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第三部 宰相閣下の婚約者
796 想定外の知らせ
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カプート子爵にエモニエ先代侯爵夫人が隠した書類を回収してきて貰うのと、フラーヴェク子爵を連れてこのギルドを訪ねて貰うのと、果たしてどちらが優先順位が高いだろうか。
いや、やっぱり国が絡むことになるから書類の回収が先で、その後ここに来て貰うようお願いすべきだろうなと内心で独り言ちる。
(とは言え、そのまま子爵領の公務が……とか、海沿いの地域の連携が……とか言い始めて、領地から出て来なくなってしまっても困るわけで……)
それなりに責任感と矜持と力量のある人が、拗らせて仕事に走るのは面倒だ。なまじ仕事自体に正当性があるだけに、デスクの前から引き剥がしにくくなる。
カプート子爵は多分、そういうタイプの人だ。
どうしたものかなと思っていると、そこでギルド長室の扉が軽くノックされた。
「お話中のところ、大変申し訳ありません。王宮からの緊急案件だと仰る使者の方が、キヴェカス卿がこちらだと聞いた、と……」
「⁉」
ユセフ義兄様が高等法院での事情説明と事態の収拾に追われているだろう現在、ヤンネの事務所は恐らく、臨時社員のアストリッド・カッレ侯爵令息が一人で留守番をしていたはず。
事務所を空にしてくるわけにもいかないと、やって来た使者をそのままギルドに向かわせたのだと思われた。
失礼、と立ち上がったヤンネが一人部屋の外へと姿を消す。
ここは商業ギルドだ。どんな内容にしろ、中に招き入れるのは「違う」とヤンネも判断したのだろう。
ヤンネの姿が消えるのを視界の端に捉えたタイミングで、カール商会長代理が「さて」と、ちょっと面白げな声色でこちらを振り返った。
「今のうちに、ユングベリ商会長のご意志を再度確認させて貰っても?」
「意志……ですか?」
特にヤンネに遠慮して何かを発言したつもりは、これっぽっちもないのだけれど。
素で首を傾げてしまった私に、カール商会長代理も、分かっていると言わんばかりに頷いていた。
「こちらは、本格的にボードストレーム商会を干上がらせる方向で動き始めている。今はまだ王都周辺から手を入れているところだが、近いうちに沿岸部の販路にも手は届くはず。その際、いくつか後釜として販路を引き継いで貰う商会の一つにユングベリ商会を加える。それが案の一つではなく、決定事項として進めてもいいのか……と」
一般庶民が一から立ち上げた商会であればともかく、私の背中にはどうしても当代宰相の影が見える。
本当に大丈夫なのか、と気になったのかも知れない。
動き出したところで、あれはあくまで「案」の一つだった、実行まではまだ考えていなかった、などと言われては途中で梯子を外されるようなものだからだ。
そしてヤンネであれば、確実に商会の意向よりはエドヴァルドの意向に添おうとするだろうし、私にもそうするように言ってくるだろう。
カール商会長代理にまで読まれている、ヤンネの偏った考え方もどうなのかとは思うのだけれど、まあ、要は私の本音が、ここでは聞きたいということなんだろう。
私は頭を振って、カール商会長代理を見返した。
「それは……ええ、むしろまだ王都の店舗も開店出来ていない商会を加えてしまっていいのかと、むしろこちらの方が伺いたいくらいです」
そもそもユングベリ商会は、ギーレンで活動しやすくするための、行商止まりで考えていた商会だった。
その後思った以上に商会の存在が大きくなり、どうせならイデオン公爵領を富ませるための核に――となっての今だ。
ラヴォリ商会が、イデオン公爵領内での商売圏を全て傘下に収めてエドヴァルドに圧力をかけるとでも言うのならともかく、要は居抜き物件を使え、家具家電付きの賃貸物件を使えと言っている状況なのだ。
大学に通うために上京する新入生に等しいと思えば、初期費用が安くついて有難いことこのうえない話だ。
もはや、商会の存在は縮小も無に帰ることもない。
だとすれば――話は「受ける」一択である。
あとは私自身が、ラヴォリ商会に呑み込まれないように注意するだけだ。
「……なるほど」
カール商会長代理の口元が、じわりと笑んだ。
そんな私の内心など、とうに察していると言わんばかりだ。
さすが、国内最大の商会の跡取りである。息子とは言え、間違っても彼の代で身代が傾くことはないとしみじみ思う。
「確かに王都店舗は開店前……とは言え、どこかの商会のように名義だけを買って実体がないというわけでもない。我がラヴォリ商会も王都商業ギルドも、今回の一件で少なからずの影響を受けている。身ぎれいな受け皿は一枚でも多い方がいい――たとえ開店前でも。ですよね、リーリャギルド長?」
ここがギルド内であることを承知していて、キチンとギルド長も立てている。
リーリャギルド長も、口角を上げてカール商会長代理の言葉を肯定していた。
「そんなところだね。経営陣のやらかしでとばっちりを喰らうであろう従業員たちの受け皿は、喉から手が出るほど欲しい。かといって、ラヴォリ商会の傘下ばかりになっても困る。ユングベリ商会の経営者が誰であれ、器の小さいことを言わないであろう連中だって一定数いるからね、ここは全力で乗っかって貰いたいところさ」
「……全力で乗っかる」
従業員の質の保証を、王都商業ギルドやラヴォリ商会がしてくれるのであれば、確かに有難い。
何せ今のところ、考えていた従業員なんて両手の数にもならないし、それも本人に確認出来ていない分も含んでいる。
商会をどうしていきたいかという設計図が別方向を向いていなければ、滑り出しとしてはおかしなことにはならない気はした。
「今、我が商会の中でどの販路、商会を残すかといった打ち合わせを既に何度か行っている。父である商会長も、書面でならほぼ時間差なく参加が出来る。ある程度の見通しがたったところで、ぜひ商会にお越し願いたいのだが、日時の都合をつけては貰えないだろうか?」
よく考えれば、私がバリエンダールに渡航が出来たのは〝転移扉〟を使わせて貰ったからで、いくらラヴォリ商会と言えど旅の行程は馬車+船。往復で月単位の移動日程が必須となるのがこの世界での通常仕様だ。
商会長との間の意思の疎通がやたらと早いのは、ひとえに商業ギルドの手紙配送システムを利用しているからだろう。
まあ車椅子の開発に携わるくらいだし、国内最大の販路を誇ることを思えば、いずれ鉄道くらい通せそうな気もするけれど……どう考えても現時点では自分の首が締まるだけなので、今は空想に留めておこうと思う。
「ユングベリ商会長?」
「……っ」
ただ、カール商会長代理の詐欺師じみた笑顔を見ていると、いずれ黙っていても何かアイデアがあると悟られそうな気はする。
いや、聞かれるまでは答えない。これは災難除けの鉄則。
まずは目の前の現実問題から片付けなくては。
「ああ、はい。私は王都の外の情勢には疎いので、予め候補を立てて頂けるのであれば、有難く拝聴します」
「そうですか、では――」
「――とは言え、ユングベリ商会の資金はイデオン公爵閣下に支えていただいてるのも間違いのない事実ですので、お伺いする前にぜひ書面にしていただいて、公爵邸にお送りいただきたいのですが」
ぴしりとカール商会長代理の笑顔が固まったようだった。
こればかりは、仮にエドヴァルドの指示がなければ動けないひよっこと思われようとも、譲れない一線だ。
ラヴォリ商会とエドヴァルドとの間にパイプと言う名の癒着が出来たかのような印象を与えるのは、断じてよろしくないのだから。
「……くくっ」
一瞬反応に困ったらしいカール商会長代理よりも先に、リーリャギルド長の笑い声がその場の空気を変えた。
「あまり欲はかかない方がいいんじゃないかい」
視線を向けられたカール商会長代理も、小さなため息と共に肩をすくめる。
「そうですね。これを機に傘下に入って貰うのも悪くないと思ったのですが」
「どこぞの商会を乗っ取れるだけ僥倖と思うべきだね。悲願だったんだろうに」
「人聞きの悪い言い方をなさらないで下さい。それに頷くようでは、父に叱られてしまう」
「ま、本音と建て前は大事なことだからね」
ラヴォリ商会とボードストレーム商会との間に何があったのかは気になるところだけれど、今ここで聞くことでもないので、私は笑顔でこのやりとりを無視することにする。
「今回限りの取引で終わらせるのは、もったいないだろう? いずれ自分が商会長になった時の情勢を想像した方がいいね。ま、言わずとも分かっちゃいるだろうがね」
「ええ。一強は好ましくない、というのは父もギルド長も共通の認識ですし……ああ、話が逸れましたねユングベリ商会長。そのお申し出は是としましょう」
よかった。どうやら、うっかりラヴォリ商会に吸収合併されてしまう危機はいったん遠のいたようだ。
カール商会長代理の為人を考えれば、この先幾度となく試されそうな気はするものの、当面の危機は回避できたということで、今回はお互い手打ちでいいはずだ。
やれやれ、と私が軽く息をついたのと、手紙を確認するために席を外していたヤンネが戻って来るのとが、ほぼ同時のことだった。
「副……んんっ、ギルド長」
「⁉」
今、副ギルド長と言いかけて修正したような……?
どうやらそう思ったのは私だけじゃなかったらしく、常に指名されていたというアズレート副ギルド長も、常に蔑ろにされていると感じていたらしいリーリャギルド長も、思いきり目を丸くしていた。
日頃の状況を知らないカール商会長代理の表情は、そのままだけれど。
「商談室を借りたい。そう長い時間でなくていい」
「あ、ああ。下でちゃんと手続きを踏む気があるのなら構わないさ。一つは部屋が空いていたはずだからね」
「…………」
そして何やら葛藤が垣間見えている。
下で、とリーリャギルド長が言うからには、ここでアズレート副ギルド長に頼むのは却下、ということなんだろう。
商人同士がギルドでばったり。話がしたい……となった時のために、無料のレンタル会議室的に使わせてくれる部屋があるらしい。
「……分かった。手続きしてこよう」
折れた!
と思ったのは、私だけじゃないだろう。
「ええと、じゃあ今日はここまでということで……?」
一応「お目付け役」のヤンネに予定が入りそうと言うなら、私ひとりがこのままここに居残るのは、あまりよくない。
もともと、あとはカプート子爵を連れてくることが出来るか出来ないか、そこがハッキリしないとギルドでの話は進まないのだから、ちょうどいい切り上げ時なのかも知れない。
そう思って腰を浮かせかけた私に、思いがけない待ったをかけたのは、ヤンネだった。
「いや」
「え?」
「今、届けられた手紙は商業には関係なく、イデオン公爵領関係者として関係のある手紙だ。だが、私の事務所に行く時間もフォルシアン公爵家に行くのも、時間が惜しい」
「……えっと」
「手紙の内容は商談室で知らせる」
「……そうですか」
「王都商業ギルド内の商談室ほど機密保持に適した部屋もない。扉のところに公爵家の護衛を立たせておけば、誤解する奴もいまい」
「…………」
ああ、そうか。ここで大っぴらに〝鷹の眼〟なんて名称は使えない故の「公爵家の護衛」か。
いやいや、何の誤解ですか。
頭の中をツッコミたいことがぐるぐると回るけれど、どれも言っても仕方のないことばかりで、結局複雑な表情で黙り込むことしか出来ない。
「まあ、本人に手続きする気があるのなら、付き合ってやるといいさ。宰相閣下の関係者にとって重要な話のようだし、だとすればアタシらは口を挟めないからねぇ。ま、ユングベリ商会長に声をかけようという気になっただけ、進歩じゃないのかい?」
そしてカラカラと笑うリーリャギルド長の言葉が、この上なく真理を突いていた。
――関係者。
私も関係者に入れているということだ。
感動より驚きの方が大きいけれど。
ヤンネも、リーリャギルド長の揶揄い交じりの言葉には反応せずに部屋を出て行ってしまい、ギルド長は笑って肩を竦めていた。
「私もこの後は仕事が詰まっているからね。商談室での話が終わっても、いちいち顔を出してくれなくて大丈夫だよ。どうせ近いうちにまた顔を合わせるだろうからね」
「あ……はい。では、そうさせていただきます」
ギルド長室での集まりはそこで解散となり、私は場所を聞いて商談室の方へと移動をすることにした。
公爵家の護衛、もとい〝鷹の眼〟ファルコがちゃんと、私とヤンネが二人にならないようにと付いてくれている。
「ねえ、ファルコは何の手紙が届いたのか分かる?」
「いくらなんでも中身までは読み取れねぇよ」
「そうよね……」
「だが、想像はつくぞ」
「え、そうなの?」
公爵家の護衛組織として、武闘派のイメージが大きい〝鷹の眼〟だけど、諜報能力もかなりのものだ。
ざっと周囲を見て、声の届く範囲に人がいないことを確かめつつ、その想像の中身を教えてくれる。
「王宮から法律顧問宛に急ぎの知らせが届くのは、基本的には領内関係者の冠婚葬祭に関わる話だからな。伯爵家以上の家のどこかで、何かがあったと見るのが妥当だろう」
「そうなんだ……」
商談室に入って、そう間を置かずにヤンネは戻って来た。
さすがに窓口を選り好みしている暇もなかっただろうから、最短で手続きをしてきたのだろう。
ファルコが部屋の隅に下がったタイミングで、世間話も不要とばかりにヤンネは用件に踏み込んできた。
「かねてから病気療養中だった、ケスキサーリ伯爵が身罷られたとの連絡が入った。代替わり含め色々と手続きをしなくてはならないが……それはまあ私の本職だからいい。要は同じ場にいた婚約者に話が通っていないというのもおかしな話だから、場を設けた」
「…………」
どうやら、ファルコの予測は正しかったようだ。
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いや、やっぱり国が絡むことになるから書類の回収が先で、その後ここに来て貰うようお願いすべきだろうなと内心で独り言ちる。
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「お話中のところ、大変申し訳ありません。王宮からの緊急案件だと仰る使者の方が、キヴェカス卿がこちらだと聞いた、と……」
「⁉」
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事務所を空にしてくるわけにもいかないと、やって来た使者をそのままギルドに向かわせたのだと思われた。
失礼、と立ち上がったヤンネが一人部屋の外へと姿を消す。
ここは商業ギルドだ。どんな内容にしろ、中に招き入れるのは「違う」とヤンネも判断したのだろう。
ヤンネの姿が消えるのを視界の端に捉えたタイミングで、カール商会長代理が「さて」と、ちょっと面白げな声色でこちらを振り返った。
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そしてヤンネであれば、確実に商会の意向よりはエドヴァルドの意向に添おうとするだろうし、私にもそうするように言ってくるだろう。
カール商会長代理にまで読まれている、ヤンネの偏った考え方もどうなのかとは思うのだけれど、まあ、要は私の本音が、ここでは聞きたいということなんだろう。
私は頭を振って、カール商会長代理を見返した。
「それは……ええ、むしろまだ王都の店舗も開店出来ていない商会を加えてしまっていいのかと、むしろこちらの方が伺いたいくらいです」
そもそもユングベリ商会は、ギーレンで活動しやすくするための、行商止まりで考えていた商会だった。
その後思った以上に商会の存在が大きくなり、どうせならイデオン公爵領を富ませるための核に――となっての今だ。
ラヴォリ商会が、イデオン公爵領内での商売圏を全て傘下に収めてエドヴァルドに圧力をかけるとでも言うのならともかく、要は居抜き物件を使え、家具家電付きの賃貸物件を使えと言っている状況なのだ。
大学に通うために上京する新入生に等しいと思えば、初期費用が安くついて有難いことこのうえない話だ。
もはや、商会の存在は縮小も無に帰ることもない。
だとすれば――話は「受ける」一択である。
あとは私自身が、ラヴォリ商会に呑み込まれないように注意するだけだ。
「……なるほど」
カール商会長代理の口元が、じわりと笑んだ。
そんな私の内心など、とうに察していると言わんばかりだ。
さすが、国内最大の商会の跡取りである。息子とは言え、間違っても彼の代で身代が傾くことはないとしみじみ思う。
「確かに王都店舗は開店前……とは言え、どこかの商会のように名義だけを買って実体がないというわけでもない。我がラヴォリ商会も王都商業ギルドも、今回の一件で少なからずの影響を受けている。身ぎれいな受け皿は一枚でも多い方がいい――たとえ開店前でも。ですよね、リーリャギルド長?」
ここがギルド内であることを承知していて、キチンとギルド長も立てている。
リーリャギルド長も、口角を上げてカール商会長代理の言葉を肯定していた。
「そんなところだね。経営陣のやらかしでとばっちりを喰らうであろう従業員たちの受け皿は、喉から手が出るほど欲しい。かといって、ラヴォリ商会の傘下ばかりになっても困る。ユングベリ商会の経営者が誰であれ、器の小さいことを言わないであろう連中だって一定数いるからね、ここは全力で乗っかって貰いたいところさ」
「……全力で乗っかる」
従業員の質の保証を、王都商業ギルドやラヴォリ商会がしてくれるのであれば、確かに有難い。
何せ今のところ、考えていた従業員なんて両手の数にもならないし、それも本人に確認出来ていない分も含んでいる。
商会をどうしていきたいかという設計図が別方向を向いていなければ、滑り出しとしてはおかしなことにはならない気はした。
「今、我が商会の中でどの販路、商会を残すかといった打ち合わせを既に何度か行っている。父である商会長も、書面でならほぼ時間差なく参加が出来る。ある程度の見通しがたったところで、ぜひ商会にお越し願いたいのだが、日時の都合をつけては貰えないだろうか?」
よく考えれば、私がバリエンダールに渡航が出来たのは〝転移扉〟を使わせて貰ったからで、いくらラヴォリ商会と言えど旅の行程は馬車+船。往復で月単位の移動日程が必須となるのがこの世界での通常仕様だ。
商会長との間の意思の疎通がやたらと早いのは、ひとえに商業ギルドの手紙配送システムを利用しているからだろう。
まあ車椅子の開発に携わるくらいだし、国内最大の販路を誇ることを思えば、いずれ鉄道くらい通せそうな気もするけれど……どう考えても現時点では自分の首が締まるだけなので、今は空想に留めておこうと思う。
「ユングベリ商会長?」
「……っ」
ただ、カール商会長代理の詐欺師じみた笑顔を見ていると、いずれ黙っていても何かアイデアがあると悟られそうな気はする。
いや、聞かれるまでは答えない。これは災難除けの鉄則。
まずは目の前の現実問題から片付けなくては。
「ああ、はい。私は王都の外の情勢には疎いので、予め候補を立てて頂けるのであれば、有難く拝聴します」
「そうですか、では――」
「――とは言え、ユングベリ商会の資金はイデオン公爵閣下に支えていただいてるのも間違いのない事実ですので、お伺いする前にぜひ書面にしていただいて、公爵邸にお送りいただきたいのですが」
ぴしりとカール商会長代理の笑顔が固まったようだった。
こればかりは、仮にエドヴァルドの指示がなければ動けないひよっこと思われようとも、譲れない一線だ。
ラヴォリ商会とエドヴァルドとの間にパイプと言う名の癒着が出来たかのような印象を与えるのは、断じてよろしくないのだから。
「……くくっ」
一瞬反応に困ったらしいカール商会長代理よりも先に、リーリャギルド長の笑い声がその場の空気を変えた。
「あまり欲はかかない方がいいんじゃないかい」
視線を向けられたカール商会長代理も、小さなため息と共に肩をすくめる。
「そうですね。これを機に傘下に入って貰うのも悪くないと思ったのですが」
「どこぞの商会を乗っ取れるだけ僥倖と思うべきだね。悲願だったんだろうに」
「人聞きの悪い言い方をなさらないで下さい。それに頷くようでは、父に叱られてしまう」
「ま、本音と建て前は大事なことだからね」
ラヴォリ商会とボードストレーム商会との間に何があったのかは気になるところだけれど、今ここで聞くことでもないので、私は笑顔でこのやりとりを無視することにする。
「今回限りの取引で終わらせるのは、もったいないだろう? いずれ自分が商会長になった時の情勢を想像した方がいいね。ま、言わずとも分かっちゃいるだろうがね」
「ええ。一強は好ましくない、というのは父もギルド長も共通の認識ですし……ああ、話が逸れましたねユングベリ商会長。そのお申し出は是としましょう」
よかった。どうやら、うっかりラヴォリ商会に吸収合併されてしまう危機はいったん遠のいたようだ。
カール商会長代理の為人を考えれば、この先幾度となく試されそうな気はするものの、当面の危機は回避できたということで、今回はお互い手打ちでいいはずだ。
やれやれ、と私が軽く息をついたのと、手紙を確認するために席を外していたヤンネが戻って来るのとが、ほぼ同時のことだった。
「副……んんっ、ギルド長」
「⁉」
今、副ギルド長と言いかけて修正したような……?
どうやらそう思ったのは私だけじゃなかったらしく、常に指名されていたというアズレート副ギルド長も、常に蔑ろにされていると感じていたらしいリーリャギルド長も、思いきり目を丸くしていた。
日頃の状況を知らないカール商会長代理の表情は、そのままだけれど。
「商談室を借りたい。そう長い時間でなくていい」
「あ、ああ。下でちゃんと手続きを踏む気があるのなら構わないさ。一つは部屋が空いていたはずだからね」
「…………」
そして何やら葛藤が垣間見えている。
下で、とリーリャギルド長が言うからには、ここでアズレート副ギルド長に頼むのは却下、ということなんだろう。
商人同士がギルドでばったり。話がしたい……となった時のために、無料のレンタル会議室的に使わせてくれる部屋があるらしい。
「……分かった。手続きしてこよう」
折れた!
と思ったのは、私だけじゃないだろう。
「ええと、じゃあ今日はここまでということで……?」
一応「お目付け役」のヤンネに予定が入りそうと言うなら、私ひとりがこのままここに居残るのは、あまりよくない。
もともと、あとはカプート子爵を連れてくることが出来るか出来ないか、そこがハッキリしないとギルドでの話は進まないのだから、ちょうどいい切り上げ時なのかも知れない。
そう思って腰を浮かせかけた私に、思いがけない待ったをかけたのは、ヤンネだった。
「いや」
「え?」
「今、届けられた手紙は商業には関係なく、イデオン公爵領関係者として関係のある手紙だ。だが、私の事務所に行く時間もフォルシアン公爵家に行くのも、時間が惜しい」
「……えっと」
「手紙の内容は商談室で知らせる」
「……そうですか」
「王都商業ギルド内の商談室ほど機密保持に適した部屋もない。扉のところに公爵家の護衛を立たせておけば、誤解する奴もいまい」
「…………」
ああ、そうか。ここで大っぴらに〝鷹の眼〟なんて名称は使えない故の「公爵家の護衛」か。
いやいや、何の誤解ですか。
頭の中をツッコミたいことがぐるぐると回るけれど、どれも言っても仕方のないことばかりで、結局複雑な表情で黙り込むことしか出来ない。
「まあ、本人に手続きする気があるのなら、付き合ってやるといいさ。宰相閣下の関係者にとって重要な話のようだし、だとすればアタシらは口を挟めないからねぇ。ま、ユングベリ商会長に声をかけようという気になっただけ、進歩じゃないのかい?」
そしてカラカラと笑うリーリャギルド長の言葉が、この上なく真理を突いていた。
――関係者。
私も関係者に入れているということだ。
感動より驚きの方が大きいけれど。
ヤンネも、リーリャギルド長の揶揄い交じりの言葉には反応せずに部屋を出て行ってしまい、ギルド長は笑って肩を竦めていた。
「私もこの後は仕事が詰まっているからね。商談室での話が終わっても、いちいち顔を出してくれなくて大丈夫だよ。どうせ近いうちにまた顔を合わせるだろうからね」
「あ……はい。では、そうさせていただきます」
ギルド長室での集まりはそこで解散となり、私は場所を聞いて商談室の方へと移動をすることにした。
公爵家の護衛、もとい〝鷹の眼〟ファルコがちゃんと、私とヤンネが二人にならないようにと付いてくれている。
「ねえ、ファルコは何の手紙が届いたのか分かる?」
「いくらなんでも中身までは読み取れねぇよ」
「そうよね……」
「だが、想像はつくぞ」
「え、そうなの?」
公爵家の護衛組織として、武闘派のイメージが大きい〝鷹の眼〟だけど、諜報能力もかなりのものだ。
ざっと周囲を見て、声の届く範囲に人がいないことを確かめつつ、その想像の中身を教えてくれる。
「王宮から法律顧問宛に急ぎの知らせが届くのは、基本的には領内関係者の冠婚葬祭に関わる話だからな。伯爵家以上の家のどこかで、何かがあったと見るのが妥当だろう」
「そうなんだ……」
商談室に入って、そう間を置かずにヤンネは戻って来た。
さすがに窓口を選り好みしている暇もなかっただろうから、最短で手続きをしてきたのだろう。
ファルコが部屋の隅に下がったタイミングで、世間話も不要とばかりにヤンネは用件に踏み込んできた。
「かねてから病気療養中だった、ケスキサーリ伯爵が身罷られたとの連絡が入った。代替わり含め色々と手続きをしなくてはならないが……それはまあ私の本職だからいい。要は同じ場にいた婚約者に話が通っていないというのもおかしな話だから、場を設けた」
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どうやら、ファルコの予測は正しかったようだ。
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