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三年目◆冬 【Still(クリスマス)】

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「かちょおお~、もう俺ダメですうぅ~~」
「泣き事言ってる間に手を動かせ」
 良い歳した部下の嘆きの声を冷たく却下して、俺はデータ入力の手は止めずに周りの様子を眺めた。皆、鬼気迫る表情でデスクに着いている。それもそうか。何しろ今日は―――
「フラれる……愛想尽かされる……二年連続って何かに呪われてるんだ……」
「林うるせえ! 黙って手を動かしやがれ!」
「俺らだってなあ、妻子が待ってんだよ! くそ~、美雪、パパサンタはまたお前の寝顔しか見れんのか~っ!!」
 ―――クリスマスだ。
 本日終業間際に見つかったバグの所為で、明日イチで納品するはずだったデータを全て書き直す羽目になり、予定のあった奴らを帰る間際で足止めしていた。
 家族で、友人と、または恋人と楽しい夜を過ごすはずだったのが、まだ社に缶詰状態なワケで。
 林の嘆きに苛ついていた皆の不満が爆発する。八つ当たりとばかりに集中攻撃が始まり、ヘコんだ奴に追い討ちをかけていた。
 やれやれ。目処が立ったら先に帰すか。あまり残しても役に立たなさそうだし。もちろんその分年末に残業して貰うが。
 あとここまでやったら帰ってもいいぞと声をかけた途端、しゃきっと背筋が伸び手が早くなる。無駄口も消え、見違えるように動きの良くなった皆に疲れた溜め息がこぼれかけた。
 最初からそうしてろ……。


「あれえ? なんじょーさん、ひとり?」
 暖房が切られた室内で、一人静けさと寒さに耐えていると。
 ノックと同時にドアが開き、ちっこい小娘が顔を覗かせた。
 ぺったんぺたんとおかしな足音がこちらに近付いてくると思っていたら、お前か、木内。
 チラリと見た足元は受付嬢にふさわしい華奢なパンプスで。……どう歩いたらあの奇妙な足音が立てられるんだ……?
「もっと残ってるんだと思っていっぱい買ってきちゃったよ、差し入れー」
 むう、と唇を尖らせながら木内は空いたデスクに紙袋から包みを取り出し並べてゆく。言わずと知れた、クリスマスには特に賑わう、ヒゲのオヤジがトレードマークの店のチキン。
 誰もいないからと開き直ったのか、自由気ままに給湯器から飲み物も淹れている。
 ぺたんぱたんとやはり謎の足音をたて、あっちからこっちへ、ガサゴソゴソと物音を生み出し。
 ひとり増えただけなのに、何だこの騒がしさは。
「ま、いーや、なんじょーさんお食べ。鈴鹿ちゃんの奢りですよ! 一生に一度あるかないかですよ!」
 熱々のコーヒーをこちらによこし、偉そうに言ってくる。
 一生に、て希少価値すぎるだろ。
 そういや八時をすぎてたなと自覚した途端、ハラが減ってきた。とりあえず仕事の手を止め、ありがたく頂くことにした。
「みんな帰っちゃったの? 課長様自ら居残りなんて」と木内は節電のため薄暗くなった室内を見回す。
 気付かない間にずいぶん冷えていた身体が、食べ物を内に入れたことで温まり、俺は息を吐いた。
「気もそぞろな奴を残しても使い物にならなさそうだったから、先に帰したんだよ。てか、なんで残ってるって知ってる」
「神代さんが、クリスマスに残業のアワレな奴らがいるぞ~って、通りすがりに言ってったの。俺は今からデートだがなワハハ! だって」
 余計な伝言まで伝えんでいい。
 ついでにとばかりに自身もチキンに齧り付いてる木内を見下ろして、そうかとニヤリと笑んだ。
「で、アワレな俺に差し入れをしてくださった木内さんは、御予定はなかったんですか? いやあ、彼氏に悪いなあ」
「ムカツク……。そんな予定ないって分かってるくせに言ってるでしょ」
 じとりと睨み上げてくる、思った通りの反応に満足して二個目を平らげた。
 俺のお約束のからかいにムッとしていた木内だったが、指先についたポテトの塩をペロリと舐め、何故か得意そうに流し目をくれ、逆襲してきやがった。
「そゆなんじょーさんは美女お待たせしてるんじゃないのー? ええと…今の彼女は高元物産の課長さんだっけ。バツイチ子持ちとは思えない若さと美貌。なんじょーさんたら幅広いよねえー」
 噴きそうになる。
 だからお前はそういう情報をどこで……!
 目を剥いた俺を、してやったりとチェシャ猫の様な笑みでつついてくる。
 誤魔化すわけでもないが、咳払いをひとつして、言い訳ではなく言い訳をした。
「……彼女は一児の母だからな。娘さんと過ごすほうが大事だろ。それに今日会うほど特別な関係でもない。ここ数年クリスマスに女と会ってた事なんてないな。勘違いされると面倒だし」
「なんじょーさん……。そんな不実なお付き合いしてるといつか刺されるよ」
 伯母みたいなこと言うな。
 叱るような木内の瞳は真っ直ぐすぎて、言われた通り誠意も情味もない俺は、受け止めることを躊躇ってしまう。
 苦笑して、逃げるように窓の外を見て気が付いた。
 闇の中、白く花びらのように舞うものに。
「木内、雪降ってるぞ」
「うあ! ホントだッ、やったー!!」
 何故そこでヤッターなのか。女らしく『綺麗』とか、『ホワイトクリスマスだ』とか、そこはウットリするところではないのか。
 庭を喜び駆け回る生き物にしか見えないんだが。
 それが木内が木内たる所以か。
 誰の前でも自然体。だから俺もこいつの前ではそのままでいられるんだろう。

 嬉々として窓に張り付く木内の姿を眺めつつ、ひと時の休息を自分に許した。



  *** Still+α ***

「あ~、雨になっちゃってる」

 ひとまとめにした荷物を抱えた木内がちぇ、と呟いた。
 夜警に挨拶をして通用口を出ると、先ほどまで夜を白く彩っていた雪は、淡く溶けて静かな雨に変わっていた。
 ホワイトクリスマスを一瞬でも堪能できたんだから、まあ良いじゃないか。
 イブに残業という不運に見舞われた我が部に――木内が来たときには俺しか残っていなかった訳だが――差し入れを届けてくれた彼女は、結局俺の仕事に付き合い、本来なら“コタツでゴロゴロ”している時間に帰宅となってしまった。
 入社当時からコンピュータに強いと本人が言っているだけあって、うちの部下より役に立った、と言うと奴らが泣くか。
 伯父や秘書室長の思惑がなければ、下に欲しいかもと思ったのは内緒にしておこう。

「悪かったな木内。時間外もつかんのに手伝わせて」
「無問題~。早く終わってよかったね、せっかくのクリスマスだもんね~」
「予定はないけどな」
 それは言わないお約束ぅー、と節をつけて言いながら、駐車場への道をブーツでぴょんぴょん歩く娘っ子に俺は注意を投げる。
「おい跳ねるな。危ないぞ」
 ダーイジョウブだも、などと言った傍から。
「ぎょわっ」
 濡れたタイルに足を取られ、妙な声をあげスッ転び掛けた木内を、予想していた俺は腕を伸ばして支えた。
「おおおびっくったびっくったああぁ!」
「期待を裏切らん奴だな、ホントにお前は……」
 ぶら下がるように腕に掴まった木内をそのまま引きずり車のドアを開ける。ポイと放り込んで。
 扱いの適当さにぶーぶー文句を言うのを聞き流し、エンジンを掛けた。
「お前門限とかあったか?」
 車に乗るのが初めてでもなし、何故かキョロキョロソワソワ落ち着かない木内に訊ねる。
「ないよー、オトナですから!」
 中学生みたいなナリしてよく言う。失笑を誤魔化し、ハンドルを回す。
「じゃあちょっと遅くなってもいいな。遠回りだが、“せっかくのクリスマス”だし? 柳楽のイルミネーション通って帰るか」
 小動物めいた黒い瞳がキラキラするのを確認して、アクセルを踏んだ。

 女と過ごすクリスマスなんて面倒だ、と思っていた俺が、コイツが喜ぶ顔が見たいと思う理由にまだ気付いていなかった、聖夜のこと。



(初出:Still-2009.12.23クリスマス企画/サンタの来る夜)
(初出:+α-2009.12.31メルマガSS)
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