22 / 22
第二十一話 キス ②
しおりを挟む朝からずっと何かを思案をしているかのように相変わらず右頬に手を添えたまま、サイラスは座っていた椅子を離れ、書斎の真ん中のテーブルの椅子の端にちょこんと腰掛け釦を繕っているマーガレットの傍らに立ち、メイドの裁縫の所作を眺めている。
「──流石に手慣れたものだね」
「うふふ、直ぐに終わらせますわ。こんなことは大したことでもございませんわ、ご主人様?」
「そんなことはない。それに──」
その後、サイラスはマーガレットの耳許でボソリと呟いた。
「……きれいな指だ……」
「えっ……」
──チクリ!
「痛っ! 」
マーガレットは突然の言葉に慌てて、誤って針で指先を刺してしまった。
「──だっ、大丈夫か!? 」
魔導師は咄嗟にメイドの細い手首を取り上げた。そして、赤い雫が滲み出た人差し指を見詰めたかと思うと、そこに細い顎先をすっと近づける。
「──だ、大丈夫よ?! サイラ……?! 」
──チュッ!
「あん……」
突然のことにマーガレットは思わず息を呑み込んだ。
切れ長の瞼を伏せ自らの指先を大事そうに口に含む魔導師の横顔をその時心から愛おしいと思った。
「痛くないか? マギー……」
「わ、わたしは大丈夫よ……サイラス……あら、あなた、頬に傷が……? 」
マーガレットは繕い物をテーブルに置くと、両手で魔導師の頬を包むようにして自分の方へと傾ける。
「…………」
互いを想い遣るような熱い眼差を、魔導師とメイドは暫し無言で交し合っている。
「なに、すぐ癒えるさ……」
「──サイラス、あなた、外で戦ってるのね……」
「…………」
サイラスはもう何も言わず、頬に添えられたマーガレットの手を握り脇へ退けると、そのままマーガレットの細い肩を抱きしめた。
「サイラス……!? 」
──ちゅっ……
二人はほんの一時、唇を重ねた。
「んっ……あん! ……」
「マギー……」
──ちゅっ……ちゅっ……
サイラスはもうそれを止められなくなってしまったかのように執拗にマーガレットの唇を求めた。
「あん! ……サイラス……ダメよ……」
「ご免……つい俺は……」
サイラスは名残惜しそうに顔を離した。
マーガレットはメイド服の胸元に手を遣り、ドクドクと鳴り止まない胸の鼓動を懸命に抑えた。
「………一体どうしたの、サイラス? ……それに……あの『ビクッ』はもうしなくなったのね? 」
マーガレットはサイラスの垂れて額に掛かる暗紫色の前髪を優しく脇へ払った。
「あぁ……そうだな……君が俺の心を少しずつ変えてくれているのかも知れない……」
「──そう……ねぇ……どんな風に? 」
マーガレットは魔導師の艶やかな髪をくるくると指に巻き付けるようにして弄び、囁いた。
「俺は、君を……」
サイラスは何かを言い掛けてから言い淀んだ。
「──わたしを? 」
しかし、サイラスは首を強く横に振って、マーガレットの両肩をグッと掴んで遠ざけた。
「ごめん。今のことも忘れよう……俺が君をビックリさせるようなことをつい口走ったのがいけなかったんだ……」
するとマーガレットは、口を尖らせて思わず立ち上がった。
「──いやよ! 忘れるなんて!! わたし、あなたがしてくれたことを一つも忘れるなんてことありませんわっ!? 」
胸中に様々な想いが交錯し、マーガレットの気持ちは昂っていた。
「いや、それじゃ……」
「──いえ! どうしても忘れろというのなら、あなたが無理やり忘却魔法でも何でもわたしに掛けたらいいのですわ! 」
そう叫ぶと、マーガレットの青い瞳にうるうると映える光が微かに揺めいた。
「──ごめんよ。マーガレット……俺も忘れたりはしないさ……」
マーガレットはまだ一頻り不服そうな様子で魔導師を眺めていたが、その言葉にふと口許を緩める。
「……ふぅぅ、ごめんなさい。サイラ……いえ、ご主人様……少し言い過ぎましたわ……ふ~~ん………そうですの? 忘れないというのならば、今度だけは許して差し上げますわ。それから──」
「それから? 」
「──はい。それから繕い物がありましたら、遠慮なくいつでもわたしにお言い付け下さいませ、ご主人様? 」
そう言ってマーガレットは、サイラスに再び近づくと、魔導師の右頬に手を伸ばして、エイダの魔法薬で大分治り掛けてはいるが、まだ一筋に深く抉れている切り傷を優しく撫でた。
「あと、もう一つ………少し腰を落としてくださいませ、ご主人様? 」
「……こうか? 」
──ちゅっ!
身を屈めたサイラスの頬の傷の横へマーガレットは、優しく口付けを落とした。
「……どうか決してご無理はなさらないで下さいませ。わたしのご主人様……」
そう耳許で囁き、顔を赤らめながら足早に部屋から出ていく使用人の後ろ姿を、サイラスは唇の柔らかな余韻を確かめるように頬に手を当てながらじっと見守っていた。
「マーガレット……」
しかし、その紫水晶のような魔導師の瞳には、まだ癒されぬ、どこか寂しげな影が残されていた。
※※※※※※※※※※
いつもご愛読ありがとうございます。
下欄のいいねへのご評価や、お気に入りへの追加、感想欄への投稿等頂けましたら、作者大変励みになります(≧▽≦)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる