BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

11.格納庫

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 ◇

 切り立った崖の側面にぽっかりと大きな空洞が作られていた。
 採掘用の作業機械が岩盤を削り、出来た空洞に簡易的な格納庫を建設中だったからだ。
 なんせウーラアテネは全長822メートル、全幅217メート、全高133メートルという巨体。
 宇宙船の中ではこれでも小型の部類に入るのだが、この惑星にある程度の文明を築ける知能を持った生命体が存在するとわかった今、崖の上に停泊中のウーラアテネをいつまでもそのままにしておくわけにもいかず、どこか隠せる場所はないかという話になったわけだ。
 といっても、今やたらと動かすのも軽率な気がするし、このデカ物を隠せるスペースなんてそうそう見付かりっこない。
 結局のところ、ひとまずは現在地である崖の下の岩盤を削り、そこを仮設の格納庫兼整備ドックに改造するって案に落ち着いた。
 むろん他に適切な場所が見つかれば、そちらに拠点を移すことだって考えていないわけではない。どちらかといえば一時しのぎという意味合いが強いだろう。 
 まあ、採掘作業はお手の物。元々それが仕事だったこともあり、レッドになったあとも稼ぎの一部を資源採掘で賄っていたくらいだ。
 当然ながら作業機械も宇宙船内に眠っていたので、今回はそれを活用したってことになる。
 そのほかに小型の貨物輸送機なども所有しており、この未知の地にひとり降り立ったあとも採掘作業をするための機材には事欠かなかった。

「ウーラ、例の問題はどうなった?」
『岩盤部分に埋め込む補強用ロックボルトに関しては、強度に問題がなさそうです。残りの問題は格納庫出入口となる可動式巨大扉をどうするかになります』
「みょ?」
「出入口に防護シールドだけ張って、見た目はダミー映像で誤魔化すしかないんじゃないか?」
『当面はそのようにするしかないかと。早急に潤沢な金属鉱床が発見できるとよいのですが』

 格納庫となる空洞は半径150メートルにも及ぶ半円形のトンネル構造。それに見合う巨大扉の製作となると、手持ちの資材だけでは圧倒的に不足していた。
 格納庫内の壁に関しては硬質化コンクリートを用いることで事なきを得たのだが、巨大扉はオーバーヘッドドア式にするため、比重の軽い合金を使用するしかないとの話。その合金の材料となる複数の金属が足りていないのが、現時点での問題点だった。
 内部の壁面を硬質化コンクリート仕様にしたのは、主な原材料である石灰石がこの惑星にも存在し、比較的入手が簡単だったってのが一番の要因だ。
 ただし、硬質化コンクリートだけでは内部壁にかかる荷重に耐え切れないので、補強用のロックボルトを内側から何本も埋め込んでいる最中というわけだ。
 
 一応、ウーラアテネを不可視化させる手法も考えなくはなかった。
 ただ、光を迂回させることで視覚的に見えなくすることはできても、それにはウーラアテネ全体を覆い隠せるだけの資材が必要になってくる。
 それより問題なのが、この世界の住人が地球人と同じようにほぼ視覚だけで物体の存在を知覚しているかどうかわからなかった点だ。
 人間は9割以上を視覚に頼っていると言われているが、野生動物はそうじゃない。
 5感のうちさまざまなを感覚機能を用い、仲間や獲物の位置を知覚したりする。
 ピットのように小さな物体なら直接視認しないかぎり問題なさそうだが、ウーラアテネのような宇宙船サイズともなると、果たしてどうなることか。見た目が地球人そっくりだからといって、この世界の住人も視覚だけに頼っていると決めつけることはできなかった。

「万が一この隠れ家が露見したところで、あの村の文明レベルのやつらがどうこうできるとも思えんがな。それよりもドール及び自動機械オートマタの容姿変更は済んだか?」
『そちらについては万事滞りなく進んでおります。艦長のご指示どおり、こちらの世界の住人の姿形に合わせ、外見を偽装致しました。それに伴い肉体の一部を人工筋肉及び人工皮膚へと変更。疑似的な飲食や呼吸、出血なども可能になるよう改造済みです』
「みょみょおお」
「性格もか?」
『はい。バルムンドのほうは温厚、堅実、外交的、用心深さ、噂好き、従順。エルパドールのほうはお調子者、いい加減、自信家、無知、粗野、饒舌といった性格をそれぞれ際立たせております』

 今回、優先的に容姿変更を行ったのは、ドールではバルムンドとエルパドールの2体。残りは自動機械を人間に見せかけて誤魔化すつもりだ。
 自動機械オートマタというのは、人間の代わりに作業するロボットの総称だ。
 言ってみればドールも自動機械の一種ではあるのだが、ここで言う自動機械とは単純作業用ロボットのこと。
 これらの自動機械も一応外見は人型をしているものが多いが、ドールと違って金属製の外骨格を有しているだけで、人間とは似ても似つかない。
 そして一番の違いは、こちらの命令をくみ取り、その目的に応じて自ら判断するような高度なAIが組み込まれていないことだろう。
 早い話、作業させるためにはあらかじめ作業手順をインストールしておくか、こちらから逐一指示を出す必要があった。

 なぜそんな自動機械にまで容姿変更を施しているのに、2体以外のドールを後回しにしたかといえば、既存の戦闘能力をなるべく落としたくなかったからだ。
 人間に見せかけるために人工皮膚や人工筋肉に変えれば、どうしてもその分の強度や敏捷性などに問題が出てくる。そのためひとまずバルムンドとエルパドールの2体のみに限定したというわけだ。
 むろん、変更後の戦闘能力も生身の人間とは比ぶべくもないだろうが。
 まあ、単純作業用の自動機械といえど、今回はウーラが直接動きをコントロールすることになるので、そう簡単にはバレないはず。それに自動機械のほうは頭数合わせとして必要だっただけであり、こちらはそこまで心配していない。

 ウーラから説明を受けている最中、マルチプルデバイスに通信が入り変身後の映像が送られてきた。
 その映像を見るかぎりでは、バッファローの頭部だったバルムンドと、鹿の角を生やしていたエルパドールの顔がすっかりこちらの世界の人間のものへと様変わりしている。
 まあこちらの世界の人間といっても、地球人とまるで変わらないのだが。この頭部の変更も含め、これらすべてが再生医療や美容医療と呼ばれる医療技術を用いた結果だった。
 その改造に伴い、人間っぽく見せかけるために性格設定を変更。
 今までのように従順なだけのドールでは、この先対人関係において不信感を抱かれる恐れがあったからだ。
 
「了解。あとは言語の習得と船か」
「みょ?」
『言語のほうはあと1週間もあれば日常会話レベルは話せるようになります。こちらでも逐一脳波の状態を調べておりますが、少しでも異常を感じた場合は遠慮なくおっしゃって下さい。船舶建造のほうは、ほぼ最終段階に入っております』
「意外と早かったな。早い段階で港町ポートラルゴが見つかり、情報量が増えたおかげだろうが」

 俺はすでに脳内にチップを埋め込んでおり、一週間ほど記憶強制送信ダウンロードを実行済み。
 長時間、記憶強制送信ダウンロードを行うと脳にダメージが残る危険性があるため、脳の状態を見ながら休み休み実行しているところだ。それでも実行後は30分ほどひどい頭痛に悩まされることになるが。
 その痛みを投薬などで消してしまうのは逆に危険だという話なので、頭痛に関しては甘んじて受け入れるほかなかった。
 だが、そのおかげもあり、通信で入ってくるこちらの世界の会話の内容が、俺にも何となく理解できるようになっていた。
 ただし、言語の解析についてすぐには完璧な結果を残せないという話で、ある程度予測に頼ったファジーな翻訳結果になるということだったが。

 そこからわかった情報では、ここはエルセリア王国という国らしい。
 そして、あの集落の名前はリアード村だという話だ。それに王都エルシアードと港町ポートラルゴという地名も住人たちの会話の端々に幾度となく出てきた。
 ウーラにも確認したが、おそらくこれらはエルセリア王国内の地名で間違いないだろう。
 通信衛星から見た映像により、この惑星のおおまかな地形は把握済みだ。ただ、そこまで精度が高いわけでもなく、大気圏外を周回している衛星からでは目印になるような光源も確認できなかった。

 現在地はこの惑星に存在する3大陸の中で、一番大きな大陸の東海岸沿いにあたる。
 港町ポートラルゴは東南東の方角、およそ180キロメートル。
 リアード村にしてもそれなりに距離があったが、村同士が離れているというわけではなく、ウーラアテネが出現した地点がたまたま辺境だったようだ。
 その証拠にリアード村の南側では20キロメートル、離れていても50キロメートル程度で小規模ながらも別の村落が見つかっている。
 ただ、今のところ王都エルシアードは南西の方角にあるらしいという情報だけ。
 そこまで交通網が発達していないらしく、村から少し離れるとあっさりと街道が途切れており、調査に手間取っているせいだ。
 それと、現在ピットによる周辺域の調査を一時的に中断させているということも関係してくる。
 ピットA、Bをそれぞれリアード村と港町ポートラルゴに駐在させ、ピットCは拠点付近の警戒、ピットDを東海岸を飛び越えて別大陸やそこまでの海洋に存在する島々の様子を確認させるために向かわせているせいだ。
 まあ、今のところどうしても王都エルシアードに向かわなければならない理由もない。まずはこの世界の住人がどのようなものか確かめてみるのが先だろう。

「みょ? みょ?」
「ふう……リリアーテ、孫六が邪魔だ。散歩にでも連れていってくれ」
「了解しました。ほら、おいで孫六」

 途中から孫六の声が交ざっていることには気付いていた。
 といっても、俺がここまで連れてきたわけではない。建設中である格納庫予定地の視察をしていたら、孫六がいつの間にか勝手に合流していただけ。
 おそらくどこかで俺の姿を見かけて付いてきたのだろう。
 リリアーテの話では、日中は木の実を探したりしているらしく、今のところ仲間と合流するような素振りは見せていないとのこと。
 そのことから考えると、仲間とはだいぶ前にはぐれてしまったのかも知れない。
 夕方頃になるとしっかり崖下まで戻ってくるので、今ではもうウーラアテネを自分の棲み処だとでも勘違いしている模様。そればかりではなく、俺たちのことを仲間だと認識しているようなフシすら見受けられる。
 まあ、そこまで問題行動を起こすこともないので、孫六ひとりぐらい居着いてもらっても構わないのだが。

 とはいえ、今ここで孫六の遊び相手もしていられない。
 そうこうしているうちに世話役のリリアーテがどこからともなく現れ、孫六を抱きかかえ、連れ去って行く。
 身体の自由を奪われた孫六は懸命に手足をバタつかせ抵抗していた。
 まあ、ジタバタと暴れたところでリリアーテの力には逆らえず、最終的には連れていかれるはめになるだけだが。
 俺はそんなふたりの後ろ姿を見送ったあと、ウーラとの会話を再開させることにした。
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