文字の大きさ
大
中
小
310 / 793
第二部 宰相閣下の謹慎事情
391 妹>兄
※1日複数話更新です。お気を付け下さい。
「失礼致します」
バリエンダールの王宮侍女に、部屋の灯りは消さないようにとお願いをして、下がって貰った筈が、それほどの間を置かずして、扉が再びコンコンとノックされた。
「――イオタにございます、お嬢様」
「⁉」
さっきのバルトリもそうだったけど、バリエンダール王宮、警備は大丈夫なのか。
「ご指示頂いておりました品物が手に入りましたので、お持ち致しました」
品物と言うのは、明日の散策衣装だろうか。
眉を顰めはしたものの、声は間違いなく〝シーグ〟の声だ。
「……イオタ、外に回れる?」
「はい⁉」
一応、ここは1階じゃない。
すぐに扉を開ける愚は犯したくないので、どう言う反応をするかと思って何気なく聞いてみたら、素で声が裏返っていた。
「ここ、アンジェスでもギーレンでもありませんけど、不法侵入者扱いされたらちゃんと責任とって下さるんですよね?」
反発しない。
無理とも言わない。
そう返せるからには、誰かに脅されて立っているって事もなさそうだ。
いやぁ、お兄ちゃんより遥かに成長したねシーグ。
「冗談、冗談、今開けるから」
そう言って私はようやく、シーグを部屋の中へと招き入れた。
「って言うか、そもそもイオタこそ既に不法侵入じゃないの。しれっと王宮侍女のフリなんかして。さっき来たバルトリもそうだったけど、どうやって王宮に入ってきているの?」
ちょっとした私のイヤミにも、シーグは動じた風ではなかった。
「そのバルトリさんに、認識疎外の魔道具を貸して貰ったんですが」
そして投げたイヤミの球を想定外の方向に打ち返された私が固まった。
「え…認識疎外の魔道具って、透明人間にもなれるの……?」
「その『とうめいにんげん』なるものが私にはよく分かりませんが、それを持っていると、他の人からは存在が見えなくなるんだそうで。景色を変えるだけならギーレンやサレステーデにもありますが、人となるとアンジェス王宮管理部の門外不出の設計になるそうで。今回の為に特別に、バルトリさんには複数個融通されているらしいですよ」
殿下の所に持ち帰れないのが残念です、と真顔で語るシーグ。
リファちゃんが付けている魔道具もそうだけど、既存の品をドンドンと改良してのける、突き抜けたオタクっぷりがもはや怖いよ、王宮管理部。
「……バルトリには「さん」付なの、イオタ?」
不意に気付いた疑問を口にしてみれば、シーグ自身も無自覚だったのか「ああ…」と、軽く目を見開いていた。
「衣装のせいなのか、独特の雰囲気があると言うか、呼び捨てにしづらいと言うか……」
「まあ、確かに分からなくはないけどね。それで今、バルトリは?」
「多分まだ、この衣装を貸してくれたと言う人と話をしてるんじゃないかと。なのでリックと今、手分けして衣装を各部屋に届けてました」
私の部屋が最後、と言う事でシーグが手にしていた服をソファの背もたれに広げて見せてくれた。
「うわぁ……」
赤と青がメインカラーになっていて、青いプリーツがたっぷり入ったワンピースは女性用と言う事だろう。
襟元、袖口、裾は赤を基調とした刺繍が丁寧に施されていた。
バルトリからの又聞きと言う事でシーグが説明してくれたところによると、民族ごとにメインカラーや刺繍の模様が違ったり、模様なしで単一色の袖口だったりする事もあるそう。
そして耳当て付の刺繍入り帽子とショールに関しては、公的な場、正式な会がある時などに羽織るのだそうで、ショールに関してはフリンジ部分が普通のショールよりも割合が多く、目立つ形になっていた。
男性用に関しては、女性と同じデザインのシャツに、カラハティの皮で作られたパンツを合わせるのだそうだ。
あとは男女とも、足元にはカラハティの皮や毛皮でできた靴を履くのが正式な出で立ちらしい。
「ただ靴だけは、雪の大地で歩く事を想定しているから、王都で使用するのは、あまり向いていないんだそうです。貸して下さった方も、そこは環境に合わせるべき――と、刺繍だけを残して、ブーツに改良されたらしいですよ」
「ああ、なるほど」
と言う事は、将来における己の民族の在り様についても、比較的柔軟な思考の持ち主なのかも知れない。
ならそれなりに明日は、実のある話が出来るのかも知れない。
「衣装の件は、ありがと。明日は『ユングベリ商会従業員』として宜しくね?」
「ええ…まあ――」
「――それでね」
頷きかけたシーグを遮るように私が顔を覗き込めば、どこかのタイミングで聞かれるだろうと思っていたっぽいシーグは、ちょっと表情を痙攣らせていた。
「本業の収穫はあった?」
「……っ」
敢えてニッコリ笑えば、案の定ドン引いている。
仕方がないので、ちょっとだけ手札を見せる事にする。
「ここに来る前も一度言ったけど、私としてはまだデビュタント前だけど、ここの王女様を推したいと思ってるの。あくまで今のところだけど」
「え…王女様って確か……」
「15歳。だけど貴族の結婚としては、それほどおかしな年齢差じゃないでしょ」
ギーレンのエドベリ王子は25歳。
別に現代日本でもそれほどおかしな年齢差じゃないけど、そこは比較対象にならないので口にしない。
「それに、今決まりかけの婚姻が落ち着く頃でもあるし」
王子様と聖女様の婚姻――なんて言う「夢と感動の物語(!)」は、成立させないワケにはいかない。
結婚式もそうだし、王太子として立太子される儀式もいずれこなさなくてはならない。
アレコレ準備を考えるとするならば、実はミルテ王女がまだデビュー前だと言うのは、諸々都合の良い話ではあるのだ。
そんなコトを若干嚙み砕いて説明すると、シーグはすぐには言葉を続けられなくなっていた。
「ただ、肝心の王女様がどこぞの聖女サマみたくお花畑の住民じゃ意味ないから、明日のお茶会で見てみたいとは思っているんだけど」
「そ…れは……確かに」
「シーグとリックは、来てすぐに王宮の王女サマだ王太子サマだって言ってもさすがに探れないだろうから、今日はとりあえず王家に嫁げそうな血筋のお嬢様方の情報を集めたんじゃないの?どうだった?明日のお茶会にもいるかも知れないし、教えて?」
明日は朝早いのに良いのか、とその目が語っているけれど、そもそも衣装を持って部屋に来ている時点で、聞かれないとでも思っていたんだろうか。
ちょいちょい、と向かいのソファを指させば、シーグも渋々と言った態で腰を下ろした。
「失礼致します」
バリエンダールの王宮侍女に、部屋の灯りは消さないようにとお願いをして、下がって貰った筈が、それほどの間を置かずして、扉が再びコンコンとノックされた。
「――イオタにございます、お嬢様」
「⁉」
さっきのバルトリもそうだったけど、バリエンダール王宮、警備は大丈夫なのか。
「ご指示頂いておりました品物が手に入りましたので、お持ち致しました」
品物と言うのは、明日の散策衣装だろうか。
眉を顰めはしたものの、声は間違いなく〝シーグ〟の声だ。
「……イオタ、外に回れる?」
「はい⁉」
一応、ここは1階じゃない。
すぐに扉を開ける愚は犯したくないので、どう言う反応をするかと思って何気なく聞いてみたら、素で声が裏返っていた。
「ここ、アンジェスでもギーレンでもありませんけど、不法侵入者扱いされたらちゃんと責任とって下さるんですよね?」
反発しない。
無理とも言わない。
そう返せるからには、誰かに脅されて立っているって事もなさそうだ。
いやぁ、お兄ちゃんより遥かに成長したねシーグ。
「冗談、冗談、今開けるから」
そう言って私はようやく、シーグを部屋の中へと招き入れた。
「って言うか、そもそもイオタこそ既に不法侵入じゃないの。しれっと王宮侍女のフリなんかして。さっき来たバルトリもそうだったけど、どうやって王宮に入ってきているの?」
ちょっとした私のイヤミにも、シーグは動じた風ではなかった。
「そのバルトリさんに、認識疎外の魔道具を貸して貰ったんですが」
そして投げたイヤミの球を想定外の方向に打ち返された私が固まった。
「え…認識疎外の魔道具って、透明人間にもなれるの……?」
「その『とうめいにんげん』なるものが私にはよく分かりませんが、それを持っていると、他の人からは存在が見えなくなるんだそうで。景色を変えるだけならギーレンやサレステーデにもありますが、人となるとアンジェス王宮管理部の門外不出の設計になるそうで。今回の為に特別に、バルトリさんには複数個融通されているらしいですよ」
殿下の所に持ち帰れないのが残念です、と真顔で語るシーグ。
リファちゃんが付けている魔道具もそうだけど、既存の品をドンドンと改良してのける、突き抜けたオタクっぷりがもはや怖いよ、王宮管理部。
「……バルトリには「さん」付なの、イオタ?」
不意に気付いた疑問を口にしてみれば、シーグ自身も無自覚だったのか「ああ…」と、軽く目を見開いていた。
「衣装のせいなのか、独特の雰囲気があると言うか、呼び捨てにしづらいと言うか……」
「まあ、確かに分からなくはないけどね。それで今、バルトリは?」
「多分まだ、この衣装を貸してくれたと言う人と話をしてるんじゃないかと。なのでリックと今、手分けして衣装を各部屋に届けてました」
私の部屋が最後、と言う事でシーグが手にしていた服をソファの背もたれに広げて見せてくれた。
「うわぁ……」
赤と青がメインカラーになっていて、青いプリーツがたっぷり入ったワンピースは女性用と言う事だろう。
襟元、袖口、裾は赤を基調とした刺繍が丁寧に施されていた。
バルトリからの又聞きと言う事でシーグが説明してくれたところによると、民族ごとにメインカラーや刺繍の模様が違ったり、模様なしで単一色の袖口だったりする事もあるそう。
そして耳当て付の刺繍入り帽子とショールに関しては、公的な場、正式な会がある時などに羽織るのだそうで、ショールに関してはフリンジ部分が普通のショールよりも割合が多く、目立つ形になっていた。
男性用に関しては、女性と同じデザインのシャツに、カラハティの皮で作られたパンツを合わせるのだそうだ。
あとは男女とも、足元にはカラハティの皮や毛皮でできた靴を履くのが正式な出で立ちらしい。
「ただ靴だけは、雪の大地で歩く事を想定しているから、王都で使用するのは、あまり向いていないんだそうです。貸して下さった方も、そこは環境に合わせるべき――と、刺繍だけを残して、ブーツに改良されたらしいですよ」
「ああ、なるほど」
と言う事は、将来における己の民族の在り様についても、比較的柔軟な思考の持ち主なのかも知れない。
ならそれなりに明日は、実のある話が出来るのかも知れない。
「衣装の件は、ありがと。明日は『ユングベリ商会従業員』として宜しくね?」
「ええ…まあ――」
「――それでね」
頷きかけたシーグを遮るように私が顔を覗き込めば、どこかのタイミングで聞かれるだろうと思っていたっぽいシーグは、ちょっと表情を痙攣らせていた。
「本業の収穫はあった?」
「……っ」
敢えてニッコリ笑えば、案の定ドン引いている。
仕方がないので、ちょっとだけ手札を見せる事にする。
「ここに来る前も一度言ったけど、私としてはまだデビュタント前だけど、ここの王女様を推したいと思ってるの。あくまで今のところだけど」
「え…王女様って確か……」
「15歳。だけど貴族の結婚としては、それほどおかしな年齢差じゃないでしょ」
ギーレンのエドベリ王子は25歳。
別に現代日本でもそれほどおかしな年齢差じゃないけど、そこは比較対象にならないので口にしない。
「それに、今決まりかけの婚姻が落ち着く頃でもあるし」
王子様と聖女様の婚姻――なんて言う「夢と感動の物語(!)」は、成立させないワケにはいかない。
結婚式もそうだし、王太子として立太子される儀式もいずれこなさなくてはならない。
アレコレ準備を考えるとするならば、実はミルテ王女がまだデビュー前だと言うのは、諸々都合の良い話ではあるのだ。
そんなコトを若干嚙み砕いて説明すると、シーグはすぐには言葉を続けられなくなっていた。
「ただ、肝心の王女様がどこぞの聖女サマみたくお花畑の住民じゃ意味ないから、明日のお茶会で見てみたいとは思っているんだけど」
「そ…れは……確かに」
「シーグとリックは、来てすぐに王宮の王女サマだ王太子サマだって言ってもさすがに探れないだろうから、今日はとりあえず王家に嫁げそうな血筋のお嬢様方の情報を集めたんじゃないの?どうだった?明日のお茶会にもいるかも知れないし、教えて?」
明日は朝早いのに良いのか、とその目が語っているけれど、そもそも衣装を持って部屋に来ている時点で、聞かれないとでも思っていたんだろうか。
ちょいちょい、と向かいのソファを指させば、シーグも渋々と言った態で腰を下ろした。
感想 1,492
あなたにおすすめの小説
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
【完結】王女殿下を優先する婚約者に愛想が尽きました もう貴方に未練はありません!
6歳で幼馴染の侯爵家の次男と婚約したヴィオラ。
互いにいい関係を築いていると思っていたが、1年前に婚約者が王女の護衛に抜擢されてから雲行きが怪しくなった。儚げで可憐な王女殿下と、穏やかで見目麗しい近衛騎士が恋仲で、婚約者のヴィオラは二人の仲を邪魔するとの噂が流れていたのだ。
その噂を肯定するように、この一年、婚約者からの手紙は途絶え、この半年ほどは完全に絶縁状態だった。
それでも婚約者の両親とその兄はヴィオラの味方をしてくれ、いい関係を続けていた。
しかし17歳の誕生パーティーの日、婚約者は必ず出席するようにと言われていたパーティーを欠席し、王女の隣国訪問に護衛としてついて行ってしまった。
さすがに両親も婚約者の両親も激怒し、ヴィオラももう無理だと婚約解消を望み、程なくして婚約者有責での破棄となった。
そんな彼女に親友が、紹介したい男性がいると持ち掛けてきて…
3/23 HOTランキング女性向けで1位になれました。皆様のお陰です。ありがとうございます。
24.3.28 書籍化に伴い番外編をアップしました。
側妃を紹介されたので、その婚約はお断りいたします
公爵令嬢ヴィオレッタは、王子の婚約披露の日に、もうひとりの令嬢を「側妃に」と紹介された。
逆らってはいけない――そう信じて微笑んだわたくしは、濡れ衣を着せられ、お腹の子を奪われ、雪の離宮でひとり息を引き取った。
けれど目を開けると、そこはあの婚約披露の日。時間が、巻き戻っていた。
今度は、飲み込まない。今度は、微笑まない。
前の生で覚えた数字も、罠も、あの女の手口も、ぜんぶ覚えている。
「その婚約、謹んでお断り申し上げます!」
涙を武器にする令嬢に、二度は負けない。そして――誰も見ていないと思っていた場所で、ずっとわたくしを見ていた騎士がいた。
これは、運命に流されるだけだったわたくしが、自分の人生を"選び直す"物語。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
「仕方ない」には疲れました ~三年続いた白い結婚を終わらせたら、辺境公爵の溺愛が待っていました~
「仕方ない」と白い結婚に耐え続けていた伯爵夫人エリス。
彼女の誕生日、夫は幼なじみのセシリアを屋敷に連れ帰り、エリスが大切にしてきた猫を彼女に見せろと言う。冷めた晩餐の前で心が折れたエリスは、ついに離縁を宣言し実家へ戻った。
彼女の薬草知識と領地経営の才は、北方を守る公爵ディートリヒが目を留める。流行り病に苦しむ公爵領を救うため奮闘するエリスは、初めて努力を認められ、大切に扱われる喜びを知っていく。一方で彼女を失った元夫の伯爵家は傾き、身勝手な幼なじみの嘘も暴かれて――。
我慢をやめた傷心令嬢が、辺境公爵に溺愛され、自分らしい幸せを選び直す逆転愛されファンタジー。
「君なら我慢できるだろう」と義妹を優先されたので、婚約を白紙にしました
伯爵令嬢アリアは、婚約者カイルとの食事の約束を二時間待たされていた。
理由は、カイルの義理の妹セレーネの体調が悪化したから。
セレーネは聖女候補で、体が弱く、国を救う力があるから仕方がない。そう言われ、アリアは何度も自分の約束を後回しにされてきた。
けれど、その日、アリアはついに告げる。
「婚約は白紙に戻しましょう」
翌日、王都の神殿では、セレーネが正式に聖女として認められるための認定式が開かれる。
アリアはいつものように補佐席へ案内されるが、そこで足を止めた。
「本日は、補佐に入りません」
これまでアリアは、正式な辞令も報酬もないまま、善意でセレーネの祈りを支えてきた。
だが、婚約を白紙にした今、彼女を支える理由はもうない。
神官たちは「一人欠けても問題ない」と式を進める。
しかし、セレーネの祈りは失敗した。
魔力供給記録を確認した第二王子レナードは、衝撃の事実を明らかにする。
セレーネの祈りのほとんどは、アリアの魔力によって支えられていたのだ。
さらに、セレーネの体調不良は嘘だった。
彼女はカイルの一番でいるために体調不良を装い、アリアとの約束の日を狙って彼を呼び出していた。
偽りの聖女候補は資格を失い、カイルもまた、アリアを軽んじ続けた責任を突きつけられる。
一方、アリアは王子レナードから正式に請われ、結界を安定させる。
力を認められたアリアに、レナードは手を差し出す。
「もしよければ、私の傍にいてくれないか?」
婚約者におざなりにされてきた少女はその日、ようやく自分だけを見てくれる人の隣に立つことになるのだった。