮から引き剥がす事を望んでいる――。

 ファルコの言葉が掛け値なしの真実だと、その場に居合せた皆が思い知った瞬間だった。

 夜が明けて、ようやく真面マトモに彼女と向き合ってみれば、定例報告書類を読みこなした上に、バーレント領やオルセン領と、新たな商品開発を進めていると、売り込みをかけてきた。

 軍本部の弱点、すなわち兵糧攻めが致命傷となり得る事を、お館様に言われるまでもなく把握していたと、セルヴァンが言うのも納得の才媛だった。

〝貴女を我々の貴婦人と仰ぐ事にいなやはない〟

 ウチの上司は、本能レベルで動いているような所がある、困った人間ではあるが、相手の見極め、戦場での判断を間違えた事はない。

 普段はこっちも小言しかぶつけていないし、馬車の中で良い雰囲気になっていたらしい、お館様とレイナ嬢のを邪魔するとか、お館様に殺されたいのかと叫びたくなる様な男でも、だ。

 そうですね。
 私もこのご令嬢ならば、我々の〝貴婦人〟として、仰ぐに足る方だと思いますよ。

「あ、そうしたら、例の『紙』の売り込み、オムレツのレシピ書いて、持って行って貰うようにします。何も書いていない紙の見本も、もちろん持って行って貰いますけど、使用見本も一枚くらい、あっても良いでしょうし」

 公爵邸を辞去する挨拶の際にまで、彼女はにこやかに爆弾を落とすのだ。

「これからも、公爵様を宜しくお支え下さい」

 そんな彼女の後ろに立つお館様が「ちゃんと彼女も守るように」と、目で告げている事に、どうやら本人は気が付いていない。

 承知致しました。
 戻り次第、軍本部の中にも、ちゃんと彼女の存在を根回ししておきます。
 
 それで何とか、上司がしでかしたについてはご容赦下さい、お館様。
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