The Lone Hero ~The Age of Iron and Blood~

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第二章 聖教の黒炎、ドミニクの狂信

第25話:狂信の鉄槌と絶望の叫び

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 深夜、ヴァロワ家の屋敷の人目につきにくい離れの一室。揺らめく蝋燭の灯りが、部屋の中央に置かれたテーブルと、そこに置かれた葡萄酒の杯、そして向かい合って座る二人の男女の顔を照らし出していた。部屋には甘く、そしてどこか男心を惑わすような官能的な香油の香りが濃密に漂っている。

 アルマン・ド・モンフォール卿は、目の前に座るイザボー・エレオノール・ド・ヴァロワの、そのあまりの美しさと妖艶な魅力にもはや完全に心を奪われていた。彼女の白い肌は蝋燭の光を浴びて淡く輝き、その紫色の瞳は潤んで熱っぽく、まるで彼を誘っているかのようだ。葡萄酒の酔いも手伝って、彼の頭の中はこの後の甘美な展開への期待で沸騰しそうだった。

「イザボー嬢…いや、もはや、私の愛しいイザボーと呼んでもよろしいかな?」

 アルマン卿は震える手でイザボーの白い手を握りしめ、熱に浮かされたように囁いた。

「今宵のあなたはまるで夜空に輝く月光よりも遥かに美しく、そして魅惑的だ…。このアルマン、あなたのためならばどのような危険も厭いはしませぬ。あのマルシャン殿の救出などほんの序の口。いずれは、あの忌まわしき摂政レジナルド公爵をも打ち倒し、あなたと共に、このアキテーヌに新たな輝かしい時代を築いてみせましょうぞ…!」

 彼は、本気でそう信じていた。

 この美しいヴァロワ家の令嬢の愛を完全に手に入れ、そして彼女と共にアキテーヌの未来を担うのだと。そのあまりにも愚かで都合の良い夢に彼は完全に酔いしれていた。

 イザボーは、内心の深い嫌悪感と言いようのない焦燥感を、必死にその美しい仮面の下に押し殺していた。彼女は、アルマン卿に媚びるような、か弱く、そして甘美な笑みを浮かべ、その言葉に熱心に相槌を打っていた。

「まあ、アルマン様…あなた様のその熱く、そして力強いお言葉…このイザボーの心は、まるで炎のように燃え上がっておりますわ…」

(この男…あまりにも愚かだわ…。でも、それ故に危険でもある。マルシャン殿を一刻も早くこの王都から無事に脱出させるには、何としてもこの男をこの場に繋ぎ止めておかなければならない…。それにしても…今宵の空気…なぜかしら、胸騒ぎがするわ。何か…何か見えない糸に操られているような、漠然とした不安を感じる…。まさかとは思うけれど…)

 彼女の鋭敏な五感は、既に迫りくる危機を漠然とではあるが、確実に感じ取っていた。窓の外の闇がいつもよりも深く、そして重く感じられる。虫の音さえも、どこか不吉な響きを帯びているかのようだ。

 *

 そして、アルマン卿が欲望に満ちた目をイザボーの潤んだ唇に向け、自らの顔を近づけようとした、その瞬間だった。

「神の御名において、反逆者どもに鉄槌を下す!!」

 離れの質素な木の扉が凄まじい轟音と共に蹴破られた。そして、雪崩を打って、抜き身の剣を煌めかせ、武装した聖堂騎士団の兵士たちが次々と部屋の中へなだれ込んできた。

 その先頭には、異端審問官ドミニク・ギルフォードが、その右手に禍々しいまでに輝く銀の聖印を高々と掲げ、その左手には血塗られた聖書を握りしめ、その瞳に狂信的な地獄の炎を燃やして、まるで復讐の天使のように立ちはだかっていた。



「ヴァロワの魔女イザボー! そして、その色香に惑わされし愚か者、アルマン・ド・モンフォールよ! 貴様ら!聖なるアキテーヌ国王ギヨーム陛下に対する、恐るべき暗殺計画を企てていたこと、全能なる神は、そしてこの神の代理人たるドミニク・ギルフォードは全てお見通しである! もはや逃れる術はない! 大人しく神の裁きを受け、縄にかかれ!」

 アルマン卿は、突然の事態の急変に何が起こったのかも理解できず、ただ恐怖に顔を引きつらせ、呆然と立ち尽くしていた。葡萄酒の酔いなど、一瞬にして吹き飛んでしまった。

「な、何を…何を言われるのですか、審問官殿! これは、一体。何かの間違いでは…!? 私は、ただイザボー嬢と、その…親睦を深めていただけのことで…」

 アルマン卿のその狼狽しきった声は、ドミニクの冷笑によって無慈悲にかき消された。

 イザボーは、その瞬間、全てを悟った。血の気が引くような、絶対的な絶望感と共に。

 これは、摂政レジナルド・ド・ヴァランスが仕掛けた幾重にも張り巡らされた巧妙で残忍な罠だったのだと。ジャン=ピエール・マルシャンの「救出劇」そのものが、自分たちをこの絶望的な状況へと誘い込み、そして反逆者の汚名を着せるための、周到に仕組まれた罠だったのだ。

「くっ…! やられたわ…! あの悪魔め…!」

 イザボーは、唇を噛み締め、その美しい顔に激しい怒りと、そして深い絶望の色を浮かべた。

 聖堂騎士団の兵士たちの後方からは、地獄の番犬のようにギルバート男爵率いる黒狼兵団の屈強な兵士たちが、現れ、離れの全ての退路を完全に断っていた。もはや、鼠一匹逃れることのできない、完璧な包囲網だった。

 *

「そして、ここに隠れている大罪人も、神の光の前に引きずり出せ!」

 ドミニクのその狂気に満ちた号令一下、数名の聖堂騎士たちが、離れのにある粗末な寝台が置かれただけの小屋の扉を、乱暴に蹴破った。

 そこには、衰弱しきった体で、イザボーが手配した馬車を待っていたジャン=ピエール・マルシャンが横たわっていた。彼は、今まさに、この悪夢のような王都ボルドーを脱出し、自由の身になれるはずだったのだ。

「あ…あぁ…! またしても…! 神よ…! なぜ、このような仕打ちを…!」

 マルシャンは、再び捕らえられ、その目に宿っていた僅かな希望の光も完全に消え失せ、深い絶望の淵へと突き落とされた。もはや、彼には抵抗する気力さえ残っていなかった。全てを諦めたかのように、彼は力なくその場に崩れ落ちた。

 アルマン・ド・モンフォール卿は、そのマルシャンの無残な姿と、そしてドミニク審問官の狂気に満ちた形相を見て、ようやく自分がイザボーに利用され、そして何よりも、摂政レジナルドの恐るべき罠に、完全にはめられたのだという残酷な事実に気づき顔面蒼白となった。

「イザボー嬢…! あなたも…あなたも、私を騙していたというのか!? この私を利用して…! なんてことだ…私は…私は、とんでもない過ちを…!」

 アルマン卿のその声は、恐怖と後悔と、そしてイザボーへの裏切られたという思いで震えていた。

 イザボーは、そんなアルマン卿の哀れな姿を冷たい目で見つめた。

「…申し訳ございません、アルマン様…。確かに、私はあなた様を利用いたしました。ですが、あなた様をこのような危険な罠に巻き込むつもりは…毛頭ございませんでしたわ。でも…もう、全てが遅すぎましたわね…」

 イザボーのその声は、深い絶望と、そして自らの浅はかさへの痛烈なまでの後悔に満ちていた。彼女の策略は、レジナルドのそれと比べるべくもなく稚拙だったのだ。

 *

 まさにその時、離れの入り口から、数人の屈強な黒狼兵団の兵士たちに無理やり腕を引かれ、まるで罪人のように引きずられてくる一人の哀れな男の姿があった。それは、アキテーヌ国王ギヨーム、その人だった。彼の顔は恐怖で歪み、その瞳は焦点が定まらず、その体は小刻みに震えている。摂政レジナルド公爵とその腹心ギルバート男爵が、王を護衛するかのように、しかしその実、王をこの処刑場の特等席へと案内するために、両脇を固めていた。

「さあ、陛下。ご自分のその目で、良くご覧くださいませ」

 レジナルドは、ギヨーム王の耳元で、蛇のように冷たく囁いた。

「あなたのその慈悲深いお心を仇で返し、あまつさえ、あなたのその聖なる御命までも奪おうと企てた、この恐るべき反逆者たちの忌まわしき姿を。そして、神の代理人たるドミニク審問官殿が、いかにして聖なる鉄槌を下されるのかを」

 ギヨーム王は、目の前で繰り広げられるおぞましい光景と、レジナルドのその悪魔のような囁きに、もはや正気を保っていることさえ困難だった。

 ドミニク審問官は、国王ギヨームのその「臨席」を確認すると、まるで舞台役者がクライマックスを迎えたかのように、その声を一段と張り上げ、その手に握られた聖印を、天にかざした。

「神聖なるアキテーヌ国王ギヨーム陛下! そして、この場に集いし全ての聖なる騎士たちよ! 聞くがいい! 全能なる神は、この者たちの、邪悪にして冒涜的なる企みを、全て白日の下に晒し給うたのである! ヴァロワの魔女イザボー、そしてその色香に惑わされし愚か者アルマン・ド・モンフォールよ! 汝らは、この聖なるアキテーヌ国王ギヨーム陛下に対する、万死に値する許されざる反逆を企てた、紛れもなき大罪人である! そして、この老獪なる異端者ジャン=ピエール・マルシャンこそが、その忌まわしき異端の思想で彼らを唆し、このアキテーヌを血と混乱の渦に陥れようとした、全ての元凶である!」

 ドミニクのその狂信的な断罪の言葉は、離れの狭い空間に、呪いのように響き渡った。

「この者どもの魂は、地獄の業火によって永遠に焼かれるであろう! そして、その肉体は、聖なる炎によって浄化され、このアキテーヌの地から、その汚れた存在の痕跡さえも、一片残らず消し去られるのだ! まずは、全ての元凶たる大異端者、ジャン=ピエール・マルシャンを、明朝、王都中央広場にて、神聖なる火刑に処す! そして、その共謀者たるイザボー・ド・ヴァロワとアルマン・ド・モンフォールについては、さらなる異端の罪を徹底的に追及するため、聖教の地下牢へ投獄し、聖なる尋問を行うものとする!」

 イザボーは、ドミニクのその言葉を聞き、全身から血の気が引くのを感じた。マルシャン殿が…火刑に…! そして、自分たちもまた、地獄のような地下牢で、拷問と屈辱が待ち受けているというのか…!

(そんな…! まだだわ…まだ終わらせない…! このままでは、父上の、そしてマルシャン殿の無念を晴らすことなど…!)

 彼女は絶望の中で瞳の奥にまだ消えぬ、反抗の光を宿らせてドミニクを、そしてその背後にいるであろうレジナルドを、殺さんばかりに睨みつけた。

「…私が死んでも、ヴァロワの魂は死なない…必ずや、誰かが、あなたたちのその悪行に、血の裁きを下す日が来るでしょう…!」

 隣では、アルマン・ド・モンフォール卿が、あまりの恐怖と絶望に、腰を抜かし、声にならない、獣のような呻き声を上げながら、その場に崩れ落ちていた。

 国王ギヨームは、その惨たらしい光景と、ドミニクの狂気に満ちた宣告、そしてイザボーの呪詛のような言葉に耐えきれず、ついに甲高い悲鳴を上げて気を失い、無様に崩れ落ちた。

 摂政レジナルド・ド・ヴァランス公爵は、その全ての光景を満足感と共に静かに眺めていた。ヴァロワ家の息の根を止めるための彼の描いた筋書きが、今まさに、完成しつつあった。

 血塗られた魔女狩りの嵐が、王都ボルドーに、そしてアキテーヌ全土に、本格的に吹き荒れようとしていた。
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