聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの煩慮(5)

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 エモニエ先代侯爵夫人をこの場に呼ぶのか? と、既に王は二度も口にしている。

 結局のところ、それは「呼べ」と言っているも同然であり、良くも悪くもそれを読み取れてしまう立ち位置に、私はいた。

 だがしかし。

「陛下、さすがにくだんの夫人をこの場に呼ぶとなれば、残りの長官や大公殿下らを無視して事を進めることは出来ません。彼らも揃ったところで、閣議ミズガルズの間あたりにでも場所を変えるべきかと」

 呼ぶこと自体に反対をしているわけではないことを匂わせつつ、代案へと王を誘導する。

 さすがにテオドル大公の名には思うところがあるのか「ふむ……」と、思案の声が洩れた。

「まあ、それも道理か。軍務・刑務の長官がこの場にいたなら多少の無理は通せたかも知れんが」

「こんなところで通してどうします。なら充分に堪能したのでは? そろそろ公務にお戻り頂く頃合いだと思いますが」

「つれないことを言う、宰相」

「どのみち閣議ミズガルズの間へはいらっしゃるのでしょう。こちらで情報の共有をしている間くらいは、滞っている書類の一枚にでも目を通して頂きたい」

「……年を追うごとに前宰相に似てきた気がするな」

 不意に出てきたトーレン殿下の名前に、無意識に眉根が寄ってしまった。

 前宰相、トーレン・アンジェスの存命中は、あくまでフィルバートは「第三王子」だった。

 だが、管理部に入り浸っていたフィルバートを時折公務に引っ張り出していたのは、必ずと言って良いほどトーレン殿下だった。それは私の記憶にも残っている。

 今にして思えば、先王や先々代の王、上二人の王子でもこなせたはずの公務だったかも知れない。

 同じ王族同士。もしかすると、私でさえも知らないやり取りが、そこにはあったのだろうか。

 あるいは最初からトーレン殿下は、王はもちろんのこと、上の王子二人も見放していたのか――。

 ただ年齢と身分が近いからと言うだけではなく、私とフィルバートはトーレン殿下によって距離を近くするようになった気さえするのだ。

「……それは私には褒め言葉ですよ、陛下」

 トーレン殿下はイデオン公爵家の血筋の人ではあったが、本来私と血の繋がりはない。

 この国では、今はレイナ以外誰一人それを知らないわけだが、だからこそ「似ている」と言われるのは、私にとっては密かな喜びだと言えた。

 今更ながら、公務に忙殺されていたとは言え、トーレン殿下との会話が少なかったことは悔やまれてならない。

「……それに公務を優先して下さいと言う話なら、私でなくともするでしょう。一般論ですよ」

「言っていることが一般論でも、無表情のその圧力が発言を裏切っているぞ。その辺りがそっくりだと言うんだ」

「言っても出来ない方には申し上げませんよ」

「…………褒められている気が全くしないな」

「褒めも貶しもしていませんよ。私は、陛下がと言うのをだけですので」

「……っ」

 素で言葉に詰まっているのは「王」ではなく「フィルバート・アンジェス」としての表情かおだ。

 トーレン殿下直伝の「説得」術。

 ここまで言ってもダメなら見放していい――などと殿下が言っていた、なんてことは死ぬまで口にするつもりはないが。

「よし。では一つだけ。それが達成されたら、言う通りにおとなしく引っ込んでやろう」

「ひとつ、ですか」

「なに、簡単なことだ」

 指を一本立てて片目を閉じる王に、嫌な予感がせり上がる。

 何となく却下したい願望が頭をよぎったものの、それを口にする前に、事態は再び動いていた。

「――さぁて、カッレ長官! ちょっとそこを退いて貰おうか⁉」

 勢い良く扉が開く音と、カツカツと靴が踏み鳴らされる音が、静かだった広間に響く。

「陛下、よろしいんですよね!?」

 その声に反応した、王の口角が確かに上がった。

「ああ、構わん。何なら宰相もフォルシアン公爵も、仕方がないと許容していたぞ。何より目の前の光景を見れば、遠慮はいらんと分かるだろう」

 ――なるほど。

 思わず呟いた私に、正解だと言わんばかりに王が微笑わらった。

「言っていただろう? ライネル・シクステンあたりがキレてぶん殴るかも知れん、と。長官ともなれば立場上、なかなか手も出しづらいだろうしな。オーステン・カッレが先に足蹴にしたのは想定外だったが、元はと言えばこちらを見たかったのだ」

 軍務・刑務の長官だけあって、犯罪者たちを一喝したり、物理的に言うことを聞かせられるだけの力が、もともとライネルにはある。

 と言うか、呼び出しはかけたが、いつ、誰がその詳細をライネルに伝えたのか。

 見ればロイヴァスが、ずれてもいない眼鏡を直す仕種をしながら私から目を逸らしているので、恐らくは〝草〟の誰かが、呼び出すついでに話をしたのかと、何となく察せられてしまった。

「いいんですか、シクステン長官が本気を出せば、さすがに気絶していた人間だって我に返りますよ」

 正気の人間を本気で気絶させるとして、気絶している人間を本気で殴れば、逆に一度精神に喝が入る。

 それ以上の力を出せば命に関わるだろうが、そのあたりはライネルも弁えているはずだった。

閣議ミズガルズの間で先代エモニエ侯爵夫人と対面させるのであれば、ちょうど良かろうよ。まあ、侯爵にしろ息子にしろ、それなりに女性を惑わせていたらしい顔やら身体やらは無事では済まんかも知れんが、大した問題でもあるまい」

「…………」

 ひらひらと片手を振った王の笑みに、沈黙がその場に下りる。
 心底どうでもいいと思っているのが、その声色から察せられるからだ。

 レイナやボードリエ伯爵令嬢に聞かせられない発言がにじみ出ているのが良い証左だろう。

 そうこうしている間にも、ライネルがナルディーニ父子が昏倒しているテーブルのすぐ傍まで辿り着いていた。

「このクソ忙しい時に、よくも仕事を増やしてくれたものだ」

 しかも息子の方がオーステン卿に踏みつけられていたからか、何の躊躇もなく侯爵の服の胸元を握って、無理矢理引き上げていた。

 意識がないとは言え、首が絞まって苦しいのだろう。
 形容しがたい呻き声がその場で洩れた。

「この件ではシクステン本家も、喝采を叫びこそすれ誰も咎めだてはしないだろうしな。――そう言うわけだから」

 すぐ傍で肩を竦めているロイヴァス曰く、いくつかの公式行事の後の夜会で、シクステン侯爵家の関係者がナルディーニ侯爵、あるいはその息子に言い寄られていた過去があったらしい。

 父子でコンティオラ公爵家の夫人と娘に執着していたことは有名だったために、不実の極みとしてほとんどが取り合わなかったらしいが、中には身分差を楯に逆らえなかった家もあったり、夫婦仲の悪い家が、知っていて火遊びに付き合ったりと、シクステン侯爵も領地で頭を抱えていることが度々あったらしいのだ。

「あの様子を見ると、カッレ侯爵家でも似た何かはあるのかも知れませんね。シクステンほど接点がないので、私の想像でしかないのですが」

 まさか踏みつけるとは、とロイヴァスも苦笑いだ。

「ヘルマン家は――」

「父はナルディーニ侯爵からは『一生羊毛に埋もれていろ』と軽視されていたようですし、私の兄弟は男ばかりですから、ほぼほぼ接点はありませんね。義母も義姉も滅多に王都には出てきませんし。姪にしたってまだデビュー前の子ばかりのはずですし」

 それでも仕事が倍になった恨みはありますが、と言いつつも、ライネルやオーステン卿には、さすがに割って入れなかったらしい。

「私の八つ当たりの矛先は、サレステーデの愚か者たちに向けさせて貰いますよ。この件があったからと言って、風当たりが弱くなる理由にはなりませんでしょう」

「まあ……そうだな」

 最後、私の言葉が間延びしてしまったのには、理由わけがあった。

 こちらまで聞こえてきた、明らかに人を殴り飛ばしたであろう音と共に、ナルディーニ侯爵の身体が床を滑ったのだ。

「いつまでも惰眠を貪るな、侯爵ともあろうものが‼」

 ……いくら長官職が侯爵相当の地位を持つとは言え、その叫びはかなり理不尽なのではないだろうか。

「……ライネル……」

 呆れたため息を洩らしたロイヴァスに、私も賛同したい気分になった。
















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