聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
305 / 785
第二部 宰相閣下の謹慎事情

387 大公殿下は駆け引きをする

しおりを挟む
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 言い忘れていた事――。

 なるほど、アンジェス側が意図的に伏せた情報があると察した上で、こちらが話しやすくなるようにと、そんな水の向け方をしてきている。

 とぼけるも良し、話をするのも良しではあるけれど、出来れば今回の側近の訪問で話しておいて欲しいと、ミラン王太子側からはそう言う意図を感じた。

 テオドル大公は、一瞬だけこちらに視線を投げた後、一度だけゆっくりと目をまたたかせた。

 それはまるで合図を送っているかの様で、私もマトヴェイ外交部長も、任せて欲しいと言っているのだろうなと、その仕種で理解した。

「言い忘れていた事……さて……ああ、そう言えば第一王子の随行者の中に、をほざく者がいたと、宰相からは聞いておったな。くだらなすぎて、言う必要もなかろうと捨て置いていたが、その話だろうか?」

「……私の方からは、何とも」

 答えるジーノ・フォサーティ宰相令息の表情かおは、ちょっと痙攣ひきつっている。

 多分相手がテオドル大公じゃなければ「とぼけるのも大概にして下さい」とでも言い出しかねない感じだ。

 戯言たわごと度合いで言えば、結婚してやるとか嫁の貰い手がないなら側妃にしてやるとか、サレステーデの王子二人の発言の方が余程の戯言だとは思うけど、まあ「自分は王の弟だ、第三王子第一王女の実の父親だ」などと言うのも、傍から聞けば戯言に分類はされるだろう。何しろ証明する手段がない。

 アンジェス側としても、所謂「喋りたくなるお薬じはくざい」で聞きだした話であるだけに、これも大っぴらには主張しづらい。

 結果として、ジーノ青年の表情が多少歪もうとも、現時点では「仄めかす」程度の事しか出来ないのだ。

 そうだな…と、口元に手をあてた姿勢で、テオドル大公はジッと天井を見上げた。

「儂を含めてアンジェス側の者は皆、戯言だと思ってはおるが……が事実と証明出来そうなら、話す事はやぶさかではないとでも伝えて貰おうか?」

 これは「聞きたい事はそちらの想像通りの事である」事を仄めかすと同時に「それ以上を知りたければこちらにも相応の対価、つまりは情報を」とも同時に匂わせている。

 大公サマ、さすがです…と思う一方、顔を顰めているジーノ青年の方もそれを理解しているようで、やはりそれだけ彼は優秀なのだと言う事が窺い知れた。

 何のことかと問わないあたり、王太子側も、やはり持っている情報があると言う事だろう。

 そして、宰相と国王を目の前にしてはその事を明かせずに、自分達の持っている情報との突き合わせをしたくて、ジーノ青年を使いに出した。

(となると、この人は養父ではなく王太子を選んでる……?いやでも、二重スパイの可能性も捨てきれないし……)

 今のこの場だけでは、ジーノ・フォサーティ宰相令息の為人ひととなりも思惑も、完全に理解をする事は難しい。

 それに私は私で、エドヴァルドの異母姉あねにあたるキアラ・フォサーティ夫人が、今も健在なのか、健在ならどう言った立ち位置にいるのか…等、可能ならば探りを入れたいのだけれど、こちらもこちらで、現状として聞きづらい状況にあった。

「――なるほど。大公殿下のご意向は、承知致しました。殿下には、ではそのように」

 ジーノ青年は、今はしつこく追求をしたところで、無意味だと思ったんだろう。
 そう言った後、軽く頭だけを下げて、立ち上がった。

「うむ。殿下も会議前で、其方そなたの回答を待ちくたびれておるやも知れんしな。儂の伝言で思うところが出て来たなら、いつでも訪ねて来るが良いとも伝えてくれて構わんぞ」

 呼んでくれ、ではなく訪ねて来れば良い……と言うのは、それであれば私やマトヴェイ外交部長もその時一緒に内容はなしを聞けるだろうと、そう考えてくれたからに違いない。

 もちろん、そんなテオドル大公の思惑までは、恐らく悟られる事なく――部屋は再び、ジーノ青年が来る前の状態に戻った。

『さて、この後は誰が来るにせよ来ないにせよ、儂はとりあえずミルテ王女宛に、明日の茶会の招待状の返信を出さねばならんな。メダルド陛下なりミラン王太子殿下なりから、とりあえずの連絡はいくだろうが、こちらからもレイナ嬢の参加の件は書き足しておかねばなるまいよ。其方らはその間に、今日の議事録を書き上げてしまうと良い』

 ジーノ青年の足音が遠ざかるのを聞きながら、テオドル大公は立ち上がって、別の机の上に置かれていた手紙を手にしていた。

『まあ、しかしあの分だと、少なくともミラン王太子は、サレステーデのキリアン第一王子の随行者の中に、ビリエルこと自称王弟ヘリストがいると、予想はしているようだな』

『そうですね……その上でアンジェス側の人間が、サレステーデ王家の血筋の話をどこまで知っているのか、さぞ探りたいのではないかと』

 それ次第で〝幻の王弟〟を新しい御輿に出来るか、諦めてアンジェス側の提案通りに自治領化を進めるかを検討したいに違いない。

『ふむ…なら、さっさと教えてやった方が良かったか?』

『どうでしょう……それはそれで、バリエンダール内での勢力争いに巻き込まれないとも限りませんし。と言うか、私なら大公殿下の所に「お力をお貸し下さい!」って駆け込みますね。まあ、お力と言うよりは、お名前と言った方がより正確かも知れませんけど』

 む…と眉間に皺を寄せたのはテオドル大公で、マトヴェイ外交部長は、言われてみればとばかりに、軽く目をみはっていた。

『代わりに儂が御輿にされる…と?』

『ほら、現にさっきミラン王太子も「自治領化するなら大公殿下が自治領主になるのか」と聞いていらっしゃったじゃないですか。もしそうなら、後からでも自分達の味方になってくれるかも知れない…なんて思っていても不思議じゃないですよ?まあ、それならそれで、思惑に乗るフリだけして、実際には手を貸さないって言うのも、一つの方法ではあると思いますけど』

 御輿にされる、の辺りでテオドル大公がちょっと不愉快げに眉を顰めたので、私は慌てて「思惑に乗るフリをするのもアリだ」とフォローを入れた。

 利用してこようとするなら、しかえすだけ。そう割り切れば良いのではないかと。

『あくまで自分達が持っている情報を開示しないまま、大公殿下を利用しようとした場合にのみ適用すべき報復措置だと思うので、正面切って手札を明かしてくるのなら、どうか忘れてください。その程度の雑談はなしです』

『その程度……か。其方と話をしていると、本当に大した事ではないように聞こえてくるな』

 テオドル大公の眉間の皺が若干和らいだ様に見えるので、どうやら多少は融和されたみたいだった。

 良かった。私の発想は物騒らしいとか、自虐に走る前に気を鎮めて貰えて。

『恐らく、メダルド陛下が何か動きを見せるとすれば、夕食はやはり一緒に取れないと告げる辺りの時間に、誰か来たかと確認をとりにくる…とかだろうな。もう一人の宰相子息は、ここへは来んと儂は見ておる』

『……そんなにダメな感じなんですか?』

『まあ、何度か訪問しているにも関わらず、儂の顔を見て「口煩く言われる」と、近寄っても来ない時点でどうかと思わんか?』

 あー…と声が洩れたのは、マトヴェイ外交部長も一緒だった。
 うん、仮にも他国の王族に対して取る態度じゃない。

 外交部長なんて役職を持っていたら、私よりもそう思うに違いない。

『ここへは来んだろうが、王宮内でたまたま出くわして、声高に「話せ」と言われるのがせいぜいだと思っておるよ』

 それもどうなんだろうとは思ったけど、当人を知るテオドル大公がそう言うからには、そう言うものと思っておくしかないかも知れない。

「…大公殿下、失礼致します」

 そうして、招待状への返事や議事録をまとめて書いたりしていたそこへ、かけられた侍女の声が耳に届いた。

「リベラトーレ侍従長が、陛下のご内意を受けて、お目にかかりたいとの事なのですが」

 ――どうやらテオドル大公の予測は正しかったらしい。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

今さら「間違いだった」? ごめんなさい、私、もう王子妃なんですけど

有賀冬馬
恋愛
「貴族にふさわしくない」そう言って、私を蔑み婚約を破棄した騎士様。 私はただの商人の娘だから、仕方ないと諦めていたのに。 偶然出会った隣国の王子は、私をありのまま愛してくれた。 そして私は、彼の妃に――。 やがて戦争で窮地に陥り、助けを求めてきた騎士様の国。 外交の場に現れた私の姿に、彼は絶句する。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。