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23.ヴァレンティ男爵からの奇妙な贈り物

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イデオンは執務室で書類を睨みながらため息をついた。指は無意識にテーブルをトントンと叩いている。
朝からずっとイラついている国王の様子に周囲の者は怯えて距離をとっていた。

(集中できない――このままでは仕事に支障が出そうだ……)

昨夜のサーシャのあられもない姿が脳裏にちらついて、イデオンは仕事に集中できずにいた。

(くそ、サーシャのフェロモンは想像以上に強力だった――)

やらなければいけないことは山程あるのに、昨夜オメガのフェロモンを散々浴びたせいでアルファの本能が刺激されて頭が切り替えられない。

(だから花嫁を抱くのは気が進まなかったんだ――最後までは至らなかったし首を噛むのはなんとか思いとどまったが、それでもこれほど影響をうけるとは)

こんなことではミカルに示しがつかない。両親暗殺の犯人が人間かもしれないのに、人間の花嫁にうつつを抜かすなどもってのほか。幼い弟が誰にも甘えられずにいるというのに、兄であり国王である自分が肉欲に溺れている場合ではない――。

サーシャには悪いが、イデオンは独自の判断で彼を西棟に隠すことにした。
反人間の過激派はやはりサーシャのことをよく思っていなかったのだ。結婚式を挙げている時間帯に合わせて過激派の一部が集結し、人間を王妃にすることへの反対デモが行われていたとの報告を受けた。
偵察者によると大きく描かれた花嫁の絵は泥や卵をぶつけられ、最終的に火で燃やされたという。こちら側から潜入している偵察者がいるということは、向こうからこちらに密偵が紛れ込んでいてもおかしくはない。
サーシャの護衛体制が整うまではまだ彼を王宮の外へ出すわけにはいかなかった。

イデオンはミカルのことが大事で、彼を守ることだけが兄としての責務だと思っていた。しかし嫁いできたサーシャに心惹かれてしまい、彼のことも守らなければいけなくなった。守るべき対象が増え、その反対に過激派の動きが加熱するという最悪の状況だ。

「はぁ……グスタフ大公の報告はまだなのか」

(犯人さえ特定できれば、同盟の進退も決まり過激派への対処もできるのだが……)

するとノックの音と共に宰相の狼獣人オリヴァーがやってきた。

「失礼します。陛下、こんなものが届いたのですがご一読頂けますか」
「なんだ? お前では対処できんような厄介事か?」
「厄介と言いますか、ちょっと私も判断しかねておりまして……」

イデオンはオリヴァーに渡された手紙を読む。

『親愛なるグエルブ王国国王及び王妃両陛下
この度はご結婚おめでとうございます。
友好国クレムスの貴族としてお慶び申し上げます。
つきましては、お祝いのため花嫁サーシャ様の古くからの友人である我が甥マリアーノをそちらへ向かわせました。
遠い北国で一人さみしくされているであろうサーシャ様のお話し相手として迎え入れていただけますと幸いです。
あなたと奥様の永遠の友、バルトロメオ・ヴァレンティ男爵』

「なんだこれは? 誰だ、このヴァレンティというのは?」
「それが、どうもサーシャ様のお母様が親しくされている知人なのだとか」
「ふぅむ……この甥っ子というのは? 古くからの友人と書かれているがまさかサーシャの恋人だったわけではあるまいな」
「いいえ。マリアーノはオメガだそうです」
「ふん、なんだオメガか」
「いかがいたしましょう?」

(俺は公務や過激派の対応、それに犯人探しにも忙しい。サーシャは話し相手もおらずこの城に閉じ込められて退屈するだろう――オメガの友人が来ればサーシャの気も紛れるか……)

「もう向かっているならば追い返すわけにもいかん。サーシャの友人なのであれば丁重にもてなせ」
「かしこまりました、陛下」

オリヴァーが下がったのを見届けるとイデオンは席を立ち机の背後の窓へ歩み寄った。中庭を眺める。
するとそこへヨエルと共にサーシャが散歩に出てきた。

「サーシャ……」

背の低いサーシャの姿が西洋ツゲの向こうに見え隠れしている。遠くから眺めているだけでイデオンの目が自然と細められ、口元が緩む。
サーシャはきょろきょろ庭を見渡しながら奥へと歩いて行く。草花に夢中になり、彼の被っていたフードが脱げて美しい髪の毛が風になびくのが見えた。

(やれやれ……落ち着きのない奴だ)

「少し外の空気を吸ってくる」

イデオンは書記官に伝えて窓から外へ出た。

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