小さな命たち

JEDI_tkms1984

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膝を屈するにはあまりに早かった。
負けん気の強い彼女がプライドを捨ててまで頼ったのは、身内でも親しい間柄の者でもない。
戦おうと思えば1年でも10年でもできたハズだった。
彼女は剛毅で朴訥を絵に描いたような人物だから、外部からの少々の攻撃には動じない。
好戦的ではないが売られたケンカは言い値で買う――それが及川奈緒の性質だった。
だがそれは攻撃の対象が自分であった場合だ。
自分の身はいくらでも自分で守れる。
そのための力も知恵も持っているつもりだった。
相手によって態度を変えず常に凛とした姿勢で応じる姿は、ほとんど対照的な美子には真似できない強さである。
その奈緒が、頭を下げた。
「力を貸してください」
ここに至るまでの逡巡は潜在的には長い期間があった。
意地を張れば張るほど犠牲は多くなる。それにはとうに気付いていた。
「最初からそのつもりです」
野瀬は満足げだった。
勝ったからではない。
自分の思うとおりになったからでもない。
満たされたのは仕事が捗ったからだ。
ちいき課は区民から電話で相談や苦情を受け付け、必要に応じて担当者が現地に赴く、という仕組みをとっているから日頃、来客は滅多にない。
来るのは案件ごとに連携をとっている別の部署の人間くらいだ。
しかも書類の受け渡しや立ち話程度で用が済むため、特に腰を落ち着けるスペースは確保していなかった。
だから来訪者が話をしたいと言っていると音無から連絡を受けたとき、野瀬はまず応接室作りに追われる羽目になった。
といっても事務所内は動かせない机が面積の大半を占め、残りはいつか何かの役に立つだろうと資材を満載した箱が堆くなっている。
結局、来客を15分近く入り口で待たせ、その間にガラクタ同然の資材を隅に追いやり、パイプ椅子を向かい合わせに置いただけの即席の応接室で対応することになった。
「お待たせしてすみません。こちらへどうぞ。散らかっていますが……」
申し訳なさそうに音無が通した客を見て、野瀬は思わず声をあげた。
何度か見たが、初めて見たような女性がいた。
「あの、お茶はどうしましょう?」
来客に飲み物を出そうにもテーブルがない。
さすがに壁際のほこりを被った箱の上に湯呑を置くワケにもいかない。
「いえ、お気遣いなく」
音無の背が低いのか、客の背が高いのか、軽くお辞儀した女性の頭は、まだ音無より上にあった。
「では何かあれば遠慮なく言ってください」
凛とした佇まいに威圧感を覚えた音無は足早に立ち去った。
とはいえ薄い壁を隔てて数歩もない距離に机があるから、彼女が帰るまで圧のようなものを背中に感じ続けなくてはならない。
「驚きました。及川さんのほうから来るなんて」
暗に電話でもよかったのではないか、と野瀬は言った。
「直接、話をしたほうが早いと思って――」
「なにか問題がありましたか?」
優越感に浸る余裕は彼にはない。
どんなクレーマーもさすがに乗り込んでくるような人はいなかったから、奈緒の来訪はよほど差し迫った事態なのだろうと察しがついていた。
「この間の話のことで……」
平素からは想像もつかないほど歯切れの悪い彼女には、プライドの高さも手伝って野瀬から切り出させようとしている節があった。
だが自分を守るこの手段は通用しない。
区民の声を誘導しないように、ちいき課の者はまず聞き役に徹することが義務付けられていた。
この点は彼も心得ているので、先を促す以上のことはしない。
「近隣に活動の趣旨を――」
数分も経たないうちに奈緒が折れた。
「説明する場を作るのに協力してもらえませんか? 必要なものは全部、私が用意しますから」
金銭的なことを言っているのだろう、と野瀬は推察した。
何かをするにはとかくお金がかかる。
人を集め、その場所を用意するとなれば賃料くらいは発生しそうなものだが、
「心配いりません。この程度の規模なら集会所で足りるでしょう。費用が発生するとしても、もうもらっていますから」
野瀬は真顔で言った。
「それより……心境の変化ですか? 今日来られたのは」
すっかり落魄した様子の奈緒を見て庇護心でも芽生えたか、彼は自分でも驚くほど物静かな口調で問うた。
「守るためです」
「はい……?」
「不幸な子を増やさないためです」
いまひとつ要領を得ない。
野瀬は辛抱強く待った。
大方、頭の中を整理しないまま来たのだろう。
今も必死に感情的になるのを抑えているのが分かる。
「すみません、何を言ったらいいのか」
「大丈夫です。ゆっくりでいいから話してください」
この場に幸治がいたら、と彼は思った。
あの衝突を嫌う男は押しの強いクレーマーが相手だと頼りないが、逆に今の奈緒のような人間から言葉を引き出すのがとにかく巧かった。
「昨日――また猫が殺されました」
詳細は聞かずに、お気の毒に、と言うのが正解だったかもしれない。
しかしある程度の事情を知っている彼は、常套の慰めは不要だと思った。
「あの公園が開放されたのが先週の木曜日でした。でもほとんどの人が、すぐには利用しなかったんです。あんなことが起こったばかりだから、離れるのも当然ですよね」
内出光の事故死は周辺の住民にすれば鮮烈な出来事だった。
日頃、事件や事故の報道は飽きるほど見ているが、同じ日本とはいえ慣れがそうさせるのか、対岸の火事としか映らない。
それが人によっては最寄りのコンビニよりも近い場所で発生した事故とあっては、不謹慎ながら妙な興奮を覚えてしまうものだ。
必要以上に騒ぎ立て、恐怖を煽り、まるで公園を魔物の巣窟であるかのように物語りし合う。
そこに人の姿はなく、しかし数えきれないくらいの彼らの視線が、昼夜を分かたず注がれているのである。
「私たちには都合がよかったんです。静かなほうがあの子たちも落ち着くので世話もしやすかったですし」
「それはそうでしょうね」
「ただ3日もすると、人の姿を見かけるようになりました。大半は子どもでしたけど、事故が起こる前みたいに遊ぶようになったんです」
「そういう子もいるでしょう。直接見てない子なら、むしろ封鎖される理由が分からないくらいじゃないですか」
「公園が普通に使えるようになったので、私たちも元の場所で世話をしていたんです。しばらくは何の問題もありませんでした。あの子たちの適応能力は高いですから、環境の変化にはわりとすぐに馴染むんです」
「そう、ですか……」
彼女が本当に地域猫活動を継続したいなら、今の言葉は言わないほうがいいのではないか、と野瀬は思った。
「それが昨日……いつも一番に来る子が昨日は来なかったんです。まだ若い子だったし病気もなかったので、気まぐれか……事故にでも遭ったのかと思いました」
「たしかに野良猫の死因の大半は病気か事故らしいですからね。そう思うのが普通でしょう」
「いつまで経っても現れないので、心配になって周囲を探してみたんです。普段ならそこまで気にすることもないんですけど、妙な胸騒ぎがして――」
美子にその場をまかせ、彼女は公園を一周したのだという。
「すぐ外の溝に死骸がありました。手足を全部折られて……きっと動けなくて痛くて苦しんで――お腹を何かで突き刺されて死んでいました…………」
野瀬は思わず目を背けた。
奈緒は俯き、体を震わせながらも死の状況を具体的に告げた。
それを頭の中でイメージしてしまった野瀬はかぶりを振った。
ぼかせばいいのにしっかりと言葉にできるあたり、やはりこの女は豪胆かもしれないと彼は思う。
「それは……お気の毒なことです……」
常套句を使わずにおいてよかった、と野瀬は思った。
これ以上のかける言葉は思いつかない。
「それで及川さんは、その、それをやったのが嫌がらせ目的だと思ったワケですね。活動の邪魔をしたいというか――」
「他に考えられないじゃないですか。わざわざあの公園に死骸を置くなんて。それに以前にも……」
抗議のやり方としては常軌を逸している。
活動に対する反発云々を抜きにしても、愛護動物をみだりに殺傷することは動物愛護法違反だ。
(猫嫌いがあの近くにいて、及川を追い詰めたがっているのかもしれないな。あるいは単純に快楽が目的か?)
犯人の思考など分かるハズもない。
ただ現況を放置すればさらに犠牲が増えるかもしれない。
それを見過ごすのはちいき課としても、ひとりの人間としてもできなかった。
「今からでも間に合いますよ」
言外に、もっと早く俺の言うことを聞いていればよかったのに、と滲ませながら彼は頷いた。
「あの団地の集会所を使わせてもらいましょう。範囲は……そうですね、公園から半径50メートルか100メートルくらいの住民に声をかけましょう。正直、猫の行動範囲がどれくらいかは分かりませんが、野良猫よりも地域猫のほうが狭いイメージがありますが、どうですか?」
「具体的には分かりません。ただ生きるための狩りをする必要がないので狭いとは思います」
「では当日はそのことも説明してください。集まってくる人は猫どころか動物について何も知らないという前提で考えましょう。言ったつもり、分かってもらったつもり……では意味がないので」
こうなると野瀬は早い。
彼の中では既に日取りや場所はおろか、当日の風景もおぼろげながら描けている。
「広報課にも協力してもらって、参加を呼びかけます。ホームページにも載せますし、私たちも足を使って案内して回りますから」
「それなら私が――」
「いや、ここまできたら個人でやらないほうがいい。及川さんが声をかけてもそこまで集まるとも思えません」
これは単純な人間の心理だ。
私人が呼びかけても、強制力がないからとか面倒だから、という理由で無視されるのがオチだ。
だが役所からの働きかけとなれば、事の重大性や重要性が伝わりやすい。
むしろ参加しなければ損だ、という意識が芽生え、人は自ずと集まってくる。
「では私は何をすれば……?」
「しっかり説明できるように準備してください。どんなデータを持ち寄ってもかまいませんから。ただし改竄や虚偽はナシです。たぶんプロジェクターの類は使えないでしょうから、必要分をコピーして配付することになるかと」
「分かりました」
協力を仰ぐ以上、主導権は野瀬が握ったも同然だ。
ただし今回のケースでは主体になることはできない。
「念のために言っておきますが」
射竦めるような目が奈緒を捉えた。
「これは決まったことを説明する場ではありません。目的は活動の趣旨を説明し、理解を得ることです。が、全員の賛同を得られるとは思わないことです。既に根強い反発もあるんですから。そのことは忘れないでください」
及川奈緒は威勢のいい女だ。
押しが強く、簡単には折れない。
こう言い含めておかないと、いざという時に過熱する恐れがある。
「想定される反対意見と、それに対する答えを用意しておくことをお勧めします。くれぐれも感情的にならないように」
「分かっています」
「こちらでもできる限りのことはします。何かあれば連絡をください」
「はい、何から何までありがとうございます……」
奈緒はほとんど聞き取れない声で謝意を述べ、深々と頭を下げた。
不思議なもので、ここまで憔悴した様を見せられると、野瀬としても何とか助けたいと思ってしまう。
奈緒にもそれなりに非があり、情を抜きにすれば説明会の前に、彼女に対して対応のまずさを諭すべきだった。
しかしつい肩入れしたくなるのは、普段の彼女の強さを知っているからかもしれない。
「ではよろしくお願いします」
もういちど低頭し、彼女は音も立てずに退室した。

「疲れた……」
背もたれに全体重を預けるようにして、野瀬は大息した。
この男は面談が嫌いなのだ。
特に外部の人間と座って話をする、というのはきわめて苦痛なのである。
缶コーヒー片手に立ち話にするべきだった、と彼が思ったとき、音無がひょいと顔を覗かせた。
「コーヒー淹れてますよ」
その一言は、たかだか数十分を戦った彼には充分な報酬である。
「ああ、いただくよ」
さっぱりとした苦味は喉に心地よく、渇きどころか全身を癒してくれる。
砂漠で一滴の水にすがるキャラバンのように、野瀬は有り難がってそれを飲み干した。
「うまくいくといいですね」
「聞いてたのか?」
「丸聞こえですよ。こんな薄い壁でドアも開いてましたから」
「ああ、そうか」
大急ぎで片付けたせいで、ドア板の可動域にまで箱が山積みになっていた。
「あの人が例の地域猫の人ですよね」
「気が強い女さ。今日はびっくりするくらい大人しかったけどな」
「そうですか? 私、ちょっと恐かったです」
音無は奈緒の目つきを思い出した。
「話が話だからな。あんな顔にもなるだろ」
比して野瀬は普段を知っている分、むしろ弱々しさのほうが印象的だった。
狷介不羈を全身で表現しているような彼女が落ち込む姿は、日頃との落差もあってより際立って見える。
「安請け合いしたようにも思えますけど、大丈夫なんですか? そんなに簡単に人って集まるんでしょうか」
「そりゃ満員御礼ってワケにはいかないだろ。任意参加なんだから来ない奴のほうが多いだろうな。それでもいいんだよ」
「どうしてです?」
「及川が近隣住民に話をする、ってのが大事なんだよ。今までロクに説明もせずにやってたからな。でも今回、はじめて説明会を開く。変わるぜ。及川も周りの連中も。手放しで賛成する奴も、さらに反発する奴も出るだろうけど、それはこの問題に真剣に向き合った結果だ」
「はあ……」
音無は曖昧に頷いた。これでは調子が狂う。
野瀬という男はもっと単純で愚直でなくては困る。
そうでなければ幸治や田沢との区別がつきにくいし、彼女の野瀬に対するイメージとあまりにかけ離れてしまっては、これからどう接すればいいか分からなくなる。
「そんなに変わるんですか?」
いくつかの意味を持たせて彼女はそう問うた。
「真っ白な箱を持って、黙って突っ立ってても誰も寄付なんてしないだろ。でも箱に募金って書いてあって、それ持ってる奴が、“どこどこの復興支援のために協力してください”って言えば、10円くらい入れたくなる。自分が何のために何をしてるか――それをちゃんとアピールできなきゃ意味がねえ。それもしないで周りが理解してくれるのは、ガキのうちだけだ」
言いながら途中で恥ずかしくなったのか、野瀬は慌てて言葉を乱暴にした。
その子どもっぽいごまかし方に、音無は小さく噴いてしまう。
「優しいんですね、野瀬さんって」
からかいついでにそう言うと、
「仕事だからだよ!」
歳の離れた弟を見るような目で自分を見ている音無に気付き、野瀬はふいとどこかに行ってしまった。
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