聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
694 / 785
第三部 宰相閣下の婚約者

735 断罪の茶会(11)

しおりを挟む
 以前フィトが国内の農家から譲り受けてきた魔道具わなは、農地を荒らす害獣を吹き飛ばすための風魔法を込めると言う話だった。

 高価な魔道具わなになると、更に隠形の仕組みが追加されているとかどうとか。

 私からすると、壁にしろ罠にしろ隠形自体が意味を成していないので、ニセ壁は見えないし、罠に関しては剝き出しで見えていて、隠形がかかっているのかどうかさえ不明だ。

 ある一定の角度からだけ稼働後も触れられるとかで、本人までもが風で吹き飛ぶことはないそうだから、ヴェンツェン管理部長もそれを踏まえて動いていると言うことなんだろうけど。

 静かに近付いて、床の魔道具から斜め後方の位置に立ち止まった管理部長は、今度は手にしていた小さな板を何もない空間――私には見えないけれどニセ壁――に向かって、スッと掲げた。

「⁉」

 その瞬間、目を見開いたのはシャルリーヌだ。

「壁……が……」

「え?」

「あ、えっと、何だろう……昔のフィルム映画の映写機を想像すればいいのかな? 向こうに映写機があって、それによって映し出されていた映像が板で部分的に遮られた――そんな感じ?」

 シャルリーヌの説明は、認識阻害の魔道具における仕組みを端的に、分かりやすく私に教えてくれた気がした。

 なるほど、ニセ壁を全部消し去りたいわけじゃないから、板で遮った。そんな感覚なのか。

 それはそれで魔力を遮る特殊な板とかなんだろうか。

「壁は全部は消えてない?」

 リファちゃんが手紙を運ぶ時の、小さくなる手紙入れもそうだけど、管理部のやることは相当に何でもありと言うか……とにかく魔道具がやれることの限界に常に挑戦しているような気がする。

 確認する私に「そうね」と、シャルリーヌは頷いた。

「真ん中あたりだけが少し欠けて……向こう側にも招待客ゲストがいるのが見えるわ」

「ああ……」

 さっきの国王陛下フィルバートの合図で管理部長がニセ壁を一部遮断した形になり、私には元から見えていた、おかっぱワカメを始めとする隔離されていた彼らが、こちらの広間にいる全員の視界にも映ることになったのだ。

「な……っ⁉」

 ――当然、ナルディーニ侯爵(父)にも。

 驚いて立ち上がりかけて、再度椅子にくずおれてしまったのは多分に痺れ薬の影響が残っているからだろう。

 ただしその時呻いたその声は周囲にも届いていて、カロッジェ・ナルディーニ侯爵令息の「父上⁉」と言う反応を呼び起こすのには充分だったようだ。

「ふむ……向こうは少し効果が薄れてきたか……?」

 そんなことを呟きながら、周囲の状況には目もくれず列席者を見回したり手元で何か書き込んだりしているガールシン医局長。こちらはこちらで、ハッキリ言ってコワイです。

「レイナ、多分アレは気にしちゃダメなのよ」

 私が医局長を見て顔を痙攣ひきつらせていたからか、シャルリーヌがいっそ清々しいくらいにバッサリと切り捨てている。

 だよねー……としか、もはや私にも言えなかった。

「……っ、このような……」

 察するに親の心子知らず?

 こちらが医局長の所業に呆れている間も、恐らくは怒鳴りたくても怒鳴れなかったらしいナルディーニ侯爵が、国王陛下フィルバートと息子との間で視線をさまよわせながら、身体をふるわせて呻いていた。

「この期に及んで『何の真似だ』などと、馬鹿なことは聞くまいな、ナルディーニ侯爵?」

 いえ、それ多分ナルディーニ侯爵が言わんとしていたコトな気がします、陛下。

 もちろん、その虫けらを見ているかの様な目からすれば、分かっていて口にしているんでしょうけれども。

「まあ、公の場で『父上』などと叫んでいるあたり、そもそも侯爵家後継者として大丈夫なのかと思わなくも――ああ、今回捕らえられているのだから大丈夫じゃなかったな」

「……っ‼」

 国王陛下フィルバートはナルディーニ家を煽りに煽っているのはもちろんのこと、既にカロッジェ・ナルディーニ侯爵令息を次期ナルディーニ侯爵として認めるつもりはないのだと、それは断言をしていた。

 高位貴族であればあるほど、その言い回しを理解出来ないはずがない。

 静まり返る広間の中、皆の視線がナルディーニ侯爵に集中していた。

「ちなみにあちら側のテーブルを何故隔離しているかと問われれば、既に高等法院案件として裁判にかけられることが決まっている連中だから、と答えておこうか。ああ、だからと言ってこちら側の面子が全員無罪だとも言っていないぞ? あくまで先に馬脚を露して、次期法院長オノレを引っ張り出していると言うだけの違いだからな」

 高等法院のクロヴィス・オノレは、子爵とは言え実際には旧グゼリ家の伯爵位を固辞している経緯がある。

 そのうえ高等法院の次期法院長の座がほぼ約束されていることは、王宮勤めの官吏や領主の地位を持つ貴族、その直系嫡嗣の間では既に知られている。

 つまりは自らの爵位をもって圧力をかけるなどと言うことは不可能だと、国王陛下フィルバートは言っているのだ。

「正直、今回の騒動がただ商会間で起きたことなのであれば、冷酷と言われようとも放置しておいたろうがな。貴族には貴族の、商売人には商売人のルールとテリトリーがある」

 あれもこれもと口も手も出して、どれも中途半端になってしまうくらいなら、しかるべき者に委ねる。

 政変によって激減した人材で国家運営を行うために、当時第三王子だったフィルバートと既に宰相だったエドヴァルドとで舵を振り切ったように、私には見えた。

 王都商業ギルドにおけるギルド長の権限や五公爵会議の在り方など、政変以前は有名無実、何ならもっと王が強権をふるっていた時代だった。それも理不尽な強権を。

 今はそれこそ上層部で戦略を立てて、戦術を現場に委ねている。
 だからこそ、そのシステムを壊す者への処罰がより重くなり、結果として皆の目には先代以上に王の強権を強調しているかのように映る。

 王族と呼べる人間の少なさ、屋台骨の危うさをフィルバートの特異性を全面に出すことで覆い隠しているのだ。

 王は口を出さないのではなく、出せない。
 ハッキリ言えば商業ギルドにまで関わっている暇がない。

 そのことを悟られないように、よりドラスティックに貴族の側を裁く。

 ……エンタテインメント性が高すぎることだけは、多分に性格の問題があるだろうけど。

「中には商会の経営者もいるが、ここにいるのは皆、領地を持ち、民に責任を持つ貴族だ。高位か下位かはこの際どうでもいい。領地の主が私欲に走ったと言うことこそ、今、私が問うていることだ」

「私欲……」

「不満か、エモニエ侯爵」

「い……いえ、その……」

「事の発端は、アレンカ・エモニエ先代侯爵夫人が先代侯爵の没後、己の置かれた境遇を覆すべく動き出していたことを、侯爵家として放置していたところにある。関わりあいになりたくなかったと言うのも充分に個人の意思しよくだろう。人ひとり養うのだってタダではない。私ならとっととバリエンダールの実家に送り返しただろうな。何せ領主にはその権限があるのだから」

「……っ」

 王の叱責にエモニエ侯爵が唇を噛んだのは、果たして痺れを止めたいのか異論があるが故なのか。

「放置したが故に暗躍を許し、食わせていくのに無駄に領民の税を消費した。実際に夫人と手を組んで動いたのがナルディーニ侯爵にしろ、それを許した結果が、今のこの状況だ。充分にはあるだろうが」

 何もしなかった罪。
 国王陛下フィルバートはエモニエ侯爵に改めてそれを突きつけていた。
 実は意外にたちが悪いぞ? ――と。

「ち、父上! どうして何も仰らないのですか⁉ 我が侯爵家が――」

 考えてみれば、ナルディーニ侯爵令息側からにしたって、さっきまでニセ壁は存在していた。

 自分の父親もとびっきりの〝痺れ茶〟を飲まされているなどと思っていないのだ。

 そしてさすがに自国の国王に対しては自分からは何も言えないため、この場の当然の流れとして、父親をせっついた。

「ふむ、時間の経過と共にまずは言語機能から回復するのか……」

 ガールシン医局長の独り言は、実は状況の解説でもあった。

 向こうのテーブルに居並ぶ面々は、こちらよりも早い段階で〝痺れ茶〟を口にさせられている。

 なるほど痺れが取れ始めるのも先と言うことなんだろう。

「父上!」

 無反応、と言うよりも反応の出来ない父・ナルディーニ侯爵を苛立たしく思ったのか、息子の方はついに、それでも渾身の力をこめた――と言ったていで、両手でテーブルを叩いて立ち上がった。

 まさか父親のテーブルに詰め寄るつもりなのか。
 そんなところで意地と気力を振り絞らなくても良いと思うんだけど。


 めるべきか、めざるべきか。
 果たして固唾を呑んだのは、誰だったのだろうか――。
しおりを挟む
感想 1,464

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。