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第22話
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日の出とともに目を覚ましたウィノラは、他の住民たちに気取られないような静かな足取りで戦闘訓練所に向かった。
すると早朝にも関わらず、数人の人間たちが真剣な表情で弓の訓練を行っていた。
仮想標的である丸太に向かって黙々と矢を射っていた人間たちは、ウィノラの姿を見た途端に一斉に訓練を中断する。
「何だ? ウィノラ。お前も訓練か?」
そう尋ねてきたのは精悍な顔貌に筋骨逞しい肉体、そして何よりも集落の行く末を誰よりも考えている若頭のビュートだった。
「そうだが、邪魔だったか?」
「いや、そろそろ切り上げようと思っていたところだ」
額に浮き出ていた汗を手の甲で拭ったビュートは、大きく深呼吸をして肺一杯に新鮮な空気を循環させる。
「随分と早く切り上げるのだな? 今日はお前たちの組は狩りに出かけないのだろう?」
「狩りには出かけん。だが仲間の亡骸を回収してくる」
「何だと?」
ビュートの口から出た言葉にウィノラは眉根を細めた。
「昨日、ぼろぼろな姿で集落の入り口に倒れていた少女がいただろう? その少女が今朝早くに意識を取り戻してな。色々と話してくれた」
それは昨日、族長の住居に招かれた宗鉄の元から去った後の出来事である。
ウィノラは誰にも見つからないように自分のテルピに向かう途中、見張り櫓を修復していた人間たちが一様に騒いでいる光景を目にした。
もしかすると、またガマラのような肉食獣が現れたのかもしれない。
そう思ったウィノラは引き連れていたクアトラから自分の武器を取り出させると、見張り櫓が建っている集落の入り口に足早と向かった。
そこでウィノラは目を疑う光景を目にした。
集落の入り口の横に、一人の少女が瀕死の状態で倒れ込んでいたのである。
外傷が特に見当たらないところを見ると、どうやら休息も取らずに長時間歩いてきたことが原因で意識を失ったのだろうと思われた。
なぜなら、少女が履いていた靴の裏が捲れるほどに傷んでいたからだ。
それぐらいはすぐに看破できたウィノラは、取り敢えず少女を介抱しようと率先して祈祷師であるキーンズの住居に連れて行った。
そのとき、一日に二度も余所者が集落に現れた事実に住民たちは戸惑っていたが、それを見事に収めたのは族長のアコマである。
少女の介抱をキーンズに任せたアコマは、がやがやと騒ぐ人間たちを持ち前の器量で一人も残さず家路に帰した。
無論、ウィノラも例外ではなかった。
少女の容体が気になったものの、集落に住んでいる以上は族長の言葉には従わなければならない。
結局、ウィノラは大人しく自分のテルピに帰って一夜を明かしたのだが、昨日の今日で少女が意識を取り戻すとは思わなかった。
せめて二日か三日は掛かると思っていたのに。
ウィノラが思案していると、ビュートは端的に少女の容態を話す。
「キーンズの話では極度の疲労から来た体調の変化が原因らしい。
そこで常に大量の水分と薬を与えたそうだ。元々目立った外傷はなかったからな、ゆっくり休めば一日で目を覚ますさ」
少女のことを説明しながらも、ビュートは淡々と出掛ける準備を整えていく。
「それで少女はもう大丈夫なのか?」
「ああ、自分の名前も覚えているし記憶の混乱も見られなかった。そしてその少女……イエラという名前らしいが、そのイエラが言うにはどうやら行商人の娘らしいな。度々この集落を訪れる行商人がいただろう? そいつの娘だ」
「ガンズのことか?」
ビュートはこくりと頷いた。
「何でも〈燃え盛る大地〉の周辺で盗賊団に襲われて命からがら逃げ出した、と言うのが集落に現れた真相だそうだ。気の毒に……一生忘れられない光景を見ただろうな」
そうか、ガンズの娘だったのか。ウィノラは少女の身元を聞いて下唇を噛んだ。
ピピカ族の集落に大量の物資を届けてくれていたガンズは、他の行商人でさえ滅多に近づかないここコンディグランドに足を踏み入れる奇特な人間の一人だった。
盗賊のように厳つい顔をしていたが話してみると驚くほど饒舌で人懐っこく、人種の違いなど気にせず公平に商売を行うことで集落の人間からは尊敬されていた人物である。
それにガンズが運んでくる商品はどれも大変に質がよく、そのお陰でピピカ族の集落は他の部族とは一線を隠すほどの暮らしを手に入れたと言っても過言ではなかった。
特に自然からは手に入れることができない薬品などは相当に役立ったと言えよう。
現にその薬により自分の娘が助かったのだ。
だが、よりもよって盗賊に襲われて命をなくすなど皮肉な話である。
まだ自分の娘が助かったことが僥倖だろうか。
弓矢の弦を慎重に外したビュートは、腰に巻いていた小袋に弦を入れる。
「そしてその盗賊に襲われる前に、イエラは俺たちの仲間の亡骸を見たんだそうだ。おそらくは未だに集落に帰ってこないムースさんの組だろうな」
そこまでビュートが言い切ると、弦を仕舞った他の人間たちがこちらに近づいてきた。
「よう、そろそろ行こうぜ」
などと快活な声を出したのはクロウだ。
ビュートはクロウに「わかった」と返事をする。
「では、日が完全に昇る前に亡骸を回収する。行くぞ」
ビュートはウィノラに「じゃあな」と無愛想に挨拶するや否や、他の四人の人間を引き連れて集落の入り口に向かい出す。
最初はウィノラもついていこうとしたが、ビュートは頑なにその申し出を拒んだ。
口では一族の人間ではないウィノラの手を煩わせることなどないと言っていたが、本当のところは亡骸の回収を女の手に任せるわけにはいかないというのが真意だろう。
五人の姿が戦闘訓練所から消えるなり、ウィノラは激しく地団駄を踏んだ。
ビュートはいつもそうだ。
常に自分を目の敵のように冷たくする。確かに自分はピピカ族ではないが、それでも集落に住んですでに十年以上の年月が流れている。
そろそろ自分も一族の一人として認めてくれてもいい頃合だろうに。
両拳を固く握り締めながら、ウィノラは神妙な面持ちで地面を見据えた。
戦闘訓練所に地面を擦るような足音が響いたのはその直後である。
「これは救世主殿。お早いお目覚めだな」
ウィノラが異様な足音が聞こえた方向に視線を向けると、そこには集落の人間とは違う異国の衣装に身を包んだ若侍がいた。
右手には金属と木材を組み合わせた鉄砲という凄まじい威力の武器を持ち、左肩周辺には全身から淡い光を放つアスラを連れている。
宗鉄とエリファスである。
「お、お早う……よ、よい朝だな」
快活に挨拶をしたウィノラとは違い、なぜか宗鉄の挨拶はぎこちなかった。
心なしか表情も固い。だがそれ以上に宗鉄の顔は誰が見ても一目瞭然なほど赤かったのである。
「どうしたのだ? 救世主殿。顔が真っ赤だぞ」
まさか慣れない土地のせいで体調を崩したのだろうか。
心配になったウィノラは宗鉄に近寄ると、至近距離から顔を覗き込んだ。
すると、見る見るうちに宗鉄の顔はより一層赤く染まっていく。
「いや、何でもない! 断じて何でもないぞ!」
間近から食い入るように顔を覗き込まれた宗鉄は、首を激しく横に振って後ずさる。
ウィノラは怪訝そうに首を捻った。
「そんなに顔を赤らめて何でもなくはないだろう。わたしも祈祷師ほど人体には詳しくないが、それでも簡単な処置くらいは心得ている。だからもっとよく見せてみよ」
そう言ったにもかかわらず、宗鉄は断固として首を横に振り続けた。
直後、空中を飛んでいたエリファスが口元を手で覆いながら苦笑する。
「うふふふふ、昨日の今日だもんね。初心者の坊やにはまだ刺激が強すぎるかな」
「や、やかましい! お前は口を開くごとにそれしか言えないのか!」
「だって仕方ないじゃない。ちょっと誘惑されただけで一晩中うなされる男の姿なんて最高の笑いの種なのよ。実際に昨日の夜はお腹がよじれるほど笑わせてもらったしね」
空中で高笑いするエリファスに対して、宗鉄は射殺すような目つきで怒声を発する。
「この腐れ物ノ怪が! 一発ぶん殴ってやるから降りてこい!」
すると早朝にも関わらず、数人の人間たちが真剣な表情で弓の訓練を行っていた。
仮想標的である丸太に向かって黙々と矢を射っていた人間たちは、ウィノラの姿を見た途端に一斉に訓練を中断する。
「何だ? ウィノラ。お前も訓練か?」
そう尋ねてきたのは精悍な顔貌に筋骨逞しい肉体、そして何よりも集落の行く末を誰よりも考えている若頭のビュートだった。
「そうだが、邪魔だったか?」
「いや、そろそろ切り上げようと思っていたところだ」
額に浮き出ていた汗を手の甲で拭ったビュートは、大きく深呼吸をして肺一杯に新鮮な空気を循環させる。
「随分と早く切り上げるのだな? 今日はお前たちの組は狩りに出かけないのだろう?」
「狩りには出かけん。だが仲間の亡骸を回収してくる」
「何だと?」
ビュートの口から出た言葉にウィノラは眉根を細めた。
「昨日、ぼろぼろな姿で集落の入り口に倒れていた少女がいただろう? その少女が今朝早くに意識を取り戻してな。色々と話してくれた」
それは昨日、族長の住居に招かれた宗鉄の元から去った後の出来事である。
ウィノラは誰にも見つからないように自分のテルピに向かう途中、見張り櫓を修復していた人間たちが一様に騒いでいる光景を目にした。
もしかすると、またガマラのような肉食獣が現れたのかもしれない。
そう思ったウィノラは引き連れていたクアトラから自分の武器を取り出させると、見張り櫓が建っている集落の入り口に足早と向かった。
そこでウィノラは目を疑う光景を目にした。
集落の入り口の横に、一人の少女が瀕死の状態で倒れ込んでいたのである。
外傷が特に見当たらないところを見ると、どうやら休息も取らずに長時間歩いてきたことが原因で意識を失ったのだろうと思われた。
なぜなら、少女が履いていた靴の裏が捲れるほどに傷んでいたからだ。
それぐらいはすぐに看破できたウィノラは、取り敢えず少女を介抱しようと率先して祈祷師であるキーンズの住居に連れて行った。
そのとき、一日に二度も余所者が集落に現れた事実に住民たちは戸惑っていたが、それを見事に収めたのは族長のアコマである。
少女の介抱をキーンズに任せたアコマは、がやがやと騒ぐ人間たちを持ち前の器量で一人も残さず家路に帰した。
無論、ウィノラも例外ではなかった。
少女の容体が気になったものの、集落に住んでいる以上は族長の言葉には従わなければならない。
結局、ウィノラは大人しく自分のテルピに帰って一夜を明かしたのだが、昨日の今日で少女が意識を取り戻すとは思わなかった。
せめて二日か三日は掛かると思っていたのに。
ウィノラが思案していると、ビュートは端的に少女の容態を話す。
「キーンズの話では極度の疲労から来た体調の変化が原因らしい。
そこで常に大量の水分と薬を与えたそうだ。元々目立った外傷はなかったからな、ゆっくり休めば一日で目を覚ますさ」
少女のことを説明しながらも、ビュートは淡々と出掛ける準備を整えていく。
「それで少女はもう大丈夫なのか?」
「ああ、自分の名前も覚えているし記憶の混乱も見られなかった。そしてその少女……イエラという名前らしいが、そのイエラが言うにはどうやら行商人の娘らしいな。度々この集落を訪れる行商人がいただろう? そいつの娘だ」
「ガンズのことか?」
ビュートはこくりと頷いた。
「何でも〈燃え盛る大地〉の周辺で盗賊団に襲われて命からがら逃げ出した、と言うのが集落に現れた真相だそうだ。気の毒に……一生忘れられない光景を見ただろうな」
そうか、ガンズの娘だったのか。ウィノラは少女の身元を聞いて下唇を噛んだ。
ピピカ族の集落に大量の物資を届けてくれていたガンズは、他の行商人でさえ滅多に近づかないここコンディグランドに足を踏み入れる奇特な人間の一人だった。
盗賊のように厳つい顔をしていたが話してみると驚くほど饒舌で人懐っこく、人種の違いなど気にせず公平に商売を行うことで集落の人間からは尊敬されていた人物である。
それにガンズが運んでくる商品はどれも大変に質がよく、そのお陰でピピカ族の集落は他の部族とは一線を隠すほどの暮らしを手に入れたと言っても過言ではなかった。
特に自然からは手に入れることができない薬品などは相当に役立ったと言えよう。
現にその薬により自分の娘が助かったのだ。
だが、よりもよって盗賊に襲われて命をなくすなど皮肉な話である。
まだ自分の娘が助かったことが僥倖だろうか。
弓矢の弦を慎重に外したビュートは、腰に巻いていた小袋に弦を入れる。
「そしてその盗賊に襲われる前に、イエラは俺たちの仲間の亡骸を見たんだそうだ。おそらくは未だに集落に帰ってこないムースさんの組だろうな」
そこまでビュートが言い切ると、弦を仕舞った他の人間たちがこちらに近づいてきた。
「よう、そろそろ行こうぜ」
などと快活な声を出したのはクロウだ。
ビュートはクロウに「わかった」と返事をする。
「では、日が完全に昇る前に亡骸を回収する。行くぞ」
ビュートはウィノラに「じゃあな」と無愛想に挨拶するや否や、他の四人の人間を引き連れて集落の入り口に向かい出す。
最初はウィノラもついていこうとしたが、ビュートは頑なにその申し出を拒んだ。
口では一族の人間ではないウィノラの手を煩わせることなどないと言っていたが、本当のところは亡骸の回収を女の手に任せるわけにはいかないというのが真意だろう。
五人の姿が戦闘訓練所から消えるなり、ウィノラは激しく地団駄を踏んだ。
ビュートはいつもそうだ。
常に自分を目の敵のように冷たくする。確かに自分はピピカ族ではないが、それでも集落に住んですでに十年以上の年月が流れている。
そろそろ自分も一族の一人として認めてくれてもいい頃合だろうに。
両拳を固く握り締めながら、ウィノラは神妙な面持ちで地面を見据えた。
戦闘訓練所に地面を擦るような足音が響いたのはその直後である。
「これは救世主殿。お早いお目覚めだな」
ウィノラが異様な足音が聞こえた方向に視線を向けると、そこには集落の人間とは違う異国の衣装に身を包んだ若侍がいた。
右手には金属と木材を組み合わせた鉄砲という凄まじい威力の武器を持ち、左肩周辺には全身から淡い光を放つアスラを連れている。
宗鉄とエリファスである。
「お、お早う……よ、よい朝だな」
快活に挨拶をしたウィノラとは違い、なぜか宗鉄の挨拶はぎこちなかった。
心なしか表情も固い。だがそれ以上に宗鉄の顔は誰が見ても一目瞭然なほど赤かったのである。
「どうしたのだ? 救世主殿。顔が真っ赤だぞ」
まさか慣れない土地のせいで体調を崩したのだろうか。
心配になったウィノラは宗鉄に近寄ると、至近距離から顔を覗き込んだ。
すると、見る見るうちに宗鉄の顔はより一層赤く染まっていく。
「いや、何でもない! 断じて何でもないぞ!」
間近から食い入るように顔を覗き込まれた宗鉄は、首を激しく横に振って後ずさる。
ウィノラは怪訝そうに首を捻った。
「そんなに顔を赤らめて何でもなくはないだろう。わたしも祈祷師ほど人体には詳しくないが、それでも簡単な処置くらいは心得ている。だからもっとよく見せてみよ」
そう言ったにもかかわらず、宗鉄は断固として首を横に振り続けた。
直後、空中を飛んでいたエリファスが口元を手で覆いながら苦笑する。
「うふふふふ、昨日の今日だもんね。初心者の坊やにはまだ刺激が強すぎるかな」
「や、やかましい! お前は口を開くごとにそれしか言えないのか!」
「だって仕方ないじゃない。ちょっと誘惑されただけで一晩中うなされる男の姿なんて最高の笑いの種なのよ。実際に昨日の夜はお腹がよじれるほど笑わせてもらったしね」
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連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
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