聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
765 / 787
第三部 宰相閣下の婚約者

797 まずは6秒

しおりを挟む
 アンジェス国は、王都を中心として5つの公爵領に分かれてはいるものの、公爵家の直轄領というものは存在しない。
 侯爵以下の貴族が公爵領の中で領地を分けあって運営をしており、その運営を取りまとめているのが公爵の立ち位置だ。

 その公爵の公務としては、抱えている領地の税収の管理や予算の運営が主な仕事になる。とは言え、領地下の貴族家における冠婚葬祭に関しても多少の責務は生じる。

 子爵家以下の家の冠婚葬祭に関しては、直属の伯爵家や侯爵家がその内容を吟味して取り仕切っていて、公爵として場に関わるのは、高位貴族とされる伯爵家・侯爵家の、新たに領主となる者からの宣誓を受けることと、領主の葬儀に参列する、あるいは弔問に行くこととになるらしい。

 成人デビュタントや婚姻に関しては、公的には地方法院や高等法院への届け出で済まされるものであり、領地でのパーティーは各個人任せ、友人として祝の場に赴くことも各個人に任せられている。

 土着の祭りや儀式などに至っては、その土地の領主が取り仕切るものであって、高位貴族が口を出すことはあまりない。必要があれば、どれも金銭や芸術品の類を贈るのが一般的だという。

 つまり当代ケスキサーリ伯爵の死は、エドヴァルドが次の領主からの挨拶を受けることと、弔問に行く必要があることとを同時に告げていたのだ。

「弔問……」

 次に領主となる者が挨拶に来るというのは、すなわち領地から王都に出てくるということだ。
 それならば、車も飛行機も電車もない中、ある程度の日数はかかるのだから、日程の差し迫っている三国会談への影響はまずないだろう。

 問題は、弔問じゃないだろうか。

 無意識のうちに眉根を寄せていたのかも知れない。
 ヤンネがそんな私にチラリと視線を向けた。

「まさかまともに馬車を使って領地訪問をすると思っていたか?」

 何かちょっとカチンときたけれど、「まさか」と軽く肩を竦めるにとどめた。

「ただ、どう考えてもそんな時間はないのに、どうするのが最善なんだろうなぁ……と、思っただけです」

「高位貴族の領主の死去による代替わりは、王宮側も認める『領地側におけるやむを得ない事情トラブル』の一種だ。三親等までの一族の者が王宮にいた場合を含め、簡易型転移装置の使用が許可されている」

 なるほど王宮官吏としても、領地との往復で一か月も二か月も仕事を抜けられては困るわけか。
 その当人がいれば、行先登録だって出来るわけだから、移動は可能ということなのだろう。

 もし該当者がおらず、公爵本人に領地訪問の機会がその時点までなかったとしても、王宮の管理部には、代々王都学園に入学する子息によって場所を登録された簡易型転移装置が、いつでも使用可能な状態で一定数保管されているのだと言う。

 王都学園は貴族の子弟が必ず籍を置くところであり、労せず登録と在庫の確保は出来るのだ。
 よく出来たシステムというべきだった。

「今、ケスキサーリに連なる官吏は王宮にはいないが、装置の在庫はあるはずだ。それを使って赴かれることにはなるだろうが……葬儀の場に立ち会うことはさすがに難しいだろう」

「それって、ケスキサーリ伯爵家の反感を買ったりは?」

「国家行事が絡めば、宰相閣下に葬儀出席の強要が出来ないことくらいは馬鹿でも理解出来よう。今、王都で起きている投資詐欺の情報を多少流すことにはなるだろうが、それをもって後日の弔問を確約すればさほど問題にはなるまい」

 エドヴァルドに限らず、国家行事、王宮行事が絡んで領地訪問出来ないことは他の公爵領でもある話だそうで、弔意を表して後日の訪問を約束すれば、最低限非礼を問われることはないということのようだった。

 馬鹿だったらどうするんだ、とは思ったものの、私はケスキサーリ伯爵家については何も知らない状態なので、ここは口を挟まないでおく。それはそれで、揉めたらヤンネが何とでもするのだろう。いや、してもらおう。

 イデオン公爵領内では、長らく高位貴族の葬送の儀は執り行われていなかったらしく、直近でベルセリウス侯爵家の領主交代がそれにあたるらしかった。

(あぁ、確か将軍が就任早々舐められまいと喧嘩を売って、逆に『領地が干上がってもいいならやってみろ』と返り討ちにあったとか何とか……)

 その話を、ヤンネが知っているのか、知らないのかはともかく、ベルセリウス侯爵家の領主交代自体が結構前のことらしい。
 過去の資料を読み返して、疎漏がないようにしないとならないと、ヤンネはぶつぶつ呟いていた。

「……そう言えば、今はフォルシアン公爵家に居るようだが」
「…………はぁ、そうですね」

 エドヴァルドとの婚約が成立したこと、フォルシアン公爵家の養女になったこと。事務所で臨時雇用となっているユセフがいるのだから、ヤンネとて聞かずとも把握しているはず。
 何が言いたいのかが分からず、知らず気の抜けた返事になってしまう。

「閣下とはお会いしているのか」
「…………はい?」

 更に予想だにしなかった問いかけに、返す声が裏返ってしまったが、ヤンネは頓着していないようだった。

「今日明日予定があるなら伝言を託すし、そうでないなら事務所に帰って手紙を書く。恐らくは後日弔問という形になるだろうが、確認は必要だ」

「…………」

 伝言。ヤンネが、私に。
 空耳か、明日は雪か。

 多分そう思ったことは表情かおに出たはずだ。
 ここまでくると、さすがにヤンネの眉間にも思い切り皺が寄っていた。

「一番早く閣下に話が伝わる方法を模索して何が悪い。御託はいいから結論を述べろ」

 教えて下さい、くらい言えないのか――とは思ったものの、それがヤンネの言う「御託」なんだろうなと思ったら、何だか言いたくなくなってしまった。

(いやいや。私は大人、私は大人……)

 怒りを感じたら、まずは6秒待てと何かで耳にした。
 アンガーマネジメントがどうとか、そんな話だった。

 前回は、そんなことを考える間もなく商法書に手が伸びていたけど、さすがにここは王都商業ギルドの中だ。
 黙って6秒待つのも地味にキツイので、心の中で「私は大人」とひたすら唱えた後で、軽く息を吸った。

「…………毎夕、フォルシアン公爵閣下おとうさまとご一緒に、邸宅やしきにいらっしゃいますが」
「…………毎夕?」
「ええ、毎夕です。夕食だけでも、と」
「…………」

 この返しは、さすがにヤンネも想定外だったらしい。
 毎夕、と呆然とした声が更に洩れたくらいだ。

「……伝言、承りましょうか?」

 これで「忙しい宰相を呼びつけるとは、どういう了見だ」とでも言われたら、どうしてくれようと思ったものの、さすがに私の声色と表情を読むことを学習したのか、それを言ったら自分が御託を並べたことになると気が付いたのか、ヤンネの口から洩れたのは「そうだな」との、短い一言だった。

「ケスキサーリ伯爵家への対応は、弔意の表明と後日の弔問ということでよろしいですか――とかですか?」

 どうしたらいいですか、などという子供のおつかいみたいな伝言では、山ほど仕事のある今のこの状況下では無駄もいいところだ。最終的にエドヴァルドのGOサインが欲しいとなれば、そのくらいは言わなくちゃいけない。
 ――イエスなら、それで事足りる伝言を。

「…………それでいい」

 そして、決して短くはない沈黙の後、それだけを告げてヤンネは商談室の出口へと向かう。

「念のため言っておくが、閣下の許可があるまではこの話はあちらこちらで吹聴しないように。茶飲み話にするような話ではないことくらいは、分かっていると思うが」

「……っ」

 減らず口!!
 女性の茶会は貴族間の噂話で溢れているとでもいうのだろうか。

「ぜっっったい、いつか『ぎゃふん』と言わせてやる」
「……ぎゃふん、なぁ……」

 とことん相性が悪いんだな、とヤンネが出て行った扉を見ながらファルコが生温かい笑みを向ける。

「で、今度こそフォルシアン公爵邸に帰る――で、いいのか?」
「よくってよ!」
「淑女の振る舞いじゃねぇよ、それは。フォルシアン公爵夫人に怒られるぞ」
「……なんでファルコが淑女の振る舞いを語るのよ……」

 そうは言っても、今のやりとりを思えばエリィ義母様からはダメ出しを喰らうような気はする。
 馬車の中で頭を冷やさなくては。

 ギルド長は、帰る時にはもう立ち寄らなくても良いと言っていた。



 私は階下でスリアンさんに軽く会釈だけを残して、フォルシアン公爵邸へと戻ることにしたのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




いつも読んでいただいて&応援&♡ありがとうございます!m(_ _)m

【!!速報!!】

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?


皆様のおかげをもちまして、4巻の発売が決定致しました……! 

そうです、ついに書籍版にもリファちゃん登場です!!+。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚
とは言え、4巻での出番はまだあまり多くありません。
物語はギーレン編のオープニングといったところです。

もっともっとリファちゃんの活躍が見られるよう、
怜菜とエドヴァルドの、北の館での一夜も見られるよう、
まずは4巻の応援購入をぜひお願いします!

なお表紙を含めた詳細は、後日改めてとなりますのでもう少しお待ち下さいませm(_ _)m

そしてタロコ先生のコミカライズ版も、お待たせしました。
第10話のupです。
併せてどうぞお楽しみ下さい!

https://www.alphapolis.co.jp/manga/official/54000568


さらにさらに「コミックシーモア みんなが選ぶ 電子コミック大賞2025」、
ライトノベル部門15作品の中の1作に選ばれ、11/30まで投票期間中です……!

https://www.cmoa.jp/comic_prize/novel/?appeal2025=1101353009&utm_source=comic_prize&utm_medium=referral&utm_campaign=1101353009

会員登録不要。上記URLから「投票する」のボタンを1クリックするだけですので
こちらを読んでいただいた皆様、どうか清き一票宜しくお願い致します……!m(_ _)m
しおりを挟む
感想 1,469

あなたにおすすめの小説

「君は地味な裏方だ」と愛人を優遇するサイコパス気質の夫。〜私が去った後、商会の技術が全て私の手によるものだと気づいても、もう手遅れです〜

水上
恋愛
「君は地味だから裏方に徹しろ」 効率主義のサイコパス気質な夫は、妻であるクララの磨いた硝子を愛人の手柄にし、クララを工房に幽閉した。 彼女は感情を捨て、機械のように振る舞う。 だが、クララの成果を奪い取り、夫が愛人を壇上に上げた夜、クララの心は完全に凍りついた。 彼に残した書き置きは一通のみ。 クララが去った後、商会の製品はただの石ころに戻り、夫の計算は音を立てて狂い始める。 これは、深い絶望と、遅すぎた後悔の物語。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」 この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。 選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。 そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。 クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。 しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。 ※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。

『彼を解放して!』とおっしゃいましたが、何から解放されたいのですか?

シエル
恋愛
「彼を解放してください!」 友人たちと教室に戻ろうとしていると、突如、知らない令嬢に呼び止められました。 「どなたかしら?」 なぜ、先ほどから私が問いかける度に驚いているのでしょう? まるで「え!?私のこと知らないの!?」と言わんばかりですけれど、知りませんよ? どうやら、『彼』とは私の婚約者のことのようです。 「解放して」とおっしゃっいましたが、私の目には何かに囚われているようには見えないのですが? ※ 中世ヨーロッパモデルの架空の世界 ※ ご都合主義です。 ※ 誤字、脱字、文章がおかしい箇所は気付いた際に修正しております。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。