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第二章 聖教の黒炎、ドミニクの狂信
第23話:イザボーの危険な賭けと迫りくる二重の罠
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ジャン=ピエール・マルシャンが異端の容疑で逮捕され、聖教の地下牢で過酷な拷問を受けている――その衝撃的な報せは、イザボー・エレオノール・ド・ヴァロワの心を、鋭利な氷の刃で抉られるかのような深い悲しみと、そして内臓が煮え繰り返るような激しい怒りで満たした。
マルシャンは亡き父アンリ公爵の代からの、ヴァロワ家にとって最も忠実で、そして最も頼りになる支援者であった。それだけでなく、イザボー自身にとっても幼い頃から何かと目をかけ、その温厚な笑顔と慈悲深い心で彼女を優しく見守ってくれた、まるで家族のような存在だった。
その彼が、全くの無実の罪で狂信的な異端審問官ドミニク・ギルフォードの毒牙にかかっている。このままでは、マルシャンは拷問の末に偽りの自白を強要され処刑されることは火を見るよりも明らかだった。
「マルシャン殿まで、あのレジナルドとドミニクの卑劣な罠にかかるとは…! あの者たちは、本当に人の心を持たぬ血も涙もない悪魔だわ…! このままではヴァロワ家に関わった全ての者が一人残らず、あの狂信者の手によって虫けらのように惨殺されてしまう…! 何とかしなければ…! でも、今の私に。この私一人に、一体何ができるというの…? 父上も、マルコム卿も、そして今度はマルシャン殿も…皆、私のこの無力さゆえに次々と犠牲になっていく…!」
彼女は、自らのあまりの無力さに唇をきつく噛み締め、その美しい顔を苦悩に歪ませた。悔し涙が止めどなく溢れ出しそうになる。しかし、いつまでも悲嘆に暮れているわけにはいかない。マルシャンを見殺しにすれば、亡き父アンリ公の魂に、そしてヴァロワ家の誇りに顔向けできない。そして何よりも、それはあの忌まわしき摂政レジナルドの思う壺だ。
イザボーは、唯一心から信頼できる侍女、マリーアンヌ・ボフォールを自室に呼び寄せた。マリーアンヌは、イザボーが幼い頃から彼女に仕え、どんな時も彼女の味方であり続け、そしてヴァロワ家の危機を誰よりも憂いている、忠実で勇敢な女性だった。
「マリーアンヌ…聞いてちょうだい。ジャン=ピエール・マルシャン殿のことで、あなたに頼みたいことがあるの。これは非常に危険なことよ…もしかしたら、私たち二人とも命を落とすことになるかもしれない。それでも…それでも、あなたはこの私についてきてくれるかしら?」
イザボーの声は震えていたが、その瞳の奥には、もはや後戻りはできないという悲壮なまでの決意が宿っていた。
マリーアンヌは、イザボーのそのただならぬ様子と、その言葉の裏に隠された覚悟を瞬時に察し、静かに力強く頷いた。
「お嬢様。何を今更水臭いことを仰せられますか。このマリーアンヌ・ボフォール、お嬢様のためならば、たとえそれが火の中、水の中、いえ、地獄の底であろうとも、どこまでもお供いたしますわ。この命、いつでもお嬢様のために捧げる覚悟は、とうの昔にできております。どうか、何なりとお申し付けくださいませ。」
マリーアンヌのその揺るぎない忠誠の言葉に、イザボーは僅かに涙ぐみながらも、その胸の内に秘めた危険極まりない決意を、さらに固めたのだった。
*
イザボーは、数少ない手駒であり、そして今のところ彼女の美貌と悲劇的な境遇に完全に心酔しきっている、レジナルド派の若き貴族アルマン・ド・モンフォール卿を、この絶望的な状況を打開するための「駒」として利用することを決意する。彼女は、アルマン卿を自らのヴァロワ家の屋敷に、「極秘の、そしてあなた様のお力だけが頼りのご相談があるのです」という名目で、深夜密かに招き入れた。
その夜のイザボーは、これまでにないほど妖艶で、そしてどこか儚げな、抗いがたい魅力を全身から漂わせていた。彼女はアルマン卿を私室へと通すと、まるで助けを求める傷ついた小鳥のように、その美しい身を震わせながら涙ながらに訴えかけた。
「アルマン様…! このイザボーにはもはや、あなた様だけが、そしてヴァロワ家にとっては、あなた様だけが唯一の頼りでございますの…!」
彼女の声は、悲しみと懇願で潤んでいた。
「ジャン=ピエール・マルシャン殿は、亡き父が最も信頼し、そしてこの私もまた、幼き頃より心から尊敬申し上げていたアキテーヌの誇るべき、そして何よりも尊敬する商人…その彼が異端者であるなど、断じて、断じてありえませんわ! これはきっと何かの間違い…いえ、おそらくは誰かの、卑劣で残忍な陰謀に違いありません! このままではマルシャン殿は、全くの無実の罪で、あの冷酷非情なドミニク審問官の手によって無残にもその尊い命を奪われてしまいます…!」
彼女の美しい瞳からは、真珠のような大粒の涙がとめどなく溢れ出し、その白い絹のような頬を濡らす。その姿は、どんな鉄石心腸の男でも心を動かさずにはいられないほどの、悲痛な美しさに満ちていた。
イザボーは、アルマン卿の手にそっと自らの手を重ねた。
「どうか、アルマン様…あなた様のその比類なきお力で、マルシャン殿を、あの恐ろしい聖教の地下牢から救い出してはいただけませんでしょうか…? ドミニク審問官の手が二度と届かぬ、安全な場所へと…もし、マルシャン殿をお救いいただけたなら…このイザボー、あなた様にどのようなお礼でも…どのようなことでも喜んで…この身さえも…」
イザボーはそこで言葉を切り、潤んだ瞳でアルマン卿を熱っぽく見つめた。その視線は、男の心の奥底にある最も原始的な欲望を掻き立てるような、魔性の輝きを放っていた。
アルマン・ド・モンフォール卿は、イザボーのその妖艶な魅力と悲痛な願い、そして最後の言葉に含まれた甘美な暗示に完全に心を奪われ、もはや理性を失っていた。彼はイザボーのその小さな手を力強く握り返すと、まるで恋に狂った詩人のように情熱的な声で誓った。
「おお、我が麗しのイザボー嬢…! あなたのそのお美しい瞳を、これ以上一滴たりとも涙で曇らせるわけにはまいりませぬ! このアルマン・ド・モンフォール。我が騎士の名誉と、そしてこの命に代えましても、必ずやマルシャン殿を救い出し、あなた様のもとへ無事にお届けいたしますぞ! そして、その暁には…どうかこの私に、あなた様の愛を…!」
アルマン卿は、イザボーが自分を本気で愛してくれているのだと、愚かにも完全に信じ込んでいた。彼はただ、この美しいヴァロワ家の薔薇を手折ることだけを夢見ていた。
*
しかし、ヴァロワ家の屋敷のその密やかな一室で行われた、イザボーとアルマン卿のその熱烈な密会の一部始終は、既に摂政レジナルド公爵の最も忠実な猟犬であるギルバート男爵の張り巡らせた、蜘蛛の巣のような密偵の網に正確に、詳細に捉えられていた。
ギルバート男爵は、その報告を王宮の自らの執務室で聞きながら、その薄い唇に薄汚い笑みを浮かべていた。
「ほう、ヴァロワのあの小娘め、今度はアルマンのあの色狂いを手玉に取って、マルシャンを救い出そうと企んでおるのか。実に健気なことよな。だが、あまりにも浅はかで、見え透いた子供騙しの芝居ではないか。あの小娘、自分がどれほど危険な、そして底なしの獣の檻の中に自ら進んで足を踏み入れているのか、まだ全く理解しておらんらしい。全ては、我が偉大なる主君、摂政レジナルド公爵閣下のその広大なる掌の上で踊らされているだけだということをな。」
ギルバートは、この情報を直ちにレジナルド公爵に報告した。レジナルドは、イザボーのその大胆な、しかし彼にとっては稚拙な行動を驚くどころか、むしろ待っていましたとばかりに、その冷徹な計算高さで次なる巧妙な罠を仕掛けるための絶好の好機と捉えた。
*
摂政レジナルド公爵は、ギルバート男爵からの報告を受け、確かな満足の色を浮かべた。
「面白い…実に面白いぞギルバート。あのヴァロワの小娘、なかなか楽しませてくれるではないか。あの気位の高かった父アンリの血を色濃く受け継いでいると見える。だが、その若さ故の浅はかさと、女特有の感情的な行動が、いずれ必ずや命取りとなるであろう。ならばこちらも、その幼稚な芝居にとことん付き合ってやろうではないか。むしろ、その芝居を我々のための、より壮大で、より血生臭い舞台へと作り変えてやろうぞ。」
レジナルドは、ギルバート男爵に新たな、残忍極まりない二重の罠を仕掛けるよう指示を与えた。
「まず、アルマンの馬鹿には、ジャン=ピエール・マルシャン救出を首尾よく、そして劇的に成功させたかのように見せかけよ。聖教の牢の警備は、わざと手薄にするのだ。内通者も数名用意しておけ。あの男が、自分が英雄になったと錯覚するようにな。ただし、その見せかけの救出劇は、我々が仕組んだもう一つの罠への甘美な入り口とするのだ。」
レジナルドの瞳が、冷たく光った。
「マルシャンを救い出したアルマンとイザボーが、その成功を祝い、そして愛を語り合うために密かに落ち合おうとする場所…そこを、ヴァロワ家残党による『国王ギヨーム陛下暗殺計画』のまさにその実行現場に仕立て上げるのだ。」
「そして、その『反逆の企て』の情報を事前に、あの狂信的な若造、ドミニク審問官にそれとなくリークしておくのだ。あの男ならば、証拠の真偽など確かめもせず喜んでその『聖なる浄化』の任を引き受けるであろう。そしてその場に『偶然』、いや、私が『お連れ申した』国王ギヨーム陛下ご自身が居合わせ、ドミニク審問官がその反逆者どもを、陛下の御前で現行犯で捕らえる…という筋書きはどうだ? これで、ヴァロワ家は完全に息の根を止められ、そしてアルマンのような、もはや利用価値のなくなった愚かな貴族も一掃できる。」
「まさに、一石二鳥、いや、それ以上の効果があるではないか。そして何よりも、イザボー・エレオノール・ド・ヴァロワ…あの気位の高い美しい薔薇が、絶望の中でその花びらを一枚一枚無残に引き裂かれ、どのように枯れ果てていくのか、それを高みから見物するのも、また一興というものよ。」
彼は、人の心を踏みにじり、その絶望を糧とすることに歪んだ、そして底知れぬ悦びを感じているかのようだった。
*
アルマン・ド・モンフォール卿は、イザボーの熱烈な依頼と、その後の甘美な約束を胸に、自らの家臣や金で買収した聖堂騎士の一部を使って、ジャン=ピエール・マルシャンを異端審問所の地下牢から救い出すための計画を、着々と立て始めていた。彼は、この危険な計画が成功すれば、イザボーの真の愛と、そして摂政レジナルド公爵からのさらなる信頼と高い地位を得られるのだと、愚かにも、そして完全に信じ込んでいた。彼の頭の中は、薔薇色の未来で満たされていた。
イザボーは、そのアルマン卿の動きを冷静に見守っていた。彼女は、自分が仕掛けたはずのゲームが、実はもっと大きな、そしてもっと恐ろしい誰かの手によって巧妙に操られているのではないかという、漠然とした、無視できない恐怖に囚われ始めていた。だが、もはや後戻りはできない。マルシャンを救うためには、この危険な賭けに乗るしかなかったのだ。
一方、異端審問官ドミニク・ギルフォードは、摂政レジナルド公爵から、「国王ギヨーム陛下を密かに狙う、ヴァロワ家と繋がりのある異端者の陰謀がある」という極秘の、そして偽りの情報を受け、その卑劣な反逆者どもを自らの手で捕らえ、神の正義の鉄槌を下すことに狂信的な使命感と期待感をその胸の内に激しく燃え上がらせていた。
マルシャンは亡き父アンリ公爵の代からの、ヴァロワ家にとって最も忠実で、そして最も頼りになる支援者であった。それだけでなく、イザボー自身にとっても幼い頃から何かと目をかけ、その温厚な笑顔と慈悲深い心で彼女を優しく見守ってくれた、まるで家族のような存在だった。
その彼が、全くの無実の罪で狂信的な異端審問官ドミニク・ギルフォードの毒牙にかかっている。このままでは、マルシャンは拷問の末に偽りの自白を強要され処刑されることは火を見るよりも明らかだった。
「マルシャン殿まで、あのレジナルドとドミニクの卑劣な罠にかかるとは…! あの者たちは、本当に人の心を持たぬ血も涙もない悪魔だわ…! このままではヴァロワ家に関わった全ての者が一人残らず、あの狂信者の手によって虫けらのように惨殺されてしまう…! 何とかしなければ…! でも、今の私に。この私一人に、一体何ができるというの…? 父上も、マルコム卿も、そして今度はマルシャン殿も…皆、私のこの無力さゆえに次々と犠牲になっていく…!」
彼女は、自らのあまりの無力さに唇をきつく噛み締め、その美しい顔を苦悩に歪ませた。悔し涙が止めどなく溢れ出しそうになる。しかし、いつまでも悲嘆に暮れているわけにはいかない。マルシャンを見殺しにすれば、亡き父アンリ公の魂に、そしてヴァロワ家の誇りに顔向けできない。そして何よりも、それはあの忌まわしき摂政レジナルドの思う壺だ。
イザボーは、唯一心から信頼できる侍女、マリーアンヌ・ボフォールを自室に呼び寄せた。マリーアンヌは、イザボーが幼い頃から彼女に仕え、どんな時も彼女の味方であり続け、そしてヴァロワ家の危機を誰よりも憂いている、忠実で勇敢な女性だった。
「マリーアンヌ…聞いてちょうだい。ジャン=ピエール・マルシャン殿のことで、あなたに頼みたいことがあるの。これは非常に危険なことよ…もしかしたら、私たち二人とも命を落とすことになるかもしれない。それでも…それでも、あなたはこの私についてきてくれるかしら?」
イザボーの声は震えていたが、その瞳の奥には、もはや後戻りはできないという悲壮なまでの決意が宿っていた。
マリーアンヌは、イザボーのそのただならぬ様子と、その言葉の裏に隠された覚悟を瞬時に察し、静かに力強く頷いた。
「お嬢様。何を今更水臭いことを仰せられますか。このマリーアンヌ・ボフォール、お嬢様のためならば、たとえそれが火の中、水の中、いえ、地獄の底であろうとも、どこまでもお供いたしますわ。この命、いつでもお嬢様のために捧げる覚悟は、とうの昔にできております。どうか、何なりとお申し付けくださいませ。」
マリーアンヌのその揺るぎない忠誠の言葉に、イザボーは僅かに涙ぐみながらも、その胸の内に秘めた危険極まりない決意を、さらに固めたのだった。
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イザボーは、数少ない手駒であり、そして今のところ彼女の美貌と悲劇的な境遇に完全に心酔しきっている、レジナルド派の若き貴族アルマン・ド・モンフォール卿を、この絶望的な状況を打開するための「駒」として利用することを決意する。彼女は、アルマン卿を自らのヴァロワ家の屋敷に、「極秘の、そしてあなた様のお力だけが頼りのご相談があるのです」という名目で、深夜密かに招き入れた。
その夜のイザボーは、これまでにないほど妖艶で、そしてどこか儚げな、抗いがたい魅力を全身から漂わせていた。彼女はアルマン卿を私室へと通すと、まるで助けを求める傷ついた小鳥のように、その美しい身を震わせながら涙ながらに訴えかけた。
「アルマン様…! このイザボーにはもはや、あなた様だけが、そしてヴァロワ家にとっては、あなた様だけが唯一の頼りでございますの…!」
彼女の声は、悲しみと懇願で潤んでいた。
「ジャン=ピエール・マルシャン殿は、亡き父が最も信頼し、そしてこの私もまた、幼き頃より心から尊敬申し上げていたアキテーヌの誇るべき、そして何よりも尊敬する商人…その彼が異端者であるなど、断じて、断じてありえませんわ! これはきっと何かの間違い…いえ、おそらくは誰かの、卑劣で残忍な陰謀に違いありません! このままではマルシャン殿は、全くの無実の罪で、あの冷酷非情なドミニク審問官の手によって無残にもその尊い命を奪われてしまいます…!」
彼女の美しい瞳からは、真珠のような大粒の涙がとめどなく溢れ出し、その白い絹のような頬を濡らす。その姿は、どんな鉄石心腸の男でも心を動かさずにはいられないほどの、悲痛な美しさに満ちていた。
イザボーは、アルマン卿の手にそっと自らの手を重ねた。
「どうか、アルマン様…あなた様のその比類なきお力で、マルシャン殿を、あの恐ろしい聖教の地下牢から救い出してはいただけませんでしょうか…? ドミニク審問官の手が二度と届かぬ、安全な場所へと…もし、マルシャン殿をお救いいただけたなら…このイザボー、あなた様にどのようなお礼でも…どのようなことでも喜んで…この身さえも…」
イザボーはそこで言葉を切り、潤んだ瞳でアルマン卿を熱っぽく見つめた。その視線は、男の心の奥底にある最も原始的な欲望を掻き立てるような、魔性の輝きを放っていた。
アルマン・ド・モンフォール卿は、イザボーのその妖艶な魅力と悲痛な願い、そして最後の言葉に含まれた甘美な暗示に完全に心を奪われ、もはや理性を失っていた。彼はイザボーのその小さな手を力強く握り返すと、まるで恋に狂った詩人のように情熱的な声で誓った。
「おお、我が麗しのイザボー嬢…! あなたのそのお美しい瞳を、これ以上一滴たりとも涙で曇らせるわけにはまいりませぬ! このアルマン・ド・モンフォール。我が騎士の名誉と、そしてこの命に代えましても、必ずやマルシャン殿を救い出し、あなた様のもとへ無事にお届けいたしますぞ! そして、その暁には…どうかこの私に、あなた様の愛を…!」
アルマン卿は、イザボーが自分を本気で愛してくれているのだと、愚かにも完全に信じ込んでいた。彼はただ、この美しいヴァロワ家の薔薇を手折ることだけを夢見ていた。
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しかし、ヴァロワ家の屋敷のその密やかな一室で行われた、イザボーとアルマン卿のその熱烈な密会の一部始終は、既に摂政レジナルド公爵の最も忠実な猟犬であるギルバート男爵の張り巡らせた、蜘蛛の巣のような密偵の網に正確に、詳細に捉えられていた。
ギルバート男爵は、その報告を王宮の自らの執務室で聞きながら、その薄い唇に薄汚い笑みを浮かべていた。
「ほう、ヴァロワのあの小娘め、今度はアルマンのあの色狂いを手玉に取って、マルシャンを救い出そうと企んでおるのか。実に健気なことよな。だが、あまりにも浅はかで、見え透いた子供騙しの芝居ではないか。あの小娘、自分がどれほど危険な、そして底なしの獣の檻の中に自ら進んで足を踏み入れているのか、まだ全く理解しておらんらしい。全ては、我が偉大なる主君、摂政レジナルド公爵閣下のその広大なる掌の上で踊らされているだけだということをな。」
ギルバートは、この情報を直ちにレジナルド公爵に報告した。レジナルドは、イザボーのその大胆な、しかし彼にとっては稚拙な行動を驚くどころか、むしろ待っていましたとばかりに、その冷徹な計算高さで次なる巧妙な罠を仕掛けるための絶好の好機と捉えた。
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摂政レジナルド公爵は、ギルバート男爵からの報告を受け、確かな満足の色を浮かべた。
「面白い…実に面白いぞギルバート。あのヴァロワの小娘、なかなか楽しませてくれるではないか。あの気位の高かった父アンリの血を色濃く受け継いでいると見える。だが、その若さ故の浅はかさと、女特有の感情的な行動が、いずれ必ずや命取りとなるであろう。ならばこちらも、その幼稚な芝居にとことん付き合ってやろうではないか。むしろ、その芝居を我々のための、より壮大で、より血生臭い舞台へと作り変えてやろうぞ。」
レジナルドは、ギルバート男爵に新たな、残忍極まりない二重の罠を仕掛けるよう指示を与えた。
「まず、アルマンの馬鹿には、ジャン=ピエール・マルシャン救出を首尾よく、そして劇的に成功させたかのように見せかけよ。聖教の牢の警備は、わざと手薄にするのだ。内通者も数名用意しておけ。あの男が、自分が英雄になったと錯覚するようにな。ただし、その見せかけの救出劇は、我々が仕組んだもう一つの罠への甘美な入り口とするのだ。」
レジナルドの瞳が、冷たく光った。
「マルシャンを救い出したアルマンとイザボーが、その成功を祝い、そして愛を語り合うために密かに落ち合おうとする場所…そこを、ヴァロワ家残党による『国王ギヨーム陛下暗殺計画』のまさにその実行現場に仕立て上げるのだ。」
「そして、その『反逆の企て』の情報を事前に、あの狂信的な若造、ドミニク審問官にそれとなくリークしておくのだ。あの男ならば、証拠の真偽など確かめもせず喜んでその『聖なる浄化』の任を引き受けるであろう。そしてその場に『偶然』、いや、私が『お連れ申した』国王ギヨーム陛下ご自身が居合わせ、ドミニク審問官がその反逆者どもを、陛下の御前で現行犯で捕らえる…という筋書きはどうだ? これで、ヴァロワ家は完全に息の根を止められ、そしてアルマンのような、もはや利用価値のなくなった愚かな貴族も一掃できる。」
「まさに、一石二鳥、いや、それ以上の効果があるではないか。そして何よりも、イザボー・エレオノール・ド・ヴァロワ…あの気位の高い美しい薔薇が、絶望の中でその花びらを一枚一枚無残に引き裂かれ、どのように枯れ果てていくのか、それを高みから見物するのも、また一興というものよ。」
彼は、人の心を踏みにじり、その絶望を糧とすることに歪んだ、そして底知れぬ悦びを感じているかのようだった。
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アルマン・ド・モンフォール卿は、イザボーの熱烈な依頼と、その後の甘美な約束を胸に、自らの家臣や金で買収した聖堂騎士の一部を使って、ジャン=ピエール・マルシャンを異端審問所の地下牢から救い出すための計画を、着々と立て始めていた。彼は、この危険な計画が成功すれば、イザボーの真の愛と、そして摂政レジナルド公爵からのさらなる信頼と高い地位を得られるのだと、愚かにも、そして完全に信じ込んでいた。彼の頭の中は、薔薇色の未来で満たされていた。
イザボーは、そのアルマン卿の動きを冷静に見守っていた。彼女は、自分が仕掛けたはずのゲームが、実はもっと大きな、そしてもっと恐ろしい誰かの手によって巧妙に操られているのではないかという、漠然とした、無視できない恐怖に囚われ始めていた。だが、もはや後戻りはできない。マルシャンを救うためには、この危険な賭けに乗るしかなかったのだ。
一方、異端審問官ドミニク・ギルフォードは、摂政レジナルド公爵から、「国王ギヨーム陛下を密かに狙う、ヴァロワ家と繋がりのある異端者の陰謀がある」という極秘の、そして偽りの情報を受け、その卑劣な反逆者どもを自らの手で捕らえ、神の正義の鉄槌を下すことに狂信的な使命感と期待感をその胸の内に激しく燃え上がらせていた。
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