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第四章
第四章 ~『本気の謝罪と人払い』~
クラウスの屋敷は、朝陽を受けて穏やかに輝いていた。
だがその静けさを切り裂くように、玄関前に黒塗りの馬車が止まる。扉が開くと、氷のような瞳をした端正な顔立ちの男――アストレアが降り立った。
「ご足労いただき、感謝いたします」
執事が丁寧に頭を下げると、アストレアは無言で軽く頷いただけで、悠然と屋敷の中へと足を踏み入れる。
案内されたのは、格式ある応接室。すでにそこにはクラウスとエリスが並んで座っていた。
クラウスはいつものように冷静沈着だが、エリスの表情はどこか張り詰めている。それでも、彼女は笑顔を崩さなかった。
「ようこそお越しくださいました、アストレア様」
エリスの口調は丁寧ながらも、妙に他人行儀だ。まるで感情を遮断したような、ビジネスライクな挨拶。そこにアストレアは反応する。
「……相変わらず、生意気な女だな」
「私は何も申しておりませんが……」
「顔に書いてあるのだ。内心では私のことを軽蔑しているのだろう?」
「さぁ、どうでしょうね。乙女の心の内は、そう簡単に明かすものではありませんから」
表情はあくまで柔らかい。だがエリスの瞳の奥には、挑発の光が宿っていた。
沈黙が、ふたりの間に漂う。やがて、クラウスが険しさを帯びた視線をアストレアへと向ける。
「それで……用件はなんだ?」
「そう焦らなくていい。まずは、私の友を紹介させてもらおう」
そう言ってアストレアが合図すると、扉の外から一人の男が現れる。見覚えのある、どこか抜けたような笑顔で、やたらと気さくに手を振っている。
「よっ、久しぶりだな、エリス!」
「ギルベルト様!」
驚きで目を見開くエリス。一方、クラウスの目は険しいままだ。
「……ギルベルト。なぜ君がここに?」
「冤罪で牢屋に投獄されたところをアストレアに救われてな……誰かさんに嵌められたおかげで、災いが転じて出会いに繋がったというわけだ」
彼は嫌味を口にするが、クラウスに反応はない。キョトンとした顔をしていると、アストレアが口を挟む。
「クラウス、貴様に大切な話がある。人払いをしてもらおうか」
「エリスは私の身内だ。彼女の前で話せないことなど――」
「身内だからこそ、話しづらいこともある。それにだ、丁度、ギルベルトもエリスと話がしたいと言っていてな。それぞれが一対一で対話をする。悪くない提案だと思うがどうだ?」
アストレアの提案を受け、クラウスの眉間にシワが寄る。
「なぜギルベルトがエリスと?」
「俺にも色々あるんだ……どうだ、エリス。庭で歩きながら話さないか?」
ギルベルトはやたらと軽い調子で言うが、その瞳には何かを探るような濁りがあった。
「う~ん、ギルベルト様とですか……」
「もしかして嫌なのか?」
「はい、普通に嫌ではありますね」
「相変わらず正直だな……」
「ただ私にしたい話が何なのか、そちらへの興味はありますから。その提案、お受けしましょう」
エリスが同意すると、クラウスが反応する。
「エリス、一人で大丈夫なのか?」
「私も子どもではありませんから……どうぞ、クラウス様はアストレア様との対談に集中してください」
そう言って優雅に立ち上がるエリス。クラウスは信じることも必要だと判断し、深く頷いた後、アストレアの方へ向き直る。
「では行きましょうか、ギルベルト様」
「ああ」
短く答えたギルベルトは、エリスの背に続く。二人は屋敷の廊下を歩き、石畳を抜けて庭へと出た。
風が緑の芝を撫で、薔薇の花が揺れている。だがそんな穏やかな風景に似つかわしくない、不穏な静けさがそこにはあった。
ふと、エリスは目を細める。
門のそばに、いつも控えているはずの門番の姿が見えなかったのだ。代わりに、屋敷前に馬車が一台、ぽつんと留め置かれている。
「……門番の方が見えませんね」
エリスの声には、ほんのわずかな警戒が滲んでいる。その気配を察したのか、ギルベルトは苦笑しながら肩をすくめた。
「俺が人払いを頼んだんだ……二人っきりで話がしたくてな」
「それほどに他の人に聞かれたくない話、ということですか?」
エリスは表情を崩さぬまま、少しだけ距離を取るように立ち位置を変える。ギルベルトはそんな彼女の動きを見ながらも、重い息をひとつ吐いた。
「エリス……今までのこと、婚約破棄のこと。すべて謝罪させて欲しい。俺の間違いだった」
彼の声には珍しく虚勢がなかった。いつもの軽薄な笑みもなければ、尊大な態度もない。ただ真摯な響きがあった。
だがエリスの心には響かない。
「明日は雪でも降るかもしれませんね……」
しばしの沈黙と共に、エリスはゆっくりと瞼を伏せる。そして、重々しく口を開く。
「ギルベルト様。私もあなたの気持ちを踏みにじるつもりはありません。今こうして謝ってくださること自体、以前のあなたには到底できなかったことですから」
「…………」
「ですが、許しません。婚約破棄は謝罪で帳消しにできるほど軽いものではありませんから」
ギルベルトは唇を噛む。少し俯き、口を開こうとするが、何も言えずに、ただ「……まぁ、そうだよな」とだけ呟いた。
エリスは静かに背筋を伸ばす。
「それでも、謝罪は受け取っておきます。言葉には意味がありますから。ですが……それ以上は、何も求めないでください」
その声音は優しかったが、決して取り戻せぬ線を引いていた。ギルベルトはただ黙って頷くと、改めて沈黙が流れる。
気まずい空気の中、エリスが話題を切り替えるために口を開く。
「そういえば、冤罪をかけられたそうですね……」
「まぁな。いきなり牢に放り込まれたんだ。酷いもんだろ」
エリスは小さくため息を吐くと、懐から黒い小箱を取り出す。
「これ、録音用の魔道具です。同じことが起きた時の予防のために、プレゼント致します」
「エリスが俺に贈り物をしてくれるなんてな……」
「わざわざ謝罪に来てくださったので、お土産代わりです」
「ただ……すまん。実はもう持っているんだ」
ギルベルトは懐から録音魔道具を取り出す。彼の領地は魔道具の販売も行っているため、その領主である彼が所有していたとしても不思議ではない。
「そうですか……」
「だが気持ちは嬉しかったぜ。だから俺なりの恩返しをさせてくれ」
「恩返し?」
「ああ、きっと気に入ると思う」
その瞬間、ギルベルトが片手をあげる。ごく小さな合図だが、直後、馬車の扉が勢いよく開き、黒装束の男が地を蹴った。
「――――ッ」
振り返る暇すらなく、エリスの口元を布が覆い、叫び声が遮られる。男は手早く彼女の両手を拘束し、力ずくで馬車へと押し込んだ。
「やめてください、何を――っ!」
布越しに声が漏れるが、それを無視してギルベルトも馬車の中に乗り込む。馬車の車輪が砂利を蹴り上げながら、音を立てて走り出していく。
「ギルベルト様、あなたは何をしているのか分かっているのですか?」
エリスの瞳がギルベルトを睨みつける。だが彼の表情は妙に晴れやかだった。
「分かっているさ。誘拐だろ? でも、これで全部がうまくいく」
「……何が、うまくいくと?」
「エリスが幸せになるんだ!」
ギルベルトは迷いない言葉を口にする。馬車は止まる様子もなく、ただ真っすぐに走り続けるのだった。
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