聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

379 青藍(せいらん)と紫烏(シウ)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

「――その荷物、少なくないか?」

「ひゃっ⁉」

 持って行く、持って行かない…を、ヨンナとああでもないこうでもないと言いながら分けているところに、エドヴァルドがようやく帰って来た。

 頭の上からいきなり降り注いだ声に、びっくりしておかしな声を上げてしまった。

「……何故自分の邸宅やしきに戻って来て、そこまで驚かれなくてはならないんだ」
「す、すみません。つい……」

 明日の準備をしていた、と言うのは見て分かったんだろう。
 少し呆れたような溜息が聞こえてきた。

「私の時も、私の知らないところでこれだけ追加していたのか」

 エドヴァルドとて、着替えや書類など、入っている荷物の説明は事前に受けていたのだ。
 なのに蓋をあけてみれば、聞いていた以上の品物モノが詰め込まれていた。

 今度から、自分の目で確かめようと密かに決意していたとか、いなかったとか。

「だが貴女の場合、私の時よりも随行者が多い。テオドル大公は昔の名残で多少は警戒をされるかも知れんが、外交部長マトヴェイの場合は、今更自分が標的になる事はないと高を括っている可能性はある。中和剤なんかは、もう少しあっても良いかも知れない。物理的な事はベルセリウスやウルリックがいれば、大抵の事は何とでもなるだろうしな」

「それはそうなんですよね……最初の内は、連絡した内容はなしの真偽を確かめる為にも、誰も動いてこないとは思うんですけど、それが嘘偽りのない真実だと分かったら、そこから先はサレステーデの統治利権を巡って、良からぬ事を考えそうな人とかいるかも知れませんし」

 今度はバリエンダール内部の権力争いに巻き込まれでもしたら、目も当てられない。

 テオドル大公や、英雄の名を持つマトヴェイ外交部長が何かの拍子で拘束されたり人質に取られたりすれば、今度はアンジェスが、バリエンダールに取り込まれる可能性が出て来てしまう。

「王と王太子とか、王家と宰相家とかが争ってない事を祈るばかりですよ」

 あ、でも、もしかしたら王家と宰相家は、サレステーデの自称・王弟を巡って、既に対立済みの可能性がある。
 私の乾いた笑い声に、エドヴァルドのこめかみが僅かに動いた。

「貴女やボードリエ伯爵令嬢が読んだ『本』には、そこまでの事は載っていなかったのか?」

「何しろ、ミルテ王女視点の話がほとんどだったので、周囲の権力バランスまでは、あまり……。王太子の婚約者の実家、ハールマン侯爵家なら多少の記載はありましたけど、フォサーティ宰相家とかは、ホントに一度か二度名前が出ただけ…って言う位の文章量しか……」

「行ってみなければ分からない…か」

「今回は、ミルテ王女の為人ひととなりと、周囲の状況を確認してくるだけで、後は商会の事に注力しようと思ってます。よっぽど困った性格の王女様でなければ、そのままシーグかリックがギーレンむこうに報告するのにも目は瞑るつもりです」

 私は片手を上げて「無茶しません」を宣誓するかの様な恰好で、エドヴァルドにそう伝えた。

 それでも、物凄く苦い表情かおではあったけど。

「レイナ。仮にフォサーティ宰相家がどう言った状況にあろうと、私の立場を慮る必要はない。必要なら繋ぎを取れ。必要なら切り捨てろ。貴女がここへ戻って来る為に、必要と判断した使い方をすれば良い。貴女の目の前にいる男は――貴女が思うほど脆くはない。忘れるな」

 ギーレン王家オーグレーンの継承権放棄と共に、互いが納得をして縁を切った異母姉がバリエンダール宰相家にいようと、例え生きていようと亡くなっていようと、それに縛られて、こちらからいざと言う時の選択肢を狭める必要はない。

 血縁関係に振り回される必要はない。

 私なら理解出来る筈と、敢えて厳しい言い方をエドヴァルドはしたのだろう。
 そしてその通り、私には理解が出来てしまう。

「エドヴァルド様……」

 同じ様に苦い笑みを返した私に、自分の意思が伝わったと気付いたエドヴァルドは、微かに口元を綻ばせた。
 普通なら気が付かないかも知れない、本当に微かな笑みだった。

「……帰って来たら、そろそろその呼び方もどうにかして貰おうか」
「え?」

 急な話題転換についていきそびれて、キョトンとなった私の頬に、エドヴァルドが右手をそっと添えた。

の方が、私が許可してもいないのに、勝手にエド呼ばわりだった。同じ様に呼ばれるのも釈然としないが、いつまでも『様』付けと言うのも…な」

「……っ」

 私は思わず続ける言葉に困ってしまった。

 それは確かに「エドさん」はない、と思っていたけど、言われていた当人もどうやらお腹の中は煮えくりかえっていたご様子。

 私は私で、心の中では「エドヴァルド」呼びだったけど、そこは多分に〝蘇芳戦記〟の影響がある。

 自分よりも年上の、リアルな本人を呼び捨てに出来るかと言えば、別問題だ。

「――旦那様」

 そこに、大きな咳払いと共に、ヨンナの助け船が入った。

「確かに許可なくお呼びになるかたも問題外かと思いますが、すぐに決めかねる様なご要望を、一度に複数仰られるのも、少々問題かと」

 少々、のところに力が込められたのは、多分気のせいじゃないだろうな。

 頬に添えられていた手が、一瞬動きを止めた。

「……そうだな。呼び方の話よりも大事な話が確かにあるな。ただ…いずれまた、この話をしても良いか?出来れば貴女には、他に誰も呼んでいない呼び名で、私を呼んで欲しい」

「…………はい」

 この場合、他に言いようはないとも言う。

 他に誰も呼んでいない――それは「エドヴァルド」と言う呼び捨てはもちろん「エド」も「エディ」も却下と言う事になる。

 宰相閣下、さりげに無茶ぶりです。

「貴女は……前に『レイナ』が良いと言っていたが、それは今も変わらないか?」

 言いたい事は分かったけれど、私はそこは、首を縦に振る事しか出来なかった。

「長い間、誰もちゃんと名前を呼んでくれませんでしたし……片手の数で収まる友達が、かろうじて『レイちゃん』なんて呼んでくれてはいましたけど……出来れば、もうしばらくは『レイナ』が良いですね……省略されたくないと言うか……」

「……そうか」

「いっそ普段の呼び名とは別に、公爵家ここの『ドーイェンの庭』じゃないですけど、本名がバレたらまずいやり取りをする時の名前を別に決めるのも面白いかも知れませんよ?私とエドヴァルド様だけが分かる名前。私の国の言葉で何か――的な」

 その瞬間、ヨンナのため息が聞こえて来て、私は盛大に墓穴を掘った事を悟った。

「レイナ……呼び名の件は、近いうちと言う事で妥協しよう。それまでは今まで通りの『様』付けで良いとしよう。だがその、貴女の国の言葉で、手紙にも書き得る名前と言う話は、もしかしたらバリエンダールで必要になるかも知れない。そこは今、決めておこうか」

 愛称決めから逃れた筈が、別の穴にはまり込んでしまった。

「ええっと……」

 ああとか、ううとか、子供みたいに頭を抱えて、自分のボキャブラリーの中から必死で日本っぽい色の名前を手繰り寄せた。

「エ…ドヴァルド様は……青藍、青藍にしましょう!」

 エドヴァルドが纏う色は、紺青色だ。紫色を帯びた暗い上品な青色。
 だけど名前呼びの代わりとして考えれば、紺青はないと思う。
 だったら同じ紫みを含んだ暗めの青、やや彩度の高い〝青藍〟の方が、よほど人の名前としてもあり得る名前だ。

 ドーイェンの庭の「青藍」様――うん、即席にしてはいけると思う。

「セイラン……では貴女は?」

 困ったのは、こっちだ。
 黒っぽい色で洒落た名づけなんて、ほとんど聞いた事がない。

 黒檀、黒鼠……天鵞絨、羅紗……しっくりこない。

 散々唸った末に、不意にようやく、卒業式の着付けに着ていた着物教室の先生が、烏の羽根のような、艶のある黒――烏の黒と言えど、日本語には素敵な表現があるのですよと言っていたのを思い出した。

 紫烏しうの色、だ。

「……シウ、か」
「ど…どうでしょうか……」

 これなら、エドヴァルドとて発音出来ない言葉ではない筈だ。

 恐る恐るエドヴァルドを見ると――返事の代わりに、そっと抱き寄せられた。

「ああっ、あのっ⁉」

「それで良い。それで良いから――」

 ちゃんと帰って来てくれ。

 エドヴァルドは、何度も、何度も、その言葉を繰り返した。








****************************************

アルファポリスのみお読み頂いている方へ

長編にお付き合い頂いて有難うございます!

先日、三日間限定で突然スタートした、エドヴァルド愛称企画(笑)
たくさんいただいて絞り切れなくなった結果、二つ作らせていただく事にしました!

もうひとつは、どこかイチャイチャしている時(笑)にこぼれ落ちる予定です(*^^*)

引き続きどうぞよろしくお願いします!
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