小さな命たち

JEDI_tkms1984

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7 迷走

7-1

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「まったく、なんでこんなことを……」
年をとると独り言の声が大きくなる。
すれちがう誰にも聞こえそうな声でぶつぶつと呟きながら、津田はホームセンター内をうろついていた。
臨時の町内会会議で決まったのは、夜間の見回りの強化であった。
最近は物騒な事件が多いから、というメンバーの発言から決議に至ったものだが、事件が多いのは今に始まったことではない。
明らかに野良猫虐待死が尾を引いていて、やがて刃が人間に向けられるかもしれないから今から対応を、という論調だった。
とはいえ構成員の大半は高齢者で、ごく少数の若者は仕事に忙しい。
だから誰も見回りをやりたがらない。
そこで誰が言いだしたか、津田が適任だという声が挙がったのだ。
彼は以前から公園の清掃をボランティアでやっており、その方面に打ってつけだと声がかかったのだ。
つまりは面倒ごとを押しつけたいという本心がありありと出ていたのが、彼はそれを分かっていながら、敢えて引き受けた。
今でこそ奉仕の精神を持っているが、若い頃はこれでかなり好き勝手に生きてきた。
その分の罪滅ぼしと思えば悪くはない。
それに押しつけとはいえ、少なからず頼りにされているという錯覚もあって、彼もいくらかは前向きになれた。
しかしそれも会議が終わるまでのこと。
日が経つと負担感ばかりが増し、彼はとうとう見回りの頻度を減らす代わりに、防犯カメラの設置を申し出た。
かかる費用は会費から出る。
役員たちは余った会費を積み立てて慰安旅行を計画していたために否定的だったが、安価なカメラもあるということで納得済みだ。
数万円の支出で解決するなら安いものだろう。
「どれが良いのかさっぱりだ」
防犯のコーナーには紐を引っ張ると音が鳴るブザー、動くものや熱を感知してライトが点灯するものなど、多様な商品が並んでいる。
町内の治安を守るのは簡単ではない。
警察の重要な仕事ではあるが、地域住民の日頃の行動が犯罪への大きな抑止力になる。
ただしその方法には気を付けなければならない。
最近では深夜に出歩いている子どもに声をかけると、声かけ事案として不審者扱いされかねない。
そういう理不尽に着せられた濡れ衣を脱ぐには、やはり映像や音声が残る防犯カメラが最適ということになる。
津田は展示品を順番に見て回った。
予算は決まっている。
管理や維持費を考えると、あまり高額なものには手を出せない。
店員を呼んで予算と使い道を伝え、手ごろなものを選んでもらう。
その中からいよいよ絞りこもうとした時だった。
「いろいろあるでしょ」
「ほんとね。私、こういうところに来るの初めて。主人にまかせっきりで」
後ろを通り過ぎる者たちがいた。
このやや高めの声には聴き覚えがある。
津田は肩越しに振り返った。
彼が思ったとおり、そこには及川奈緒がいた。
もうひとり、知らない女がいたが、手にしたカゴの中身がちらりと見え、彼女と同類だということが分かった。
遠目からでもはっきり分かるのはキャットフードだ。
ドライフード、缶詰、ペースト状のおやつ等がいくつも見えた。
あの女か、と津田は不機嫌そうな顔をした。
彼は公園に集まる猫が手術済みであることを知らないから、奈緒が餌やりをしているせいで猫が増えると思っている。
さらにはその猫たちが猟奇的な犯人を招いているとも考えている。
小動物が嫌いなワケではないが、やはり人命より重いものはないと思う彼には、繁殖力の強い種は個体数に反比例して価値が低く見えてしまう。
だから1匹や2匹、死んでもかまわないが、それを嬉々として殺して回る異常者を野放しにするつもりもなかった。
奈緒の姿が見えなくなるのを待って、津田は先ほどの店員を呼び。再び防犯カメラを見繕ってもらった。
予算内でカメラを2台となると性能は落ちてしまうがしかたがない。
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