【完結】江戸で鉄砲小僧と呼ばれた若サムライの俺、さる事情で異世界転移して本物の銃使いになる

岡崎 剛柔

文字の大きさ
12 / 39

第12話

しおりを挟む
 総勢百人近い人間が生活しているピピカ族の集落は、巨大な岩山――グラナドロッジの麓に作られていた。

 本来、コンディグランドに住まう部族は一箇所に長く留まらないため、雨風を防ぐ住居は細長い若木を半月状に組み上げた小屋が主流だった。

 精巧に組み上げられた小屋の上には幾重にも束ねた草が積まれ、出入り口には自由に開け閉めができるよう動物の毛で編まれた扉が吊るされている簡素なものだ。

 だが、ピピカ族の集落に見られる小屋は違う。

 ピピカ族は行商人から購入した丈夫な布を惜しげもなく使い、傍目からは円錐形になるような不思議な小屋を何十棟も建てる。

 しかも外壁の役目をしていた布の裏にはもう一枚黒地の布が張られ、私生活の秘密が外に漏れないように工夫されていた。

 そして集落の中には他の部族が建てるような木の小屋も何棟か存在するが、それらは主に大量の保存食や武器を保管するための宝物庫として利用されている。

 その他にも盗賊対策として築かれた集落をぐるりと囲む土壁や、集落の一角に設けられた戦闘訓練所の建築にも余念がなかった。

 これらは一年の間に何度も集落移動を繰り返す他の部族とは違い、気に入った土地に長く移住するピピカ族の特色とも言えただろう。

 だからこそ、ピピカ族は日頃から戦闘訓練を欠かさない。

 当然であった。

 その土地に長く移住するということは、マクゥや食料目的の盗賊に襲われる危険性が含まれている。

 しかも日頃から住居を頻繁に移動させる他の部族とは違い、一箇所に長く住まうピピカ族の集落は有事の際には迅速に逃げられない。

 それ故にピピカ族は日頃から戦闘訓練を欠かさず、外敵から集落を守るための防壁造りにも努力を惜しまなかった。

 しかし、集落を移動させなかったことで様々な物資を届けてくれる行商人たちと友好が深まり、一族の経済状況が他の部族よりも潤沢になったこともまた事実である。

 集落の一角に設けられた戦闘訓練を行う場所にもその資金力が存分に発揮されており、人型に削られた丸太が何本も地面に打ち込まれていた。

 急所である頭部と胴体部分には白と黒の塗料で塗られた的が正確に描かれている。

 次の瞬間、人体に見立てた丸太に深々と矢が突き刺さった。

 場所は眉間だ。

 もしもこれが丸太ではなく本物の人間であったならば即死だっただろう。

 しなやかな筋肉を最大限に使って弦を引き絞り、狙った場所に向けて矢を放つ弓手の腕前は素晴らしく絵になった。

 それもそのはず。

 弓手は筋骨逞しい男ではなく優美な曲線を描いている少女であった。

 黒髪に褐色の肌はピピカ族の人間と変わらないが、へその左横に彫られていた鳥の刺青は彼女の部族特有のシンボルマーク。

 女がてらに戦闘訓練を行うのも彼女の部族は男女関係なく狩りを行う特殊な部族だったからだ。

 抜群の弓の腕前を誇る女性――ウィノラは一呼吸置いたあと、地面に突き立てていた矢を摑んで番えた。

 弦を最大限にまで引き絞って標的を見据える。

 その直後であった。

「ウィノラね~ちゃ~ん」

 戦闘訓練所に間延びした声が響き渡った。

 ウィノラは番えていた弓を下ろすと、声が聞こえてきた方向を見やる。

 声の持ち主は今年で八歳になるリーナだ。

 好奇心旺盛で人懐っこく、ウィノラが妹のように思っている細身の少女であった。

 ちなみにリーナは若頭であるビュートの本当の妹でもある。

「リーナ、何度も言っているだろう。ここは子供が来るところじゃない。もしも流れ矢にでも当たったらどうする」

 元気よく駆け寄ってきたリーナに、ウィノラは静かな口調で叱りつけた。

「大丈夫だよ。リーナはウィノラ姉ちゃんの腕前をよく知っているもん。それに今はウィノラ姉ちゃんしかいないじゃん」

「そういう問題ではない」

 ウィノラは後頭部を掻きながらため息を吐く。

 確かに今の戦闘訓練所には黙々と弓の訓練を行うウィノラの姿しかなかった。

 無理もない。

 ピピカ族が戦闘訓練を行う際は早朝と決まっており、今はあと数刻で太陽が西の彼方に沈もうとしている夕方であった。

 そしてこんな時間に戦闘訓練を行うのはウィノラ一人だけと集落の人間ならば誰でも知っている。

「いいか、リーナ。たとえ目に見える危険がないとわかっていても、ここは子供が入ることが禁じられているんだ。これはピピカ族が取り決めた大切な掟。そんな掟をピピカ族の人間であるリーナが破ってどうする?」

「ご、ごめんなさい。でも、どうしてもウィノラ姉ちゃんに言っておきたかったから」

 ウィノラは思わず首を傾げた。

 よく考えればリーナは聡明な子である。

 他のわんぱく坊主たちとは違いピピカ族の掟は十二分に理解しているはずだ。

 それでも戦闘訓練所に訪れたということは、掟を一時的に破ってでも自分に伝えたい事柄があったということだろうか。

「何はともあれ話してみろ。一体どうしたんだ?」

「うん……あのね……」

 話を切り出した途端、リーナは両指を絡めておろおろし始めた。

 同年代の男子と会話をすることが極端に苦手なリーナは、子供同士で遊ぶときはよくこのように挙動不審になることが多いと聞く。

 だが、まさか自分に対してもそんな態度を取ることはないだろうに。

 そう思ったウィノラは、リーナを落ち着かせるために軽く頭を撫でた。

 この集落の近くには乾いた大地から湧き出たオアシスがあったが、そのオアシスで毎日沐浴を欠かさないリーナの髪の毛は上質な絹を想起させる。

 姉と慕っているウィノラに頭を撫でられたリーナは、やがて普段の落ち着きを取り戻していった。

 胸に手を当てて深く深呼吸をする。

「ふうー……ごめんね、取り乱しちゃって。何せ久しぶりの大事件だったから」

「大事件? まさか、狩りに向かった連中に何かあったのか?」

「うん。実はさっきビュート兄ちゃんたちが狩りから帰ってきたんだけど、久しぶりにムルガを狩れたって喜んでいたよ」

「ムルガというとあのムルガか?」

「うん。こーんな大きな麻袋に一杯の肉塊が詰まっていたよ」

 両手を左右に伸ばしてリーナは獲物の大きさを身体で表現する。

 その大きさはウィノラの胸元ほどの背丈だったリーナの半分ほど。

 それが一部分の大きさだったとして、相当な量の肉が手に入ったことを如実に示していた。

 最近では滅多に狩れなくなったムルガはそれほど大型の獲物なのである。

 そんなムルガを狩って帰るとは、やはりビュートたちの狩猟技術は他の組よりも頭一つ分は抜きんでているということか。

 だが――。

「リーナが言いたい大事件とはムルガのことか? まあ、ムルガが狩れたのならば皆も盛大に喜ぶだろうが、わざわざわたしに伝えに来るほどの大事件では……」

「違うんだよ、ウィノラ姉ちゃん。ムルガのことも大事件だけど、それよりももっと大きな事件があったんだよ」

 ムルガが狩れたことよりも大きな事件? 

 本当にそんなことがあるのだろうかと思ったウィノラだったが、取り敢えずここは大人しく話を聞くことにした。

 一拍の間を置いた後、リーナは唾を飛ばさん勢いで話を切り出す。

「余所者だよ! ビュート兄ちゃんたち、ムルガだけじゃなくて余所者も捕まえてきたんだよ!」

 ウィノラは瞠目した。

「余所者だと? 他の部族の人間か? それとも行商人か?」

 リーナは首をぶんぶんと横に振った。

「それがね、今まで見たことのない格好をした余所者なんだよ。肌の色は白いし髪の毛は黒いんだけど変な形をしているの」

 両腕を組んだウィノラは傾げていた首をさらに傾げた。

 変な格好をした肌の色が白い余所者と言われても要領を得ない。

 しかも髪の毛が変な形をしているとはどういうことだろう。

「まあ、この目で見れば何者かわかるだろ」

 ウィノラは訓練に使用していた長弓を地面に置き、後ろ腰に差していた護身用のナイフを確認した。

 余所者をわざわざ集落に連れ帰ってきたということは、ビュートたちは今頃その余所者を牢屋の中に入れているはず。

 一体何をしたかは知らないが、この集落に害を成す人間ならば厳しい態度で接しなければならない。

「リーナ。余所者のことを知らせてくれたことには感謝するが、そろそろ日が暮れるから家に帰れ。あとはわたしに任せろ」

「ええ~、わたしは連れて行ってくれないの?」

「当たり前だ。牢屋も戦闘訓練所と同じく子供は立ち入り禁止だ。いいから大人しく家に帰っていろ。いいな?」

 しばらく顔をうつむかせていたリーナだったが、ウィノラが誰よりも自分のことを心配していたことを理解したのだろう。

 やがて顔を上げてこくりと頷いた。 

「わかった。今日はもう帰るね」

「うむ、いい子だ」

 とぼとぼと肩を落としながら家路に向かうリーナを見送ったあと、ウィノラは誰もいなくなった戦闘訓練所の一角に視線を移す。

 ウィノラが視線を向けた先には、深緑色の葉をつけた立派な大木が生えていた。

 無論、近くには人間はおろか家畜の姿もない。

「話は聞いていたな、クアトラ。今からその余所者とやらの顔を見に行くぞ」

 何の変哲もない大木に向かってそう呟いたウィノラは、颯爽と踵を返して牢屋として改築された場所に向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...