聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第一部 宰相家の居候

251 視察には行くようです

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 天ぷらセットを少し残しておいたところが、その日のエドヴァルドの帰宅は思ったよりも遅かった。

 先に食べて良いと途中で伝言が届いたので、エドヴァルドの分だけは揚げずに残しておいて貰って、帰って来た時に、私はデザートと紅茶でダイニングで食事をお付き合いする事にした。

 そもそもが、あまりキノコや山菜が食卓に乗る事が少なかったようで、何が高級キノコで、公爵領内に産地があるかと聞かれて、エドヴァルドもさすがにパッと思い浮かばなかったみたいだった。

「立地条件を考えれば、山脈を抱えるキヴェカスやハーグルンドあたりかも知れないが……確認してみるか」

公爵邸ここの敷地でもそこそこ見つかる事を思えば、必ずしも高地である必要もないと思うんですけど……」

「確かにな」

「そもそも国内であまりキノコや山菜の料理が浸透していないなら、敢えて今から名物として作り上げて売り出すのも一つのかも知れませんよ」

「エッカランタの〝スヴァレーフ〟の揚げ物の様な感じか」

「まあ、そうですね。そんな感じです」

 お皿に乗る天ぷら類を眺めながら、ふむ…とエドヴァルドが何かを考える仕種を見せていた。

「ならレイナ、ベルセリウス達が帰った後、一緒にハーグルンド方面に行ってみるか?」
「え?」

 思いがけない事を言われて、ちょっときょとんとした表情になってしまったかも知れない。

「えっと…そこって、土砂災害のあった領じゃなかったですか?」

「ああ。他の領と繋がる大きな街道がまだ完全に復旧出来ておらず、今はかろうじてリリアート領からの川越の渡し船、地元民しか通らない様な整備不十分な道なんかを通って、食料や日用品を運んでいるところだ」

「それは……」

 領主筆頭に地元民が復旧に必死になっているところに、領の更なるトップが押しかけるとか、ただの迷惑じゃ――と思ったところが、正直に表情かおに出たんだろう。エドヴァルドも苦笑を浮かべていた。

「貴女の言いたい事は分かる。だから正確には、隣接するリリアート領に行って、ハーグルンド領との間にある山脈で取れる食材を確認してみる、と言うのが正しいのかも知れない。リリアート伯爵の方が、王都にいる我々よりもよほど復旧の現状を知っているだろうし、両伯爵の間には昔からの交流があるとも聞いている。公爵邸ここにある様な、あの地域周辺の植物図鑑があるなら、無理に山に入る事もあるまい」

 そもそもハーグルンド領は高級ブランド牛の産地だとは聞くけれど、今は領外との取引が思うようにいっていない状態だ。
 街道の復旧費用で相当、領としての蓄えが削られているからには、一つでも稼ぎの見込める手段を増やしたいに違いない。

「なるほど……それに公爵領内あちこちガラス製品の営業で渡り歩いているらしいリリアート伯爵令息とか、何か情報をお持ちかも知れないですね」

「そうだな。国王陛下フィルバートから、簡易型転移装置の一ヶ月無許可無制限使用権をもぎ取ってきたからな。行き帰りの事はあまり考えなくてもよくなった」

「――はい⁉」

 エドヴァルドの思わぬ発言に、手にしかけていたティーカップが、ガチャっと無作法な音をたててしまった。

 …幸いにも皆さま、見て見ぬフリをしていただきましたが。

 何でも「一ヶ月間の謹慎」に関しては、フィルバートやフォルシアン公爵どころか、宰相副官シモン始め宰相室付きの文官達からも、泣きが入ったらしい。

 領管轄下の貴族が王都で事件を起こして咎めなしでは、他の貴族に示しがつかないと言う建前論を、印籠の如く掲げるエドヴァルドとの間で、喧々諤々の論議――と言うか条件闘争が繰り広げられた末、行き先申告の義務と、簡易型転移装置を持たせるので、急を要する事態が起きた際には一度王宮に戻って対処する事、と言う条件での1ヶ月間の「謹慎」が認められたんだそうだ。

 しかも緊急事態かどうかはエドヴァルドの判断、それに値しないと判断したなら、手紙で指示だけを返すと言う事らしい。

「当たり前だ。文官連中でも判断出来る様な話で、いちいち呼ばれてたまるか」

 ……うん、確実に私が知っている「謹慎」と、意味は違う。

「ハーグルンドの災害復興に関しての視察、と言う事ならば王宮の方でも暗黙の了解として目を瞑りやすいんだ。放置しておける事ではないし、更なる支援が必要ならば他領からも人や物の融通を検討すると、フォルシアン公爵も言ってくれたしな」

「なるほど……」

「状況によっては、リリアート領の滞在で謹慎期間を使い果たしてしまうかも知れないし、ハーグルンド領内まで入れるようになるかも知れない。まあ何とも言えないが、必要な事ではある。貴女は滞在中、この料理てんぷらの研究を進めてくれて構わないから、一緒に行ってくれるか」

「そう言う事でしたら、喜んで」

 ホイル包みならぬ朴葉包みの様な事が出来れば、キノコとハンバーグで名物料理になるかも知れない。

 ハーグルンド領復興の役に立てれば良いな…と、私は漠然と考えていた。

「レイナ、明日商業ギルドに行く時、リリアート伯爵宛に私からの手紙を出させて貰いたいが、構わないか。本来なら王宮の〝転移扉〟を手紙仕様の魔力出力にして使用したりするんだが、今行くと、他の用事まで押し付けられるのが目に見えている。ならばその次に早いのはギルド管轄の手紙転移なんだ」

「あ、はい、もちろんです」

「ハーグルンド伯爵へは、リリアート伯爵からの返事を見てから連絡をどうするか判断するつもりだ。もしかするとそちらはギルド便より、リリアート伯爵からの直接の書状の方が良い場合も考えられるしな」

 なるほど色々と、貴族間のやりとりは考えないといけない事が多いらしい。
 ふむふむと私が頷いていると、エドヴァルドはちょっと困った様に微笑んでいた。

「貴女にはギルドカードは必要ないと思っていたのだが、こうなると、良かったと言うべきなのだろうな」

「あー…いえ、こちらこそ勝手なコトを……」

 身分証代わりにカードを作るだけの筈が、行商人登録までしてしまった。
 かかった費用は、庶民感覚からすれば、決して安くはない。

 ――そこは気にしていないと、国に五つしかない公爵家のご当主サマは仰って下さいますが。

「どのみち、フェリクスの店の第二店舗セカンドラインの話もあるし、バーレント伯爵名義で近々設立する会社との取引もある。実店舗があった方が、恐らくは滞りが少ない。今の行商人登録を実店舗有りの登録に移行するよう、明日私からも口添えしよう」

「えっ⁉」

 いきなりの行商人登録からの1ランクアップに、思わずと言ったていで聞き返してしまった。

「ユングベリ商会を正式に立ち上げて、貴女を商会長にすると言う事だ。その上で貴女も『レイナ・ユングベリ』として、カードを再発行して貰うと良い。今までは聖女マナの身内として『ソガワ』名でもよかったが、彼女がギーレンに残るとなった以上は、貴女の『ソガワ』と言う家名がこの国アンジェスで浮いてしまう」

 なぜ、ギーレンの聖女と同じ家名をアンジェスにいる平民が持っているのか――なんて、痛くもない腹を探られるかも知れないと言う事だろう。

 もともとが、どの国でも聞かない苗字(家名)だ。
 ギーレン側にとっても、アンジェス側にとっても、あまり好ましい状況ではないのだろう。

「本来であれば、アンディション侯爵なり、政争に巻き込まれないような家に後ろ楯になって貰うつもりではいたのだが、まだどこの家とも根回しが出来ていない。それまでの間、仮と言う形で『ユングベリ』を名乗ってはどうかと思ったんだ。そもそもギーレンのベクレル伯爵夫人の実家領地の名を取っているのだろう?親戚筋と言う建前でしばらく通せる筈だ」

「え、でも開業届含めて、事業計画書とか店舗の不動産登録とかギルドへの保証金を納めるとか、色々と手続きあったんじゃ……」

「必要な話はイッターシュ商業ギルド長が教授してくれるだろう。幸い私もだ。書類の作成には手を貸せる」

「―――」

 大事なコトなので、もう一度。

 ………謹慎って、意味なんだったっけ。
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