聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
95 / 813
第一部 宰相家の居候

189 私、懲りてないですか?

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 確かに、代々の研究施設室長と一般開放区(植物園)の園長のために、植物園にほど近い所に、ちょっとした小規模な邸宅があるとは初日に聞いた気がする。

 だけど元はと言えばキスト室長は、辺境伯家の次男じゃなかったか。

 ちょっと買い物に…レベルで、フラフラと街を歩いているものなのだろうか。

「おや、ユングベリ嬢。それにイザク君にイオタ君。買い物かい?」

「その言葉……そっくりお返しして良いですか、室長……」

 私の言いたい事を察したらしい室長が、ゆっくりと口の端に笑みを乗せた。

 街行く様々な女性陣の間で黄色い悲鳴が聞こえたのは、気のせいじゃない筈。

「頼んでいた本が、王都から届いたと聞いたからな。邸宅やしきや植物園に配達させるのは簡単だが、たまには外の空気が吸いたいと思う時だってある。今は貴女との研究以外、ちょうどひと段落ついているから、尚更にな。だから自分で引き取りに来て、これから帰るところだった」

「なるほど、そうなんですね」

「それで、貴女は?どうもチェルハ出版の方から歩いて来たように見えたが……」

「ちょっと家業のコトで、この街の商業ギルドを訪ねてみようと思って、向かう途中でした。チェルハ出版もその件で行っていて、用が済んで出てきたところだったんです」

 家業のコト、と言う私の言葉に、室長の眉が僅かにひそめられた気がした。

「ユングベリ嬢。今日は王立植物園は定休日だ」
「?はい、そうですね」
「定休日と言うのは、身体を休めるための日だと思うが、普通は」
「………えーっと」

 正論には違いないが、研究オタクが揃う王立植物園の研究員、ましてや室長に、果たして人の事は言えるのか……。

 何とも言えない私の表情から、無言の裏側を察したのか、キスト室長もバツが悪そうに軽く咳ばらいをした。

「ま、まあ、私に言われたくはないかも知れないがな。ただ、自分が好きでやっている分には良いが、貴女もいずれ商会を継ぐつもりなら、下の者の労働環境はキチンと考えた方が良い。雇われているのだから、仕えて当然と言う考え方では、いずれ皆離れていくぞ」

「それは……はい、肝に銘じます。イザクやイオタは、用が済んだら、少しゆっくりさせます」

「そうだな、そうした方が良い」

「あ、あまり立ち話をするのも何ですので……室長、明日の朝、少しお時間を頂いても良いですか?ご相談させて頂きたい事があるんです」

「うん?それは構わんが……それなら今から邸宅やしきの方に来るか?そこにいるのは、イザクやイオタ以外、商会の従業員たちか?皆に夕食を振る舞うくらいの事は出来るぞ。一応邸宅やしきには、王宮派遣の使用人たちも配されているしな」

「え?でも、今からいきなりは厨房の人たちが大変でしょう」

「度々研究施設に泊まり込むから、食材の仕入れと消費のバランスに頭を悩ませているようだし、行けば泣いて喜ぶと思うがな。そろそろまた、施設の食堂の方へ食材を格安で売りに行くはずだったろうしな」

「………そこは自慢げに語るところじゃない気がします」

「まあ、でも、要は遠慮不要と言う事だ。商業ギルドは食事の後でも行けるだろう。皆で来ると良い」

 食事の後となると、とっぷり日暮れだ。

 商業ギルドが24時間営業なのは確かだが、暗くなるから明日話を聞こうとならないのは、やはり室長の頭の中は、一般常識から少し?ずれているのかも知れない。



 どうしますか?と目で問いかけてきたイザクに、私は一瞬空を仰いで考える仕種を見せた後、夕食の招待を受ける決断をした。

「ここにいる全員で行って良いってコトなら、お言葉に甘えましょうか?ギルドを通す前に、室長に例の記事の話をしておくのも、考え方によっては良い事なのかも知れないしね」

「まあ…それは確かにそうかも知れませんが」

「心配性だな、意外に。いくら何でも、君たちが居てまで彼女のお相手も怒らないだろう?」

 キスト室長は半分冗談のつもりで言ったんだろうと思うけど、イザクは全く表情を変えずに「いえ」と断言してのけた。

「耳に入れば邸宅おやしきのダイニングが凍り付きかねないので」

「……っ」

 イーザークー!と内心で盛大に罵る私を横目に、シーグとトーカレヴァ以外、要はこの場にいる〝鷹の眼〟全員が真顔で頷いていた。

「ちょっと、あのね――」

「――とは言え、その記事の話を早めにした方が良い事も確かですし、ここはお言葉に甘えさせて頂くべきかと。この件は従業員一同、平和のために口をつぐみます」

「…ねえ何で、そんな生きるか死ぬかみたいな選択肢になってるの?」

「それが事実だからです」

 で、何で私がそんな、残念な子を見るみたいな視線を向けられるんでしょう、イザクさん。

 キスト室長を見れば、ちょっと横を向いて肩を振るわせていた。

「い、いや、すまない。そのネックレスを見れば、贈り主はよほど彼女の周囲を牽制したいのだろうなと思ってはいたが、どうやら想像以上だったようだ。まあ今日は、商会の仕事の一環とでも思っておいてくれれば良い。しかしその贈り主も、ユングベリ嬢の才能と行動力を考えれば、毎日さぞ気が気ではないのだろうな。機会があれば酒でも酌み交わしてみたいところだ。色々と面白い話が聞けそうだ」

 馬車も別で良いから、後ろをついて来ると良い――。
 キスト室長はまだ笑ったまま、片手を上げて身を翻した。

「あの、お嬢様。今の一連の話はどう言う――」

「ああっ、いい、いい!シ――イオタ嬢ちゃんには、後でたっぷり俺らが説明してやるから!とりあえず馬留め行こうぜ、室長サンが行っちまう!」

 ファルコがそう言って、口を開きかけたシーグを遮るようにして、馬車を停めてある専用の広場まで、大股で歩き出した。

 その説明、私も聞きたいくらいだと、ちょっと頬を膨らませながらも、私も後をついて行った。

*        *         *

「うわぁ…」

 以前、都内の閑静な一角に佇むエキゾチック宮殿のような、アフガニスタン・イスラム大使館を見かけた事があったけど…まさにそんな感じだ。

 辺境伯次男の言う「ちょっとした邸宅やしき」を舐めてました。

 そりゃ公爵邸よりは規模は小さいけど。それにしても。

「食事の支度が整うまで、団欒の間で先に話を聞こうか」

「あ、はい」

 急な来客だと言うのに、執事以下使用人の目が輝いている。

 どうやらこの邸宅やしきの主は、代々寝るためだけに帰って来るか、酷い日は帰って来ないかと言う日々を繰り返す傾向にあるらしく、仕事の為とは言え、来客が食事をしていくと言うのは「これこそが働き甲斐!」と言う事らしい。

「普通はラクな仕事だと喜びそうなものだが、どうもここに派遣されてくる使用人は、大抵がああ言った仕事大好き人間ばかりで」

「本当にラクがしたい使用人なら、いつ戻って来られるか分からない旦那様をお待ちするとかは出来ませんから。ユングベリ様も、どうぞ気を遣わずにお過ごし下さいますよう」

 執事の男性は、にこやかにそう言って奥へと下がって行った。

「それで、話とは?」

 早速と言った感じにキスト室長も聞いてくれたので、私もさりげない動作で、完成したばかりのタブロイド版を机の上に置いた。

「うん?本でもないし、布告書のような書面でもない…これは……」

「うーん…タブロイド紙とか、大衆紙とか、フリーペーパーとか、私が住んでいた所では色々な言われ方をしていて、枚数も一定じゃないんですけど…」

 そう言いながら私は、ヒディンクさんに説明したのと同じように、本来の形式としては、地域に密接した情報や、生活に絡んだ情報を掲載して、広告収入だけを元手に無料で配布する仕組みなのだと説明した。

 もちろん無料じゃない物もあるが、それでも一般的な書籍よりは遥かに安いのだと。

「ウチの商会としては、この紙面にかかれた編集版を見て、先々書籍化される本を買って貰いたいと言う意図があって、コレを配布する予定なんです。書籍部門も私が担当する予定なので」

「ユングベリ嬢…ちゃんと寝ているのか?私から見ても、あれこれと手掛けすぎに見えるぞ」

「……ははは、そこは、まあ、何度か叱られてますので、少しずつ改善中です」

 誰が叱っているのかは、ここではノーコメントだ。
 さっさと話題を逸らしてしまおう。

「えーっと、それでですね。この紙面を作って貰っていた時に、チェルハ出版のヒディンクさんが、王立植物園一般開放区の開花情報なんかを街の人に定期的に発信する書面と、街にあるレストランや店舗の情報を広告として掲載する事で印刷費用をそこから賄って出版、今回みたいな形で無料配布してみても良いんじゃないかと、仰いまして……室長のご意見を伺おうかと」

「―――」

 キスト室長の表情が、スッと引き締められた気がした。
しおりを挟む
感想 1,451

あなたにおすすめの小説

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

無実ですが、喜んで国を去ります!

霜月満月
恋愛
お姉様曰く、ここは乙女ゲームの世界だそうだ。 そして私は悪役令嬢。 よし。ちょうど私の婚約者の第二王子殿下は私もお姉様も好きじゃない。濡れ衣を着せられるのが分かっているならやりようはある。 ━━これは前世から家族である、転生一家の国外逃亡までの一部始終です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話 2025.10〜連載版構想書き溜め中 2025.12 〜現時点10万字越え確定

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する

satomi
恋愛
醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。    もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。