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第三章 ~『初任給とケーキ』~
しおりを挟む朝から始めた本の整理が終わる頃には、外は薄暗くなっていた。ダンボールの中身が空になり、達成感に包まれる。
「ふぅ、終わったわね」
「東坂さんが頑張ってくれたおかげだよ」
「私の力なんて微々たるものよ」
「いいや、君のおかげさ。真面目に働いてくれて、本当に助かったよ。これ、給料だよ。昨日整理を手伝って貰った分も含めてあるから」
西住は茶封筒を手渡す。だがやはり同級生の男子からお金を受け取ることに抵抗があるため、それを掴めずにいた。
「やっぱり駄目。西住くんにお世話になりっぱなしだし、このお金は受け取れないわ」
「東坂さんにタダ働きなんてさせられないよ。僕のためにも受け取って欲しい」
「でも……」
「ならさ、この給料で大切な人に何かプレゼントを贈るのはどうかな?」
「プレゼントね……」
「サラリーマンだと初任給に両親に贈り物をしたりするでしょ。バイトとはいえ、初めて働いて稼いだ給金だからね。きっとプレゼントを贈られれば、貰った人は喜ぶと思うよ」
「両親かぁ……でも会う機会が当分先なのよね」
美冬は両親と離れて暮らしているため、プレゼントを手渡しすることができない。かといって郵送では味気ない。
両親以外に大切な人を思い浮かべる。真っ先に頭に浮かんだのは弟の夏彦だった。
「決めた。このお金でプレゼントを買うわ」
「ありがとう。これで僕もスッキリするよ。それで誰にあげるかは決めているの?」
「夏彦に渡すつもりよ」
「なら急いで買いに行った方がいいかもね。商店街は閉まるのが早いから」
東坂は礼を伝えると、プレゼントを買うためにアーケード街へと向かう。
丁度、夕飯時だからか、人混みの喧噪で賑わっている。その中でも一際列を作る一角が目についた。
「夏彦が食べてみたいって漏らしていたケーキ屋さんはここね」
ショーケースには宝石のように輝くケーキたちが並べられている。
購入しようと、列に並ぶが、なかなか前へと進まない。だが夏彦のためだと思えば、行列を待っている時間も充足を感じられた。
「いらっしゃい」
とうとう美冬の番が回ってきた。彼女は茶封筒を開けて、お金を取り出す。中には一万円札が入っていた。
(西住くん、奮発してくれたのね)
労働時間と苦労に対して、与えられた対価は想定よりも多かった。西住に感謝しながら、一番人気のショートケーキと、チョコバナナのケーキを注文する。
「もしかしてこれから彼氏に会うのかい?」
店員の老婆がニコニコと笑みを浮かべながら訊ねる。お喋り好きなのが表情に滲み出ていた。
「私に彼氏なんていると思う?」
「いないのかい?」
「いないわ。このケーキも弟と一緒に食べるの」
「へぇ~、弟と。こんな優しいお姉さんがいて、弟さんも幸せだねぇ~」
「そんなことないわ。弟は私なんかより何倍も優しいから」
「うんうん。仲睦まじい姉弟だねぇ。よし、気に入った。シュークリームもおまけで付けとくよ」
「わぁ~、ありがとう♪」
善狐の呪いのおかげか、それとも美冬の人受けする性格が気に入られたのか、店員の老婆はケーキの箱が埋まるほどのシュークリームを詰め込。
箱を受け取り、美冬は頭を下げる。自宅へ向かう足取りは、夏彦に一刻でも早く食べてもらいたいと、いつもより軽くなっていた。
「ただいまー」
玄関のカギを開けて、自宅へと辿り着く。だが夏彦の姿はない。
「まだ帰ってないのかしら……」
夏彦の不在に心配が募る。彼の自室に灯りは点いておらず、リビングにもいない。
「どこに行ったのかしら……」
夜になれば帰ってくるはずだと、美冬は夕飯も食べずに弟の帰宅を待つ。だが夜の八時を過ぎても、彼が帰ってくることはなかった。
「さすがに遅すぎるわ」
美冬はスマホを取り出し、夏彦の電話番号を打ち込む。だが通話ボタンを押す手は宙に浮いたまま動かない。
「もしかしてまだ怒っているのかしら……」
喧嘩での怒りが理由での家出なら、電話をするのは火に油を注ぐ結果になるかもしれない。
だが時間も時間だ。もしかすると事故に巻き込まれている可能性もある。勇気を出して通話ボタンを押してみる。
数度コール音が鳴った後、電話が途切れる。留守番電話サービスに接続するよりも前に、通話が切れたため、夏彦が自分の意思で通話に出なかったのだと分かる。
「これは相当怒っているみたいね」
だが諦めるわけにはいかない。いつでも前向きなことが、美冬の長所なのだ。
「見てなさい。お姉ちゃんの威厳を見せてあげるんだから」
もう一度通話ボタンを押す。今度は三度目のコールで切られる。負けてたまるかと、再度通話ボタンを押すと、今度は電源が切られている旨がメッセージとして伝えられた。
「ぐぬぬ、私の弟だけあって頑固ね」
負けず嫌いな性格は自分そっくりだ。電話に出ることを拒否している以上、話すためには面と向かい合うしかない。
「このまま家出するつもりでしょうけど。私が放っておくはずないじゃない。だってたった一人の大切な弟なんだもの」
美冬はかつての夏彦を思い出す。幼い頃の彼はいつも彼女にベッタリで姉離れのできない甘えん坊さんだった。
成長し、しっかりしたとはいえ、人の本質は大きく変わらない。反抗的な態度も構って欲しいからしているのだ。きっと心の底では寂しがっているはずだ。
「待っててね、夏彦。今度は私が迎えに行くから」
美冬は夏彦を探すために家を飛び出す。行く当てもないまま、夜の街道を駆けるのだった。
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