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第五話
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笑ってくれて、うれしかった
夏休みに入っても、私たちは毎日のように会っていた。
日が沈む頃、駅の裏、川沿いの遊歩道、廃ビルの陰、人気のない駐車場。
誰にも知られない場所で、誰にも知られないようにして。
私は蓮のとなりにいて、蓮の見る景色を追っていた。
その景色がどれだけ暗くても、怖くても、彼の視界の中に私がいるなら、それでいいと思っていた。
蓮は、少しずつ無口になっていった。
目を合わせることも減り、手を伸ばしても、そこに確かにあるはずの心が、時々遠くへ行ってしまったような気がした。
けれど不思議と、私には伝わった。言葉にしなくても、彼が何を感じているのか、わかる気がした。
同じ沈黙の中で呼吸を重ねていると、それだけで理解できるような気がしていた。
ある夜、私たちは線路沿いの空き地にいた。
誰も通らない、街灯も届かない場所。夜の音が耳に染みるような、重たい静けさ。
蓮がふいに立ち止まり、ポケットから何かを取り出した。
それが何かは、すぐにわかった。金属の鈍い光が、月明かりを受けてかすかに揺れた。
彼が持っているだけで、場の空気が重くなる気がした。
私はそれを黙って見ていた。手が少しだけ震えていた。
蓮の肩越しに見えたのは、遠くの倉庫に向かって歩いていく、誰かの影だった。
やがて彼は私の方を向き、低い声で言った。
「やるのは、俺がやる。君は……見てるだけでいい」
私は首を横に振った。
「私がやりたい」
蓮の目が、わずかに揺れた。
「……なんで」
「蓮が、隣で笑ってくれるなら、それだけでいい」
そのとき、彼はほんの少しだけ笑った。
淡く、でも確かに、あの日と同じような笑顔だった。
それが、うれしかった。
胸の奥が、じんわりと熱くなるのを感じた。
その笑顔のためなら、私は何だってできると思った。
その夜、私は初めて“手を汚した”。
音のない衝撃、肌に残る震え、目を逸らすことすらできなかった自分。
終わったあと、私は汗まみれで、息が上がっていて、足元が少し震えていた。
喉の奥が焼けつくように熱かったのに、吐き出す言葉はなかった。
周囲は、いつもと変わらない夏の夜の風景だった。セミの声、遠くのバイクの音、すれ違う人の気配。
でも私の中では、すべてが異音になっていた。
蓮が私の肩に手を置いたとき、その手も、少し震えていた。
「……もう、大丈夫」
彼のその言葉が、いつか聞いた「楽しかったかもしれない」という言葉よりも、ずっと静かで、ずっと優しかった。
私はその優しさに、深く、沈み込んでいった。
「蓮、笑ってくれてありがとう」
私がそう言ったとき、彼は一瞬だけ目を見開いて、そして頷いた。
その顔を見たとき、私は確信した。
ああ、私はもう戻れないんだな、と。
たぶん、あの笑顔は、喜びなんかじゃない。
でも、それでもよかった。
たとえ仮面でも、たとえ壊れたものでも、私に向けられたその笑顔は、確かに“私だけのもの”だった。
――蓮の笑顔が、私のすべてになっていた。
夏休みに入っても、私たちは毎日のように会っていた。
日が沈む頃、駅の裏、川沿いの遊歩道、廃ビルの陰、人気のない駐車場。
誰にも知られない場所で、誰にも知られないようにして。
私は蓮のとなりにいて、蓮の見る景色を追っていた。
その景色がどれだけ暗くても、怖くても、彼の視界の中に私がいるなら、それでいいと思っていた。
蓮は、少しずつ無口になっていった。
目を合わせることも減り、手を伸ばしても、そこに確かにあるはずの心が、時々遠くへ行ってしまったような気がした。
けれど不思議と、私には伝わった。言葉にしなくても、彼が何を感じているのか、わかる気がした。
同じ沈黙の中で呼吸を重ねていると、それだけで理解できるような気がしていた。
ある夜、私たちは線路沿いの空き地にいた。
誰も通らない、街灯も届かない場所。夜の音が耳に染みるような、重たい静けさ。
蓮がふいに立ち止まり、ポケットから何かを取り出した。
それが何かは、すぐにわかった。金属の鈍い光が、月明かりを受けてかすかに揺れた。
彼が持っているだけで、場の空気が重くなる気がした。
私はそれを黙って見ていた。手が少しだけ震えていた。
蓮の肩越しに見えたのは、遠くの倉庫に向かって歩いていく、誰かの影だった。
やがて彼は私の方を向き、低い声で言った。
「やるのは、俺がやる。君は……見てるだけでいい」
私は首を横に振った。
「私がやりたい」
蓮の目が、わずかに揺れた。
「……なんで」
「蓮が、隣で笑ってくれるなら、それだけでいい」
そのとき、彼はほんの少しだけ笑った。
淡く、でも確かに、あの日と同じような笑顔だった。
それが、うれしかった。
胸の奥が、じんわりと熱くなるのを感じた。
その笑顔のためなら、私は何だってできると思った。
その夜、私は初めて“手を汚した”。
音のない衝撃、肌に残る震え、目を逸らすことすらできなかった自分。
終わったあと、私は汗まみれで、息が上がっていて、足元が少し震えていた。
喉の奥が焼けつくように熱かったのに、吐き出す言葉はなかった。
周囲は、いつもと変わらない夏の夜の風景だった。セミの声、遠くのバイクの音、すれ違う人の気配。
でも私の中では、すべてが異音になっていた。
蓮が私の肩に手を置いたとき、その手も、少し震えていた。
「……もう、大丈夫」
彼のその言葉が、いつか聞いた「楽しかったかもしれない」という言葉よりも、ずっと静かで、ずっと優しかった。
私はその優しさに、深く、沈み込んでいった。
「蓮、笑ってくれてありがとう」
私がそう言ったとき、彼は一瞬だけ目を見開いて、そして頷いた。
その顔を見たとき、私は確信した。
ああ、私はもう戻れないんだな、と。
たぶん、あの笑顔は、喜びなんかじゃない。
でも、それでもよかった。
たとえ仮面でも、たとえ壊れたものでも、私に向けられたその笑顔は、確かに“私だけのもの”だった。
――蓮の笑顔が、私のすべてになっていた。
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