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第一編 シルヴァン村の孤星
第9話:心の波紋、剣への道と英雄の片鱗
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エルミートの庵での修練の日々は、カイルにとって、まさに自己との戦いの連続だった。彼の剣術への天賦の才は、エルミートの厳しい目から見ても、予想を遥かに超えるものだった。一度教えられた型は、瞬く間にその本質を掴み、その動きは水が流れるように自然で、十三歳の少年とは思えぬほどの鋭さと正確さを秘めていた。
しかし、その非凡な才能と裏腹に、カイルは常に内なる困難と格闘していた。彼の過敏すぎる感受性――共感性とも呼べるその特性は、剣術の修練に不可欠な精神集中を、容赦なく妨げるのだ。
庵の裏手にある、苔むした岩に囲まれた静かな訓練場。そこは、外界から完全に隔絶された、修練には最適な場所のはずだった。だが、カイルにとっては、そうではなかった。
木剣を握り、エルミートの指示通りに型を繰り返す。その最中にも、彼の意識は、まるでアンテナのように、周囲のあらゆる微細な変化を拾い上げてしまう。
森の木々を渡る風の音の変化。遠くで鳴く小鳥の、喜びとも悲しみともつかぬ微細な声色。訓練を見守るリアナの、心配そうな息遣い。そして何よりも、指導するエルミートの心の奥底にある、期待と、そして僅かな不安の揺らぎ。
それら全てが、カイルの心にさざ波を立て、彼の剣筋を乱し、呼吸を浅くさせた。
「エルミート様…またです…」
ある日の修練中、カイルはついに木剣を取り落とし、その場に膝をついた。その顔は苦悶に歪み、額には脂汗が滲んでいる。
「心が…何かに引きずられて…剣に集中できません…! どうして…どうして僕は、こんなにも弱いんだ…!」
自分のこの特異な感受性が、剣の道においても障害となる。その事実は、カイルにとって、耐え難いほどの絶望と自己嫌悪をもたらしていた。強くなりたい。リアナを、そしていつか苦しむ人々を守れるようになりたい。そう願えば願うほど、自分の心の脆さが、彼を打ちのめすのだった。
エルミートは、そんなカイルの苦悩を、静かに見つめていた。彼の老いた瞳には、厳しさの中に、深い理解と憐憫の色が浮かんでいる。
「カイルよ」
エルミートは、ゆっくりとカイルのそばに歩み寄ると、その肩にそっと手を置いた。
「お前のその心は、確かに鋭敏すぎる刃のようじゃな。些細なことにも傷つき、揺らぎやすい。じゃが、それは決して弱さではない」
カイルは、驚いて顔を上げた。弱さではない? では、これは一体何なのだというのか。
「その刃を、ただ闇雲に振り回すのではなく、正しく鞘に収める術を学べば、それは何よりも強靭な盾となり、そして何よりも優しい剣となるのじゃ」
エルミートは、諭すように言った。
「他者の痛みを感じるからこそ、お前の剣は、決して命を奪うためだけのものではなく、真に命を守るために振るわれるべきなのだ。怒りや恐怖、あるいは他者の負の感情に、お前の心を支配させてはならぬ。静かなる湖面のように、全てを映し出し、しかし決して揺らがぬ不動の心を、この剣の修練を通じて見つけ出すのじゃ」
エルミートは、カイルに、強引にその感受性を押さえつけるのではなく、それを受け入れ、昇華させる道を説いた。それは、古の剣士たちが実践したという瞑想法であり、自然との対話を通じて精神を鍛える方法だった。
「お前のその深い共感の心を、恐れるな。むしろ、それを剣に乗せるのだ。相手の動きを読み、相手の心の隙を見抜き、そして何よりも、相手の命の重みを感じながら剣を振るえ。それこそが、お前だけの『悲涙の剣』となるやもしれん」
エルミートの言葉は、カイルの心に深く染み入った。自分のこの感受性は、弱さではなく、力になるのかもしれない。そう思うと、ほんの少しだけ、胸のつかえが取れたような気がした。
*
リアナは、精神修練に苦しむカイルを、献身的に支え続けた。彼女は、エルミートの教えを、カイルが理解しやすいように、自分なりの言葉で彼に伝えた。
「カイル、あなたは一人で全部感じ取ろうとしなくていいのよ」
彼女は、カイルが瞑想に集中できずに苦しんでいる時、そっとその手を握りながら言った。
「あなたのその優しい心は、きっとみんなを守るためのものだから、今はゆっくりと、自分の心と向き合えばいいの。焦らなくても大丈夫。私が、ずっとそばにいるから」
彼女の存在は、カイルにとって、荒れ狂う嵐の中の灯台の光のようなものだった。彼女の言葉、彼女の温もり、そして彼女の揺るぎない信頼が、カイルが絶望の淵に沈みそうになるのを、何度も何度も食い止めてくれた。
カイルは、リアナの支えと、エルミートの粘り強い指導により、少しずつではあったが、自分の過敏な感受性を、恐怖ではなく、力として受け入れ始める兆しを見せていた。それは、まだ小さな変化だったが、彼の剣筋には、以前にはなかったような、迷いのない鋭さと、そしてどこか悲壮なまでの優しさが宿り始めていた。
*
そんなある満月の夜だった。
空には、まるで銀の盆のような月が煌々と輝き、無数の星々が、黒いベルベットの上に撒き散らしたダイヤモンドのように瞬いていた。
エルミートは、カイルとリアナを、庵の近くにある、星空がひときわ美しく見える小高い丘の上へと連れ出した。そこは、彼らが時折、瞑想を行う場所でもあった。
エルミートは、しばらくの間、黙って夜空を見上げていたが、やがて静かに口を開いた。
「カイルよ、リアナよ。お前たちも知っての通り、今、このユーロディア大陸は、深い闇に覆われつつある」
彼の声は、夜の静寂の中で、一層重々しく響いた。
エルミートは、改めてアキテーヌ王国の腐敗、レジナルド公爵の非道な暴政、そしてギヨーム王の無力さを語った。そして、辺境の村々で囁かれ始めた、原因不明の家畜の死、旅人の失踪、そして収穫前の作物が一夜にして枯れ果てるといった、不吉な噂についても触れた。
「これらは、単なる偶然や自然現象ではないやもしれん」
エルミートは、厳しい表情で言った。
「古の伝承に語られる『ヘルマーチャー』…ヴァルドスの眷属どもが、再びこの地にその忌まわしき影を落とし始めている兆候と見るべきじゃろう。奴らは、人心の荒廃と社会の混乱を好み、そこから力を得る。そして、今のユーロディアは、まさに奴らにとって格好の餌食となりつつあるのじゃ」
カイルは、ゴクリと唾を飲んだ。ヘルマーチャー。その名は、エルミートから何度も聞かされてきた。それは、もはや単なるおとぎ話ではなく、現実の脅威として、彼の心に重くのしかかっていた。
エルミートは、そこで一度言葉を切り、カイルの背中へと視線を向けた。
「カイルよ、お前のもつ愛と慈悲の心…それは、古の伝承に語られる、『英雄』の証やもしれんのじゃ」
カイルは、息を呑んだ。英雄の証…?
「古の伝承にはこうある。『真の英雄とは、比類なき愛と慈悲の心を持ち、民の悲しみに涙し、その涙を力に変えて立ち上がる者なり』と。お前のその心こそが、あるいは…その英雄の資質を備えているのかもしれん…」
エルミートの言葉は、カイルの心を激しく揺さぶった。自分が英雄…? そんな馬鹿なことがあるはずがない。自分は、ただの臆病で、泣き虫の、シルヴァン村の孤児に過ぎないのだ。
「それは、お前にとってあまりにも過酷な運命かもしれぬ」
エルミートの声は、どこか悲しげだった。
「じゃが、お前がこの世に生を受けた意味、そしてその印を背負う意味がそこにあるのだとしたら…それから目を背けることは、もはや許されぬのかもしれん」
恐怖と、そして逃れることのできない使命感が、カイルの内で激しく葛藤した。自分にそんな大それたことができるのだろうか。自分に、世界を救う力などあるというのだろうか。
その時、隣で、リアナがそっと彼の手を握った。その小さな手の温もりが、カイルの心に、不思議な勇気を与えてくれた。
「カイルなら、きっとできるわ」
リアナは、優しく、しかし力強い声で言った。
「だって、あなたは誰よりも優しいもの。その優しさこそが、本当の強さだって、エルミート様も言っていたじゃない。それに、あなたは一人じゃない。私も、エルミート様も、ずっとあなたのそばにいるわ」
エルミートもまた、カイルに揺るぎない眼差しを向けていた。その瞳は、お前を信じている、と雄弁に語っていた。カイルは、二人のかけがえのない信頼と愛情に、胸が熱くなるのを感じた。もう、迷ってはいられない。逃げてはいけない。
彼は、満天の星空を見上げ、そして、心の底からの叫びを、夜空へと解き放った。
「…僕の力で、人々を苦しみから救いたい…!」
その声は、まだ少年のあどけなさを残していたが、そこには、確かな決意が込められていた。
「僕のこの剣と、そしてエルミート様とリアナから学んだ知恵と勇気で、この悲しい世界に、ほんの少しでも光をもたらしたい…! そのために、僕は強くなる…! この心を、そしてこの剣を、決して迷わせないように…!」
カイルは、エルミートの方へと向き直った。その紺碧の瞳には、もはや迷いの色はなく、ただ世界を愛するがゆえの、悲壮なまでの決意の涙が滲んでいた。
「エルミート様が信じてくれた、英雄の資質と、この『獅子の傷痕』が何かを意味するのなら…僕は、決して諦めない…! この命尽きるとも!」
それは、カイルが自らの運命を受け入れ、真の英雄への道を歩み始めることを誓った、最初の、そして最も純粋な誓いだった。その誓いは、夜空の星々が見守る中、黒森の静寂に深く刻まれた。
カイルの悲壮なまでの誓いを聞いたエルミートは、どこか安堵したような、しかし同時に、深い悲しみを湛えた表情で、静かに頷いた。
「…その誓い、違えるでないぞ、カイル。お前のその純粋な思いこそが、いずれ世界を救う光となるやもしれん」
彼は、カイルの肩に、力強く手を置いた。
「じゃが、覚えておけ。真の強さとは、決して他者を打ち負かすことだけではない…時には、全てを失う覚悟をも持つことなのだ…そして、その悲しみをも力に変えることなのじゃ。それができなければ、お前は、英雄ではなく、ただの悲劇の主人公として終わってしまうじゃろう」
エルミートの言葉は、カイルの心に重く響いた。
彼の英雄への道は、今、まさに開かれようとしていた。
しかし、その非凡な才能と裏腹に、カイルは常に内なる困難と格闘していた。彼の過敏すぎる感受性――共感性とも呼べるその特性は、剣術の修練に不可欠な精神集中を、容赦なく妨げるのだ。
庵の裏手にある、苔むした岩に囲まれた静かな訓練場。そこは、外界から完全に隔絶された、修練には最適な場所のはずだった。だが、カイルにとっては、そうではなかった。
木剣を握り、エルミートの指示通りに型を繰り返す。その最中にも、彼の意識は、まるでアンテナのように、周囲のあらゆる微細な変化を拾い上げてしまう。
森の木々を渡る風の音の変化。遠くで鳴く小鳥の、喜びとも悲しみともつかぬ微細な声色。訓練を見守るリアナの、心配そうな息遣い。そして何よりも、指導するエルミートの心の奥底にある、期待と、そして僅かな不安の揺らぎ。
それら全てが、カイルの心にさざ波を立て、彼の剣筋を乱し、呼吸を浅くさせた。
「エルミート様…またです…」
ある日の修練中、カイルはついに木剣を取り落とし、その場に膝をついた。その顔は苦悶に歪み、額には脂汗が滲んでいる。
「心が…何かに引きずられて…剣に集中できません…! どうして…どうして僕は、こんなにも弱いんだ…!」
自分のこの特異な感受性が、剣の道においても障害となる。その事実は、カイルにとって、耐え難いほどの絶望と自己嫌悪をもたらしていた。強くなりたい。リアナを、そしていつか苦しむ人々を守れるようになりたい。そう願えば願うほど、自分の心の脆さが、彼を打ちのめすのだった。
エルミートは、そんなカイルの苦悩を、静かに見つめていた。彼の老いた瞳には、厳しさの中に、深い理解と憐憫の色が浮かんでいる。
「カイルよ」
エルミートは、ゆっくりとカイルのそばに歩み寄ると、その肩にそっと手を置いた。
「お前のその心は、確かに鋭敏すぎる刃のようじゃな。些細なことにも傷つき、揺らぎやすい。じゃが、それは決して弱さではない」
カイルは、驚いて顔を上げた。弱さではない? では、これは一体何なのだというのか。
「その刃を、ただ闇雲に振り回すのではなく、正しく鞘に収める術を学べば、それは何よりも強靭な盾となり、そして何よりも優しい剣となるのじゃ」
エルミートは、諭すように言った。
「他者の痛みを感じるからこそ、お前の剣は、決して命を奪うためだけのものではなく、真に命を守るために振るわれるべきなのだ。怒りや恐怖、あるいは他者の負の感情に、お前の心を支配させてはならぬ。静かなる湖面のように、全てを映し出し、しかし決して揺らがぬ不動の心を、この剣の修練を通じて見つけ出すのじゃ」
エルミートは、カイルに、強引にその感受性を押さえつけるのではなく、それを受け入れ、昇華させる道を説いた。それは、古の剣士たちが実践したという瞑想法であり、自然との対話を通じて精神を鍛える方法だった。
「お前のその深い共感の心を、恐れるな。むしろ、それを剣に乗せるのだ。相手の動きを読み、相手の心の隙を見抜き、そして何よりも、相手の命の重みを感じながら剣を振るえ。それこそが、お前だけの『悲涙の剣』となるやもしれん」
エルミートの言葉は、カイルの心に深く染み入った。自分のこの感受性は、弱さではなく、力になるのかもしれない。そう思うと、ほんの少しだけ、胸のつかえが取れたような気がした。
*
リアナは、精神修練に苦しむカイルを、献身的に支え続けた。彼女は、エルミートの教えを、カイルが理解しやすいように、自分なりの言葉で彼に伝えた。
「カイル、あなたは一人で全部感じ取ろうとしなくていいのよ」
彼女は、カイルが瞑想に集中できずに苦しんでいる時、そっとその手を握りながら言った。
「あなたのその優しい心は、きっとみんなを守るためのものだから、今はゆっくりと、自分の心と向き合えばいいの。焦らなくても大丈夫。私が、ずっとそばにいるから」
彼女の存在は、カイルにとって、荒れ狂う嵐の中の灯台の光のようなものだった。彼女の言葉、彼女の温もり、そして彼女の揺るぎない信頼が、カイルが絶望の淵に沈みそうになるのを、何度も何度も食い止めてくれた。
カイルは、リアナの支えと、エルミートの粘り強い指導により、少しずつではあったが、自分の過敏な感受性を、恐怖ではなく、力として受け入れ始める兆しを見せていた。それは、まだ小さな変化だったが、彼の剣筋には、以前にはなかったような、迷いのない鋭さと、そしてどこか悲壮なまでの優しさが宿り始めていた。
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そんなある満月の夜だった。
空には、まるで銀の盆のような月が煌々と輝き、無数の星々が、黒いベルベットの上に撒き散らしたダイヤモンドのように瞬いていた。
エルミートは、カイルとリアナを、庵の近くにある、星空がひときわ美しく見える小高い丘の上へと連れ出した。そこは、彼らが時折、瞑想を行う場所でもあった。
エルミートは、しばらくの間、黙って夜空を見上げていたが、やがて静かに口を開いた。
「カイルよ、リアナよ。お前たちも知っての通り、今、このユーロディア大陸は、深い闇に覆われつつある」
彼の声は、夜の静寂の中で、一層重々しく響いた。
エルミートは、改めてアキテーヌ王国の腐敗、レジナルド公爵の非道な暴政、そしてギヨーム王の無力さを語った。そして、辺境の村々で囁かれ始めた、原因不明の家畜の死、旅人の失踪、そして収穫前の作物が一夜にして枯れ果てるといった、不吉な噂についても触れた。
「これらは、単なる偶然や自然現象ではないやもしれん」
エルミートは、厳しい表情で言った。
「古の伝承に語られる『ヘルマーチャー』…ヴァルドスの眷属どもが、再びこの地にその忌まわしき影を落とし始めている兆候と見るべきじゃろう。奴らは、人心の荒廃と社会の混乱を好み、そこから力を得る。そして、今のユーロディアは、まさに奴らにとって格好の餌食となりつつあるのじゃ」
カイルは、ゴクリと唾を飲んだ。ヘルマーチャー。その名は、エルミートから何度も聞かされてきた。それは、もはや単なるおとぎ話ではなく、現実の脅威として、彼の心に重くのしかかっていた。
エルミートは、そこで一度言葉を切り、カイルの背中へと視線を向けた。
「カイルよ、お前のもつ愛と慈悲の心…それは、古の伝承に語られる、『英雄』の証やもしれんのじゃ」
カイルは、息を呑んだ。英雄の証…?
「古の伝承にはこうある。『真の英雄とは、比類なき愛と慈悲の心を持ち、民の悲しみに涙し、その涙を力に変えて立ち上がる者なり』と。お前のその心こそが、あるいは…その英雄の資質を備えているのかもしれん…」
エルミートの言葉は、カイルの心を激しく揺さぶった。自分が英雄…? そんな馬鹿なことがあるはずがない。自分は、ただの臆病で、泣き虫の、シルヴァン村の孤児に過ぎないのだ。
「それは、お前にとってあまりにも過酷な運命かもしれぬ」
エルミートの声は、どこか悲しげだった。
「じゃが、お前がこの世に生を受けた意味、そしてその印を背負う意味がそこにあるのだとしたら…それから目を背けることは、もはや許されぬのかもしれん」
恐怖と、そして逃れることのできない使命感が、カイルの内で激しく葛藤した。自分にそんな大それたことができるのだろうか。自分に、世界を救う力などあるというのだろうか。
その時、隣で、リアナがそっと彼の手を握った。その小さな手の温もりが、カイルの心に、不思議な勇気を与えてくれた。
「カイルなら、きっとできるわ」
リアナは、優しく、しかし力強い声で言った。
「だって、あなたは誰よりも優しいもの。その優しさこそが、本当の強さだって、エルミート様も言っていたじゃない。それに、あなたは一人じゃない。私も、エルミート様も、ずっとあなたのそばにいるわ」
エルミートもまた、カイルに揺るぎない眼差しを向けていた。その瞳は、お前を信じている、と雄弁に語っていた。カイルは、二人のかけがえのない信頼と愛情に、胸が熱くなるのを感じた。もう、迷ってはいられない。逃げてはいけない。
彼は、満天の星空を見上げ、そして、心の底からの叫びを、夜空へと解き放った。
「…僕の力で、人々を苦しみから救いたい…!」
その声は、まだ少年のあどけなさを残していたが、そこには、確かな決意が込められていた。
「僕のこの剣と、そしてエルミート様とリアナから学んだ知恵と勇気で、この悲しい世界に、ほんの少しでも光をもたらしたい…! そのために、僕は強くなる…! この心を、そしてこの剣を、決して迷わせないように…!」
カイルは、エルミートの方へと向き直った。その紺碧の瞳には、もはや迷いの色はなく、ただ世界を愛するがゆえの、悲壮なまでの決意の涙が滲んでいた。
「エルミート様が信じてくれた、英雄の資質と、この『獅子の傷痕』が何かを意味するのなら…僕は、決して諦めない…! この命尽きるとも!」
それは、カイルが自らの運命を受け入れ、真の英雄への道を歩み始めることを誓った、最初の、そして最も純粋な誓いだった。その誓いは、夜空の星々が見守る中、黒森の静寂に深く刻まれた。
カイルの悲壮なまでの誓いを聞いたエルミートは、どこか安堵したような、しかし同時に、深い悲しみを湛えた表情で、静かに頷いた。
「…その誓い、違えるでないぞ、カイル。お前のその純粋な思いこそが、いずれ世界を救う光となるやもしれん」
彼は、カイルの肩に、力強く手を置いた。
「じゃが、覚えておけ。真の強さとは、決して他者を打ち負かすことだけではない…時には、全てを失う覚悟をも持つことなのだ…そして、その悲しみをも力に変えることなのじゃ。それができなければ、お前は、英雄ではなく、ただの悲劇の主人公として終わってしまうじゃろう」
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