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序章篇
6 悲劇的-4-
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「これは……これは、どういうことだ?」
そこにいた全員が抱いていた疑問を、アシュレイが代表して口にした。
「私たちには――」
分からない、と誰もがかぶりを振った。
艦橋正面のモニターにはこの艦の遙か前方の様子が映し出されている。
味方の艦がプラトウに無慈悲な攻撃を加えていた。
田舎の、何の防衛能力も持たない小さな町に向かって、予告なく。
それは戦術も秩序もない、ただの殲滅であった。
「艦長、前方の艦より通信です。繋ぎます」
通信官が動悸を抑えながら言った。
正面モニターの一部を切り替え、音声も開放する。
『こちら、メルザルト隊第4隊のタークジェイです。貴艦はレイーズ様が率いる特務艦に間違いありませんね?』
映し出された若い男は所属を告げると頭を下げた。
その所作は軽く見え、敬意は感じられない。
「はい、私がレイーズです」
彼女は観念したように伏し目がちに答えた。
『確認しました。では重鎮も乗艦されていますね?』
「はい、こちらに」
『予告なくプラトウを攻撃せよ、とのご命令が皇帝よりこちらに下りました。任務完了まで貴艦には安全な場所で待機していただきます』
「ちょっと待て、一体どうなってる!?」
アシュレイが通信官を押しのけるようにして怒鳴った。
『申し上げたとおりです。我々には貴艦が誤って攻撃を受けないよう注意する義務がありますので……』
「そういう意味ではなく――」
アシュレイもグランも狼狽を隠せなかった。
あってはならないことが起こっている。
ミス・プレディスが予言し、できることなら阻止したかった光景が現実のものとなっている。
「皇帝から命令? プラトウを攻撃しろと……本当にそう言ったのか?」
『はい、そのように賜りました』
タークジェイは自分がモニター越しに見られていることを分かっていながら、明らかに面倒くさそうに答えた。
「そんなバカな! なぜそんな命令を出した!?」
今度はグランが噛みついた。
『叛乱の兆しがあったためです。我々はその鎮圧のために派兵されました』
「兆し? 兆しならまだ何も起こっていないではないか! お前たちのやっていることは無差別攻撃だ! 何の関係もない市民が巻き込まれているんだぞ!?」
『こちらはそのように命じられました』
二人はペルガモンという人物を見誤っていたことに、今さらになって気付いた。
同時にこの若い男が感情に左右されず、与えられた命令に何の疑問も抱かず、ドールのように任務を遂行する忠実で理想的な士官であることを知った。
「今すぐ中止しろ! これはただの殺戮だ!」
タークジェイはグランが激昂すればするほど、それとは対照的に驚くほど冷淡に、
『これは皇帝からのご命令です』
中止できない旨を婉曲に伝えた。
「よろしいですか……?」
愕然とする二人にレイーズがおずおずと声をかける。
グランは喉まで出かかっていた罵声を呑み込み、苛立たしげに通信を譲った。
レイーズとタークジェイはその後も意見を交換していたが、二人の耳には入ってこなかった。
彼らが意識を引き戻された時にはすでに通信は終了し、乗艦はプラトウのはずれに着陸する準備を進めていた。
「知っていたのか?」
グランは刺すような目でレイーズを見た。
だが彼の中に湧き上がった想い――怒りと後悔――は彼自身に向けられていた。
彼女は小さく頷いた。
「離陸後に皇帝より命を受けておりました。私宛ての秘密通信でした。ですから私以外は誰も知りませんでした」
この若く理想的な艦長は言葉は少なく、乗員に追及が向かないように努めた。
「本艦か駐在の隊、先に到着した方が遂行する手筈となっていました。併せて……この件はお二人には決して漏らさないように、とも――」
レイーズの表情が苦悶にゆがむ。
その様子から彼女なりの思い悩みがあったと彼は受け止めた。
皇帝と重鎮に見解の相違があれば、前者に従うのは正しい。
彼女は血も涙もない冷血な軍人ではなく、ただ命令に忠実であっただけだ。
(私は間違った……!)
グランは崩れ落ちそうになるのを堪える。
取り返しのつかないことをしてしまったと。
直感を信じるべきだったと。
彼は悔やむ。
やはりあの時、レイーズの不審を問い質すべきだったのだ。
たとえ彼女が誠実ゆえに口を割らなかったとしても、少なくとも何かを隠したがることは突き止められたハズだ。
そこからもしかしたら今回の襲撃を察知できたかもしれない。
結果としてひとつの町の崩壊を招いてしまったことに彼は深い後悔の念に囚われた。
「艦長、間もなく着陸しますが……」
副操縦士が振り返って言った。
「――混乱が予想されます」
「どうかしたの?」
「プラトウの官吏たちがすぐ下にいます。どうされますか?」
生き残りだ、と誰もが理解した。
無差別の攻撃をかいくぐり、同じくエルディラント軍の艦に身を寄せるとすれば官しかいない。
この副操縦士には艦を動かす以外の能力はない。
今後の方針を決定する権限もない。
だが彼は慈悲を求める目でレイーズを見ていた。
「周囲は森林に囲まれています。あの艦からは死角です」
判断を後押しするように彼は付け足した。
(私はどうしたら……?)
レイーズは拳を握った。
今さら数名の命を助けたところでプラトウ襲撃に加担した事実は消えない、という諦念と。
数名だけでも助けて後ろめたさを軽くしたい、という自分本位の思いとが。
誠実と忠実の間でせめぎ合った。
「着陸と同時に彼らを迎え入れるわ」
数秒の逡巡の後、彼女は決断した。
「グラン様、私はプラトウ攻撃を命じられましたが、生き延びた人を助けてはならないという命令は受けていません」
彼は静かに頷いた。
艦はプラトウのはずれに降り立った。
ここは周囲よりも数十メートル低地にあり、四方を森林に囲まれている。
彼らにとっては都合のよい地形だった。
そこにいた全員が抱いていた疑問を、アシュレイが代表して口にした。
「私たちには――」
分からない、と誰もがかぶりを振った。
艦橋正面のモニターにはこの艦の遙か前方の様子が映し出されている。
味方の艦がプラトウに無慈悲な攻撃を加えていた。
田舎の、何の防衛能力も持たない小さな町に向かって、予告なく。
それは戦術も秩序もない、ただの殲滅であった。
「艦長、前方の艦より通信です。繋ぎます」
通信官が動悸を抑えながら言った。
正面モニターの一部を切り替え、音声も開放する。
『こちら、メルザルト隊第4隊のタークジェイです。貴艦はレイーズ様が率いる特務艦に間違いありませんね?』
映し出された若い男は所属を告げると頭を下げた。
その所作は軽く見え、敬意は感じられない。
「はい、私がレイーズです」
彼女は観念したように伏し目がちに答えた。
『確認しました。では重鎮も乗艦されていますね?』
「はい、こちらに」
『予告なくプラトウを攻撃せよ、とのご命令が皇帝よりこちらに下りました。任務完了まで貴艦には安全な場所で待機していただきます』
「ちょっと待て、一体どうなってる!?」
アシュレイが通信官を押しのけるようにして怒鳴った。
『申し上げたとおりです。我々には貴艦が誤って攻撃を受けないよう注意する義務がありますので……』
「そういう意味ではなく――」
アシュレイもグランも狼狽を隠せなかった。
あってはならないことが起こっている。
ミス・プレディスが予言し、できることなら阻止したかった光景が現実のものとなっている。
「皇帝から命令? プラトウを攻撃しろと……本当にそう言ったのか?」
『はい、そのように賜りました』
タークジェイは自分がモニター越しに見られていることを分かっていながら、明らかに面倒くさそうに答えた。
「そんなバカな! なぜそんな命令を出した!?」
今度はグランが噛みついた。
『叛乱の兆しがあったためです。我々はその鎮圧のために派兵されました』
「兆し? 兆しならまだ何も起こっていないではないか! お前たちのやっていることは無差別攻撃だ! 何の関係もない市民が巻き込まれているんだぞ!?」
『こちらはそのように命じられました』
二人はペルガモンという人物を見誤っていたことに、今さらになって気付いた。
同時にこの若い男が感情に左右されず、与えられた命令に何の疑問も抱かず、ドールのように任務を遂行する忠実で理想的な士官であることを知った。
「今すぐ中止しろ! これはただの殺戮だ!」
タークジェイはグランが激昂すればするほど、それとは対照的に驚くほど冷淡に、
『これは皇帝からのご命令です』
中止できない旨を婉曲に伝えた。
「よろしいですか……?」
愕然とする二人にレイーズがおずおずと声をかける。
グランは喉まで出かかっていた罵声を呑み込み、苛立たしげに通信を譲った。
レイーズとタークジェイはその後も意見を交換していたが、二人の耳には入ってこなかった。
彼らが意識を引き戻された時にはすでに通信は終了し、乗艦はプラトウのはずれに着陸する準備を進めていた。
「知っていたのか?」
グランは刺すような目でレイーズを見た。
だが彼の中に湧き上がった想い――怒りと後悔――は彼自身に向けられていた。
彼女は小さく頷いた。
「離陸後に皇帝より命を受けておりました。私宛ての秘密通信でした。ですから私以外は誰も知りませんでした」
この若く理想的な艦長は言葉は少なく、乗員に追及が向かないように努めた。
「本艦か駐在の隊、先に到着した方が遂行する手筈となっていました。併せて……この件はお二人には決して漏らさないように、とも――」
レイーズの表情が苦悶にゆがむ。
その様子から彼女なりの思い悩みがあったと彼は受け止めた。
皇帝と重鎮に見解の相違があれば、前者に従うのは正しい。
彼女は血も涙もない冷血な軍人ではなく、ただ命令に忠実であっただけだ。
(私は間違った……!)
グランは崩れ落ちそうになるのを堪える。
取り返しのつかないことをしてしまったと。
直感を信じるべきだったと。
彼は悔やむ。
やはりあの時、レイーズの不審を問い質すべきだったのだ。
たとえ彼女が誠実ゆえに口を割らなかったとしても、少なくとも何かを隠したがることは突き止められたハズだ。
そこからもしかしたら今回の襲撃を察知できたかもしれない。
結果としてひとつの町の崩壊を招いてしまったことに彼は深い後悔の念に囚われた。
「艦長、間もなく着陸しますが……」
副操縦士が振り返って言った。
「――混乱が予想されます」
「どうかしたの?」
「プラトウの官吏たちがすぐ下にいます。どうされますか?」
生き残りだ、と誰もが理解した。
無差別の攻撃をかいくぐり、同じくエルディラント軍の艦に身を寄せるとすれば官しかいない。
この副操縦士には艦を動かす以外の能力はない。
今後の方針を決定する権限もない。
だが彼は慈悲を求める目でレイーズを見ていた。
「周囲は森林に囲まれています。あの艦からは死角です」
判断を後押しするように彼は付け足した。
(私はどうしたら……?)
レイーズは拳を握った。
今さら数名の命を助けたところでプラトウ襲撃に加担した事実は消えない、という諦念と。
数名だけでも助けて後ろめたさを軽くしたい、という自分本位の思いとが。
誠実と忠実の間でせめぎ合った。
「着陸と同時に彼らを迎え入れるわ」
数秒の逡巡の後、彼女は決断した。
「グラン様、私はプラトウ攻撃を命じられましたが、生き延びた人を助けてはならないという命令は受けていません」
彼は静かに頷いた。
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ここは周囲よりも数十メートル低地にあり、四方を森林に囲まれている。
彼らにとっては都合のよい地形だった。
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