The Lone Hero ～The Age of Iron and Blood～

第三編：王都の蜘蛛の巣、偽りの庇護と運命の奔流

第32話：血染めの蜂起、黒狼の蹂躙と絶望の炎

　黒狼兵団の兵士による老婆撲殺の事件の話は、瞬く間に貧民街全体に広まった。

　その報せは野火のように広がり、ついに、長い間抑圧され続けてきた民衆の怒りが、堰を切った濁流のように爆発した。

「もう我慢できない！ 我々は家畜じゃないんだ！ 今こそ、立ち上がる時だ！」

　若きギヨーム――あの秘密の集会で、フードの扇動者の言葉に心を奪われた石工の息子――の、魂からの絶叫が、貧民街の空気を震わせた。

　それを合図にしたかのように、棍棒や農具、石を手にした数千とも思えるほどの怒れる民衆が、まるで地鳴りのように、貧民街の狭い路地という路地から溢れ出し、貴族の壮麗な屋敷が立ち並ぶ地区や、憎き役所の建物へと向かって、怒りの進撃を開始した。

「摂政レジナルドを殺せ！」「血に飢えたドミニクを吊るし首にしろ！」「我らにパンを！ 我らに自由を！ 我らに人間としての尊厳を！」

　暴徒たちの、大地を揺るがすかのような絶叫と、手にした粗末な武器を打ち鳴らす不気味な音が、王都ボルドーの空気を恐怖で満たした。彼らは長年、その心の奥底に押し込めてきた怒りと憎悪を、今まさに爆発させ、手当たり次第に破壊と略奪を繰り返す。その凄まじいまでのエネルギーと、統制が取れていないが故の予測不可能な暴力性は、王都の貧弱な衛兵たちでは、到底抑えきれるものではなかった。アキテーヌの首都は、瞬く間に、血と炎、そして絶望の叫びに包まれる、悪夢のような混乱の渦へと突き落とされた。

　＊

　摂政レジナルド・ド・ヴァランス公爵は、貧民街で発生した大規模な暴動の報せを王宮の執務室で、待ち望んでいた獲物がついに罠にかかったかのように、冷静に受け止めた。その鉄仮面のような無表情の下には、この事態を完全に予測し、そしてむしろ歓迎しているかのような計算高さが隠されていた。

　彼は、即座に腹心のギルバート男爵を呼び寄せると、簡潔に、しかしその声には一切の感情を排した、氷のような冷たさで命じた。

「ギルバートよ、あの貧民街の汚らしい鼠どもが、ついに我慢しきれずに巣穴から這い出てきたようだな。良い機会だ。この際、アキテーヌの膿を徹底的に出し切ってくれるわ。黒狼兵団の全力を以て、あの反逆者どもに、アキテーヌの真の支配者が誰であるかを、その汚れた血肉の髄まで徹底的に思い知らせてやれ。抵抗する者は、女子供であろうと一切容赦するな。全て皆殺しにせよ。これは、もはや反乱の鎮圧ではない。アキテーヌの健全なる肌を蝕む、忌まわしき害虫の駆除であると思え」

　その言葉は、人間の心を持たぬ冷酷非情な暴君そのものだった。

　黒狼兵団は、その主人の命令を受け解き放たれた飢えた獣のように、その残虐な本性を剥き出しにした。彼らは、貧民街へと雪崩れ込み、暴徒たちを、そして彼らの無慈悲な暴力に巻き込まれた、何の罪もない多くの無関係な貧民たちをも、情け容赦なく、楽しむかのように殺戮していく。

　剣が閃き、槍が突き刺さり、棍棒が骨を砕く。血が舞い、肉の裂けるおぞましい音が響き、悲鳴と怒号、そして断末魔の叫びが、王都ボルドーの空を恐怖で切り裂いた。貧民街は、瞬く間に血の海と化し、あちこちの家々から、黒煙と共に炎が地獄の業火のように立ち昇り始めた。

　若きギヨームは、その地獄絵図の中で、共に立ち上がったはずの仲間たちが、次々と黒狼兵団の恐るべき刃に、虫けらのように倒れていくのを、ただ茫然と見つめることしかできなかった。彼の手に握られた粗末な棍棒は、あまりにも無力だった。

（嘘だ…こんなはずじゃなかった…！ あの『声』の人は、俺たちに勇気と希望を与えてくれたはずだ…！ なのに、なぜ…なぜ、こんなことに…！）

　自らの無力さと、そしてあのフードの扇動者の甘い言葉を、いとも簡単に鵜呑みにしてしまったことへの深い後悔と絶望が、彼の心を打ちひしいだ。

　＊

　この地獄のような混乱と殺戮の真っ只中で、あのフードで顔を深く隠した謎の扇動者は、高みの見物を決め込むかのように、貧民街を一望できる古い塔から、燃え盛る貧民街と、そこで繰り広げられる人間同士のあまりにも醜く、悲惨な殺戮の光景を静かに、満足げに見下ろしていた。

　そのフードの奥の表情は、誰にも窺い知ることはできない。だが、その佇まいからは、この混乱と破壊を、まるで自らが描いた絵画の完成を眺めるかのような、不気味なまでの達成感と、人間という存在への、底知れぬ軽蔑と嘲笑が滲み出ているかのようだった。

　彼の目的は、一体何だったのだろうか。単にこのアキテーヌに最大限の混乱と破壊をもたらすことだったのか。それとも、この血塗られた混沌の先に、何か別の、より大きく、そしてより恐ろしい目的が隠されているというのだろうか。

　やがて、黒狼兵団による、一方的で残虐な「鎮圧」が本格化し、貧民街の暴動がその勢いを急速に失い、終息へと向かう頃には、あのフードの扇動者は、煙のように王都の深い闇の中へとその姿を完全に消していた。彼の正体も、その真の目的も、依然として深い謎と、そして不吉な予感だけを残したままだった。

　＊

　アキテーヌ王宮、玉座の間。

　国王ギヨーム・セザール・ド・アキテーヌは、摂政レジナルド公爵から、貧民街で発生した大規模な暴動と、そしてそれに対する黒狼兵団による「断固たる鎮圧」の状況について、その詳細な報告を自分の死刑宣告でも聞かされるかのように、震えながら聞いていた。

　窓の外からは、遠く貧民街の方角から、まだ燻り続ける火の手が上がり、焦げ臭い匂いと、そして風に乗って人々の断末魔の叫びや、嘆き悲しむ声が確実に届いてくる。

「レジナルド…お前は…お前は、一体どれだけの、アキテーヌの民の血を流せば、その飽くなき欲望は満たされるというのだ…！？」

　ギヨーム王の声は、涙で潤みただの哀れな男の絶望的な呟きに過ぎなかった。

「あれは、アキテーヌの民なのだぞ…！ この私の…この私の、愛すべき民のはずだったのだ…！」

　レジナルドは、そんなギヨーム王の姿を虫けらでも見るかのような冷たい侮蔑の眼差しで見下ろしながら、その言葉を鼻で笑った。

「陛下、何をそのような、甘いことを仰せられますか。彼らは、もはや陛下の愛すべき民などではございません。国家の秩序に弓引き、神聖なる王権を脅かそうとした、許されざる反逆者、いや、人の皮を被った、ただの飢えた獣にございます。そして、獣には、獣にふさわしい厳格なる処遇を与えることこそが、真の王の務めではございませんか？」

　ギヨーム王は、レジナルドの冷酷非情な言葉と、窓の外から絶え間なく聞こえてくる地獄のような光景に、ついにその精神の最後の糸が、ぷつりと切れてしまった。

「ああ…あああ…！ やめてくれ…もう、やめてくれえええええっ！！」

　彼は、甲高い獣のような奇声を発しながら、玉座の上で泡を吹き、その体を痙攣させ、そして無様に失神してしまった。彼はもはや一国の王としてではなく、一人の人間としても、完全に、そして取り返しがつかないほどに壊れてしまったのだった。

　＊

　王都ボルドーで吹き荒れた、貧民街の血染めの暴動は、黒狼兵団の圧倒的な武力と、その背後にある摂政レジナルド公爵の鉄の意志によって、数日のうちに完全に鎮圧された。

　貧民街は広範囲にわたって焼け野原と化し、何の罪もない民の血がアキテーヌの王都の美しい石畳を、そしてその大地を、赤黒く染め上げた。

　摂政レジナルド公爵の権力は、この血塗られた「害虫駆除」によって、さらに揺るぎない絶対的なものとなったかに見えた。王宮からは、彼に異を唱える者は完全に姿を消し、アキテーヌは、レジナルドという名のただ一人の独裁者の意思によって支配される、暗黒の王国へと変貌を遂げた。

　しかし、生き残った民衆の心の中には、レジナルドへの決して消えることのない深い憎悪と、そしてあの、嵐の夜の廃墟で聞いたフードの扇動者の、炎のような扇動の言葉が呪いのように、深く、そして熱く刻み込まれていた。

　アキテーヌの闇は、もはや底なしの様相を呈し、その腐敗しきった大地からは、古の災厄たちが、その忌まわしき姿を現すのに、これ以上ないほど熟しきった、肥沃な土壌となりつつあった。