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第四章
第四章 ~『牢屋の中のギルベルト』~
王都の地下室。投獄されたギルベルトは、暗い天井をぼんやりと見上げていた。
湿気を帯びた空気が鼻をつき、壁には乾ききらない染みが浮いている。王都の牢屋は、華やかな都市のど真ん中にあるとは思えないほどの、重苦しさと陰鬱に包まれていた。
(どうして俺がこんな目に……)
錆びた鉄格子の先を見つめながら、ギルベルトは深く息を吐く。呼吸するだけで、肺の奥に苔の臭いが染みついていく気がする。
(罪状は詐欺? ああ、確かに魔道具は売ったさ。だが、俺は何も悪いことなんかしていない!)
彼は膝を抱え、現状を思い返す。
過去にアストレアに売った魔道具が不良品だと発覚。そこに悪意があったと判断され、憲兵たちに無理やり連行されたのだ。
釈明しようと声を上げた瞬間、鉄の手袋が頬を打ち、地面に押し倒された。誰かが意図的に自分を嵌めたとしか思えないほど理不尽な拘束だった。
(ここのところ、嫌な出来事ばかりが起きる……)
ギルベルトの胸に、苦い記憶が蘇る。
問題児のエリスに婚約破棄を突きつけたら、実は聖女と同じ力の持ち主だと判明。巻き返すためにハーゲンと手を組んだら、それも失敗に終わった。
(まるで、神に嫌われているかのようだ……)
無意識に腰の後ろを探る。
貴族は牢屋でも荷物検査が緩い。せめて気休めにでもなればと、持ち込んだ書物を手に取る。
『幸運を引き寄せる九つの習慣』
運が欲しい。そう願いながらページを捲る。
『第一章:毎朝、明るく元気に挨拶しましょう』
ギルベルトは硬直した。そして、次の瞬間には本をベッドに投げ出していた。
「参考になるかっ!」
怒鳴り声は石造りの壁に虚しく反響し、牢の向こうへと消えていく。彼は両手で顔を覆って絶望する。
そんな時だった。
足音が響いて、ギルベルトの肩がぴくりと跳ねる。
看守かと思い、顔を上げると、彼の目に飛び込んできたのは精悍な顔立ちの銀髪の男だった。
「アストレア殿下!」
牢の外に立っていたのは、まぎれもなく第二王子、アストレアその人だった。
「敬語は不要だ。なにせ私たちは年齢も近い。アストレアで十分だ」
「し、しかし……」
「それに何より殿下なんて堅苦しい呼び方は、これから友人になる上での障壁になる。そうは思わないか?」
まるで旧知の仲であるかのように、アストレアは微笑む。牢の格子に手を添え、柔らかくも冷たい声で続ける。
「殿下、いやアストレアと俺が友人ですか……」
「経歴を見させてもらった。君と私は馬が合う。これは確信だ」
「……俺と親交を深めるために、わざわざ牢屋まで会いに来たと?」
「それもある。加えて、君を窮地から助けたくてな……」
「俺を?」
「実は今回の拘束だが、私も不審に感じていてな。独自に調査してみたのだ。すると、仕組まれたものだと判明した。君は無実だったのだ」
「なら俺は……」
「牢屋から解放される。よく耐えたな」
その一言に、ギルベルトの心に積もっていた絶望が、じわりと溶けていく。
「アストレア……お前、いいやつだな……」
ギルベルトは涙ぐみながら立ち上がり、格子に手をかける。その瞳は希望の光で輝いていた。
「俺たちは心の友だ!」
ギルベルトの言葉に、アストレアの微笑がふっと深くなる。
「もちろんだとも。生涯の友となろう」
だが対称的にアストレアの瞳の奥には、計算された冷たい光が宿っていた。ギルベルトの愚直な信頼など、初めから計算の内でしかない。
「さて、ギルベルト。君を罠に嵌めたのが誰かを教えてやろう」
「だ、誰なんだ!」
「クラウスだ」
その名を聞いた瞬間、ギルベルトの眉がぴくりと動く。
「なぜあいつが?」
「彼は君に嫉妬していたのだ。エリスの元婚約者である君にな」
「クラウスが俺に?」
ギルベルトの声が震える。信じられないと疑念が浮かぶが、アストレアの表情は真剣そのものだった。
「君の存在は、クラウスにとっては脅威だった。誰しも想い人の異性関係には敏感になるものだからな……そこでギルベルト、君を詐欺の容疑で潰そうとしたのだ」
「クラウスの奴がそんなことを……許せねぇ……俺が何をしたってんだよ……」
彼は拳を握りしめ、震える声を吐き出す。アストレアはその反応さえも計画通りだと、歪に笑う。
「私と一緒にクラウスに復讐しないか?」
アストレアの提案にギルベルトはぴたりと動きを止める。
「……俺に何を期待しているんだ?」
「エリスを誘拐してほしい」
「……は?」
思わず口を開いたギルベルトは、次の瞬間には一歩だけ後ずさっていた。
「ゆ、誘拐って……おいおい、さすがにそれは犯罪だろ!」
「問題ない。私は王子だ。罪を不問にするくらいの権力はある」
ノーリスクだと、アストレアは説明するが、ギルベルトの額には汗がにじみ、言葉を失っていた。
そんな彼に追い打ちをかけるように、アストレアは続ける。
「聞いたぞ。君は今でもエリスとの復縁を望んでいるそうだな」
「そ、それは……」
図星だった。ギルベルトの喉がごくりと動く。
言葉にはしないが、顔がすべてを物語っていた。
「この計画が成功すれば、クラウスは将軍の座を追われ、辺境伯としての地位も危うくなる。彼が失墜すれば、婚約も破棄されるだろう。そうなれば、エリスには新しい婚約者が必要になる」
「そ、それを俺が?」
「王家からアークウェル公爵家に推薦しよう。所詮、公爵令嬢は家のための存在。エリスも親の決定には逆らえん」
「マジか……すげぇな、アストレア。やっぱり、お前は最高の友だ!」
ギルベルトは素直に称賛を送る。だがすぐにある疑念を抱く。
「でも誘拐も簡単じゃないだろ。なにせエリスの傍にはクラウスがいるからな」
「それについては私に計画がある。心配しなくていい」
「おう、信じているぜ。なにせ俺たち、親友だからな!」
その言葉に、アストレアは笑顔を崩さない。だが、目だけは冷たく、まるで鋼のように輝いていたのだった。
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