BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

80.モーライズ村の少女

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 瓦礫の陰にうつ伏せの状態で倒れていた少女。
 その少女はピクリとも動いておらず、俺の目にはすでに死んでいるように映っていた。
 が、どうやらまだ息があるらしい。
 そんな少女をラウフローラはそっと抱き起こすと、すぐに詳しい容態を調べ始めていた。

「アケイオス。ほかに生存者が居ないか、念のためにもう一度だけ調べてくれ」
「了解しました」

 俺の命令を受け、アケイオスがその場から離れていく。
 俺はラウフローラの元に残り、少女の診断結果が出るのをしばらく待っていた。

 おそらく反乱軍の兵士にでも襲われたのだろう。少女は身体に何も身に着けていない状態。
 顔にも血の跡がべったりと残っており、はっきりと顔が見てとれたわけではなかったが、見たところ十代中盤ぐらいの年齢に見える。
 アバラの浮かんだ、やせっぽちの身体付きから貧しい暮らしぶりが伝わってくるので、見た目どおりの年齢かは不明だったが。
 ともあれ、この村で襲われたということはモーライズ村に住んでいた村娘ということなんだろう。
 俺からすれば襲いかかりたくなるほどの魅力を感じる年齢ではなかったが、戦場で気持ちが高ぶった兵士たちにとっては恰好の標的だったのかも知れない。
 そもそもこの少女だけでなく、この村に住んでいた何人もの女性が似たような目に合ったことも考えられる。ほかに全裸の女性が居なくても、兵士たちに連れ去られている可能性だってあるのだから。

「生命反応がすごく弱いわ。奇跡的にかろうじて生き延びているって感じね。頭部の損傷具合から判断すれば、このままでは衰弱していく一方だと思うけれど。それ以外には外傷がなさそうなので、どうやら強姦のような真似まではされなかったみたい」
「そうか。運が良かったのか、悪かったのか……」
「どうかしらね? こうしてひとりだけ生き残ったことが幸せだとも思えないけれど」
「村人全員を皆殺しか……。何か特別な理由でもあるのかも知れないが、自国民に対してこれほど酷い真似をするとはな」
「どうする、兄さん? 確実に助けられるとまでは言えないけれど、今ならまだ間に合う可能性が残されているわよ。ウーラアテネ内にある医療ポッドを使わなければ無理でしょうけどね」

 ラウフローラのそんな言葉に、俺は考え込んでしまう。
 これから向かうのは戦地。
 こんな場面にはこの先いくらでも出くわすはずだ。そのたびにいちいち俺たちが負傷者を助け回っているわけにはいかない。
 それにウーラアテネ内に運ぶとなれば、助けた少女から俺たちの秘密が漏洩してしまう危険性だって出てくる。
 むろん完全に治療が終わるまで麻酔等で眠らせたままの状態にしておけば、そっちの問題はクリアできると思うが、果たして見ず知らずの少女のためにそこまでする必要があるかどうか。

「これほどの出血量だ。ウーラアテネまで持ちこたえられるかどうかも怪しそうだが……」
「いいえ。出血量自体はたいしたことがないの。頭部からの出血は確かに見られるけれど、どこかでほかの人物の血を浴びたっぽいのよね。簡易的なDNA鑑定の結果にはなるけど、どうやら血縁関係がある相手の血液みたいね」
「なるほど。両親のどちらかが自分を犠牲にして娘のことをかばったのかも知れないな。そのときに大量の血を浴びたと。だが、この場から動かしても平気なのか?」
「あまり良くないわ。でも、このままにしておいてもどのみち危険な状態であることに変わりないから。おそらく剣の柄か棍棒のようなもので殴られたのだと思うわ。皮下組織だけでなく、脳内部にもダメージを負っていそうな感じね」

 詳しい容態は実際にウーラアテネまで運んで調べてみなければわからない。
 それに脳にまでダメージがあるとすれば、現代の医療技術を以ってしても完治させるのはなかなか難しい状況だろう。
 そんなわけでウーラアテネまで運んだとしても完全に治療できるという保障はどこにもなく、俺がどうしようかと悩んでいるうちに、アケイオスが戻ってくる姿が俺の視界の端に映っていた。

「若様。ひと通り調べてきましたが、やはり生存者はこの少女1名だけかと。それとラウフローラが採取した血液のDNA情報と一致する、この少女の両親らしき遺体も発見しました。ただ損傷が激しい状態で、遺体の一部を魔物か野生動物辺りに食べられている様子でした。魔物などが腐臭に釣られてやってきたのなら、まだこの付近に潜んでいるかも知れません」
「魔物が遺体を荒らすのはしょうがない。追い払ってもしばらくすればまたやってくるだけだ。この村の人間には悪いが、遺体のほうは放っておくしかないんでな」
「兄さん、あまり時間をかけないほうがいいわ。見捨てるという選択ならそれでも構わないけど」
「アケイオス。今からこの少女をエアバイクでウーラアテネに運んで帰ってくるまでにかかる時間は?」
「エアバイクを使えば、往復でも半日程度で済むかと」
「そうか……。ならばアケイオスはこの少女を運び、一旦ウーラアテネへ戻ってくれ。俺たちはこのあと徒歩で反乱軍の後を追いかけるので、途中で合流するという形を取る」
「はっ。承知致しました」

 たとえルメロに協力することになったとしても、俺とラウフローラのふたりだけで充分に対処が可能だ。
 万が一のための保険としてアケイオスも一緒に連れてきてはいるが、出来得るかぎりはアケイオスの姿を衆目の元にさらすつもりがない。
 仮に手段を選ばないのであれば、現代兵器を使用するだけで俺ひとりでも反乱軍を壊滅状態に追い込むことが可能だろう。

 この世界の武器では防御シールドをまともに貫けないはず。
 懸念事項だった魔法についても、白鷺騎士団所属の魔法使いであるザッカートが放った魔法や、ジェネットの町で大型の魔物に対して用いられた魔法を見るかぎり、そこまで問題はないという判断を下している。

 といっても、この俺がマガルムークという国の趨勢すうせいを決してしまっても良いのかという迷いは多少あった。
 むろんマガルムークをセレネ公国にとって有益な国にすることのほうが重要で、そのためにも俺が介入すべきだという気持ちも少なからず持っていたが。
 が、マクシミリアン公爵とシアード王子のどちらを選んだほうがよいのかがこれまでは問題だった。
 ただし、今回のこともあって俺は心情的にルメロに協力しようという気持ちに傾いている。
 ルメロに味方しておいたほうがのちのち得られるものが多そうだと踏んだこともあるが、自国民を虐殺するようなマクシミリアン侯爵より、シアード王子に任せたほうがマシだろう。
 
 ともあれ、このあとは一時的に徒歩移動になってしまうが、半日遅れでアケイオスが合流するのならば、それほど予定を変更せずに済むはずだ。
 どうせ両軍が接敵するのは2,3日後になりそうな感じ。そんなに焦らずともそれまでには十分に追いつくことができる計算だった。

 アケイオスがエアバイクから緊急医療キットを取り出し、少女に対して応急処置を施す。
 脳組織に重大な損傷でもあれば、今アケイオスが施している応急処置にどれほどの効果があるのか疑問だったが、何もしないよりはマシだろう。

 いずれにせよ自分でも甘い判断だということはわかっている。
 そもそも助けられるかどうかも怪しい状態だったし、たとえこの少女が助かったとしても新たな厄介ごとを抱えるだけの話。
 孫六のときのように、まだこの世界について何もわからない状況だというならまだしも、今はそうしなければならない必要性もあまり感じていない。
 それでも、すぐ眼の前に見える今にも死にかけそうな命を見捨てるという選択肢を、このときの俺は選ぶことができなかった。

 ◆

「何か問題でもございましたか?」

 ルメロに対して護衛のカイルが心配そうにそう問いかける。
 ルメロたちがロッキングチェアの町に到着したのは今朝方のこと。
 そして到着して早々シアード王子からの呼び出しを受けたルメロが、ついさきほど仏頂面を浮かべながら帰ってきたからだ。

「いや。散々嫌味を言われただけさ。到着するのが遅いってね」
「左様でございましたか」
「まったく兄上にも困ったものだよ。ウルシュナ平原、ガルバイン砦と惨敗を喫するまでは一度も出兵要請を寄越さなかったくせにさ」
「これまではシアード殿下のみのお力で、この内乱にケリをつける気でいたのでしょうね」
「で、旗色が悪くなった途端にこれかい?」
「それだけ焦っておられるのかと。マクシミリアン侯爵相手にこうも手酷くやられてしまったとあっては、シアード殿下の王位継承にも異を唱える人物が出始めますので」
「ああ、さっそくだけどそれらしき接触があったよ。たしかドウェイン男爵とミラー男爵だったかな。まあ、ふたりとも軽く挨拶をしてきた程度で、はっきりとどうこう言ってきたわけじゃないんだけどね」
「味方に引き込むおつもりですか?」

 妾腹という立場のせいで、これまで宮中で軽視されていたルメロからすれば、挨拶程度のことでも、そこに何らかの意図を感じずにはいられない。
 数少ない王族の生き残りとなり、ルメロの継承順位が一気に上がったこともある。
 これまでのように安閑として権力とは無関係の立場であるかのように振る舞える状況でないことはルメロ自身がよくわかっていた。

「うーん、どうだろう。ふたりとも僕の星詠みのギフトでは詠めない相手だったからなあ」
「そうですか……」
「現在ギフトに引っかかっている相手だと、王佐の星の持ち主で属性が太陽であるディクソン伯爵辺りをこちら側に引き込めれば、役に立ってくれそうな感じなんだけどね」
「彼の御仁は以前から第2王子シアード派の人間ですし、生粋の硬骨漢だと噂されているほどです。一度こうと決めたことはそう簡単に心変わりしないように思われますが」
「そこなんだよね。いくら僕との相性が良いとはいっても、個人の性格や他の人間との繋がりだって関係してくるからね。おそらく最終的には兄上と敵対することになるはずだ。ほかの貴族を引き込むとしても、細心の注意を払わなければならないだろうね」

 前王ガルミオス王の存命中は、第1王子であるグレコイシスと第2王子シアードが跡継ぎとしては有力で、貴族連中もグレイコシス派とシアード派がほぼ二分している状況だった。
 多少第3王子デズモンドのことを推す声もあったのだが、その勢力は微々たるもの。言ってみればアンドリュース伯爵を後ろ盾に付けたルメロとそれほど変わらない程度の弱小勢力でしかなかった。
 そして現在、マクシミリアン侯爵に味方した貴族以外の何人かがシアード派に鞍替えしており、残りはまだ態度を決めかねているような状況。

 ルメロとてそんな状況を今すぐひっくり返せるとは思っていない。
 現在の状況で自分に接触してくる人間を安易に信用するのは危険で、下手をすればシアード王子の息のかかった人物だったということだって有り得る。
 いまだ雌伏の時であり、現時点で玉座を狙っても成功する可能性は極めて低い。
 そのため、今回の内乱においては手柄を立てることだけを優先し、ひとまずは宮中での自分の立場を確立することが先決だとルメロとしては考えていた。

「となると、当初の予定どおり此度の戦で活躍して、宮中での発言力を高めるしかありませんな」
「そうだね。というか、有り難いことに左翼方面の指揮を任されたんだよね。もちろんシアード派の人間が作戦参謀として付いてくるみたいだけど」
「左翼ですか? 戦場になりそうなフランテール湖畔の地形を見るかぎり、左翼方面のほうが激戦になりそうな感じが致しますが」
「兄上の想定以上に僕が兵を引き連れてきたせいかも知れないね」
「それはいったいどういうわけで? シアード殿下からすればルメロ様にはあまり手柄を立ててほしくないのでは?」
「さすがにそこまで狭量だとは思いたくないね。そもそもここで負けたら兄上だって後がないんだ。弟が手柄を立てることを妬んで、正規軍を不利にするような真似まではしないはずさ。ただし、左翼方面は多少捨て駒にすることも考えて、兵を割り振った可能性ならありそうだけど」
「なるほど。のちのちのことを考えて、ルメロ様直属の兵を少しでも減らしておくというのは充分に有り得る話ですな」
「うん。退路がほぼ北方向に限られている分、左翼方面は被害が大きくなりそうだという予測があってこその指示だと僕は思うね」
「すぐその旨をしたためた書状をサイード導師宛に送ります」
「それと、こちらの合図があり次第、フランテール湖の南にあるディムウッドの森方面へ反乱軍を誘導していただきたいと、ついでに書き記しておいてくれ。たしかあの辺りは冬場になるともやが立ち昇り、かなり視界が悪くなるはずだろ?」
「ええ、そうだったはずです。フランテール湖畔へはルメロ様とご一緒に幾度となく出掛けましたので記憶にあります」
「それじゃあ、まるでこの僕に放浪癖があるみたいじゃないか。カイルだってよく知っているだろ。母様が好きだったサーランの花がよく咲いているので、フランテール湖畔へは年に1回ほど花を摘みに行っただけだってことを」
「いえ。これもすべてアイラ様のお導きかと思い、多少胸が熱くなっただけで。それでご出陣はいつ頃に?」
「今すぐにさ。慌ただしい話だけど、先遣隊はもうとっくに出発しているらしいからね」
「わかりました。ただちに我が軍の兵たちにも身支度を整えさせます」

 そう言ってカイルが急ぎその場から駆け去っていく。
 その姿を見送っていたルメロの顔には、肉親への嫌悪感にも似た、何とも複雑そうな感情が再び表へと現れていた。
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