聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

286 クヴィスト家は追及される(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「……私は……」

 イデオン、フォルシアン、コンティオラ、スヴェンテと、残りの四公爵の圧力に負ける形で、クヴィスト公爵令息がおずおずと口を開いた。

「私が知るのは、フェリーネが――サレステーデの公爵家に嫁いだ妹が、父に、当代公爵マチェイに、嫁ぎ先のベイエルス公爵家が、側妃の子である第二王子、第一王女と共に潰されそうだと。命の危機すらあると。いざと言う時の緊急避難先として、力を貸して欲しいと…そんな手紙を送ってきたところからでしょうか」

 それは結構、今回の問題が起きた、ほぼ原因と言っても良いところからじゃないかと思ったものの、誰も口は挟まない。
 とりあえず、全て話させる方が先だと皆思ったのかも知れない。

「これは決して父を貶めて責任逃れをしようとしている訳ではなく、純粋な事実として捉えて頂きたいのですが」

 そう前置きしたクヴィスト公爵令息は、18年前の、キヴェカス領との産地偽装問題に絡む裁判に敗れてから以降、当主であるマチェイには、鬱屈とした異常心理コンプレックスのようなものがあったと、ため息交じりに口にした。

 その件以降、クヴィスト家は五公爵家の中でも最下位に見做されているとの思いが、ずっと拭えずにいたらしい。

「父が長年当主の地位に固執しつづけてきたのは、何としても自分自身が当主であるうちに、イデオン公爵閣下、貴方様の上に立ちたいと、そうした思いがあったからでしょう。他の公爵家の皆様に、長年色々な縁談を打診していたのも、恐らくはイデオン公爵家を孤立させたいと切望したが故の事かと」

 どうやらユセフ・フォルシアン宛の縁談以外にも、多種多様な一族縁者を使って、あちらこちらに縁談を持ちかけていたらしい。
 エドヴァルドが僅かに苦笑しているらしいところを見ると、馬鹿馬鹿しい…くらいには思っているのかも知れなかった。

「ですから、今回の妹からの手紙に関しても、これ幸いとばかりに『いかにイデオン公爵家の勢力を削げるか』と考えて、第二王子と第一王女を受け入れる方向で話を進めたのだと」

 ユセフ・フォルシアンによるフェリーネ・クヴィストとの縁談の拒絶の事もあるが、そもそもフォルシアン公爵家とイデオン公爵家は、それなりに友好関係にあるとこちらでは考えられていたので…と、クヴィスト公爵令息は苦い笑みを垣間見せた。

「なるほど、私からフォルシアン公爵家を引き剝がすのと同時に、聖女もしくはその姉を手に入れる事で、私の陛下への影響力も削ごうと考えた訳か」

 聖女とその姉を異国から招き、宰相としてのエドヴァルドがその後見となっていたのは、王宮内の高位貴族の間では知られていた事だ。

 宰相閣下の周囲を全て引き剝がし、サレステーデの第二王子と第一王女には本国に返り咲いて貰い、己はそちらの後見に付く。
 そうなれば、いくら国王陛下と言えど、宰相以上に自分を重用せざるを得ないだろうと、長年の悲願も果たせる――父はそう考えたのだろうと、クヴィスト公爵令息はそうエドヴァルドに答えを返した。

「……まさに『寝言』だな。そんな妄執に囚われた老人なんぞを私が重用すると思ったか」

 呆れた、と言った感情を隠さない国王陛下フィルバートに、クヴィスト公爵令息は「本当に、不敬と取られても致し方なかったと思っております」と、悄然と項垂れていた。

「父はクヴィスト家では専制君主でした。手に入れた情報の中から、自分の信じたい情報のみを信じる――そんな側面があると知っていながら、私や他の兄弟達も、父には何も言えなかった」

 もしかしたら、クヴィスト公爵令息やその兄弟姉妹は、フィルバートの性格に関して、長年の評判からある程度は察していたのかも知れない。
 だからこそ、殊この期に及んで、父親が殺された事を騒ぎ立てようとはしないのかも知れなかった。

「今はまだ、五公爵家による政務のバランスを崩す方が悪手だと思うが故に、代替わりのみで目を瞑るつもりだが、今後侯爵家以下に優秀な人材が現れて、論功行賞によって相応しいと見做したならば、挿げ替える可能性がある点は頭に叩き込んでおく事だな。まあ、何もこれはクヴィスト家に限った話ではないが」

 フィルバートなら、その気になればいくらだってやってのけるだろう。
 家柄だの歴史だのと言った事に、元より頓着する性質タチではない。

 それが分かっているクヴィスト以外の公爵達も、黙礼する事でこの場では恭順の意を示していた。

「だがやはり、第一王子の為人ひととなりに関しては、確信が持てないな。第二王子の話だけではなく、クヴィストの娘が同じ事を言っているのだとしても、結局は第二王子派の言い分と言う事になる」

 椅子の肘掛けの部分を人差し指で軽く叩くフィルバートに、クヴィスト公爵令息は「あくまでその言い分としてお聞き頂きたいのですが」と、二人がアンジェスに入国するに至った経緯を口にしたが、聞いているとやはり、王都に最も近いクヴィスト公爵領の領地にまずは転移をさせ、そこから馬車で王都にあるクヴィスト公爵本邸へやって来たとの事だった。

 転移装置はどうしたのかと聞けば、王子王女と共に入国してきた使用人達が、手分けしてサレステーデ本国から持ち込んで来ていたそうだ。

「本来なら、いざと言う時の為にと伝えていた筈が、フォルシアン公爵令息の絵姿を見た王女殿下が『こんな所でビクビクと刺客に怯えるくらいなら、さっさと国を出ますわ!』と叫んでベイエルス公爵邸に押しかけたそうで……」

 ベイエルス公爵家としても、表立って王女殿下ドロテアには逆らえず、第二王子ドナート自身も、あまりに大っぴらに王女が王宮を出た為に、もはや一人王宮に残る訳にもいかず、渋々妹に付き添う様に国を出ざるを得なかったらしいとの事だった。

 ――思いがけず、兄王子は苦労性だったようだ。

「だからと言って、結局穴だらけの計画に乗って、我が公爵邸を襲おうなどとは、言語道断だがな」

 …エドヴァルドを取り巻く空気が冷たい。

 まったくだ、と相槌を打つフォルシアン公爵も、目がこれっぽっちも笑ってなくて、怖いです。
 エドヴァルドが「彼を侮るな」と言うのも納得の空気です。

「それで今日の議題はどう言う事に……?」

 そこで場を仕切り直そうとするかの様に片手を上げたのが、コンティオラ公爵だった。

 普段はこう言った集まりで口を開く事が少ないとエドヴァルドは言っていたけれど、あくまで後見、代理として一歩引いている風なスヴェンテ老公爵と、今回の当事者である残りの公爵達を考えて、自分がここで言葉を差し挟むのが妥当と判断したのかも知れなかった。

「クヴィスト卿がこの場に参加していると言う事は、この場でクヴィスト家の代替わりを承認するか否かと――そう言う話でしょうか、陛下?」

「ああ、まあ、呼んだのは私だしな。要約すれば、そう言う事になるな。それと、そこの怒り心頭の公爵二人が問答無用で牢に放り込んだ、どこぞの王族二人のについての話もあるだろう。第一王子が引き取りに来る事は先触れで皆分かっているだろうが、いつ来させて、こちらからどう言う条件をつけるか、決めておいた方が良いだろう?まさか、タダで返す気か?」

「条件……」

 なるほど、と呟きながらコンティオラ公爵が、円卓をぐるりと見回した。

「代替わりの話自体に否やはないが、は、いっそタダで送り返して、第一王子派とやらに粛正されてしまえ――とも思うが、まあ現実的とは言えないだろうな」
 
 フォルシアン公爵が、己に言い聞かせるかの様に、椅子の背もたれに身体を預けて足を組みながら、こちらも円卓の他の面々を見回した。

「その第一王子とやらが、今回しでかした第二王子よりも更に愚か、あるいは国内の有力貴族の傀儡程度の存在だったとしたら、下手をすればサレステーデは潰れる。回りまわってアンジェスに影響を及ぼさない保証はないからな」

 …淡々と語るそのお姿が、コンティオラ公爵より遥かに絵になるなどとは、とても口に出来ません。ハイ。

「…一応、第二王子の言い分からすると『キリアン第一王子は、ベイエルス公爵家と対立するバルキン公爵家の当主の傀儡』と言う事らしいがな」

 何か言いたげだったが、身分差の問題で率先して発言出来なかったらしいクヴィスト公爵令息の表情を読んだエドヴァルドが、今度はそこで発言を入れた。

 クヴィスト公爵令息は、無言のまま首を大きく縦に振っている。

「ふむ……全てが第二王子側から見ての話と言う事に変わりはない、と……」

 堂々巡りだ、と口元に手をあてたスヴェンテ老公爵が呟いている。

 そんな様子を視線でひと撫でして、エドヴァルドが「ならば」と話をまとめるかの様に口を開いた。

、代替わり自体はもはや避けられまい。だが今はまだ、それを伏せておくべきだ。クヴィスト公爵の死が、サレステーデのベイエルス公爵家にどんな影響を与えるかが分からない。少なくとも第一王子がアンジェスに入って、その思惑と本人の為人ひととなりが判明するまでは、現状維持にしておくべきではないか?」

「―――」

 その言葉に、他の公爵と公爵令息は、それぞれ顔を見合わせつつも、どうやらそれ以上の案を示せなかったらしく、誰も反論をしなかった。

 そうしてエドヴァルドが、最後フィルバートの方へ視線を向けると、クヴィスト公爵を手にかけた実行犯サマは、どうぞご自由にとばかりに肩を竦めた。 

「特に文句をつけるところもないが……それまで殺人犯わたしは野放しになるが、構わないのか?」

 くつくつと低く笑っているあたり、本当に、本当に、困った陛下ひとだと思う。

 唖然としている周囲をよそに、さすがの幼馴染エドヴァルドは、一瞬眉を跳ね上げると、冷ややかな空気と共にその笑いをぶった切った。

「仮に第一王子とそのお付きが不穏な事を企んで入国してきたなら、その時には遠慮なく手をお借りしますよ」

 ――もちろん、そんな事では堪えない国王陛下フィルバートは「それは楽しみだ」と笑っただけだったけど。
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