聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

300 決まる未来と見えない明日

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 気が付くとミカ君が、こちらの座席を離れて、ハルヴァラの白磁器に新たに盛られた料理を手に、スヴェンテ老公爵の所へと歩み寄っていた。

 うん。亡くなったハルヴァラ伯爵おとうさんの話とか聞きたいよね。

「スヴェンテ老公爵様は、父の事をよくご存じだと伺いました。出来れば、僕が生まれる前の父の話を色々伺えると嬉しいです」

 そんな声がしたところで、気を利かせてか、今まで向こうのテーブルからかろうじて聞こえる声を発していたコンティオラ公爵も、席を離れてこちらへと移って来た。

 そうなると、さすがに公爵三人を立たせたままにはしておけないと、今度はベルセリウス将軍とウルリック副長が、慌てて席を立った。

「レイナ嬢、今日の料理ですが〝スヴァレーフ〟のチョコレートがけと海鮮版バーミセリ以外はぜひ、軍の厨房でも取り入れる相談を後日させて下さい。ハーグルンド伯爵の所に我々も行った方が良ければ、そうしますので」

 以前「オムレツ」の話をした時に、レストランでお金をとって出すのでなければ、特段許可は不要との話はしていた筈だけれど、今回例えばレシピの権利を買う事で、ハーグルンド領の復興費用の足しになるのなら、そうしたいと言うのが、将軍と副長の共通した思いみたいだった。

 イデオン公爵領防衛軍本部の立地から考えると、チョコレートや海産物に関しては、気軽に手に入る部類の物ではないので、そこは関与しないと言うスタンスらしい。

「あっ、えっ、私ですか⁉」

「もちろん最終的にはお館様のご許可を得られる事だろうとは思いますが、そもそも全てレイナ嬢が手がけておられる案件はなしな訳ですし」

 ウルリック副長の言葉に私がチラッとエドヴァルドを見やると、エドヴァルドは軽く首を縦に振った。

「レシピの申請者は貴女になるのだから、どうしたいのかを言ってくれれば、それで良い。後は私がすり合わせる」

 ただし――と、また不意に、エドヴァルドが耳元に顔を寄せて来た。

「これを置き土産に私の下から離れる、と言う話なら金輪際聞き入れないからそのつもりで」

「――っ⁉」

 小声だったら、何を言っても良いってコトじゃないと思うんですけど――⁉

 ちょっと、ほんのちょっとだけ、以前まえにシャルリーヌと、バリエンダールに一緒に行って暮らすのもアリかなって、仄めかしただけだったのに、そんなに根に持たれていたとか思わないし!

 顔が赤くなったのを止めようもなく、諦めて片手で顔を覆った私に、周りの皆様はナニカを察してくれたみたいだった。

「ウルリック」
「は……」

 エドヴァルドの方は、しれっと顔を離して、私の代わりにウルリック副長に話しかけていたけれど。

「私がしている間に、近々リリアート領の領都を拠点にして、ハーグルンド領に入るつもりはしている。無論、今回のレシピとレイナも共に、だ。護衛なら〝鷹の眼〟で事足りるが、ハーグルンドの現状視察に、ベルセリウスと来るか?」

 え、婚前旅行⁉とか呟いているシャーリー、あとで覚えてなさいよ。

 あら…なんて呟いているフォルシアン公爵夫人も、気のせいか楽しげですね⁉

 ――後で自分自身が落ち着いたところで詳しく聞いたところによると、イデオン公爵領防衛軍は、領の防衛を担っているのはもちろん、治安維持や災害派遣など、私の感覚で言うところの、日本の「自衛隊」に近い役割を持っているみたいだった。

 実際、災害直後には公道復旧の為に軍からもほとんどの人間が派遣されていて、今も定期的に何名か組んで様子を見に行ったりしているらしい。

 となると、例の軍の新人三人組は、確実に次かその次くらいには、ハーグルンドに派遣されていそうだ。
 うん、頑張れ。
 内心で思わず手を合わせてしまった。

 そんな私はそっちのけで、声を出さずにテンションだけ上がっている淑女?二人を横目に、ウルリック副長は「将軍、どうします?行くなら行くで、本部に戻る日は更に遅れますけど」と、ベルセリウス将軍にお伺いを立てていた。

「うむ……ハーグルンドの現状視察は、我らの職務でもあるしな。ただそうなると、本部に寄るには、方向も違えば無駄に日時も消費する。お館様、その視察はいつ頃……?」

「今、リリアート伯爵に先触れを出して、状況を確認しているところだ。ギルド経由の手紙は王命の次に配達の早さを誇っているから、恐らくは今の騒動決着後、数日の内に日時を決められる筈だ」

「なら、それを聞いてから判断させて貰えますか。場合によっては現地集合も考慮致したく」

 黙礼するベルセリウス将軍に「分かった」と、エドヴァルドが片手を上げた。

「それと明日、共に王宮に上がって貰う事になるだろう。詳しくは夜、公務から戻り次第説明する」
「は……」

 将軍も副長もちょっと訝しげだけど、エドヴァルドとしても、この後王宮で国王陛下フィルバートと最終の話を詰めるまでは、あまり迂闊な事も言えないから、予定を空けておく様に言い含めておくのが精一杯なのかも知れない。

 そしてその様子をじっと見ていたフォルシアン公爵夫人が、ふと「あなた」と、自らの夫に声をかけた。

「……エリサベト?どうかしたかい?」

「あなた……わたくしの意思を尊重して下さろうとしていたのは嬉しく思いますけれど、ただ、検討する前に、既に外堀が埋まっていた気がしますのは、気のせいですかしら」

「―――」

 意外に押されているらしいフォルシアン公爵を横目に、夫人の笑みはまったく崩れない。
 さすがアンジェス社交界のトップグループに位置する淑女だと、変に感心してしまった。

「ええっと……じゃあは、受けてくれると言う事で良いのかな……?」

「ユセフの事を抜きにしても、色々充分だと思いますわ」

「そうか……!」

 美形イケメン公爵サマの渾身の笑顔が眩しいです。はい。

 何故かフォルシアン公爵は、エドヴァルドの背中を勢いよく叩いていて、エドヴァルドの方はやや顔を顰めながら、明後日の方角を向いている。

「……夫人、その話はいずれまた改めて。今は略礼でご容赦を」

「ええ、そうね。私も、ユセフがきちんと食事をとったかどうか不安ですし、今日はそろそろ失礼させて頂きますわね」

 そろそろお開きに――そんな空気が大広間ボールルームに満ちたところで、ミカ君が「イデオン公爵様!レイナ様!」と、こちらに早足で戻って来た。

「あ、あのっ、スヴェンテ老公爵様が、もっと話をしたいからって、ハルヴァラ領に帰るまでにと、王都邸宅にご招待下さったんですけど――」

 すぐに頷かず、ハルヴァラ領がイデオン公爵領の庇護下にあると自覚していて、こちらに、招待を受けて良いかどうかの確認に来たのだ。

 王都に来るまでは、ベルセリウス将軍が保護者代わりだったけれど、今はここにエドヴァルドがいる以上、確認を取るのはエドヴァルドだと、ミカ君なりに判断したみたいだった。

 仮にミカ君が元々スヴェンテ老公爵と知り合いだったとしても、エドヴァルドとスヴェンテ老公爵が親しくしていても、そうでなかったとしても、それぞれが別に幾つもの領を抱えている以上、外側からは推し量れないしがらみがあるかも知れず、何を置いても直属領の当主であるエドヴァルドに指示を仰ごうとするのは、この場合最適な選択肢と言うべきだった。

 ミカ君の成長が喜ばしいやら、また一つ「子供らしさ」が消えた事を嘆くべきやら――悲しくなると言うか、やっぱり家令チャペックを一度引っ叩きたい。

 そう思いながら、私もミカ君と同様に、エドヴァルドを見やる。

 ミカ君の年齢を考えれば、一人では行かせられないだろう。
 だけど、ハルヴァラ伯爵家のを一切知らないベルセリウス将軍やウルリック副長が付き添うのも、あまり好ましい事ではない気がする。

「―――」

 エドヴァルドの視線の先では、スヴェンテ老公爵が無言のまま、頭を下げていた――。
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