ヒロインかもはみだし番外編集

深月織

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四年目◆新年 【無意識の束縛】

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 賽銭を投げ入れ、勢いよく鈴を鳴らして気合いの入った柏手を二拍。妙に長く鬼気迫る願い事をしていたかと思うと、
「今年の抱負はオトナのオンナですよ!」
 握りこぶしを突き上げて、小娘が雄叫びを上げた。
 今日は恒例になって四回目の同期組新年会――ようするに、正月を理由にしたいつもと同じメンバーでの飲み会だ。
 違うところと言えば、女性陣が着物だったり気合の入った服装だったりするところだろうか。
 最寄駅に集合のあと、適当な神社や寺で初詣、そのあと食事に行くというのが従来のコースになっている。
 同じ年に来生商事に入社した俺たちは、何だかんだと気が合い、休日になっては集まり、共に過ごすことが多い。
 せっかくの休みに、どいつもこいつも暇だなと言うしかない。もちろん俺も、その暇な奴に含まれるわけだが。
 気を張って生きてきた俺にとって、ややこしいこととは無縁なこの友人たちと一緒にいるのは楽だった。彼らの前ではただの南条史鷹としていられるから。
 それに更に拍車をかけているのが、いま目の前で息巻いているちびっ子――同期の中で最年少の木内だった。
 出会ったときの年齢が十八、俺たちよりもけっこう年下だったということにくわえ、全体的に小柄で童顔という幼(いと)けない雰囲気が皆の庇護欲をかきたてるらしい。実際の本人は全く庇護などいらないくらいふてぶてしく、逞しいのだが。
 最初の印象はくつがえしがたく、皆には弄り可愛がられている。
「そっかー。うんうん、目標は高いほうがいいよね、鈴ちゃん」
「木内がオトナのオンナかあ……、あれか、一日所長みたいなものか」
「お母さんのスーツを着てみたい小学生とか」
「オトナって何だろうな……」
 ――と、まあこんなふうに誰も木内の発言を本気にしていない。
 当然か、とりあえずオトナのオンナは握りこぶしを振りかざさない。そこから直せ。
 みんなの生温かい視線に気づいたのか、ぷう、と頬を膨らませて木内は手を振り回す。
 だから、まずそういうのをやめろと。
「オトナはオトナだってば! ピシッとクールに仕事をこなして、冷静沈着で、落ち着いてて……えーと、とにかくみんなに迷惑かけない、誰かに頼らない、そういうオトナのオンナなの!」
 言葉の意味が重複してるぞと言いたかったが、それよりもムキになって言いつのる木内の様子に俺は首を傾げた。
 同じように不審な表情をしていた女史と目が合う。
 不機嫌にこちらを睨む顔はいつもと変わらないが、その瞳の中に疑問の色が浮かんでいるのを感じ、軽く女史に向けて眉を上げた。アイコンタクトと言うやつだ。
 訊きだせ、と言う俺のサインに応じて、女史が木内に歩み寄る。
「――ねえ鈴ちゃん、オトナのオンナの具体的なイメージはあるの?」
 本性も知らず姉と慕う女史に柔らかく訊ねられて、木内は途端に勢いを失い、もそもそと口ごもった。
「えっとー、みどりちゃんみたいな……?」
「あら、目標にしてくれるのは嬉しいけれど、私のようなっていうのはお薦めしないわ。タイプが違うもの」
 というか恐ろしいのでやめてくれ。木内が女史みたいになったら泣くぞ。
「タイプ、タイプか……、なんじょーさん! あたしがオトナになった感じの女の人知ってる?」
 突然こちらに話を振ってきた木内を「いるわけないだろ」と一刀両断する。俺は腕を組んで、「オトナ! オトナ!」と食い下がるお子様を見下ろした。
「だいたい何で俺に訊く」
「えー。だってさ、この中でありとあらゆる女性のタイプを知り尽くしていそうなのって、なんじょーさんくらいだし?」
「お前が俺をどう見ているのかよーくわかった」
「ぎゃー!」
 真下にある丸い頭を手のひらで掴んで、指に力を入れる。何やらうるさく喚いているが放置だ。
「だいたいお前が大人になってもお前にしかならないだろ」
「イミフ! そーなんだけど何ていうか、こう、ねぇ!?」
「なにが『ねぇ』だ。曖昧すぎる『オトナのオンナ』宣言なんかより、いつまでに何と何の資格取得とか食堂メニュー全制覇とか言っている方が納得できるんだが?」
 今までの木内の抱負とやらを例に出して問うてみると、唇を尖らせて睨んでくる。
 さて、この小娘は何が原因で妙なことを言い出したのか。
 ガキっぽさにコンプレックスを感じていても、自分自身を特に卑下する様子はなかった木内が、唐突にこんなことを言い出した裏にはおそらく理由がある。
 女史も同じことを思っているようで、人をだまくらかす美しい笑顔で木内にささやいた。
「鈴ちゃん、仕事はしっかりできているし、最近は一人でも任されているじゃない? 取引先の人からも悪い噂なんて聞かないし、誰に迷惑かけているわけでもないのにどうしたの? 画一的な大人っぽさにこだわらなくても、鈴ちゃんは鈴ちゃんの良さがあるんだから、自分のペースでいればいいのよ?」
 ――もちろんこうなりたいっていう目標を掲げるのは、悪いことじゃないけれど。
 女史はやんわりと言葉を続けて、固く閉ざした木内の口を開けさせた。
 木内は、「だって」とバッグの持ち手を両手で絞りながら、ヤケ気味に叫ぶ。
「ちょっとムカついたの! 子どもっぽいのは自覚してるし、一応気にして取り繕ってたのにさー」
 木内の話によると、こうだ。
 昨年――と言っても、日にち的には一週間前の年末、会社主催の忘年会で、取引先の営業に声をかけられたらしい。
『――木内さんは同期に出世頭がたくさんいてラッキーだね。あれこれと便宜はかってもらえるでしょ?』
 聞きようによってはイヤミともとれる男の発言に、当然ながら木内は裏があるなど思いもせず、仲間が褒められた! とそのままの意味として受け取り、こう答えたという。
『そうですね、とっても助けてもらってます。みんな優秀だから、いろいろ教えてくれるので』
 ああ、そう言ったときのお前のご機嫌な笑顔が見えるようだよ。
 ところが、そんな木内に続けて男が言ったのは。

『肝心な大人っぽいことは教えてもらってないのかな。まだカワイイ感じだし――なんなら、俺が教えてあげようか?』

 ――苦笑いしながら聞いていた皆の顔がそこで固まった。
「……それ、誰に言われたんだ?」
 つい訊ねる声が低くなる。
 周囲の不穏な気配には気づかず、木内は思い出すように目線を上にやった。
「えーと。サカクラ有限の営業さん? その中の一人……何て名前だったかな、ユウキだかユギだか」
 特に誰だという情報はなかったが、呼んでいた取引先にサカクラは確かに含まれていたので頷く。
「ふーん……他社まで来てわざわざ親切なことで。それで、お前は何て答えたの」
 返事によってはお前もお仕置きだ。社内屋上から地下までスキップで十往復させてやる。
 しかし俺の懸念はまったくの無駄だった。
 木内は眉をつり上げて、手をブンブンと振り回しはじめた。
「それだよそれ! 完全こども扱いにムッカーってきちゃってさ、どうせあたしは頼りないよチビッコだよ周囲が言ってくださる『カワイイ』が美醜じゃなくて小動物対象の言葉だよ! みんなにお世話かけてるのも自覚してるし! カッコイイ雰囲気のひとだったから、あたしみたいなダッセエガキんちょが混じってるのが不思議だったんだろうけど、男のひとにお洒落教えてもらうほど落ちぶれてないよ! ムカついたけど、取引先相手だし『外部の方のお手を煩わせるわけにはいきませんから』って受付嬢笑顔でニッコリ断ってやったし!」
 まったく見当違いだが、それで良し。
 思い出して怒りがぶり返したのか地団駄を踏む木内に、仲間たちがうむうむ頷いた。
 俺はとびきり甘い笑みを向けてやる。
「お前のことだから、そいつの名刺とか受け取ったんじゃないか」
 なんでわかるの、ってキョトンとするんじゃないよ。とっとと秘蔵している名刺コレクションを出せ。
 名刺を寄越せと手を差し出す俺に、木内は首を傾げながらも鞄からゴソゴソと手帳を取り出す。
 木内お気に入りのライトグリーンのカバーがかかったシステム手帳は、こいつの収集癖のせいでパンパンにふくれ上がっている。
 リフィルから目的のモノを取り出しながら、木内は俺の目が笑っていないことに気づいたのか、ぼそりと言い訳する。
「今度うちに来たときにギャフンと言わせるために、オトナのオンナっぽくなってやろうと思ったんだよー」
「そういうヤツは、お前がどんなでも口実つくって何か言ってくるもんだ。代わりに俺がギャフンと言わせておいてやる」
「ええー?」
 名刺の裏にプライベートアドレスとか。油断も隙もねえ。
 脇から名刺を覗き込んだ女史が印字された名前をじっくりと眺め、「ウフフどう料理してやろうかしら」とうすら寒い笑みで呟き、同じように見ていた神代が、小さく「コイツ、“初めて”狙いでわりと有名。根は悪いやつじゃないけど、それだから女と長続きしない」などと説明を付け加える。
 名前も役職もアドレスも暗記しておき、他の仲間にも回す。
 俺たちの間のブラックリスト入りを果たしたこの男は、さぞかし来生での居心地が悪くなるだろう。
 いや、仕事に支障を来すようなことはしませんよ? 俺たち優秀ですから。
 どうして回覧しているんだろうと、怪訝な表情で皆を見ている木内の気を逸らすため、俺は餌を与えることにした。
「木内、あっちのほうで甘酒配ってるの見たぞ」
「えっ、ホント? 飲みたい! 行こー。ねえねえみんなおみくじ引くよね?」
 疑問をコロッと忘れて、それこそ小動物めいた仕草で辺りをせわしなく見回し、社務所近くのテントを発見すると、はしゃいで手を引っ張ってくる。
 子どもっぽい外見とは裏腹に、これでいて木内は仕事中はしっかりとしている。
 だが、俺たちといるとどうしても出会った頃の歳に戻ってしまうようだ。その態度を甘受している俺たちにも、原因はあるだろう。
 妹のような存在に特別になつかれて、悪い気はしないし、木内のすっとんきょうな能天気さを気に入っているから。
『助けてばかりもらっている』というが、冷静に考えれば仕事仲間を助けるのは当たり前だし、一方的なものでもない。木内がこちらをフォローするときだってあるのに、その辺りは一切頭に入ってないらしい。
 こいつの、自己の評価が低すぎるところを何とかしないとと思いつつ、変にスレてほしくないなと思うあたり、我ながら矛盾している。
 紙コップに注がれた甘酒を喜色満面で見つめていた木内が、ふとこちらを見上げる。
「そういえばなんじょーさん、甘いの大丈夫? お酒だから平気?」
「いや甘酒、酒はつくけど酒じゃないぞ」
「……ぅえ?」
 基本は米麹だし、酒粕で作る場合もあるからアルコールを含んではいるが、厳密には酒ではないと言うと、何やらショックを受けている。どうやら今まで酒の一種だと思っていたらしい。
「子どもなのにお酒を飲んじゃう罪悪感を楽しんでたのに! お正月の特別の楽しみだったのに! 騙されたっ!」
 顔一杯に『があん!』とショックを貼り付けて、嘆く木内に笑った。
「お前、いろいろと思い込みの勘違いが多いなー」
「……これだから子どもっぽいとか思われちゃうんだ……」
 ぶつぶつとぼやく木内は、先ほど話していた男の態度がまだ頭に残っているらしい。――何となく不愉快だった。
 頬を上気させて甘酒をすする木内に屈み込んで訊ねる。
「かなり昔に飲んだ覚えはあるんだが、どんな味だ?」
「おいしーよ?」
 答えになっていない。
 一口寄越せとコップを持つ手を掴んで、口に含む。
「あああああ何でなんじょーさんはいっつも人のをとるかな!」
「あまったる……」
 俺の横取りに奇声を上げた木内の苦情を、新しいものを与えることでいなしつつ、コートのポケットに突っ込んでいたものに触れた。
 そのまま、木内には返さずにいた名刺をぐしゃりと握り潰し、焚き火の中に放った。
 俺たちの『妹』を変な男にやるわけにはいかないからな。しっかり片付けておかないと――そう、胸に抱いた苛立ちを結論づけて。
 俺はいまだ己の心に湧く感情の意味に、至らずにいた。
 


※2012年に電子書籍「どこでも読書」秋のエタニティフェアにて無料公開されたものを修正して再掲載しております。
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