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第二部 宰相閣下の謹慎事情

304 ねないおとなだれだ(後)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「サレステーデのドナート第二王子が、正式にこちら側に付く事になった」

 戻って来るなり〝団欒の間ホワイエ〟で、着替えも後回しにエドヴァルドはそう言った。

 どうやら貴族牢の中で悶々と考えた結果、自らの身と国を、まとめて差し出す決断を下したんだろう。
 なるほど、だからエドヴァルドは今日こんなに帰って来るのが遅くなったのかと、妙に納得する。

「キリアン第一王子が明日、自身と共に宰相補佐で後見人でもあると言うバルキン公爵を連れて来ると聞いた時点で、もはや国王が意思すら示せる状態にないのだと悟って決断した――と、本人は言っている」

 サレステーデの国王陛下の容態は、どこまで本当なのかアンジェスからは判断が出来ない為、どうしてもそう言う言い方になるんだろう。

「可能性として、王家直属の護衛部隊の中で、特にバルキン公爵家の息がかかる者達が選りすぐられて送り込まれて、謁見あるいは夕食会で何かしら揉め事が起きるのではないかとの話になっている」

 揉め事…と、呟いたベルセリウス将軍は、腕を組んで天井を見上げている。

「お館様、それで今回は我々の参加が特例で認められたと?」

「ああ、まあそうだな。夕食会にかこつけて第二王子あるいは第一王女を誅殺し、その罪をアンジェスに擦り付ける、あるいは第二王子が首謀者で第一王子を狙ったところを返り討ちにしたとでっちあげて、アンジェスの同情を引いて今後の外交をやりやすくする――と言ったところが、今の時点でのこちら側の予想だ」

「しかし人手が欲しいだけなら、何もこの邸宅やしきから人を出さずとも良いのでは?恐れながらレイナ嬢が夕食会に行く意味が、よく――」

「将軍のお嫌いな『建前』ですよ。他国の王子王女が勝手に押しかけて来て『結婚してやる』などと騒いでいたのが、そもそもの事の発端なワケですから、第一王子とて、国の代表として、兄として、レイナ嬢とフォルシアン公爵令息に頭を下げなくてはならないんですよ」

 溜息交じりに、隣でウルリック副長が呟いている。

 ドナート第二王子は当初「聖女」もしくは「聖女の姉」を欲していた訳で、今はシャルリーヌがアンジェスの「聖女」になろうとしているけれど、それはまだ公式発表前の話であるからには、サレステーデが想定してやって来るのは「異国出身の黒髪の少女」の筈だ。

 私と、第一王女に押しかけられたユセフ・フォルシアンが参加しないと言う選択肢はないのだ。

 本来であれば、ベルセリウス将軍ですら、王宮内部の話を知る必要もないところ、イデオン公爵邸に第二王子が押しかけて来た事やら、王宮内でフォルシアン公爵令息が襲われた事をトーカレヴァが目撃している事もあって、国王陛下フィルバートの許可を得て、ほぼ全ての内情が、将軍と副長とファルコには明かされていた。

「ですがお館様、レイナ嬢が王宮に赴かれる必要性については我々も理解致しましたが、それだけならば将軍と私と、王宮護衛騎士トーカレヴァ・サタノフの三人で護衛は事足りるのでは?その第一王子とやらが狙うのが、第二王子と第一王女なのであれば、タダのお家騒動、王宮護衛騎士達が徒党を組んででも、無理矢理『転移扉』の向こう側に放り出せば、それで済む気がしますけど」

 実家が子爵家であるウルリック副長とトーカレヴァ、本人が侯爵位を持つベルセリウス将軍、王宮に入る資格を持つ三人で充分護衛になる筈と、要はそう言っている。

 ウルリック副長は、まずはじわりと、自分達でも考える力はあるのだと言う事を仄めかせているに違いなかった。

「確かに、ただのお家騒動であればそうしただろう。だが、この騒ぎで王家の権力が弱体化する事が目に見えているサレステーデをそのままにしておいては、ギーレン、バリエンダール、ベルィフとの関係性が変わってくる可能性がある。今回はその対策として、第二王子と第一王女をいったんこちらに留め置いていると思っておいてくれ」

「外交戦略ですか……そう言われると、我々は何も申し上げる事が出来ませんね」

 後で将軍とファルコから聞いたところによると、かつて侯爵位を継いで間もないベルセリウス将軍が、エドヴァルドに「軍が干上がっても良いなら叛旗を翻してみろ」等々、コテンパンに言い負かされた際、その話を聞いた弟のルーカスが、所謂「脳筋」が集まりがちな軍を統率する「頭脳」を将軍の傍に育て置かなくてはならないと考えて、ウルリック副長に白羽の矢を立てたらしい。

 腕っぷしだけならウルリック副長を上回る猛者は何人もいるそうだが、盗賊や不正を犯した街の有力者を捕らえるにあたって、彼ほど容赦ない作戦を立てる者もいないと、軍内部においても、満場一致で「ナンバー2」だと認識をされているとの事だった。

 ただ、その采配が出来るルーカス・ベルセリウス青年も、ベルセリウス侯爵家の当主補佐としては、かなり優秀な人だと思う。

「レイナには『聖女の姉』と言う肩書きがあり、ユセフ・フォルシアンには、私やフォルシアン公以上に遠いとは言え、アンジェスの王位継承権がある。そもそも、その事が今回の暴挙を呼んでいるからには、その芽は完全に潰しておきたい。協力してくれるな」

 エドヴァルドに問われたウルリック副長は、納得をしたとばかりに頭を下げた。

「では明日の話だが、王宮ではなく、まずは公爵邸ここに来てくれ。明日はいったん王宮の門は全て閉じた上で、謁見や夕食会の参加者は、各公爵の王都邸宅から、小型の転移扉を臨時に使用して、中に入る事になる。余計な侵入者を防ぎつつ、参加者の素性を各公爵が保証するための措置だ」

 一種の籠城状態が出来上がる事になるけれど、既に刺客などが紛れ込んでいて、出入りの商人に扮して潜入する事を防ぐ為には仕方がないのだろう。
 通いの使用人で、明日のシフトに当たる者は、今日の内から王宮入りし、従者の待機室などで一時的に宿泊をするらしい。

 きっと、明日一日の事として、皆も許容したのだろう。

 エドヴァルドの帰宅と共に姿を現したファルコが「我々もですか?」と口にしたため、エドヴァルドはそのまま頷いていた。

入られては、王宮護衛騎士と揉める元だ。サタノフやノーイェルとはもちろん相互に面識はあるだろうが、他とも顔合わせはしておいてくれ。いざと言う時に縄張り争いをされたのでは困る」

 そう言って、上着のポケットから折り畳まれた紙を取り出すと、机の上にそれを広げた。

「謁見の間と、今回の夕食会会場となる『賢者ミーミルの間』およびそこに繋がる廊下や部屋の配置だ。今しか見せられないから、必要最低限だけ頭に叩き込んでくれ」

 そして案の定と言うか、エドヴァルドが「ここにベルセリウスが…」などと言いかけたので、ウルリック副長に肘打ちをされた将軍が、慌ててそれを遮っていた。

「お、お館様!その辺りは、どうか我々にお任せ願えませんか!その、配置させたい場所だけを指示いただければ、後は我々が――」

「―――」

 今まで、あまりそう言った事がなかったんだろう。
 エドヴァルドが、不信感も顕わに眉をひそめていた。

「えーっとですな……私やケネトはともかく〝鷹の眼〟の連中は、王宮内ほぼ初見でしょう。ばらけさせるよりは、ファルコの指示ですぐに連携がとれるような配置にした方が良いのではないかと……」

「つまりは私の周囲を警戒するのは軍、レイナの周囲を警戒するのは〝鷹の眼〟…とでも?」

「そ、そうです、さすがはお館様!」

 大きな笑い声をあげて胸を張るベルセリウス将軍が、ちょっと痛々しい。

 片手で額を覆ったウルリック副長やファルコを横目に、エドヴァルドの周りをちょっと冷たい空気が取り囲んだ気がした。

「……そうか、考えておこう。最終判断は明日の出発の際に再度伝えるとしよう」
「ハッ!」

(……将軍……ドヤ顔をそのまま私に向けた時点で、多分全部無意味です……)

 それが証拠に「レイナ」と、私を呼んだ声がこの上なく冷ややかだった。

「後で話がある。いいな?」

「……承知しましたー……」

 ちょっと語尾が伸びたのは、勘弁して欲しい。

 明日まで生きてろよー、とか乾いた笑いのファルコがヒドイと思った私は、きっと間違ってない。
 それはもう絶対に!
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