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結婚後◆クリスマス/With
しおりを挟む会社を一歩出れば、そこかしこでクリスマスソングが流れ、イベントに浮かれ騒ぐ街の姿が目に飛び込むこの時期。
そんな華やかな空気に反し、会社勤めの者たちは迫りくる仕事納めの声に慄き、年末年始の休暇に予定通りありつくためになんとしてでも仕事を終わらせる――ただそれだけを一心に、この聖なる日にも案件と向き合い目を血走らせているのだ。
「残業は無駄」を合言葉に、今月に入ってから社員一丸となって来たが、やはりと言うかお約束というか二、三の部署で不具合が発生し、結局今日も副社長の俺自ら居残りだ。
俺自身の仕事は前倒しぎみに調整していたため、問題なく残り数日を過ごせそうだと思っていたというのに、いつもこの時期は貧乏くじを引く。
これまでなら、降誕祭に共に居たい相手などいないから仕事でつぶれようがどうでもよかった。
家族が、友人が、恋人が――と帰りを待つ者の存在を口にする人々に、時間を譲っていた。
誰かと一緒にいることが慣例となった日に、自分から独りでいることを選ぶなんて我ながらひねくれている上、何を孤高ぶっているんだか、と現在の俺は思うわけだが。
これ見よがしの『構われたくない』という態度は、本当は構ってほしいと言っているようなものだ。
……恥ずかしいやつだな、数年前の俺……。
気づかせてくれた全てに感謝するべきか――その感謝を捧げる筆頭、世間一般に倣うとすれば、今日という日を一緒に過ごすはずの相手といえば。
旦那が居残って仕事に励んでいるというのに、俺を残して伯父とパーティー参加ときた。
夕刻前に出かけたので、今頃はご馳走を腹いっぱいに詰めてご機嫌だろう。仕事の一環だと思えば腹も立たない――わけがない。
俺が処理しているのは、本来なら社長の仕事なのだ。
『じゃあなー! よろしくなー!』ですべてを俺に丸投げした伯父をちょっとだけ呪う。
車を出るとき額をぶつけるとか家具の角に足の小指をぶつけるといい。脳裏に痛がる伯父の姿を想像してほんの少しだけ溜飲を下げる。
そんなくだらないことを考え憂さ晴らししていた俺の耳に、ドアの向こうから近づいてくる奇怪な音が引っ掛かった。
……ぺったん……
ぺったんぺたん、
ぺたん、ぱたん、ぺったん……
なんという既視感――
「めりくりめりくり! 副社長様、陣中見舞いですよー!」
終業後ということで気分が雑になっているのか、礼儀をかなぐり捨てた社長秘書が――いやまあ、秘書といっても俺の奥さんですけどね――陽気な声と共に乱暴にドアを開けた。
とりあえずMerryChristmasなのかねぎらいなのかはっきりしてくれ。
書類から顔を上げると、どことなくご機嫌な面持ちの妻がおろしたての見慣れない緑のドレススーツ姿で、あいもかわらずパンプスの足元から不可解な音を生み出しこちらへやって来る。
片手にはボトル瓶、もう片手には重そうな風呂敷包みを持って、お気楽な笑顔を見せた。
「おっ疲れ様ー。差し入れ持ってきたよー、ちょっと休んでごはんにしなよー」
こちらの返事を待たず、来客用テーブルに荷物を広げ始める。どこかの店で仕入れてきたのか、風呂敷包みから出てきた重箱には整った惣菜類が詰められていた。
「残念ながらお仕事が終わられていないふくしゃちょー様にはノンアルコールのシャンパンをご用意しました!」
給湯室から持ってきたのか、マグカップに雰囲気も色気もなく偽シャンパンを注ぐ。次に皿代わりなのか、重箱の蓋に料理を盛っている妻を眺めた。機嫌よく鼻歌など歌っている彼女に、俺は眉をひそめる。
「鈴鹿」
「んー? そういえばさー、昔おんなじようにクリスマスに残業してたフミタカさんに差し入れしたよねー。なっつかしい!」
こちらの呼び掛けに応えるようでいてまったく無視した発言とその様子に確信を持った。
「奥さん……どんだけ飲んだ」
「そう! すっごいの、フルーツの香りがふわーって! するする~って、ちょーおいしかったよ!」
再び俺の問いを聞き流し、輝くような笑顔で誰も訊いてない酒の感想を述べる。
完全に酔っぱらってやがる。
山盛りされた料理をひっくり返されないうちに受け取って、勧められるまま箸をつける。決して不味くて渋い顔をしているわけではない。
「このお料理ねー、あちらの顧問の方がご好意で詰めてくださったのー! ハズレ無しのおいしさだよ、さすがちょーいちりゅーほてる!」
「舌回ってねえし……お前はまたどちら様にご迷惑をお掛けして来た……社長は?」
酔ったとはいえまさか放置してきた等ということはあるまいな、と訊ねると、「社長は先にご帰宅されました。夫人と自宅で二次会だそうです」急にシャキッと姿勢を正し秘書モードになった。
「またのちほどご挨拶させていただいた皆様のリスト作っておきますね」
仕事を詰め込まれて動けない俺の代わりに、伯父と共に交流の場へ出席して顔を繋ぐという嫁としての役目は一応果たした、らしい。
まあ、彼女よりもさらにトリッキーな伯父が一緒だと、逆に抑えに回るのでそうまずいことはしでかしていないだろう。
ふと、彼女なりに引き締めていたらしいその顔がゆるむ。
「旦那は一緒じゃないのかっていっぱい言われちゃったよー」
「うん? ああそうだな、本来なら夫婦セットで顔出しした方がよかったんだがなあ」
それもこれも伯父が悪い。残り数日は椅子に縛り付けてでも仕事させてやる。
槙村さんにどう協力させようかと思いつつ、カップの中のシャンパンもどきを飲み干した。
「うふふふふー。なんだかんだ、クリスマスはフミタカさんと一緒にいることが多いね」
ご機嫌継続中の彼女が思い返すのは、仲間たちと過ごしたクリスマスパーティーだったりチキンつき残業の日のことだったり友人を巻き込んだホームパーティだったりするんだろう。
「……二年前を除いて、な」
「フミタカさんがうだうだしてたときですねー」
「そういうお前はどうなんだ――ああ、清く正しく家族と過ごしていたんだな、うん」
「むっかつくー」
軽口に頬を膨らませた彼女は、俺の歪んだ笑みなど気づかない。
俺は、お前の不在のあいだ、どう過ごしたかもなにも覚えていないんだ。
再び仕事に向かう俺をよそに、暇をもて余したのかシャンパンボトルを腕に抱えた鈴鹿が窓際でくるくると踊るように回っている。
あらためて思わなくても、変な女だし行動は意味不明。
だが。
いつも、いつだって共にいたい相手はこいつだけだった。
「――とっとと仕事終わらせて、イルミネーション見に行くか」
思った通りに返ってきた笑顔に満足を覚え、先程とは違う笑みが唇に浮かんだ。
:再録
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