虫と女嫌いの宮廷魔導師と恋するアプレンティス【AP版】

端月小みち

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第二十一話 キス ②

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 朝からずっと何かを思案をしているかのように相変わらず右頬に手を添えたまま、サイラスは座っていた椅子を離れ、書斎の真ん中のテーブルの椅子の端にちょこんと腰掛け釦を繕っているマーガレットの傍らに立ち、メイドの裁縫の所作を眺めている。

「──流石に手慣れたものだね」

「うふふ、直ぐに終わらせますわ。こんなことは大したことでもございませんわ、ご主人様?」

「そんなことはない。それに──」

 その後、サイラスはマーガレットの耳許でボソリと呟いた。

「……きれいな指だ……」

「えっ……」

──チクリ!

「痛っ! 」

 マーガレットは突然の言葉に慌てて、誤って針で指先を刺してしまった。

「──だっ、大丈夫か!? 」

 魔導師は咄嗟にメイドの細い手首を取り上げた。そして、赤い雫が滲み出た人差し指を見詰めたかと思うと、そこに細い顎先をすっと近づける。

「──だ、大丈夫よ?! サイラ……?! 」

──チュッ!

「あん……」

 突然のことにマーガレットは思わず息を呑み込んだ。
 切れ長の瞼を伏せ自らの指先を大事そうに口に含む魔導師の横顔をその時心から愛おしいと思った。

「痛くないか? マギー……」

「わ、わたしは大丈夫よ……サイラス……あら、あなた、頬に傷が……? 」

 マーガレットは繕い物をテーブルに置くと、両手で魔導師の頬を包むようにして自分の方へと傾ける。

「…………」

 互いを想い遣るような熱い眼差を、魔導師とメイドは暫し無言で交し合っている。

「なに、すぐ癒えるさ……」

「──サイラス、あなた、外で戦ってるのね……」

「…………」

 サイラスはもう何も言わず、頬に添えられたマーガレットの手を握り脇へ退けると、そのままマーガレットの細い肩を抱きしめた。

「サイラス……!? 」

──ちゅっ……

 二人はほんの一時、唇を重ねた。

「んっ……あん! ……」

「マギー……」

──ちゅっ……ちゅっ……

 サイラスはもうそれを止められなくなってしまったかのように執拗にマーガレットの唇を求めた。

「あん! ……サイラス……ダメよ……」

「ご免……つい俺は……」

 サイラスは名残惜しそうに顔を離した。
 マーガレットはメイド服の胸元に手を遣り、ドクドクと鳴り止まない胸の鼓動を懸命に抑えた。

「………一体どうしたの、サイラス? ……それに……あの『ビクッ』はもうしなくなったのね? 」

 マーガレットはサイラスのしだれて額に掛かる暗紫色の前髪を優しく脇へ払った。

「あぁ……そうだな……君が俺の心を少しずつ変えてくれているのかも知れない……」

「──そう……ねぇ……どんな風に? 」

 マーガレットは魔導師の艶やかな髪をくるくると指に巻き付けるようにして弄び、囁いた。

「俺は、君を……」

 サイラスは何かを言い掛けてから言い淀んだ。

「──わたしを? 」

 しかし、サイラスは首を強く横に振って、マーガレットの両肩をグッと掴んで遠ざけた。

「ごめん。今のことも忘れよう……俺が君をビックリさせるようなことをつい口走ったのがいけなかったんだ……」

 するとマーガレットは、口を尖らせて思わず立ち上がった。

「──いやよ! 忘れるなんて!! わたし、あなたがしてくれた・・・ことを一つも忘れるなんてことありませんわっ!? 」

 胸中に様々な想いが交錯し、マーガレットの気持ちは昂っていた。

「いや、それじゃ……」

「──いえ! どうしても忘れろというのなら、あなたが無理やり忘却魔法でも何でもわたしに掛けたらいいのですわ! 」

 そう叫ぶと、マーガレットの青い瞳にうるうると映える光が微かに揺めいた。

「──ごめんよ。マーガレット……俺も忘れたりはしないさ……」

 マーガレットはまだ一頻ひとしきり不服そうな様子で魔導師を眺めていたが、その言葉にふと口許を緩める。

「……ふぅぅ、ごめんなさい。サイラ……いえ、ご主人様……少し言い過ぎましたわ……ふ~~ん………そうですの? 忘れないというのならば、今度だけは許して差し上げますわ。それから──」

「それから? 」

「──はい。それから繕い物がありましたら、遠慮なくいつでもわたしにお言い付け下さいませ、ご主人様? 」

 そう言ってマーガレットは、サイラスに再び近づくと、魔導師の右頬に手を伸ばして、エイダの魔法薬で大分治り掛けてはいるが、まだ一筋に深く抉れている切り傷を優しく撫でた。

「あと、もう一つ………少し腰を落としてくださいませ、ご主人様? 」

「……こうか? 」

 ──ちゅっ!

 身を屈めたサイラスの頬の傷の横へマーガレットは、優しく口付けを落とした。

「……どうか決してご無理はなさらないで下さいませ。わたしのご主人様……」

 そう耳許で囁き、顔を赤らめながら足早に部屋から出ていく使用人メイドの後ろ姿を、サイラスは唇の柔らかな余韻を確かめるように頬に手を当てながらじっと見守っていた。

「マーガレット……」

 しかし、その紫水晶アメジストのような魔導師の瞳には、まだ癒されぬ、どこか寂しげな影が残されていた。




※※※※※※※※※※

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