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第七話
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捕まる前に見つけて
九月の空は高く、雲が薄くなっていた。
蝉の声は遠のき、風が涼しくなった。季節は確かに移り変わっているのに、私の中では何も変わっていなかった。いや、変われなかった、のだと思う。
最近、私はひとりで行動することが増えていた。
蓮は止めなかった。追いかけもしなかった。ただ黙って、何も言わずに私を見ていた。
見られている気がしていた。でも、それが“見守り”なのか“放置”なのか、わからなかった。
蓮が最初に笑ったとき、私はその笑顔が見たくて、すべてを捧げた。
だけど、最近の彼の笑顔は、まるで仮面のようだった。
笑っていても、その奥に何も見えなかった。
学校でも、何かが変わり始めていた。
視線。ささやき。教師の視線。誰かがこっそり私の後ろ姿を撮っている気配。
「最近、あの子……変わったよね」
「誰かと付き合ってるの?」
「なんか、怖い。目が合うと、なんかゾッとする」
教室の中で、私はもう“クラスメイト”じゃなかった。
誰も隣に座らない。授業中のざわめきは、まるで遠くの国の言葉みたいに聞こえた。
私はもう、ここにはいない人間になっていた。
放課後、帰り道。駅の掲示板に目が止まった。
そこには、「情報提供を求む」という警察の張り紙。
薄く印刷された似顔絵の下に、見覚えのある場所のスケッチ。
「犯行現場の目撃者を探しています」
――心臓がひとつ跳ねた。
汗が噴き出し、手のひらが震えた。
でも、目を逸らすことはできなかった。
確かに、追われ始めている。
私たちのしたことは、もう“外”に漏れ始めている。
私は、蓮に言わなかった。
夜、ひとりでまた“やろう”とした。人通りの少ない裏道。
誰にも知られない場所。蓮と見つけた、あの静かな空間。
でも、角を曲がったその瞬間、そこにいたのは蓮だった。
彼が立っていた。
暗がりの中で、私を見つめていた。
「……やめて」
彼の声は、かすれていた。
「遅いよ、蓮」
「君がこれ以上やったら、本当に……」
「捕まる?」
「そうじゃない」
蓮の手が、私の腕を掴んだ。
「君がいなくなるのが怖いんだ」
私は初めて、その声が本当に“私”のことを呼んでいたと感じた。
ずっと、彼は見てくれていた。心の奥のほうで。
「捕まる前に、俺が見つけたかった」
その言葉に、胸が詰まった。
彼の瞳の奥に、強い決意があった。
それが、怖かった。
「……どういう意味?」
「俺が全部やったことにする。証拠も、もう準備してる」
「ふざけないで」
私は怒鳴った。声が震えていた。
「そんなの、蓮じゃない。私がやったの。私が、やりたくて、やったの」
「それでもいい。君がこうなったのは、俺のせいだ」
「違う……私が、蓮の笑顔を欲しがっただけ」
「その笑顔を、君に見せてしまったのは、俺だ」
沈黙が落ちた。
街灯の下で、影が重なって揺れていた。
蓮の手が私の肩から離れる。
彼は、優しく、でも確かに言った。
「お願い、君の未来だけは壊したくない」
「未来なんて、もうない」
「あるよ。俺が壊れるから。君は……残って」
涙が出なかった。代わりに喉の奥が焼けつくように熱かった。
彼の声が、まるで別れのように聞こえた。
――私が壊れていくとき、蓮も一緒に壊れてくれると思っていた。
でも、彼は違う形で私を守ろうとしている。それが、余計に苦しかった。
まだ手を繋いでいるのに、もう遠くへ行ってしまったみたいだった。
九月の空は高く、雲が薄くなっていた。
蝉の声は遠のき、風が涼しくなった。季節は確かに移り変わっているのに、私の中では何も変わっていなかった。いや、変われなかった、のだと思う。
最近、私はひとりで行動することが増えていた。
蓮は止めなかった。追いかけもしなかった。ただ黙って、何も言わずに私を見ていた。
見られている気がしていた。でも、それが“見守り”なのか“放置”なのか、わからなかった。
蓮が最初に笑ったとき、私はその笑顔が見たくて、すべてを捧げた。
だけど、最近の彼の笑顔は、まるで仮面のようだった。
笑っていても、その奥に何も見えなかった。
学校でも、何かが変わり始めていた。
視線。ささやき。教師の視線。誰かがこっそり私の後ろ姿を撮っている気配。
「最近、あの子……変わったよね」
「誰かと付き合ってるの?」
「なんか、怖い。目が合うと、なんかゾッとする」
教室の中で、私はもう“クラスメイト”じゃなかった。
誰も隣に座らない。授業中のざわめきは、まるで遠くの国の言葉みたいに聞こえた。
私はもう、ここにはいない人間になっていた。
放課後、帰り道。駅の掲示板に目が止まった。
そこには、「情報提供を求む」という警察の張り紙。
薄く印刷された似顔絵の下に、見覚えのある場所のスケッチ。
「犯行現場の目撃者を探しています」
――心臓がひとつ跳ねた。
汗が噴き出し、手のひらが震えた。
でも、目を逸らすことはできなかった。
確かに、追われ始めている。
私たちのしたことは、もう“外”に漏れ始めている。
私は、蓮に言わなかった。
夜、ひとりでまた“やろう”とした。人通りの少ない裏道。
誰にも知られない場所。蓮と見つけた、あの静かな空間。
でも、角を曲がったその瞬間、そこにいたのは蓮だった。
彼が立っていた。
暗がりの中で、私を見つめていた。
「……やめて」
彼の声は、かすれていた。
「遅いよ、蓮」
「君がこれ以上やったら、本当に……」
「捕まる?」
「そうじゃない」
蓮の手が、私の腕を掴んだ。
「君がいなくなるのが怖いんだ」
私は初めて、その声が本当に“私”のことを呼んでいたと感じた。
ずっと、彼は見てくれていた。心の奥のほうで。
「捕まる前に、俺が見つけたかった」
その言葉に、胸が詰まった。
彼の瞳の奥に、強い決意があった。
それが、怖かった。
「……どういう意味?」
「俺が全部やったことにする。証拠も、もう準備してる」
「ふざけないで」
私は怒鳴った。声が震えていた。
「そんなの、蓮じゃない。私がやったの。私が、やりたくて、やったの」
「それでもいい。君がこうなったのは、俺のせいだ」
「違う……私が、蓮の笑顔を欲しがっただけ」
「その笑顔を、君に見せてしまったのは、俺だ」
沈黙が落ちた。
街灯の下で、影が重なって揺れていた。
蓮の手が私の肩から離れる。
彼は、優しく、でも確かに言った。
「お願い、君の未来だけは壊したくない」
「未来なんて、もうない」
「あるよ。俺が壊れるから。君は……残って」
涙が出なかった。代わりに喉の奥が焼けつくように熱かった。
彼の声が、まるで別れのように聞こえた。
――私が壊れていくとき、蓮も一緒に壊れてくれると思っていた。
でも、彼は違う形で私を守ろうとしている。それが、余計に苦しかった。
まだ手を繋いでいるのに、もう遠くへ行ってしまったみたいだった。
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