聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
628 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

676 先生、和みませんでした

しおりを挟む
「コンティオラ公爵令嬢……!」

 どうやら異母妹らしいと判明したアジーラ嬢に驚愕の視線を向けた流れで、おかっぱワカメ、もといカロッジェ・ナルディーニ侯爵令息の視線が、それまで応接室の隅のソファでデリツィア夫人と並んで腰を下ろしていたマリセラ嬢を捉えてしまったらしかった。

「……っ⁉」

 肩どころか上半身が跳ね上がっている様子から察するに、やはりマリセラ嬢の中ではナルディーニ侯爵令息は「ない」んだろう。

 むしろ嫌悪感でいっぱいと言う風に見えた。

「ああ、おいたわしや……!社交界の華と歌われし可憐なご令嬢をこのようによってたかって責めているなどと!どうか、このカロッジェ・ナルディーニの手をお取り下さい!父・侯爵が貴女を決して悪いようには致しません……!」

 うわぁ……と、私が思わず顔をしかめながら両手で交互に立った鳥肌をさすっていたのが見えたのだろう。

 ウルリック副長がこっそり「三流でしょう……?」と囁いてきたので、大きく頷いてしまった。

「セルマであれだけんですが、本命のご令嬢を見た途端に吹き飛んだようで」

「それって、自分も色々バレてはいるけど、コンティオラ公爵令嬢がもう今の立場のままじゃいられないことも分かってるから、堕ちるなら共に――ってことでしょう?」

「まあ、もともと親世代の思惑はさておいて、彼自身はそれが一番の目的だったようですしね……」

 そんなことを話している間に、両手を広げたナルディーニ侯爵令息がマリセラ嬢の方へと堂々と歩いて行こうとしたため、ウルリック副長が私と話をしながら、息をするように自然に片足を出して、ナルディーニ侯爵令息の足を引っかけていた。

「い……っ⁉」

 痛い、とも言いきれないうちにナルディーニ侯爵令息は肩から地面に落ちていて、その肩を庇おうと身体をひねったところで、今度はベルセリウス将軍の足が、上からナルディーニ侯爵令息の身体の上に落とされ――要は、踏みつけられていた。

「足癖が悪いですよ、将軍」
「おまえが言うな、ケネト!」
「私は単に、何やら気持ちの悪い『虫』が動いていたようなので振り払っただけです」

 侯爵令息を虫扱いで良いのかと一瞬思ったものの、逆に「侯爵令息に話しかけ、手を出した訳ではない」と仄めかすことで不敬を問われないようにしているのだ。

「とは言えあちらのご令嬢がもしご好意をお持ちだったのであれば、我々はひどく無粋なことをしているわけですが――」

 ウルリック副長も、ベルセリウス将軍に付いて王都に出てくる機会がこれまでにも会ったのであれば、会話を交わしたことはなくとも、マリセラ嬢の顔と名前くらいは一致しているだろう。

 エドヴァルドを狙っていたと社交界で知られていたのなら、尚更に。

 と言うか多分、ウルリック副長はそれを知っていて聞いている。
 言葉にしないところで「何ならナルディーニ侯爵令息の手を取ったらいかがですか」と嫌味をぶつけているのだ。

 いっそお似合いですよ、とでも言うかのように。

「……っ」

 マリセラ嬢にどこまで伝わっているのかは分からないけれど、額面通りに受け取ったとしても、このナルシー全開なおかっぱワカメ令息に好意はあるかと聞いているも同然なのだから、無言のままぶんぶんと首を横に振るのは、無理からぬことと言える。

「副長、ダメですって」

「おや、我らが貴婦人は随分とお優しいことを仰る」

 副長の口調がちょっと含むところがあるように聞こえたのかも知れない。

 おい、とお義兄様ユセフが割って入ろうとしてくれたので、私は緩々と首を横に振った。

 何故ならこれは「周りに聞かせるための会話」。
 軍でもミカ君に対してもそうしてきた、副長の「教導」の会話。

 きっとこの部屋に入って来た時に、ヒース君を見て思うところがあったんだろう。

 果たして将来を考えて、それで良いのかどうかはともかくとして。

(いや、メンタル強い子出来るだろうから、良いのか……)

 ヒース君には教育を。
 マリセラ嬢とおかっぱワカメには絶望あるいは反省を。

 会話に付き合えと、水を向けられたなら答えなくちゃいけない。

「優しい優しくない以前にそれ、ナルディーニ侯爵令息には罰になってませんよ?」

「ああ、そうでしたね。私としたことがしていました。さすがにそうなったら、ご令嬢がお館様の視界に入ることもないだろうと、気が急いてしまいましたね」

 ウルリック副長の笑顔が額面通りでないことに、さすがにお義兄様ユセフも気が付いて、何も言わなくなった。

「まあでも、過去の歴史を遡れば、結婚式の夜に新郎が亡くなる、なんて話もちょくちょくあるんですよ? 政略結婚の悲劇と言えるでしょうが。初夜も果たせず命を落とす。男にとってはそれも一種の処刑ですよね。お相手はと言えば、そのまま領地蟄居。社交界出入り禁止とか……ね?どちらもご褒美にはなってないと思いますよ?」

「「「…………」」」

 この部屋にいる何人かの笑顔が固まり、何人かがガクブル状態でその場で震えていた。

 ウルリック副長、実は陛下と血の繋がりがあったりしませんか?

「まあどのみち我々が決めることではないですから、想像するのは自由ですよ」

「た、確かに想像するのは自由ですね。そう言えば私の学生時代の先生も、結婚式の後のパーティーで既婚者から『人生の墓場へようこそ、お仲間クン』って声かけられたって、怒り半分笑い半分で言ってたことありましたよ。国が変わってもその辺りは共通するものがあるのかも知れませんね」

 ははっ、と私はあくまで場を和ませる為に言ったつもりだった。
 だって先生は、よく話のオチに使ってたりしていた。

「……レイナ嬢」

 ところが私の意図に反して、珍しく声のトーンが抑えられたベルセリウス将軍が、何とも言えない表情で自分の足元と私を見比べていた。

 おや、とウルリック副長は大して慌てもせず、それを見守っている。

「私もまだまだですね。レイナ嬢にトドメを刺されてしまうとは」
「え⁉︎」

「まあ学園で秀才ともてはやされる人種の中には、土壇場でのメンタルが磁器より脆い者もいますから、間近で見ることが出来ていい勉強になるでしょう。とは言え、これでは子爵閣下もギルドの方も話が聞けないでしょうから、ある程度私が証言をしましょうか」

「……うむ、そうだな」
「……この場合はそれしか選択肢がないですね」

 問われたオノレ子爵とイフナース、既婚者二人は無表情&それ以上はノーコメント状態だ。

「え⁉︎ え⁉︎ もしかして――痛っ⁉︎」

 ピクリとも動かなくなったナルディーニ侯爵令息はどうしたのかと思ったタイミングで、部屋の隅から近寄ってきたファルコに、いきなりこめかみを両拳でグリグリと挟まれてしまった。

「いたたっ⁉ ファルコ、ひどい!」

「ひどい、じゃねぇよ! アンタ今、そこの野郎が死んだのかと言いかけたろうが!」

「いや、だって動かないし!」

「思ったまんま口にするクセ何とかしろよ! 追い詰めたいならケネトみたく空気を読んで場所を選べ! 見ろ、あっちのお嬢まで失神しちまってんじゃねぇかよ!」

「ええっ⁉」

「あー……まあ、あれは私も煽りましたから、必ずしもレイナ嬢だけのせいとは……」

 グリグリされるがまま視線だけを動かしてみると、確かにソファにマリセラ嬢が沈没していて、デリツィア夫人が隣で慌てふためいていた。

 ウルリック副長はむしろ自業自得では?と言った感じに冷ややかだ。

「オルセン侯爵令嬢ともども、お館様への接近禁止リスト最上位でしたし。式典に参加させて貰った際なんかは、王宮内での警備に苦労するのは主に私やここにいるアシェルとかでしたからね。少しくらいの意趣返しは甘受して下さいよ、ファルコ」

「……くっ」

 他の家から万が一にも責められないようにと、ファルコが先に怒鳴ってくれたんだろうけど、ウルリック副長はウルリック副長で、責められるものなら責めてみろとでも言うような庇い方をしてくれていた。

「……この件で、我々コンティオラ公爵家の者が、イデオン公爵家やフォルシアン公爵家を責めることはない。ヒース・コンティオラの名において、それは断言しておこう」

 そして父親ばりに顔色の悪くなった状態で、それでも毅然と、ヒース君は前を向いていた。

「セルマの街で何があったのかも、包み隠さず話して貰って構わない」

「……そうですか」


 ウルリック副長は、そんなヒース君を見ながらちょっと満足げに目を細めていた。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

いつもありがとうございますm(_ _)m
すみません、感想欄へのお返事は今日の分含め夜中にまとめさせて下さい……!
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。