聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

517 妄執の果て(12)

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 北方遊牧民族としての問題に、これ以上踏み込まない方が良いと思った私は、話し合いの場に付いては行ったけど、話自体は「おまかせ」で口を挟まないようにしようと思っていた。

 私は空気。
 三族長とジーノ青年との間で交わされる言葉に、黙って耳を傾けよう――と。

「王都のイユノヴァ・シルバーギャラリーとやらを引き揚げさせるのは、あまり感心しない。これからイラクシ族に逆風が吹くだろう事を考えれば、稼げるものは残しておくべきだ」

 イユノヴァさんを戻す事に関して、難しい表情かおで腕組みをしているカゼッリ族長に「しかしな……」と、ガエターノ族長が口を開く。

「あの姉妹が、婿として固執したくらいだ。それなりに一族の者たちが納得する血筋と言う事なのだろう?例えば今回の騒ぎが沈静化されるまで、と条件を付ける形でこの村に留まらせるのも一考ではないか?」

「いや、それはそれで、あのサラと言う娘では周りが納得せんのではないか?イユノヴァ……彼を残すのであれば『一族の中から嫁を』と言う話になるのは外部の我らでも分かるぞ」

 ガエターノ族長の提案に、バラッキ族長が「待った」をかけている。

 多分、バラッキ族長の考え方は、他の部族でも少なからず共通している面はあるのかも知れない。
 それが証拠に、カゼッリ族長もガエターノ族長も、反論の声を上げなかった。

「……それでは、イユノヴァ殿はこの地に残る事を拒否するでしょうね。彼が残っても良いと言ったのは、彼女サラと一緒だとの大前提があります。それならば、カゼッリ伯父上の言う通り、王都で稼いで貰うべきでしょう」

 トリーフォンの前では、今、村にいる「彼」はラディズ・ロサーナ公爵令息ではなく、イユノヴァさんなんだと言い切るしかないジーノ青年の顔は、ちょっと痙攣ひきつっているけれど、それでもあくまでさりげなく、彼をこの村には留めないよう誘導をかけようとしていた。

「本来であれば、族長の血筋とは無関係に、一族全体の中から相応しい人物を選ぶのが最善なのでしょうが」

 そうこぼすジーノ青年に、カゼッリ族長が「難しいだろうな」と、シビアに告げた。
 多分ジーノ青年自体も、分かっていて口に出した様には見えていた。

「ええ。明確にやらかしている姉妹と違って、表向きのトリーフォン君に瑕疵は見えない。彼がいるのに何故?と言う話になるのは自明。そして恐らく……エレメア側室夫人は、今の段階ではトリーフォン君の実の父親が誰かマカールだなんて、どうあっても認めないでしょう」

 意に沿わない結婚をさせられた復讐として、血の繋がらない子を次の族長にする。
 病で起き上がれない族長を横目に、真に愛する男性を後見として立てる。

 そこにはマカールの意思もトリーフォンの意思さえも存在しない。
 エレメア側室夫人が考える、夫人にとっての幸福に満ちた生活。

 絶対に、認める事はないだろう。

「そうなると、トリーフォン君を、次の族長に理由がない。ここから引っくり返すとするならば――」

 一つ、とジーノ青年が人差し指を立てる。

「全てを白日の下に晒して、イラクシ族を解体。他の部族のどこか、あるいは分割して取り込む」

「……あまり賛成は出来んな」

 そう声を上げたのは、ネーミ族のバラッキ族長だった。

「我がネーミが、かつて部族がバラバラになっていた時期があるからこその言葉と思って貰いたいが、一度崩れたものを、後日情勢が許すようになったからと、再構築しようとしても、ほぼ取り返しがつかなくなっている場合がほとんどだ。多少辛酸を嘗めようと、そう安易に分割はせぬ方が良かろうよ」

「バラッキ族長……」

 重みのあるその言葉に、一瞬ジーノ青年はバルトリをも見ていたけれど、そのまま特に何か声をかける事はせず、二本目の指を立てた。

「二つ目は、族長がお倒れになった原因として、エレメア夫人に責を負って頂く。ビーチェの話は、この際明らかにせずとも良いでしょう。族長の身体にとって有害となるモノを食事に混ぜた。対外的にはそれでも十分な筈です」

「――――」

 三族長の視線が、トリーフォンに集中する。

 けれどトリーフォンは、特に良いとも悪いとも言わず、黙ってジーノ青年の言葉の続きを待っていた。

「トリーフォン君は、妻帯せず、血を残さず、一代限りの族長として、次代の繋ぎに入って貰うのです。後見としてマカールに付いて貰えば良い。幸い彼も夫人を亡くされた後、独り身を貫いていらっしゃる。彼にも、今後の妻帯は禁止として」

「私は、死んだ妻以外誰も――」

「――それ以上は残酷ですよ、マカール」

 声を上げかけたマカールを、ジーノ青年が冷ややかな視線で一瞥する。

 確かに、エレメア夫人に何の恋慕もないと力説したいのは分かるけれど、それは子であるトリーフォン君をも否定している事と、表裏一体だからだ。

 例え何も言わず、表情も変わっていなくても、言葉の刃は容赦なく彼の心を切り刻んでいる筈だ。

「……っ」

 言葉を失って黙り込むマカールを置いて、ジーノ青年は話を続けた。

「トリーフォン君の次の族長として、姉妹どちらかが嫁ぎ先の跡取りとならない、次男以降の子どもを出産した場合に、引き取って二人で次代の教育を施して貰う。そうすれば、一代は繋ぎが入るとしても、再び族長は直系の血で繋がる」

 ふむ……と、三族長のそれぞれが、思案の表情を見せた。

「表向きは、直系の血が受け継がれるだけ……か」

「ええ。当然、姉妹には教育は任せられない。産まれたと同時に引き取るくらいでないと困る。そしてエレメア夫人は、百歩譲ってトリーフォン君の族長就任までは静かにしていたとしても、その先の話には決して頷かないでしょう。だからこそ、彼女にのです」

 エレメア夫人自身、無実ではない。

 恐らくは無理やりマカールと関係を結び、生まれた子をイーゴス族長の子と偽り、トリーフォン君の感情を粉々にした。

 ――族長よりも先にをして貰い、騒動の幕引きに。

「今、ここには伯父上を始めバラッキ族長、ガエターノ族長がいらっしゃる。もしトリーフォン君やマカールが、自分の血を残そうと画策したとしても、皆さんがそれを認めないでしょうし、姉妹の子が産まれた時にも、トリーフォン君への養子縁組の手続きを率先して手伝えば良い。監視は可能な筈ですよ」

 誰も、何も言葉を発しない。
 その事が、皆が内心でその案を採ろうとしているかの様に思えた。

 表情の変わらないトリーフォン君を、見つめたままで。
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