聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

722 wktk――は、まだ通じる?

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「……二人とも視線はそのまま、テーブルの下で片手出せ」

 私とシャルリーヌが座ったか座らないかと言うタイミングで、背後からファルコの声が聞こえてきた。

 どうやら護衛騎士の恰好をしつつ、フィトからの「伝言」を聞いたのか、こっちに慌ててやって来たように見えた。

「ファルコ、言い方」

 慣れている私はともかく、さすがにシャルリーヌがちょっと戸惑っているので、私が「大丈夫」と言う意味もこめて頷いてあげた。

 言われた通りに明後日の方向を向いた状態で片手だけをテーブルの下で広げると、私とシャルリーヌそれぞれの手に、雫型で手のひらサイズのガラスの小瓶が転がった。

「念のため、ナシオに少しだけ作らせた。お館様にも渡してある。アンタらのテーブルとお館様のテーブルはと聞いちゃいるが、物事に絶対なんてものはないからな」

 チラッとだけ視線を落とせば、小瓶の中には少量の液体がユラユラと揺らめいている。
 コレはどうやら、名称未定の毒の無効化薬をナシオが臨時でまた作ったのかと、私は一連の場の流れから読み取った。

「え、これだけなら他の誰かに預けても良かった――」
「何言ってんだ。そもそも俺に何か用があったんだろうが」

 ファルコの声色が、やや硬い。
 あぁ……と、私も混ぜ返すことはせずに頷いた。

「フィトから何か聞いた?」
「とりあえず黙って見守れ、と」

 うん、フィト、どう足搔いてもそれ以上は問い詰められないと言う、簡潔にして的を射た指示だね。
 私はいっそ感心してしまった。

「うん、そうだね。多分シュタムの銀に関係した話が陛下からあるんじゃないか……ってなんだけど、詳しいことは陛下の胸の中にしかないから、だから『黙って見守れ』って話なんだと思うよ」

「それは……」

「多分ね? 多分の話なんだけど、の情報があるんじゃないかと思ってるの。フィトに表向きの仕事を頼んでおいて、裏で〝草〟か護衛騎士の誰かが探ってた――とか? だからとにかく、その辺りが詳らかになるまで、事態を見守る方向でいこうかと」

 私の視界に、強く握りしめられたファルコの拳が見えていたけれど、今は敢えて気付かないフリを通すことにした。

 フィトは疑わしき病人を目撃しただけだし、アルノシュト伯爵邸内にある茶葉を探す名目で同行したであろう〝草〟や護衛騎士を探して問い詰めようにも、恐らくは陛下の「タネ明かし」を大人しく待っている方が話が早い。

 きっとファルコも、それには気が付いたんだろう。結果的に、今は何もしない方が話が早いと。
 だから拳を握りしめることで、何とか自分を納得させようとしている。

「分かった。じゃあ俺はその壁の近くで――」

「――あ、あんまり近付くと害獣駆除の罠にかかった第一号になっちゃうから、待機するなら別の場所の方がいいよ」

 ファルコの言う「その壁」が、私には「壁」と認識出来ていない場所を指していると、気付いた私は慌ててファルコを止めた。

「は?」
「え?」

 どうやら害獣駆除用の罠に関しては、シャルリーヌも初耳だったのか、目が薬の瓶から私の方へと勢いよく動いていた。

「あれ? シャーリー、もしかして何も聞いてない?」

 私が分からないなりに壁のある方向をちょいちょいと指さすと、シャルリーヌには恐らく「壁」に見えているのだろう。「ああ……」と、何かを思い出そうとするかのように小首を傾げていた。

「認識阻害の話は陛下から聞いているわ。場の混乱を招くから近付かないようにと」

「それだけ?」

「それだけ、って……ええっと何だったか……ああ、そう言えば『貴女は姉君とは違ってあまり予測不可能な行動はとらないだろうから、あとの話は当日本人に聞いて貰いたい』とか何とか言ってたかも」

 前回〝転移扉〟のメンテナンスに来た時に、慌ただしくそれだけを言い置いて管理部の部長や医局長とどこかに行ってしまったのだと言う。

(陛下、それはちょっとヒドい……)

 それは何、私が常に予測不可能な行動をとっているとでも⁉

 よりによって現在やりたい放題のサイコパスな陛下サマにそれを言われるとは! と、私は内心で地味にショックを受けながらシャルリーヌの呟きを聞いていた。

「あ……そう……まあとりあえず、ファルコをあまりここに立たせておけないから今はざっくりとしか言わないけど、そこの壁もどきのすぐ裏に、害獣駆除用の罠が点々と置いてあるから、巻き込まれに気を付けてね」

 最後ちょっと投げやりだったかも知れないけど、そこは見逃して欲しい。

 シャルリーヌは教育を受けた淑女らしく微かに目を瞠っているだけだったけど、ファルコは明らかに「は?」と、再度声が出ていた。

「ちょっと、そこの護衛騎士サマはお静かに」
「ちっ……ってか、今度は誰を吹っ飛ばす気なんだよ」
「いや、私を前提にしないで? 今回置いたのは管理部の皆さんなんだから」

 いつまでも護衛騎士が茶会の招待客のテーブルに貼り付いているわけにもいかないだろうに。

 とりあえず、一度入口の扉あたりまで下がったらどうかと言おうとしたら、今度は「くく……っ」と、いっそ不気味な笑い声がそこに割って入って来た。

「確かに今回はその通り、魔道具の全ては我々管理部の主導で設置している」
「⁉」

 驚いて声の主を探せば、空いている椅子の一つを引いて、腰を下ろそうとしている一人の男性と視線があった。

「えっと……」

 官吏服にマントと言う、官吏の準礼装で現れたため一瞬誰か分からなかったものの、男性の「我々管理部」の言葉に、すぐさま記憶中枢が刺激された。

 ただ、さすがと言うべきか、シャルリーヌの方が社交慣れをしているからか、顔と名前を一致させるのが早かった。

「ド・ブロイ管理部長……」

 そう、空いている二席の内の一席は、今回メインであれこれ動いている管理部の長、ヴェンツェン・ド・ブロイその人なのだ。

 いつぞやギーレンに行く前に見た、大学の研究員みたいな恰好とはまた違ったために、誰なのかがすぐには分からなかった。

「いやはや、慣れない恰好に私こそ戸惑いがあるのだが……こうしないと参加はさせないと陛下から言われてしまった。苦肉の策だ」

 そりゃあまあ、下は男爵令息から上は侯爵まで、広間に貴族を招いての「茶会」だと言うのに、研究着のままではさすがにいただけない。

 そこまでして何故参加したがるのかと思ったら、当の管理部長はそう言って首を緩々と横に振った後、いきなりテーブルの上に紙やらインクやら羽根ペンやらを並べ始めた。

「ああ、この後テーブルの中央に軽食が並ぶとは聞いているが、私はそれぞれの魔道具の確認に忙しくなるから、そもそも食べようとは思っていない。遠慮なく私の分も食べてくれ」

「「…………」」

 確認、がモニターに聞こえたのは私だけじゃないはず。
 もしかしてこの人、認識阻害装置や害獣除けの罠の作動状況を間近で観察して、レポートにでもするつもりなんだろうか。

「貴女にはこの場で罵詈雑言を投げつけられても止む無しと思っていたのだが、それどころか何の変哲もないと思われていた魔道具の思わぬ使い道をいくつも提案して貰って、我々管理部の人間は例外なく感謝をしているところなのだ」

「⁉」

 え、ちょっと待って。
 認識阻害がそもそも効かないこととか、ちょっとした結界の応用を提案してみたこととかが、思わぬところで評価爆上がり⁉

 いや、確かに「勝手に召喚なんぞしてくれて!」って言いたい気持ちはなきにしもあらずだったんだけどね?

「いや、このテーブルには料理人たちが腕によりをかけた料理が並ぶと聞いているから、遠慮なく口をつけてもらって構わない。恐らくもうすぐエフゲニー……ガールシン医局長もここへやって来る。万が一があっても何とでもなるはずだ」

「……医局長」

 まさかその医局長も、管理部長と同様に〝痺れ茶〟の実験結果モニターを間近で確かめるために参加するとか言い出すのだろうか。

「……万が一って、ナニ?」

 うん、そうだよねシャーリー。そう思うよね。

「……詳しく聞きたい?」

 ううん、いっそ聞いて貰おうかな。
 こうなったら、もう一蓮托生。
 
「どうしようかな……なんか、管理部長の表情かおに『ワクワク』って巨大な太字で書いてあるような気もするしね……」

「うん、じゃあ、諦めて聞いてシャーリー?」

「ええぇ……」

 日本語でいいから――と、私は勢いで押し切った。
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