14 / 22
第二章 ~『第一皇子との舌戦』~
しおりを挟む第一皇子と会うために、クレアとギルフォードは、帝国と王国の国境沿いにある彼の邸宅を訪れていた。
国力の差をアピールするように聳え立つ屋敷は厳重な警備で守られている。武装した騎士団に案内され、応接室へと通された。
絨毯の上に黒塗りのソファが並べられた品のある部屋だ。そこで待っていた一人の男がクレアたちを出迎えてくれる。
背が高く、彫りの深い顔立ちは女性ならば誰もが見惚れるほどに整っている。燃えるような赤髪と赤眼は皇帝の血筋を証明しており、彼の正体はすぐに察した。
「あなたが第一皇子様ですね」
「ウィリアムと呼んでくれ。私もクレアと呼ぼう。ギルフォードとも久しぶりだな」
「お兄様は顔見知りだったのですか⁉」
「ただの腐れ縁だよ」
「相変わらず冷たい男だな」
「冷たくもなるさ。ウィリアムのせいで、今まで多くのトラブルに巻き込まれてきたからね」
「ははは、優秀な奴はついつい利用してしまう性分でな。それよりも長旅で疲れただろう。紅茶とケーキを用意してある。まずは体を休めてくれ」
ウィリアムが手を鳴らすと、扉の向こうから侍女が人数分の紅茶とショートケーキを机の上に並べる。注がれた紅茶からは湯気が立ち込め、ケーキの甘い香りが鼻腔を擽った。
「紅茶もケーキも帝国の一級品でな。クレアたちのためにわざわざ帝都から取り寄せたのだ」
「なら僕から頂くよ」
ギルフォードはケーキに手を伸ばし、ゆっくりと咀嚼してから、紅茶を啜る。その口元には笑みが浮かんだ。
「うん。美味しいね」
「毒が入っているとは警戒しないんだな?」
「僕たちを殺せば国際問題になるからね。十中八九、君はそんなことをしないさ」
「私を信頼してくれたわけか。さすが我が友だ」
「まぁそうだね。それに妹のために死ねるなら本望さ」
十中八九ないとは知りながらも、万に一つという言葉もある。ギルフォードが先に口にしたのは毒味を兼ねてのことだった。
彼の厚意に応えるため、クレアも紅茶とケーキに手を付ける。ギルフォードに負けないくらいの笑みが浮かんだ。
「うわぁ、美味しいですね~。紅茶は丁度良い渋味で、ケーキはクリームがふわふわです」
「言っただろ。我が国の一級品だと」
「ふふ、帝国は素晴らしい国ですね♪」
「帝国の良さを理解できる女は嫌いではないぞ。それにギルフォードが毒味したとはいえ、躊躇わずにケーキと紅茶に口を付けた肝の太さも評価に値する。容姿も美しく、きっとカリスマもあるのだろう。30点をやってもいいぞ」
「辛口なのですね」
「簡単に褒めると、私の威厳がなくなるからな」
冗談だったのか、ウィリアムは口角を僅かに上げる。初対面から僅かに話をしただけだが、彼との距離が近づいた気がした。
(本題に入るための心の準備をしてくれたのでしょうね)
その厚意に応えるため、クレアから話しを切り出すことに決める。
「ウィリアム様が私たちを招待してくれたのは、小麦の価格を安くしてくれるためですか?」
「それが私の交渉材料であることは否定しない。なにせ小麦がなければパンが焼けない。美味しいケーキも同様だ。王国にとって小麦価格は死活問題のはずだからな」
(足元を見られていますね。まぁ、ウィリアム様にも立場があるので、仕方ありませんが……)
正義は立場によって変わってくる。皇子として国の利益のために動いている彼を怒ることはできない。
「それでどうすれば小麦を安くしてくれるのですか?」
「条件はただ一つ。同盟を結ぼう」
「同盟ですか……」
「そう、今までも帝国と王国は友好関係を築いてきた。だがこれからは違う。もっと密接な関係になるのだ。具体的には我らの軍を王都に在留させて欲しい。他国に対する抑止力にも繋がり、王国としても利はあるはずだ。どうだろうか?」
「それは……」
王都に帝国軍が在留することになれば、喉元に刃物を突き付けられているに等しい。今後、帝国が牙を剥けば、どんな理不尽な要求も断れなくなってしまう。
「それでは同盟という名の属国です」
「要求は飲めないと?」
「はい。別の条件でお願いします」
「では聞くが、魅力的な交渉材料が王国にはあるのか?」
「では小麦を安くしてくれれば、魔物の肉を相場より安く売ります。これならどうでしょうか?」
「却下だ。肉は小麦ほど腹が膨れない。価格が高くて困るのは王国の方だからな」
「なら私たちは帝国以外の国から小麦を輸入します」
「王国から帝国の次に近い国家は共和国か……輸送費での値上がりを加味すると、我が国と値段は変わらないはずだがな」
「それは……」
ウィリアムの含みのある笑みから、事前に計算して価格を決めているのだと察せられた。用意周到さに、まるで罠に嵌められているような錯覚に陥る。
「では共和国の国境に近い地域では輸入に頼り、王都では魔物の肉などで補います。これなら帝国の頼りになる必要はありません」
「思った以上に優秀だな。80点をやろう。だが魔物の肉だけでは王都の住民を養えないことは確認済みだ。食料が尽きれば、暴動が起きる。ようやく復活した王家も短命で終わるな」
チェックメイトだと、ウィリアムは口元を歪める。だがクレアは諦めていない。
「ウィリアム様はどうして王国を属国にしたいのですか?」
「帝国の利益のため、そして私の次期皇帝の座を確実なものとするためだ」
「だからこそ、このタイミングなのですね」
現在、皇室には二人の皇子がいる。ウィリアムと、サーシャが嫁いだ第二皇子だ。二人は熾烈な権力争いを繰り広げており、勢力は拮抗している。
そんな中、皇帝が病で倒れ、玉座が宙に浮いた状態となった。周囲が納得する成果を示すため、彼は王国を狙ったのだ。
「あなたの目的が理解できました。だからこそ私にはまだ交渉材料が残っています」
「聞こう」
「それは……私です」
「は?」
呆気に取られたウィリアムは口をポカンと開ける。想像さえしていなかった提案に困惑させられたのだ。
「まさか私に嫁いでくると?」
「いいえ、愛のない婚約はもうコリゴリなので」
「ならどういう意味だ?」
「私の回復魔法で皇帝陛下を治療します」
「――――ッ」
病気や怪我を治療できる回復魔法の使い手は王国の王族の血を引く者にしか使えない。クレアだけが持つ最強の切札だった。
「父上を治すために私が要求を飲むような甘い人間だと思うか?」
「思いません。あなたは家族より国を優先するタイプでしょうから」
「ならどうする?」
「この提案を第二皇子様に持ち掛けます。運良く妹のサーシャが嫁いでいますから。会合の場を設定するのは難しくないでしょう」
「…………」
「もし第二皇子様が提案に乗れば、皇帝陛下を助けた救世主となります。その手柄は、次期皇帝の座を得るのに十分なほどの成果となります」
「確かに、弟が成果を得ると、私は困ったことになるな」
「でも小麦を安くしてくれるなら、ウィリアム様の手柄で治療しましょう。次期皇帝の椅子はあなたのものになるはずです。如何でしょうか?」
脅しをセットにした要求に、ウィリアムは喉を鳴らして笑う。
「ギルフォード、貴様の妹は素晴らしいな」
「なにせ僕の妹だからね」
「契約成立だ。父上の元へと案内しよう」
その一言で、クレアは拳をギュッと握りしめる。
「やりましたね、お兄様!」
「クレアの交渉が上手かったおかげさ」
これで王国は救われる。視線を合わせた二人の表情には達成感が浮かんだ。
「あ、そうそう、これは要求ではなく、確認だが……私と結婚するつもりはないか?」
「ふふ、微塵もございません」
「残念だ。女性に振られたのは初めての経験だが、失恋も悪くないものだな」
ウィリアムは気恥ずかしさを誤魔化すように紅茶を啜る。冷めた紅茶は渋味が増していたのか、苦々しい表情を浮かべるのだった。
24
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
聖女を追い出しても平気だと思っていた国の末路
藤原遊
ファンタジー
聖女が国を去った日、神官長は分かっていた。
この国は、彼女を軽く扱いすぎたのだと。
「聖女がいなくても平気だ」
そう言い切った王子と人々は、
彼女が“何もしていない”まま国が崩れていく現実を、
やがて思い知ることになる。
――これは、聖女を追い出した国の末路を、
静かに見届けた者の記録。
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる