聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

516 妄執の果て(11)

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「血筋が絶対であるならば、後を継いだとして、義姉あね達よりはマシかと思ったんですけど……直系から少しずれるかも知れなくても、イユノヴァさん……でしたっけ。彼が立ってくれると言う話があるなら、その方が平和かも知れませんね。まあ、母はちょっとやそっとでは納得しないでしょうけど」

 持っていたビーチェの搾り汁メロンジュースを、こちらに見せつけるかの様に自分で飲み干して、トリーフォンはクスクスと笑っていた。

「トリーフォン……?」

 茫然としたままのマカールに、まるで乾杯よろしくカップを掲げてみせる。

「コレ、古くもなんともない筈ですよ。……ですよね、ジーノさん?」

 マカール、トリーフォン両名の視線を受けたジーノ青年は、沈黙でそれに答えた。

 先に、そのジュースに毒がない事を、彼自身が身をもって証明したのだ。
 今はただ、トリーフォンが族長の実子ではないと言う、彼とマカールとの間でのみ仄めかされた会話が、周囲の耳に届いただけ。

 エレメア側室夫人の言葉次第では、いくら疑いが残ろうとも、トリーフォンは次期族長候補のままだ。

 ビーチェのアレルギーの話など「気のせいだ」で片付けられてしまう。

「……君は、族長になりたいのか?」

 ややあって、ようやく口を開いたジーノ青年に、トリーフォンは空になったカップを矯めつ眇めつしながら、微笑わらった。

「さあ……どうなんでしょう。僕はただ、母がなってくれれば、それで構わないので」

「ジーノ」

 そこへ、恐らく場が硬直してしまった事を見かねたんだろう。
 カゼッリ族長が、別の部屋に移る事をそっと提案した。

「イーゴス族長が眠っているうちに」

 そう言葉を付け足した事で、どうやらトリーフォンも「そうですね」と、族長を見ながら頷いていた。

「ただ、義姉あね達がいる所も勘弁して欲しいですね。二人揃うと、そこも母とは別の意味で静かじゃない」

「――――」

 確かに、彼女達にしてみれば、トリーフォンにしろマカールにしろエレメア側室夫人にしろ、自分達にとっての最大の敵対勢力だ。

 建設的な話し合いが出来る環境だとは思えなかった。

 三族長たちが威嚇したからと言っても、声を上げずにはいられない筈だ。

「……どこか、邪魔の入らない部屋はありますか」

 表情と感情を敢えて殺して問いかけるジーノ青年に、マカールもかえって落ち着きを取り戻してきているみたいだった。

「……ご案内します」

 さすがにこれ以上は、私やエドヴァルドはもういいだろうと思ったものの、そこではた、とトリーフォンと視線が合ってしまった。

「……ところで、ビーチェのに、僕以外に気が付いた人って誰なんですか?ちょっと気になります」

「……っ」

 多分、私のちょっとした動揺は、見透かされたかも知れない。

 三族長やマカールがそれぞれ、要領を得ないと言った表情を見せている以上、選択肢は限りなく狭くなっている筈だ。

「僕、その人にだったら素直に話せる様な気がします」
「……え」

 うっかり声を出した私に、握られたままのエドヴァルドの手に、力が入った。
 見上げると、怖いくらいに無表情のエドヴァルドと、視線が交錯する。

 いや、でも、この流れ、断れなくないですか⁉
 手、手を離さずに、隣にいたら大丈夫かも⁉

 そんな懇願の意をこめながらジッと見ていると、やがて空いている方の片手で、額と目を覆う仕種を見せた。

「立ち会っていただけますか……ユングベリ商会長?」

 ジーノ青年からも声をかけられた事で、私が取れる選択肢は既に一つしかなくなっていた。

*        *         *

「なるほど、商会長……じゃあ、僕の『気付き』に関して、村の外で情報を得ていたりなんかしたかも知れませんね。ちょっと納得です」

 近くの空き部屋に移った後も、トリーフォンの口調と会話があまりに普通すぎて、周囲はドン引いていた。

 族長の部屋で、ジーノ青年が私に立ち会うよう促した事で、彼も「誰が」彼自身の計画を潰したのか、気が付いたんだろう。

「やはり一族が閉鎖的では、もう成り立たないんでしょうね。そう言う意味では、外を知るイユノヴァさんにイラクシ族を引き受けて頂くのが、一族の為なのかも知れませんね」

 誰も、それに何と答えるべきなのかが分からなかったみたいだけど、さすがに、ここへきて動揺をねじ伏せたらしいジーノ青年が、会話を引き受けようと、軽く咳払いをしていた。

「君は、それで構わないと?君の義姉あね達は、街道封鎖のとがによる処分の可能性を伝えただけでも、盛大な文句を垂れ流していたらしいが」

「ふふふ……らしいと言うか何と言うか……実は僕なんかより、義姉あね達の方が、母と血のつながりがありそうですね。反応がそっくりだ。ああ、すみません。僕の話ですよね。ええ、僕は何でも構いません。皆さんにとって、一番都合の良い形に決着させて下さって結構ですよ」

「……たとえ、それが処刑だったとしても?」

「それはそれで、僕は静かに眠れそうだ」

「…………」

 トリーフォンは、もう、周囲に何も期待をしていないのだ。
 
 街道封鎖をして、実際の損害を与えてしまった姉妹と違い、トリーフォンは〝未必の故意〟――現在の国家の法律では、証明が難しいだろう緩やかな破滅。

 いや、それは悪意にさえなっておらず、むしろトリーフォン自身の自殺願望に近いとさえ言えた。

「あの姉妹は、一族の中で後継のいない系譜に加えてはどうかと言う話になっている。年齢も、婚姻の有無も別にして、血統を維持するための縁組。本人の意思は考慮されない。君の言い方を借りるなら、君の母上と同じ道を行く事になる――かも知れない」

 ジーノ青年が、姉妹への処分内容の草案となっている部分を、敢えてトリーフォンに聞かせて、その反応を窺おうとしていた。

 望まない婚姻。

 そう聞かされて、パチクリと瞬きを見せたトリーフォンは、その後微かに口元を綻ばせた。

「ますます、どちらが母子おやこか分からない罰し方ですね」

「そうかも知れない。だが、私が言いたいのはそうではなくて、姉妹の罰がそうなるのであれば、君にそれ以上の罰は下せないと言う事だ。今、表向きの君は『いたんだ果実の搾り汁を族長に飲ませようとしてしまった』だけの状態だ。そんな君を処刑するとなれば、姉妹の方とて同じ罰を与えなくてはならなくなる。さすがにそれは、イラクシ族の崩壊を招く点でも見過ごせない」

 ましてそこまでの処分を、たとえ同じ北方遊牧民族同士とは言え、イラクシ族以外の者が主導したとなれば、まず間違いなく将来の禍根となる。

 処刑以外に出来る手だてを、ジーノ青年サイドは考える必要があった。
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