小さな命たち

JEDI_tkms1984

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4 子どもたち

4-1

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戸塚大虎はよい子だった。
腕白で勉強よりも動き回ることのほうが好きな少年だったが、手が付けられないということはない。
大人の言うことはきちんと聞けるし、無暗に反発したりもしない。
かといって従順かといえばそうではなく、彼なりの倫理観や価値観に照らして、それが間違っているときには、たとえ教師が相手であろうと食ってかかる胆力もある。
その芯の強さに可愛げがないと敬遠する大人もいるが、ほとんどは今時にしては珍しいしっかりした子、と好意的に捉えている。
今年、小学6年生になったことで少しは落ち着きも出てきたが、勉強が苦手なのは相変わらずで、はたして中学でやっていけるのかと両親は不安でしかたがなかった。
そんな親心も知らず、彼は授業が終わるなりランドセルを肩に担いで学校を飛び出した
数名の友だちを率いているのは、彼が呼びかけたからではない。
このくらいの年齢だと勉強ができるよりも、スポーツマンタイプのほうがクラスの人気を集めやすい。
活発な性格がそうさせるのか、彼の周りには自然と同級生が寄ってくる。
この日も仲良しの一井、船根を伴って公園に直行する。
遊びに行くなら一度帰宅してからにしなさい、と母は口を酸っぱくして注意しているが、時間がもったいないと無視していた。
「今日、何する?」
まるで取り巻きのように大虎といつも一緒に遊んでいる一井は、決まってこう声をかける。
誰が言いだしたワケでもないのに、気付けば大虎がリーダー格になっていた。
本人にそのつもりはないのだが、彼は教師たちからも信用されていて、しかも年齢のわりには体格がいい。
男子のヒエラルキーはおおよそ喧嘩の強さ――この場合は殴り合い――が全てを決する。
武術でもやっているかのような彼の背格好だと、何もしなくても男子界の上位に食い込めるのだ。
つまり一井はお伺いを立てたよう「何する、つってもさ、そんなにやることねえじゃん」
答えたのは大虎ではなく船根だった。
こちらも大虎とは付き合いの長い友だちである。
「鬼ごっことか?」
「んなことやる年かよ」
一井の提案を船根が鼻で笑った。
公園には他にも低学年の子が何人かいて、それぞれに遊具を使っている。
他にもベンチを占領して向かい合って座り、携帯ゲームで遊んでいた子たちもいた。
「そうだなあ」
大虎は腕組みした。
ここは十数人が遊ぶには狭い。
走り回るにしても他の子とぶつからないように気を遣っていると、かえってストレスが溜まる。
「ん……?」
何をしようかと見渡していた大虎の目に、花壇の近くをうろうろしている老人が映った。
汚れた作業着に火バサミを持ち、時おり草むらを覗き込んだりしている。
「おい、あれ、やろうぜ」
大虎が老人に向けてあごをしゃくったので、
「マジかよ?」
一井はあからさまに嫌そうな顔をした。
「他にやることもないし、別にいいだろ。今日は人も多いし、ちょうどいい」
大虎はやおら立ち上がり、真っ直ぐに老人に向かって歩き出した。
草むらに顔を近づけている老人は、背後にまったく注意を払わない。なものだが、そこに打算はない。
「おじさん」
声をかけられ、彼は何事かと振り返る。
「ゴミ拾いしてんでしょ? 俺も手伝いますよ」
老人は目を瞬かせた。
「なんだって? きみがかい?」
「うん。たまには、と思って」
大虎は照れくさそうに笑った。
「いったいどうしたんだ? 札付きの悪ガキだったのに」
この老人――津田勘吉は大虎をよく知っている。
数年前から善意で公園の掃除をしていた彼は一度、大虎を叱りつけたことがある。
原因は彼が野球をしていたからで、捕り損ねたボールが民家の窓を割ってしまった。
大虎は潔く謝りに行き、住人も子どものしたことだからと大目に見たが、居合わせた津田は住人に代わって彼を叱責した。
元々、この公園はボール遊びが禁止されており、看板にもその旨の注意書きがあったが、大虎はそれを無視して連日野球に明け暮れていたのだ。
そのことがあってから大虎はルールを守るようになったが、津田にとってはその出来事の印象が大きく、いまだに彼を悪ガキと思っている。
「これでも反省してるんですよ。あの時、キャッチミスさえしなかったら、あの窓も割れずに済んだのにな、って」
「割らなかったら今でもやってただろう?」
皮肉を込めて津田が言った。
彼はどうもこの少年が好きになれなかった。
やんちゃと言えば聞こえはいいが、実際には決まり事を守れない悪童である。
しかもたった一度、注意しただけで途端におとなしくなるのも、それはそれで不気味だった。
大人の前では優等生だが、本心はどうか分からない。
こういう子はいつか必ず、何かやる。
津田はそう思っているから、大虎への警戒心が解けないでいた。
「ほんとに反省してますって。だから手伝わせてください」
大虎は津田の腰のあたりに束ねてあったゴミ袋を抜き取った。
「あ、おい、勝手に……」
ついでに軍手も借りた大虎は、ガムの包み紙やら空き缶やらを拾っては、ゴミ袋に詰めていった。
「お前だけいいカッコすんなよな」
船根が嫌がる一井を引っ張ってきた。
「なんだ、揃いも揃って。新しい遊びか?」
津田は身構えた。
「いや、戸塚が点数稼ぎしてるから。人手は多い方がいいっしょ?」
「む…………」
この船根という少年も、一時期は大虎に負けない腕白小僧だった。
2人のあまりの変わりように、ゴミ拾いを嫌がっている一井のほうがよほど自然体に見えた。
(まあ、いいか。これだけ人の目があるなら悪事も働けまい)
彼らの妙な熱意に押され、津田は渋々ながら掃除道具を分けた。
「足らずはあっちの倉庫に入ってるから、自由に取っていい。でも箒や塵取りなんかはちゃんと返すんだぞ」
「はあい」
大虎が素直に返事をしたので、津田はまた不安になった。







そう広くない公園を4人が手分けしたおかげで、掃除は30分もかからなかった。
「こんなもんかな」
船根が得意げに言う。
落ち葉なども拾い集めたので、用意したゴミ袋はいっぱいになっていた。
(驚いたな……)
津田はあやうく声に出しそうになった。
応援の手は小学生だけあって、作業効率は段違いだった。
津田が見落としそうなゴミも彼らは目ざとく見つけ、素早く回収していく。
まだ疑いをかけていた彼はしばしば大虎たちを観察していたが、特に悪だくみを練っている様子はなかった。
いわゆるボランティア活動を進んでやるなんて、きっと何か裏があるに違いないと思い込んでいた津田は、少し恥ずかしさを覚えた。
が、年齢も60を過ぎてくると、そう簡単に考えは改められない。
(今日はたまたま人の目があったからだ。こいつらは油断できたもんじゃない)
とはいえ、それを露骨に出すわけにもいかず、
「助かったよ。おかげで綺麗になった」
言葉だけは感謝を伝えておく。
「でもさ、これ……明日になったらまた汚れてるんでしょ?」
大虎が拗ねるような口調で訊いた。
「まあな。それは仕方がないことだ」
この近くに駄菓子屋があり、公園に遊びに来る子はたいてい、そこでいくつか買ってくる。
遊びながらそれを食べ、そのゴミは……という具合である。
「そういやここ、ゴミ箱がないですね。置かないんですか?」
「あれ、ちょっと前まで置いてなかったっけ」
一井の言葉に、船根が記憶をたどった。
大虎にしても船根にしても、ここに来るときには菓子の類を持ち込んだことがなかった。
そのため、ゴミ箱があったとして目には留まらなかった。
「あれはな、撤去したよ。ちょっと問題があってな」
津田が憎々しげに言った。
「きみらに言ってもしょうがないが、家のゴミを捨てに来る不届き者が後を絶たなかったんだよ」
大虎は少し考えてから、
「それ、悪いのは大人じゃないですか」
挑みかかるような調子で言った。
「なに……?」
津田は一瞬、自分のことを言われたような気がしてムッとした。
「とにかく、そういうことが続いたから撤去したんだ」
「ふうん……」
大虎は釈然としない様子で辺りを見回した。
残念なことに先ほど掃除を済ませたばかりだというのに、目につかない程度のゴミがもう落ちていた。
その時、茂みの間を横ぎる影があった。
それを視野で捉えていた大虎が音を立てないように近づく。
「クロ」
と彼が声をかけると、草を揺らしながら黒猫がひょっこり顔を出した。
正面から見るとなかなか凛々しい顔立ちだ。
黒猫は甘えたような長い声でひと鳴きすると、のそのそと這い出てきた。
「ほら、こっち来い」
大虎が手を出すと、黒猫が頭突きするように何度も頬をこすりつけた。
「この猫、お前に懐いてんな」
船根が少し羨ましそうに言った。
「ときどき見かけるんだ。いつもはもっと遅い時間だけどな」
言いながらやや乱暴に頭を撫でてやる。
黒猫は特に嫌がる様子もなく、大虎の手を遊び道具にしていた。
「な、かわいいだろ? なんつーか、いじめたくなるんだよなあ」
大虎は今度は喉のあたりを指先でさすった。
黒猫はせがむように首を反らせて、また甘ったるい声で鳴いた。
集めたゴミをまとめながら、津田は横目にその様子を見ていた。
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