【完結】江戸で鉄砲小僧と呼ばれた若サムライの俺、さる事情で異世界転移して本物の銃使いになる

岡崎 剛柔

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最終話

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「俺自身も済まないとは思っている。だが、やはり十五年もこの集落の厄介になるわけにはいかない。それにもしかすると、外の世界には元の世界に帰れる何かしらの方法があるかもしれないからな。そうだろ? エリファス」

「まあね。確実に見つかるとは言い切れないけど」

 宗鉄の頭に降り立ったエリファスは、ウィノラを真似たかのように両腕を組みながら何度も頷く。

「と、言うわけだ。正直、俺も元の世界に帰れる方法が見つかるかは半信半疑だが、それでも少なからず楽しみを感じているのも事実。こちらの世界がどのような仕組みなのか見て回るのもまた一興だ」

 かかかと笑った宗鉄にすかさずエリファスが突っ込みを入れる。

「どちらかといえばそれが目的っぽく見えるんですけど?」

「うむ、否定はしない」

 即答した宗鉄は自身の鼻先を親指で軽く弾いた。

無意識のうちに肯定したことを示す宗鉄の癖である。

 ウィノラは大きくため息をついた。

「どちらにせよ黙って立ち去るのはいただけんぞ。せめてわたしには一言言ってからにして欲しかった」

 確かにウィノラの言うとおりであった。

世話になった人間に挨拶もなしに立ち去るなど礼儀に反する。

「それに対しては本当に済まなかった。こちらにも色々と事情があってな……」

 謝ったわりには言葉を濁した宗鉄を見て、ウィノラはもう一度大きくため息を漏らす。

「まあいい。結果的にはこうして最後に二人の顔が見れたのだからな」

 怒気を緩めたウィノラはふっと苦笑した。

「だが二人とも何かアテはあるのか? わたしも聞いただけだが外の世界はコンディグランドとは比較にならないほど広いし複雑らしいぞ」

「う~む……アテか」

 はっきり言ってアテなど微塵もなかった。

  当たり前である。滅多に江戸から出たことのなかった宗鉄が、異国同然の世界に強制的に連れてこられたのである。

知り合いなどのアテがあろうはずもなかった。

  宗鉄は顎を擦りながら困惑した唸り声を上げた。

つい先ほどもエリファスと話し合っていたが、こればかりは実際に見て回らなければ何とも言えない。

  そう思った直後である。

「ねえねえ、ソーテツ」

 エリファスが髪の毛を引っ張りながら声をかけてきた。

「だから髪を弄るのは止めろ。何か伝えたければきちんと言葉だけで伝えてくれ」

 頭部を独占していたエリファスにうんざりした口調で告げる宗鉄。それでもエリファスは宗鉄の髪を引っ張りながら言葉を紡ぐ。

「何かさっきから妙な視線を感じていたんだけど、ようやくその視線の正体が知れたわ」

 得意気にエリファスは遠くの大木に人差し指を突きつける。

「あの木の裏に誰かいる」

 宗鉄とウィノラはエリファスの指摘を受けて件の大木に意識を向けた。

そうしてしばらくすると、大木の裏からおそるおそる姿を現した人影があった。

 ピピカ族のように褐色の肌はしておらず、栗色の髪の毛を風に遊ばせながら上下一体型の不思議な衣服を着ていた十代前半と思われる少女。

 ピピカ族の集落に庇護を求めたイエラである。

 宗鉄とエリファスは知らなかったが、ウィノラはイエラのことを知っていた。

 姿を現したイエラはたどたどしい足取りでゆっくりと近づいてくると、宗鉄とウィノラの顔を交互に見ながら呟いた。

「あの……その小人さんと犬は本物ですか?」

 しばしの静寂がその場に流れる。

 やがて口を開いたのは、宗鉄でもなくウィノラでもないエリファスだった。

「小人と犬って……まさかこの娘もわたしの姿が見えるの!」

 イエラの眼前にまで飛んでいったエリファスに対して、イエラは畏怖と好奇が入り混じった瞳でエリファスを見つめる。

「ほ、本当に小人さんが喋ってる……ううん、もしかして妖精さん?」

 直後、妖精という言葉にエリファスと宗鉄が俄然食いついた。

特にエリファスの驚きようは目を見張るものがあった。

「何で? 何でわたしが妖精だってわかったの?」

 それは宗鉄も気になった。

エリファスがアルファルという妖精だということは元の世界の事実であり、こちらでは妖精ではなく精霊に分類されていると思ったからだ。

「だってわたしの先生があなたのような小人さんのことを妖精って呼んでいたもん。わたしも本物は見たことはなかったけど本当にいるんだね」

 太陽のような明るい笑顔を見せたイエラはエリファスに夢中になっていた。

そしてそんなイエラのことをウィノラはさりげなく宗鉄に耳打ちした。

 イエラはピピカ族と長年商売を行っていた行商人の娘であり、その行商人は盗賊団に襲われて彼女だけが命からがら現場から逃げ出せたことを。

「そんなことがあったのか」

 ウィノラにイエラの事情を打ち明けられた宗鉄は、エリファスと会話をしているイエラの横顔をそっと見つめた。

 どことなくエリファスと顔立ちが似ている。

髪の毛の色や着ている衣服は違ったが、自分やウィノラと比べると顎の細さや目眉の形が非情に酷似していた。

 それはエリファスも感じたようだ。

 エリファスはイエラの顔をじっと観察すると、突如として顔を宗鉄に向けて突拍子もない言葉を吐いた。

「ソーテツ! 行き先が決まったよ!」とである。

「は? 突然、何を言い出すんだ?」

 首を傾げたままの宗鉄にエリファスは語気を荒げながら言葉を紡いでいく。

「だって妖精のことを知っている人がいたんだよ。きっと普通の人間じゃない。もしかすると魔術師なのかも」

「つまり、エリファスはその人間に会いに行きたいと?」

「会う価値は十分にあると思う。どうせ目的地が決まっていないなら、怪しい場所や人には積極的に会いに行ったほうがいいよ」

「そうなのか?」

 宗鉄は隣にいたウィノラに話を振る。

「わたしに決めさせるな。救世主殿が好きなように決めればいい。この集落で十五年の月日を待つか、イエラの先生とやらに会いに行くかをな」

 そう言われると悩む必要がなくなってしまう。

 宗鉄は一拍の間を置いた後、こくりと頷いてからエリファスに言った。

「そうだな。その人物に会ってみるか」

「そうこなくっちゃ。じゃあ、街までの案内はイエラに頼もうよ。どっちにしろイエラの案内と紹介がないと会えないしね」

 何と交渉を行うのが素早い奴だ。

宗鉄は改めてエリファスを頼もしく思った。

あんな短時間ですでにイエラの先生とやらに会う段取りを取りつけたとは。

 それでも目的地が決まったのなら文句はない。名残惜しいがこの集落ともおさらばだ。

「では、善は急げと言うし早く行くとするか。もしも元の世界に戻れる手段が見つからなかった場合、十五年後にまた会おう」

 宗鉄は照れ臭そうにウィノラに手を差し伸べる。

すると、ウィノラは怪訝そうに差し伸べられた宗鉄の手を見た。

「何だこの手は?」

「いいから俺の手を握れ」

 宗鉄はウィノラの手を取ると、強引に自分の手を握らせた。

「これはシェイクハンドと言って異国では挨拶のときに行う友好の儀式らしい。以前、俺の師である源内先生から教わったことだ」

 シェイクハンドを行いながら宗鉄は満面の笑みを浮かべた。

「達者で暮らせよ。そして出来れば長生きしてくれ。十五年後に訪れたときにすでに死んでいたでは大いに困る」

 ウィノラは口の端を吊り上げながら力強く手を握り返してきた。

「それはこちらの台詞だ。お前たちも無茶をして途中で野たれ死ぬなよ」

「うむ、それはあるかもな」

 直後、宗鉄とウィノラは互いに腹の底から快活に笑った。

そんな二人を眺めていたエリファスは「やれやれ」と言った表情で肩を竦めている。

 それから四半刻(約三十分)も経たずに宗鉄たちはピピカ族の集落を後にした。

 この後、宗鉄たちが自分たちの世界に戻れたかは誰にもわからない。

 ただピピカ族の集落には何十年にも渡って平穏が訪れ、その中でウィノラは若頭のビュートと結婚。多くの子供たちに恵まれて幸せに暮らしたという。

 そうして月日が流れ、いつの間にかピピカ族には英雄と同義語のある名前が戦士に与えられることになる。

 その名はホウジュツシ。

  かつて集落の危機を数度に渡って救ってくれた救世主の名前だが、その名前の本当の意味が語り継がれることは決してない。

 すべてはコンディグランドに吹き荒ぶ穏やかな風だけが知っている。

 かつて異世界からやって来た、銃使いの若サムライと小さな妖精の存在があったことを――。


〈了〉
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