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13 ブラッド視点
エリオットと、俺。
退学になった。
「ブラッドのせいだ……」
不貞腐れてるエリオット、反省なんてしてないな。
そのエリオットの浮気がばれて、ビビアンとの婚約も解消になった。
破棄じゃなくて解消――そこだけは、ありがたいと思わないと。
きっと優しい彼女の気遣いだと思う。
「なんで、エリオットに協力したの?」
ビビアンの問いに……
──君を悲しませたくなかった。そう言いかけてやめた。
理由は、記憶が戻れば、きっと君はまた、弟を好きになる。
悪い事は、俺が全部引き受けておけば良いと思った。
なのにまさか、記憶喪失がうそだったなんて、ホント君には驚かされてばかりだ。
ビビアンの告白は、うれしかった。
けれど、それを受け入れるわけには、いかなかった。
もう一つの理由は、この男――父だ。
怒りに染まった顔で、彼は火かき棒を手にしていた。
執務室に呼ばれて、入った瞬間――俺たち、もう本当に終わりだなって思った。
いきなり火かき棒が、エリオットに向かって振り上げられて、俺は慌てた。
「まず、話をしましょう」って、叫んだ。
でも父は、「黙れ、罰を受けろ!」と叫んで、棒で弟を殴ろうとした。
俺は咄嗟にその腕をつかんだ。
エリオットが、そのすきに拳で父の顔を殴った。
「もう、いいなりにはならない」
そう言って、何度も殴った。
「やめろ!」
興奮している弟を止めたら「うるさい!」って俺を殴ってきた。
執事がエリオットを後ろから押さえ込むと、父は弟の腹のあたりを狙って、火かき棒を全力で振り下ろした。
ゴンッ――重たい金属音が室内に響き、エリオットの体が崩れるように膝から落ちた。
執事の腕から、ずるりと滑り落ちるように。
次の瞬間、棒がエリオットの頭に、振り下ろされそうになって――
俺は父に体当たりした。
すでに、すべてがめちゃくちゃだった。
止めようとした執事さえ、父は容赦なく殴り倒した。
俺も何度も殴られた。
耐えきれず、拳で父を殴り返した。
その感触が、いまも手に残っている。
やがて、父はぐったりと倒れた。
その姿を見て、俺の中にも同じ血が流れているんだと、ただ呆然とした。
その時だった、エリオットは 転がっていた火かき棒を掴み、
動けない父の頭めがけて――振り下ろした
ゴッ。
生ぬるい音とともに、父の額から血がにじんだ。
「ざまぁみろ」
エリオットは、血のついた火かき棒を、俺の方へ放り投げた。
棒はカラン、と床を転がって、俺の足元で止まった。
「僕はもう終わりだってば! あはは!」
弟は壊れたみたいに、笑ってた。
母の悲鳴……
使用人たちが、俺たちを押さえ込むときも、ずっと、エリオットは笑ってた。
主治医が来て、父を診た。
意識は戻らなかった。
俺は、心の中でつぶやいていた。
「……記憶喪失になってくれたらいいのに」って。
この時なぜかビビアンの笑顔が浮かんで、泣けてきた。
でも、現実は厳しいものだった。
父は意識を取り戻して、俺を訴えた。
記憶のなかで、俺だけが悪者で、
何もかも全部、俺のせいになってた。
牢に入れられて、廃嫡されて、平民用の暗い牢屋に移された。
父の記憶の混濁をエリオットは利用したんだ。
「きっと、鉱山送りになる」
俺の人生はここまでだと思った。
母もエリオットも、誰も来なかった。
二度とビビアンに、会うこともできないだろう。
絶望した。
そんな中、ひとりだけ。
バレンシア子爵が、俺に会いに来てくれた。
白金の髪にガーネットの瞳、整った顔もビビアンに似ている。
「保釈金は払っておいた。出てきなさい」
「俺なんかのために……どうして?」
子爵は厳しい顔で、こう言った。
「お金は働いて返してもらう。……タダなんて、ありえないからね」
あたたかくて、厳しい声。
それが、うれしくて、何度も、うなずいて、
うなずいて……固く絡まっていた心が、ほどけていった。
馬車の中は静かだった。
木々の影が、車窓をすべっていく。
「弟が、申し訳ありませんでした」
もうエリオットは他人になったけど、きちんと謝っておきたかった。
「ああ、娘が自分で気づいてくれて、よかった」
そうか、弟の素行なんて、子爵はとっくにお見通しだったんだ。
子爵は、俺を見据えて話し始めた。
「君には、私の伯父の領地に行ってもらう。クインシル侯爵のところだ」
クインシル侯爵。人格者として名高い人物。
名前だけは、知っていた。
「環境って、思ってる以上に大事なんだよ。あの人のそばで、勉強して、生まれ変わりなさい」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか」
「娘に泣きつかれた。……私も、甘いね。親として、ほんとに」
ビビアン……
ふわっとした彼女の優しい声が、耳の奥に残っていた。
彼女は、自分の進路と引き換えに、俺を助けた。
王立学園を、自力で卒業すること、子爵と約束したって。
「娘はね、君のために頑張るって、そう言ったよ。だから君も、ちゃんと頑張らないと」
「……はい……有難うございます」
言葉が続かなかった。
泣いた。
自分でも驚くくらい、泣いた。声もなく、ぽろぽろと。
この恩は、きっと返す。
俺の一生をかけても、必ず。
退学になった。
「ブラッドのせいだ……」
不貞腐れてるエリオット、反省なんてしてないな。
そのエリオットの浮気がばれて、ビビアンとの婚約も解消になった。
破棄じゃなくて解消――そこだけは、ありがたいと思わないと。
きっと優しい彼女の気遣いだと思う。
「なんで、エリオットに協力したの?」
ビビアンの問いに……
──君を悲しませたくなかった。そう言いかけてやめた。
理由は、記憶が戻れば、きっと君はまた、弟を好きになる。
悪い事は、俺が全部引き受けておけば良いと思った。
なのにまさか、記憶喪失がうそだったなんて、ホント君には驚かされてばかりだ。
ビビアンの告白は、うれしかった。
けれど、それを受け入れるわけには、いかなかった。
もう一つの理由は、この男――父だ。
怒りに染まった顔で、彼は火かき棒を手にしていた。
執務室に呼ばれて、入った瞬間――俺たち、もう本当に終わりだなって思った。
いきなり火かき棒が、エリオットに向かって振り上げられて、俺は慌てた。
「まず、話をしましょう」って、叫んだ。
でも父は、「黙れ、罰を受けろ!」と叫んで、棒で弟を殴ろうとした。
俺は咄嗟にその腕をつかんだ。
エリオットが、そのすきに拳で父の顔を殴った。
「もう、いいなりにはならない」
そう言って、何度も殴った。
「やめろ!」
興奮している弟を止めたら「うるさい!」って俺を殴ってきた。
執事がエリオットを後ろから押さえ込むと、父は弟の腹のあたりを狙って、火かき棒を全力で振り下ろした。
ゴンッ――重たい金属音が室内に響き、エリオットの体が崩れるように膝から落ちた。
執事の腕から、ずるりと滑り落ちるように。
次の瞬間、棒がエリオットの頭に、振り下ろされそうになって――
俺は父に体当たりした。
すでに、すべてがめちゃくちゃだった。
止めようとした執事さえ、父は容赦なく殴り倒した。
俺も何度も殴られた。
耐えきれず、拳で父を殴り返した。
その感触が、いまも手に残っている。
やがて、父はぐったりと倒れた。
その姿を見て、俺の中にも同じ血が流れているんだと、ただ呆然とした。
その時だった、エリオットは 転がっていた火かき棒を掴み、
動けない父の頭めがけて――振り下ろした
ゴッ。
生ぬるい音とともに、父の額から血がにじんだ。
「ざまぁみろ」
エリオットは、血のついた火かき棒を、俺の方へ放り投げた。
棒はカラン、と床を転がって、俺の足元で止まった。
「僕はもう終わりだってば! あはは!」
弟は壊れたみたいに、笑ってた。
母の悲鳴……
使用人たちが、俺たちを押さえ込むときも、ずっと、エリオットは笑ってた。
主治医が来て、父を診た。
意識は戻らなかった。
俺は、心の中でつぶやいていた。
「……記憶喪失になってくれたらいいのに」って。
この時なぜかビビアンの笑顔が浮かんで、泣けてきた。
でも、現実は厳しいものだった。
父は意識を取り戻して、俺を訴えた。
記憶のなかで、俺だけが悪者で、
何もかも全部、俺のせいになってた。
牢に入れられて、廃嫡されて、平民用の暗い牢屋に移された。
父の記憶の混濁をエリオットは利用したんだ。
「きっと、鉱山送りになる」
俺の人生はここまでだと思った。
母もエリオットも、誰も来なかった。
二度とビビアンに、会うこともできないだろう。
絶望した。
そんな中、ひとりだけ。
バレンシア子爵が、俺に会いに来てくれた。
白金の髪にガーネットの瞳、整った顔もビビアンに似ている。
「保釈金は払っておいた。出てきなさい」
「俺なんかのために……どうして?」
子爵は厳しい顔で、こう言った。
「お金は働いて返してもらう。……タダなんて、ありえないからね」
あたたかくて、厳しい声。
それが、うれしくて、何度も、うなずいて、
うなずいて……固く絡まっていた心が、ほどけていった。
馬車の中は静かだった。
木々の影が、車窓をすべっていく。
「弟が、申し訳ありませんでした」
もうエリオットは他人になったけど、きちんと謝っておきたかった。
「ああ、娘が自分で気づいてくれて、よかった」
そうか、弟の素行なんて、子爵はとっくにお見通しだったんだ。
子爵は、俺を見据えて話し始めた。
「君には、私の伯父の領地に行ってもらう。クインシル侯爵のところだ」
クインシル侯爵。人格者として名高い人物。
名前だけは、知っていた。
「環境って、思ってる以上に大事なんだよ。あの人のそばで、勉強して、生まれ変わりなさい」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか」
「娘に泣きつかれた。……私も、甘いね。親として、ほんとに」
ビビアン……
ふわっとした彼女の優しい声が、耳の奥に残っていた。
彼女は、自分の進路と引き換えに、俺を助けた。
王立学園を、自力で卒業すること、子爵と約束したって。
「娘はね、君のために頑張るって、そう言ったよ。だから君も、ちゃんと頑張らないと」
「……はい……有難うございます」
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泣いた。
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この恩は、きっと返す。
俺の一生をかけても、必ず。
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